第110話◇新人に求めること、各フロア編

 



 魔王城は全体に一貫したコンセプトがあるわけではない。

 その分、各フロアごとには明確に定められている。


 特色とか傾向、あるいは統一感と言ってもいいかもしれない。

 人狼や吸血鬼だけとか、水棲魔物や武人で固めてあるとか、夢魔だらけで抵抗レジスト能力がないときつかったり、試練という名の難題を解かないことには先に進めなかったりとか。


 僕の担当する第十層はまるっと人がいなくなっていたこともあり、僕一人だった。

 そこを渾然魔族領域なんて言って、大勢の仲間を呼んで乗り切ったのが前回。


「……メさん」


 剣士が名刀を求めることや、職人が道具にこだわることが悪でないように。

 攻略・あるいは防衛の為に高機能の魔法具を求めることも問題ない。


 そもそも、魔法具は誰でも強くなれる道具ではない。アルバの魔法剣だって素人では思うように操れないし、フルカスさんの鎧や槍も同じ。単に力が強くなる魔法具を手に入れたところで、強くなった力を自在に操るには相当な鍛錬を積まねばならないだろう。

 この指輪だって、魔力がなければ誰も喚べないただの指輪だ。


 だから、それはいいのだが……。


 ――魔力が足りない。


「……レメさん」


 出向という形で参戦可能なケイさんやトールさん、再登場可能な四天王の面々はいいとして、召喚しないことには力を借りることが出来ないメンバーの方が多い。


 だが、召喚するには対象の魔力体アバターを構築するとした場合に必要な魔力を負担しなければならない。


 レイド戦は通常攻略とは異なるルールが幾つかある。

 冒険者達は、一度退場するとそのレイド戦には次の層以降でも復帰出来ない。

 通常の攻略では同日複数層攻略でもない限り次回には復帰可能だが、それが無し。


 魔物側は、そのレイド戦が開始されてから終了するまで、配置換えによって異なる層に出現してはならない。

 前回、【人狼の首領】マルコシアスさんの部下や【黒妖犬】達をこの方法で第十層に配置したが、これは出来ないというわけだ。

 召喚や、幹部指定の一回限りの再登場は例外。


 その分……というわけではないだろうが、冒険者達は修復薬の使用回数制限がなくなったり、フロアボス二体撃破につき一人復活――前述の復活不能は、このルールを適用する場合に限り覆る――などの救済措置もある。


「さんぼー……っ!」


 可憐な大声に、僕の意識は現実に引き戻された。


「あ、あぁカシュ」


 彼女にしては珍しく、頬を膨らませている。


「なんどもおよびしたんですよ?」


「ごめん。考え事をしてて」


 謝りながら、ふと彼女の頬を指で押すと、ぷしゅうと空気が抜ける。

 彼女は一瞬恥ずかしそうにはにかんだ後、すぐに心配そうな顔になった。


「しんじんさんのけん、ですか?」


 僕らは、参謀用に充てがわれた執務室にいた。

 木製の高級そうな机はまだ馴染まないが、椅子の座り心地は好きだ。

 そんな机の上には、第十層勤務希望の人達から届いた履歴書が広がっている。


「それもある、かな」


 魔力の問題が片付かない限り、指輪をあてに出来ない。

 違うか。前回のような使い方が出来ないし、それではあいつ、、、を呼ぶなんて無理。


 だが、今はそのことについて考えている場合ではない。

 今は目の前の仕事に集中すべきだろう。


「とはいえ、紙に書かれたことを読むだけだといまいちピンとこないんだよな……」


 ◇


 先日のこと。


「魔物を募集することとした。各フロア、希望があれば後で余かアガレスに言うように。今でもよいぞ」


 と、魔王様が会議で言った。

 その時ばかりは全フロアボスが集められた。

 会議室も今までの部屋とは違う。


「参謀殿に率いられた【黒妖犬】達の動きを拝見してから考えていたのですが、彼らをグループ分けし、それらを率いる者がいればより効率的に敵を撃退出来るかと。【調教師】持ちがよいでしょうな」


 と言ったのは、第一層フロアボス【地獄の番犬】ナベリウスさんだ。

 基本的には犬の獣人。二足歩行の人型で、全身を毛が覆っている。普通と違うのは、三ツ首というところか。

 基本的に、真ん中の頭がコミュニケーションを担当しているようだ。

 ちなみに魔物時は三首共にサングラスを掛けている。


「私は特には……いえ、退場させずにダメージは与えたい。罠設置の得意な【狩人】、あるいは【工作者】がいれば迎え入れたい。お願い出来ますかな」


 第二層フロアボスの【死霊統べし勇将】キマリスさんだ。

 現在の魔王城では年齢の高い職員ということになるだろう。四十ほどだろうか。魔人は角が生えている以外は外見が人間ノーマルと大差ないので、見た目から年齢を推し量ることも難しくない。

 紫がかった黒い髪は波打っており、側頭部から上向きに生える一対の角は黒。


 基本的には騎士然としている人で、適性があるのか剣技も優れている。訓練機関を出たばかりとはいえ、【氷の勇者】ベーラさんを打倒するくらいだ。

 ただ【死霊術師】としての面が強く出るとなんて言えばいいか、熱心な蒐集家になるのだ。


 【死霊術師】は、死者の骸を操る。もちろん現代で死体を操るのは違法なので、この【役職ジョブ】が役立つのは魔物くらいだろう。

 退場寸前までダメージを与えた魔力体アバターを奪い、支配下に加える。


「吸血鬼で、操血能力と再生能力がそれなりにあれば他は特に求めません。雇った後で教育するので」


 第三層フロアボス【吸血鬼の女王】カーミラことミラさんは、ニコリと微笑みながら言った。

 僕やカシュには優しいミラさんだが、魔物としてはドSキャラで有名になっている。


 前職で若い女性ということを理由に冷遇されていたことから、実力を評価してくれた魔王様を敬愛している。

 部下は忠実だが、なんだか恐れられているようにも思う。まぁ色んなやり方があるだろう。

 恐怖はあっても怒りや憎しみがないのは確認済み。怖い人だが悪い人とは認識されていないのだ。それならば、僕が口を挟むことではない。


 目が合うと、ミラさんは嬉しそうな顔をした。

 僕も自然と笑みを返す。


「人狼の漢を頼めるだろうか、魔王様ッ! 無論魂が漢であれば、性別は問いませぬ!」


 第四層フロアボス【人狼の首領】マルコシアスさんだ。

 銀の髪は短く切られており、爽やかな感じ。赤い目は燃えているようで、高い背丈は威圧感よりも頼もしさを感じる。精悍な顔立ちをした人間ノーマルに見えるが、人狼は人間状態と狼化状態を使い分ける。


 部下を兄弟と呼び、根性論を唱えて鍛えているかと思えば、第十層ではフェニクスに一撃を食らわせるなど、戦闘での立ち回りは考えなしのそれではない。

 熱い魂に、冷静な思考。魔王城のフロアボスを務めるだけある強者で、快男児。


「はいはーい、五層は可愛い夢魔ちゃん限定でーす」


 元気よく答えたのは第五層フロアボス【恋情の悪魔】シトリーさん。

 元々喫茶店くらいの規模だった第五層は、レイド戦開始までに『改築』するそうだ。少し広くするらしい。


「水魔法が使える子がいると助かるかしら」


 第六層フロアボス【水域の支配者】ウェパルさんは美しい人魚だ。

 青みを帯びた金の長髪に、一つ一つが宝石のように光を反射する鱗。

 上半身は胸部を貝殻っぽいデザインの水着で隠しているだけで、他は白い肌を惜しげもなく晒している。


 彼女は下半身を人のそれに変化させることも出来るというが、二足歩行している姿を見た者はいない。

 普段は台車と浴槽を合体させたようなもので移動している。彼女は浴槽に浸かり、それを部下が押すという形だ。


「ありがたいですが、我が第七層に追加人員は不要でございます」


 第七層フロアボス【雄弁なる鶫公】カイムさんは中々ユニークな格好をしている。頭部が鳥の鳥人なのだが、何故か――鳥の着ぐるみを着ているのだ。

 クイズを出すのが好きで、その時は杖をくるくる回しながら喋る。


「……心身共に、強き者を」


 そう言うのは鎧を纏った第八層フロアボス【刈除騎士】フルカスさん。

 我が剣の師は、今日の会議では起きているようだった。大体寝てるから、少し心配だったのだ。


「ふむ。参謀殿はいかがですか?」


 第九層フロアボス【時の悪魔】アガレスさんが僕を見た。

 銀髪のオールバック、露出した額の両端から山羊のような角を生やした魔人。


 彼のフロアは魔人ばかりが出てくる。純粋な武力が第八層だとすれば、大規模な魔法戦が行われるのが第九層。

 新たに雇うとしたら、それも魔人だろう。


 気付けば、全員の視線が僕に向いていた。


「えぇと……やる気がある人、でしょうか」


 時間が止まったかと思った。

 もちろん違う。全員が同時にぽかんとしたので、そんな錯覚に襲われただけだ。


「うむ! 分かるぞ参謀殿ッ! 重要なのは能力以前に心、ということだな!」


 マルコシアスさんが感心したように何度も頷いている。


「参謀殿は手許の戦力で勝利への道を築く御方。部下に求めるのは能力ではなく、意気ということなのでしょうな」


 ナベリウスさんも腕を組んで納得げ。


「元より種族にこだわらない参謀殿のことです、それらを制限するような条件は設けぬということでありましょう」


 キマリスさんまで。

 ミラさんは少し困ったように、シトリーさんは楽しげに、カイムさんは愉快そうに笑っている。


「うむ、だがレメよ。それでは希望者が殺到する。条件など無いに等しいからだ」


 魔王様の言う通り。

 確かに、やる気のある人歓迎ってだけだと、よくある誘い文句でしかない。


「そうしたら……自分が勇者を倒すんだって気概のある人……で、どうでしょう」


 魔王ルーシーは僕の言葉につぶらな瞳をぱちくりさせたが、すぐに小さく吹き出した。


「……ふっ、よいだろう。応募者は、【勇者】を打倒せんと貴様のもとに集うわけか」


 そんなこんなで会議が終わり、みんなが部屋を出ていった後のこと。

 魔王様に残れと言われていた僕は、言う通りに部屋にいた。


 魔王様と二人きりになる。

 アガレスさんは同席したがったが、魔王様に追い出されていた。


「渾然魔族領域、か。異なる者達が差別なく共闘する、魔王軍参謀の領域。求める者に種族や【役職ジョブ】の制限を設けないのは、その為か?」


「……【黒魔導士】でも勇者になっていいし、勇者に勝っていい。僕はそう思います。誰でも気軽にとは言えないけれど、その気があって、その為に努力した人を、最初の段階で弾きたくないと思いました」


「ははっ、それをレイド戦、更には自身が魔力不足の状態で吠えるのだから貴様は大物だな。あるいは大馬鹿者か? どちらにせよ、見ていて飽きん」


「……ありがとうございます、でいいんでしょうか」


「さぁなぁ。おっと、本題を忘れるところであった」


 魔王様から笑みが消えた。


「魔力を急速に溜められる方法がある、と言ったらどうする?」


「――――」


「ただし、険しい道だ。余もあの男も習得出来ていないのだ。そしておそらく……現代でこれを習得しているのは、三人もいないだろう。その内の一人がお祖父様だ。これは貴様が人の身でお祖父様の角を継承した者だから提案している」


 フェローさんと魔王様が習得出来なかった、ある方法。

 【魔王】の才があっても身に付けることの出来ない技能。


 あるいは、必要なのは才能だけではないのか。

 詳しいことはまだ謎。


 僕の答えは決まっていた。


「やります」


 ◇


 その方法を習得する為の訓練は、面接後となった。

 習得出来ない場合のことも考えて、出来る限りの準備はしているが……どうなるか。


 ――いやいや、だから今は目の前のことに集中しないと。


「うん、やっぱ直接逢ってみないと分からないかな」


 ちなみに、ミラさんは「レメさんが必要だと思った人材を登用してくださいな。女性を選ぶななどとは申しませんとも……ふふふ」と言っていたし、実際応募者には女性も多い。


 彼女らしくないと一瞬思うも、そうではないと考え直す。

 ミラさんが僕の、仲間の勝利を邪魔したことなどないではないか。

 ただ少しばかり女性との接近を阻もうとしているだけで……。


「さんぼー、おじかんです」


 秘書に導かれるまま、僕は部屋を出て面接室へ向かう。

 



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