第183話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域16/屠龍を屠る

 



 【魔剣の勇者】ヘルヴォール。

 厳しい冒険者業界の中で長く上位にランクインし続けながら、精霊術をメインとしない唯一の【勇者】。


 第一位【嵐の勇者】も、第二位【漆黒の勇者】も、第四位【炎の勇者】も、第五位【迅雷の勇者】も、精霊術を使う。

 だが第三位【魔剣の勇者】は、精霊術も魔剣も滅多に使わない。


 力を認めた者相手には魔剣を振るい、魔剣が壊れることがあれば初めて、精霊術に手を出す。

 魔剣の呪いを精霊が嫌うため、装備しているだけで力を貸してくれなくなるのだとか。

 そんな彼女にはとんでもないパワーと、とんでもない再生能力が宿っている。


 敵の全力に対し自分の全力をぶつける戦いが大好きで、視聴者はその分かりやすく派手な戦いに興奮する。

 僕もベリトの中身であるニコラさんも、そんな彼女の攻略が大好きだ。

 その強さをよく知っている。

 だが、それでも今は敵。勝利への道を探り、辿り着かねば。


「ベリトと、あのフェニクスを倒した参謀殿が組むたぁ、わくわくすんなぁ」


 ヘルさんは実に楽しげだが、ダメージは確実に通っている。それが再生するものだとしても、その再生能力さえ万能では決してない。

 勝機はあるはずだ。


 先の一撃で壁に激突したヘルさんは、迫る僕らの『積雪の豪腕』を眺めながら自らもまた巨岩の拳を構える。


「ベリト、飛ばすぞ」


 彼女は僕の意図を汲み、僕の『積雪の豪腕』を外してくれた。

 人の体が隠れるほどの拳が、僕の噴射した魔力の後押しを得て、ベリトと共にヘルさんへ向かう。

 僕はタイミングを見極め、その影から飛び出す。


「来な……ッ!」


 轟音。巨腕と巨腕の激突する鈍い音。

 ベリトの拳は拮抗したが、僕の拳のみ、、は押し負ける。

 そこでようやく、ヘルさんは違和感に気づいたようだ。


「あぁそうか、お前さんは参謀だったな!」


 僕とベリトを同時に視界に収めることは出来ない位置取り。

 最低限の『白銀』は纏っているので、角の追加解放は見た目上分からないだろう。


「策を講じる? 結構! 魔人の拳を楽しめりゃあなんでもいい!」


 彼女に向かって走り出す僕を見て、牙を剥くように笑う【魔剣の勇者】。 

 彼女が再び拳を構える。

 僕を見つつ、ベリトの次なる攻撃も警戒しているようだ。


 目の前の空間を薙ぐような拳を、僕は滑り込むように飛び込んで回避。

 そのまま魔力を噴射し、加速。低い位置から迫る僕の蹴りを、ヘルさんは反対側の腕を地面に突き立てて防御。


「おおっ! いい威力じゃねぇか! ……おいおい、すげぇな」


 僕の角は、イレギュラーな継承をしている。

 通常は角を魔人の術で『埋め込む』のだが、師匠は人間に角を馴染ませるために様々な秘術を用いただけでなく、砕いた角を少量ずつ摂取させた。そうでもなければ、魔王の角を人間の子供が受け継ぐことは出来なかったのだろう。

 結果、僕の角の形状は、単に角というには異形と言えるものになってしまった。


 フェニクス戦では右上半身が硬質の黒に覆われ、翼が生えた。

 だが、それもまた成長途中――といえるのか? ――だったのだ。

 僕は今、右脚部までもが角化している。


 それはヘルさんの拳を砕くほど。彼女の驚きはこのため。

 腕の盾を壊して突き進み、その蹴りが彼女の足を折るに至る。


 だがそこはヘルさん。骨折で体勢が崩れ、自分の上半身が落ちる中、それを利用して低い位置の僕に拳を合わせる。先程巨岩が破壊されたばかりの腕で、僕を殴りつける。衝撃。床に叩きつけられた僕の上に上手く馬乗りになると、更に殴る。殴る。殴りまくりだ。床が割れ、全身に爆発したみたいな衝撃が連続する。首から下、衣装で隠れた部分に角を展開していなかったら危なかった。


「ははは! いいぞ、堅いじゃないか! すぐ終わっちゃあ楽しくないもんなぁ!」


 魔王軍参謀がこんな醜態を、という意見も出るだろう。構うものか。世界第三位を倒すのに、見栄えを気にする余裕はない。今、僕の仕事はただ一つ、第十層を守り切ること。


「いいや、すぐに終わる」


「――あぁ、ベリトか!」


 彼女が首を回すが、ベリトの姿は確認出来ない。僕にはよく見えた。


「……上か!」


 ヘルさんは即座に巨岩の片腕を天に向かって突き上げる。

 瞬間、轟音。床が大きく揺れる。


 『白銀の坂』で空中に躍り出たベリトは『積雪の豪腕』を空中で二本から一本に変更・集約。

 フルカスさんの鎧、その腕よりもずっと太く大きくなった豪腕が、【魔剣の勇者】を、殴る。


「面白いぞ、お前ら! フロアボスごとあたしを潰すつもりか!」


 まともにやって、ヘルさんに勝つことは難しい。

 ならば、まともではない方法で勝てばいい。


 それはたとえばフロアボスに特攻させて、捕まったところをフロアボスごと潰すみたいな。

 僕が負けたら終わりだという中で、僕を囮にする策。

 事前の打ち合わせなど何もなかったが、僕らはタッグトーナメントで組んだ仲だ。

 互いのやりそうなことは分かるし、それに合わせてくれると信じていた。


「潰れるのは、アナタだけだ」


「高さも重さもお前さんが上だな、それでもなぁ……!」


「ならば『速さ』も加えてやろう」


 ベリトの拳、その肘部分から角の魔力を噴かせる。

 それだけではない。既に彼女には『攻撃力低下』も掛けてある。


「ぐっ、ぉ……」


 僕は右腕を彼女の胸に定め、左腕で彼女の空いた腕を掴む。

 そして、全力の『防御力低下』。魔法には効かないが、目的は彼女の防御力を下げること。

 ヘルさんの拳に罅が入り、その体が沈んでいく。


「来い、【魔剣の勇者】。受け止めてやる」


「……ははっ、紳士じゃねぇか。拳構えといて、よく言うぜ」


 拮抗は、長く続かなかった。

 ヘルさんの拳が砕け、そしてベリトの拳が落ちてくる。【魔剣の勇者】は巨岩を纏わない腕で更にそれを殴りつけるが、再び押し負け、ついにはその身にベリトの『積雪の豪腕』を受けた。


 衝撃に押しつぶされる彼女の肉体には僕の拳が当てられており、それが彼女の胸を貫く。

 ヘルさんの顔が、近い。

 ベリトは『積雪の豪腕』を解除しつつ、拳を構えて立っている。


「あたしが、こんなもんで死ぬと思ったのか?」


「あぁ、死ぬ。何故なら、我の部下に無能はいないからだ」


 彼女の再生能力は無限じゃない。千切れた腕は再生しないし、血を吸い尽くされても死ぬ。

 そしてここに現れた時、彼女の衣装には傷によって穴が空いたり破けたりしている箇所があった。体には傷一つないのに。


 それはつまり、最終エリアまでに配下たちが彼女にダメージを与えたということ。

 彼女の性格と過去の戦いから、ハーゲンティ&カーミラと再戦したと予想される。

 与えた傷は、消耗した再生能力は相当なものと確信。

 加えて、ベリトとの殴り合いで消耗した分も考慮。

 もはや、死を覆せるほどの再生は不可能と判断。

 ベリトの力はエアリアル戦でも借りたい。囮になるなら僕。


「…………なるほどね、そりゃ確かに」


 彼女は笑った。一日中遊び回って、満足した子供みたいに。


「楽しかったぜ、次は殺す」


「やってみろ」


 【魔剣の勇者】の体が、砕け散った。


 ――胸を貫かれてしばらく耐えるって、めちゃくちゃだ……。


 フルカスさんもタッグトーナメントで同じようなことをしていたが、彼女はオーガの血を引いている。

 そういう点では、ヘルさんも屠龍の血を継いでいるわけだけど……。


 僕は素早く立ち上がり、ベリトを見る。


「よくやった。だがまだ働いてもらうぞ」


「……済まないけれど、それは無理だ」


 ベリトが、床に膝をつく。

 その口から、吐血するように魔力が漏れる。


「実はイイのを喰らっていてね。さっきの一撃の反動で、もう動けそうにない」


 ヘルさんの巨岩を体に受けていたのか。だとすれば、衝撃で体の内部は……。

 むしろ、今までよく動けていたものだ。


「本当に、済まない」


「いや、いい。休め、後はこちらでやる」


「……あぁ、参謀殿ならば出来るさ」


 ベリトの体が、分解されるように魔力の光へと変わった。

 

 残る敵は【嵐の勇者】エアリアルのみ。

 戦いの終わりは、近い。


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