第182話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域15/豪腕

 



 ボクとヘルヴォールさんの殴り合いは、ほぼ絶えることなく続いていた。

 独り言のように、彼女が言う。


「……ふふ、くっ、はは。ハーゲンティーやカーミラといい、魔王城で出くわすのは最高の女ばっかりだなぁ」


 彼女は驚嘆すべき再生能力を誇るが、不死ではない。大きな欠損は治癒しないし、退場だってする。無敵ではないのだ。

 けど、限りなくそれに近いと言えるだろう。


「……敵の性別に興味が?」


 てっきり、彼女はそういったものに関心を払わないと思っていた。


「あん? ちぃっと違うな。なんつーんだったか、同胞のち? ……なんか間違えてんな」


 普段、こういう時に訂正するのは【千変召喚士】マルグレットさんの役目なのだが、この場にはいない。


「……同好の士?」


「おぉ多分それだ。敵はどんなやつでも倒すぜ? けどよ、つまんねぇことに負けず、ここまで自分を鍛え上げたお仲間に逢うと、ニヤけちまうのさ」


 ヘルヴォールさんほどの人でも、いや彼女ほど有名な人間だからこそ、これまで多くの言葉を投げかけられた筈だ。称賛だけを浴びて生きられる者はいない。

 彼女はきっと誰よりも、女性が戦う職業で生き抜く困難さを知っている。

 強さと勝利の方を向いて鍛錬を積み上げた者を見た時に、嬉しくなるという気持ちは分かる気がした。


「そう思っていただけて、光栄だね」


 言葉と拳を交わしながら、ボクたちの戦いは僅かずつ終わりに近づいていく。

 ダメージについては、ボクの与えた方が多いかもしれない。

 というのも、ボクは単純に拳だけでなく、『白銀』の腕や鎖、網や牢など慣れた技や新たに見せる技を織り交ぜて彼女を翻弄。

 彼女は罠と分かっていても飛び込んでなんとかしてしまうタイプだが、策はちゃんと通じる。通じた上で結果的に破られるわけだけど、効果はちゃんとある。


「おぉッらよ……ッ!」


 彼女の岩めいた巨腕が迫る。ボクも右腕に纏わせた『白銀』――『積雪の豪腕』と名付けた――で迎え撃つ。

 何度目とも知れぬ衝突。纏った『白銀』を通じて凄まじいエネルギーが伝わってくる。直接喰らったら一度で退場するだろう威力だ。

 徐々に激突の頻度が多くなっている。ボクの策を突破するまでの速度が上がり、純粋な殴り合いに近くなっていた。


 ボクは、レメさんとの出逢いを通して新しいスタイルを作り上げた。

 『白銀王子』としての美しく繊細な魔法だけでなく、憧れのガチンコ勝負にも対応出来る形。

 磨いてきた技で、憧れのスタイルを体現するやり方。

 だが、百戦錬磨の【魔剣の勇者】を、世界ランク第三位勇者を、屠龍の末裔を殺すには、足りないようだった。


「ぐ、ぅ……っ」


 ヘルヴォールさんの拳によってボクの腕が跳ね上げられ、空いた胴に一発喰らってしまう。

 胸部に展開した『白銀』の装甲は砕かれ、ベリトの魔力体アバターは後方に飛ぶ。

 両腕を『積雪の豪腕』としているので、逆の腕でガリガリ床を削りながら衝撃を殺す。


「かはっ」


 口から魔力粒子が飛び出した。本来なら血を吐いていたのだろう。ダメージは深い。


「まだやれるだろ? ベリト」


「……もちろんだとも」


 一瞬一瞬が最高の経験だ。

 堅物の兄がボクのレイド戦参加を許可したのも、ヘルヴォールさんという業界屈指の勇者と戦える機会が、それだけ貴重だから。それも指導じゃない。敵としての殺し合いだ。


 お世話になった憧れの人への恩返しと、自分が高みに昇るための実戦。

 両方が一つになったこのレイド戦、不参加なんて考えられないよ。


 つい先程、『天空の箱庭』が解けるのが分かった。

 レメさん……レメゲトン様がやってくれたのだろう。

 少し後でちょっとわけが分からない規模の魔力が放たれたが、ボクらは自分たちの戦いを続けていた。


「お前の魔法、やっぱり面白いな!」


 ヘルヴォールさんは小細工を弄さない。彼女の攻略はシンプルで、それを貫く強さがある。


 タッグトーナメントでやったように、配置した『白銀の腕』を様々な方法で分解・吸収することで『積雪の豪腕』を巨大化する方法は彼女相手でも通じている。

 だが、大きくして拳の威力を上げても、押し負けるのだ。

 さすがは世界第三位。『力』で視聴者を魅了する勇者。


「レメは面白い相棒を見つけたもんだね。どうせならあいつと組んだお前さんとやりたかったが、そりゃ贅沢ってもんか」


 彼女の叩いた軽口は、すぐに現実のものとなる。


「ベリト」


 魔物状態のボクを呼ぶ声。本人と分からぬよう声色は変えているが、レメさんだ。

 何故ここへ、なんて訊ねることはしない。

 彼がボクのところに来たなら、それが勝利のために必要と考えてのことだろう。


 ボクの視界端にちらりと映った彼が右腕を構えているのを確認。

 意図を察し、魔法を展開する。


 ◇


『お前は律儀に儂との取り決めを守るのだろう。それはもう分かっている。だが、もしいつか、儂への誓いよりも優先される勝利が目前に現れたなら――勝手にしろ』


 僕の中で、師匠への恩義はとても大切なものだ。

 【黒魔導士】になった人間のガキを、強くしてくれた。面倒を見て、冒険者としてやっていけるように鍛えてくれた。更には、本来子孫に継がせるべき角を、僕に移植した。

 静かに暮らしたいはずなのに、僕次第で面倒事に巻き込まれる危険を受け入れてくれた。


 なにをすれば恩返しになるかも分からないくらい、方法があったとしてどれだけの時を費やせば返しきれるか分からないくらいに、大恩ある人だ。

 約束か、勝利か。


 フェニクスの時は、やつの側が気を遣ってくれた。だから全力が出せた。

 タッグトーナメントではレメとして出場した。

 今の僕は魔人、角があることはおかしくない。実際、少々特異ではあるものの、右腕の解放は問題ない。

 ここ、なのか。


 いや、ここ以外どこにある。

 世界一位の【勇者】が僕に狙いを定め、最高火力の精霊術で仕留めようとしている。

 勝負に負けることだけは、許されない。

 なら――。


「我々を忘れてもらっては困るな、【嵐の勇者】よ……ッ!」


「そうだ!」「フルカス殿に鍛えられた俺達がそう簡単にくたばると思ったか!」「レメゲトン殿直伝の鍛錬で磨かれた黒魔法を喰らうがいい!」「初級の魔物と侮るな、我々は世界一だろうと臆さない!」


 【寛大なる賢君】ロノウェ率いる、『初級・始まりのダンジョン』の面々だった。


「よく言いましたね、我が主。このオロバス、勇者討伐のお供を務めましょう」


 【零騎なる弓兵】オロバスまでもが応じ、全員がエアリアルさんの進路上に立ちふさがる。


「シアのかたきー」「さんぼーをまもれー」「ぐるぐるまきにして、てんじょうからつるしてやるー」


 アルラウネのみんなまでもが。

 エアリアルさんは、嬉しそうに笑う。


「……素晴らしい。この魔法を見て闘志を燃やせるだけで、貴殿らの心の強さは本物。よいでしょう、戦いだ」


 ぐっ、と僕の体が浮く。逆らわなかったのは、同盟者の魔法だからだ。

 エアリアルさんと反対方向に移動した僕を待つのは、【絶世の勇者】エリーさん。


「さっきは途中で坊やとの戦いに回されて、欲求不満なの。まだアタシの番は終わってないわよね、レン」


「……その坊やとやらは」


「箱庭が壊れた途端飛んでいったわ。アタシはこっちに来たってわけ」


 見たところ、彼女に目立った傷はない。

 分かってはいたが、優秀な【勇者】だ。若いとはいえ既に高レベルに魔法を使いこなすユアンくん相手に、互角以上の戦いをしたというのだから。


「アナタは、アナタが今やるべきことをなさい」


 あの状態のエアリアルさんから逃れる術はない。

 だが、そうか。


「任せたぞ、同盟者よ」


「ふふ、話が早いのは好きよ」


 素早く見る、、

 これまでエアリアルさんからの圧が凄まじく、周囲を見る余裕がなかった。

 仲間たちのおかげで、冷静さを取り戻すことが出来た。


 ユアンくんが石化している。ボティスの魔眼だ。

 ……自分はエリーさん相手に劣勢の状況、これまで余裕を崩さなかったレイスくんが窮地に陥っているのを視界に捉えていた彼は、箱庭が解けた瞬間に風魔法で飛んでいった。エリーさんからの追撃を受けたとしても、退場までの時間にレイスくんの盾となれるよう。

 目の前の勝敗やプライドよりも、誰をフィールドに残すべきか考えて動いたのか。


 ベヌウの心配は要らない。


「さぁ、アタシの下僕イヌたち? 待ち望んでいた出番よ」


 エリーさんが堂々と進み出ると、それまで『天空の箱庭』の所為でエリーさんのサポートが出来ずにいた四人がその後ろに並ぶ。

 双子【黒魔導士】のライナー&ライアン。【白魔導士】のケント&ジャン。


「魔力を練りなさい、魔法を唱えなさい。アタシがより美しく舞う為に」


「ハッ! エリー様に勝利を!」


 四人の声が重なる。

 

「最も美しいのは?」「エリー様です!」「最も強いのは?」「エリー様です!」「では、この戦いに勝利するのは?」「エリー様です!」


「馬鹿ね、アタシよ」

「ハッ!」


 独特な空気感のパーティーだが、実力は本物。

 残るは――ヘルさんとベリトの戦い。


 ベリトは優秀だが、単騎でヘルさんに勝てる者自体が少ないのだ。

 ヘルさんの力と再生能力の組み合わせは、それだけ強力。魔剣を失った代わりに土魔法を取り戻した彼女は、打撃力の点でパワーアップしている。


 このままベリトが落ちれば、エアリアルさんとヘルさん二人の【勇者】に挟まれる形になる。

 仲間がエアリアルさんに向かった今、僕がやるべきことは――。


「ベリト」


 彼女はすぐに、僕の意図を汲んでくれた。


「おぉ?」


 ヘルさんが僕に気付く。

 近くの『白銀の腕』に触れると、それが僕の右腕に纏わりついた。

 それを何度か繰り返し僕の『積雪の豪腕』も巨大化完了。


 普段ならばとても動ける重量ではないが、現在は角を解放中。

 豪腕内部にて、角を追加解放。

 肘部分から高密度の魔力を噴射。フェニクス戦の時と同じく、純化・圧縮された魔力で推進力を得る。


 同時に、ヘルさんに『速度低下』と『防御力低下』『空白』を叩き込んだ。


「今だ」


 【魔剣の勇者】が揺らいだ一瞬を狙い、僕とベリトの『積雪の豪腕』が彼女にぶちあたる。

 壁面まで吹き飛んだ彼女に追撃を仕掛けるべく、僕は魔力を噴射。自分だけでなく、ベリトの方にも魔力を向けて同様に移動。


「上等な黒魔法ってのはこうも効くわけか。こりゃ大したもんだ」


 ヘルさんは咄嗟に魔力を纏い、『空白』を抵抗レジスト。思考だけは継続出来るようにと対応。


「先を急ぐ、決めるぞベリト」


「あぁ」


「そう言うなよ、始まったばっかだろ?」



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