第184話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域17/火風、纏いて
ベリトが退場し、『白銀』が消える。
僕は、【嵐の勇者】エアリアルを見る。
このエリアに残っているのは、敵味方合わせて三人にまで減っていた。
「彼女もやられたか」
◇
エアリアルさんに果敢に挑んだ者たちについて。
僕は後から映像でしっかりと確認した。
「エリー様に疾風の如き速さを!
「エリー様に迅雷の如き速さを!
ケントさんとジャンさんの白魔法が、エリーさんの速度を更に上げる。
「我が魔法、大海で
「我が魔法、宵闇で光を失うに等しいと知れ!
ライナーさんとライアンさんの黒魔法が、エアリアルさんの思考に『空白』を挟み込むべく放たれる。
「冒険者の【黒魔導士】に続け! 少しでもやつの魔力を削るのだ!」
【寛大なる賢君】ロノウェの指示に従い、『初級・始まりのダンジョン』所属の【黒魔導士】が応じる。
「ゴブリンは撹乱と黒魔法! コボルトは背後をつけ! オーク! レメゲトン殿は必ずや【嵐の勇者】を打倒する策を思いつく! 我々がやつの歩みを一歩でも遅らせるのだ!」
「うぉおおおおおおおおお!!!」と、魔物達の叫ぶ声が幾重にも響く。
「素晴らしい士気だ。しかし私も、退けなくてね」
エアリアルさんが、一回転した。拳を振るいながら、その場でくるりと回る。いや、ぐわんと音がした。業風が吹き荒れ、背後から近づくコボルトを巻き上げ、切り裂く。
盾を構えたオークはなんとか耐えようとするが、盾の方が先に壊れ、すぐにその肉体にも無数の裂傷が刻まれる。
アルラウネたちはなんとか彼に絡みつこうとしていたが「わー」「うー」と風に抗えず飛ばされてしまう。
「オロバス!」
「えぇ、いいでしょう」
ロノウェは【零騎なる弓兵】オロバスにまたがった。馬人に乗るオークの騎兵。
オロバスが盾を構え、ロノウェがオロバスの装備である槍を抜く。
彼女が凄まじい速度で駆けた。
「あぁ、オロバス殿。タッグトーナメントでは見事な活躍だったね」
エアリアルさんは朗らかに微笑みながら、『嵐纏』を振り抜く。
拳の放たれた方向に全てを刻む突風が吹き抜け、盾を構えたオーク達がまるで花びらのように簡単に空を舞う。
オロバスはそれを機敏に回避、だがエアリアルさんの二撃目は既に用意され、放たれるところだった。
「主」
「あぁ……!」
ロノウェは攻撃が直撃する寸前、オロバスから飛び下りた。そのまま転がり、すぐに立ち上がってエアリアルさんへと迫る。
その背後で、オロバスは風に呑まれる。彼女のおかげで進めた道を、彼は駆ける。
「片腕が折れてその動き。ダンジョンマスターとしてだけでなく、一人の戦士としても優秀なようだ」
「フン……ッ!!」
ロノウェは槍を力いっぱいに投擲し、本人は更にエアリアルさんに肉薄。
エアリアルさんは右腕の『嵐纏』で迎撃するのではなく、半身になって槍を回避。
「良いパスね、褒めてあげる」
槍はエアリアルさんの背後でぐるんっと穂先を反転し、今度は彼の背中を狙って放たれる。
エリーさんの風魔法によって。
「ふむ」
エアリアルさんは再び自分に向かってきた槍を見もせずに左腕で掴み、迫るロノウェを『嵐纏』で殴りつけた。
「ぐ、ぉ……」
ロノウェは、耐えようとしたのか。だが、ロノウェの耐久力がいかに高かろうと、『嵐纏』に込められた魔力量は規格外過ぎる。肉体強度のみで抗うのは難しく、彼の体は砕け散った。
【嵐の勇者】は手に持った槍を、球でも打つように豪快にスイング。
丁度そこに、エリーさんが飛び込むところだった。
槍は彼女の細い体を打ち付け――なかった。
僕らとの戦いでも見せた、ミラージュを起こす精霊術だ。空気の密度を操作し、光の屈折を調整、自らの位置を本来とズラして見せる魔法。
繊細な感覚と魔力操作が求められ、説明だけ聞いて使いこなすのは難しい。
「ほぉ」
感心したようなエアリアルさんの声。彼の背後に浮かぶ本物のエリーさんが、その美しい脚に風の刃を纏わせ、まるで剣のように振り下ろすところだった。
何にも邪魔されなければ、エアリアルさんを真っ二つにする軌道。邪魔は入った。
エアリアルさんが放った『風刃』だ。
反応に遅れても、対応に間に合うだけの実力を備えているのだ、あの世界一位は。
「くっ」
弾かれるように空中で姿勢を崩すエリーさんに、エアリアルさんが『嵐纏』を叩き込んだ。
「反応がいい」
エリーさんは咄嗟に『空気の盾』を複数展開し、更には自分の体を可能な限り後方に飛ばした。
それでもエリーさんの体は風圧に逆らえず、風に舞う木の葉のようにぐるぐる回りながら飛ばされていく。余波だけでこれなのだ。
エアリアルさんは彼女に追撃を試みようとし、不思議そうに立ち止まる。
「……なるほど、これでユアンが傷だらけだったのだね」
ガラス細工でも壊すような音とともに、エアリアルさんが進む。
――極小の『風刃』を空間に配置して、透明の刃物だらけの罠を作ったのか。
『空気の鎧』を纏ったエアリアルさんは無傷で突破したが、気づかず飛び込めば全身に刃物による傷がつく。風の刃が散りばめられたトラップだ。
「派手な攻略を可能とするのは、あまりに繊細な魔力操作の見せ方を心得ているから。良い【勇者】だ」
「ありがと。その遥か上から目線は好きじゃないけれど」
「それは失礼」
エリーさんに迫るエアリアルさん。
「頭が高いわ――なんてね」
直後、エアリアルさんが片膝を床についた。
「……これは、そうか」
言ってしまえばシンプルな魔法。どでかい『空気の箱』だ。
天井にぴったりくっついた状態から始まり、徐々に大きくなっていく。何かを入れるのではなく、空間を埋めて外にあるものを押しつぶす魔法だ。
今、エリーさんが急速にサイズを大きくし、箱は残った生き物の中で一番身長の高いエアリアルさんに激突。
魔力に満ちた空間、大勢の魔力が漂っている状況、当人の魔力制御能力の高さなどが重なり、エアリアルさんの感知能力を掻い潜ったのだ。
同時、エリーさんは再び風を纏って彼に攻撃を仕掛ける。
「戦えてよかったよ、本当に」
そのエリーさん渾身の魔法を、まるで刃物で布でも割くように、すっと『嵐纏』を突き入れ、切り裂く。そしてそのまま、エリーさんを迎え撃った。
拳大の嵐が通り抜けた後に、残るものはない。あるとすれば、被害者の魔力粒子だけだ。
「彼女はこれからもっと強くなるな。君たちは良いリーダーに巡り会えたね」
エリーさんの技は全て通じていた。通じた上で、即座に破られてしまった。
エリーパーティーの四人は残るゴブリンを支援したが、ほどなくして嵐の餌食となった。
優秀な魔物達を冗談のように刻み、ランク百位以内の【勇者】さえ、その技が機能しながらも有効打には至らない。
そのレベルでもなければ、一位に長く君臨することは出来ないということか。
そして、ここからは僕の記憶にもある。
「彼女もやられたか」
◇
「正直、予想していなかった。こうも味方を失うことになるとはね。しかし、あぁ、よくないことかもしれないが、この状況を楽しんでいる自分もいるのだ。なぁ、レメゲトン殿。フェニクスを倒した時の何かを、私にも披露してはもらえまいか」
角の完全解放。フェニクスの時よりも角の量が増加しているので、更に禍々しくなることだろう。
それでも勝てるか分からない相手。そうだ、出し惜しみなど出来る相手ではない。
なにより、全力を出し、散っていった仲間たちに失礼だ。
僕は覚悟を決め、そして――。
「参謀殿」
ベヌウが側に寄ってきた。
「やつの『嵐纏』なる精霊術、非常に厄介かつ危険です」
「何か策でも?」
「ハッ」
「いいだろう、やれ」
余計な会話は要らない。ベヌウが有効だと思うなら、そうするのが良い。
瞬間、ベヌウの体が青い炎に変わった。
そしてそれはどういうわけか、僕に近づいてくる。いや、なんだろう。纏わりつく?
……なるほど、つまりはそういうことか。
僕の衣装と青い炎が混ざる。
今、レメゲトンの体は青い炎に包まれていた。青い不死鳥の衣。
フェニクスは精霊術の深奥、火との『同化』を習得していた。
彼は今人間であり、炎でもある。人であり、精霊術でもある。自らの意志で動く精霊術とも言えるわけだ。
僕の翼は飛行するというより、真っ直ぐ加速するというもの。エアリアルさん相手にベヌウの飛翔能力が使えるのはありがたい。それには彼が遠隔で操作するよりも、この形が最適。
更には火属性精霊術による中遠距離の攻撃も可能。
あと、多分これがフェニクスが鎧という形を選んだ最大の理由だが――これなら、角を完全解放してもバレない。
今の僕に多少いびつな角が生えたところで、炎で充分隠れているのだ。翼だって、青いのが生えている。
――師匠への誓いを破らず、それでいて全力を出せるようにとの配慮。
こんな気遣いをされては、炎になった親友を纏うってなんか嫌だな、なんて軽口も叩けない。
カメラを破壊する必要もない。視聴者に戦いの全てをお届け出来る。
師匠との約束を破る罪悪感という邪魔も、入る余地がない。バレずに済むのだから。
エアリアルさんはもう気づいているだろうけれど、彼ならば大丈夫。
「君は本当に、いつも新しいな」
エアリアルさんが楽しそうに言うが、こればかりは僕のアイディアじゃない。
「その魔法は、なんというんだい?」
エアリアルさんの問い。
ベヌウの呟く声が聞こえた。僕に言えってことか?
「『
……絶対エアリアルさんの『嵐纏』を聞いてから考えただろ。
まぁいい。親友の配慮のおかげで、心置きなく全力を出せるのは本当。
素直に感謝し、僕は角を――解放する。
僕の全身から黒が滲み出す。やはり、量が増えている。両肘から角が突き出る。一対の翼が生える。以前よりも禍々しい、腕などは鎧のようになっていることだろう。偽物の角の反対側、何も無かった部分にも角が生える。この部分だけが、唯一角っぽい角だろう。
ダンジョンコアから吸い上げ、純化・圧縮した魔力。
その全てを、【嵐の勇者】打倒に注ぎ込む。
角を全解放しても、敵うか分からない相手。
だが不安はない。こんなこと、本人には絶対に言わないけど。
僕とフェニクスが一緒に戦って、負けるわけがないのだ。
「行くぞ、【嵐の勇者】」
「待ちわびたよ。このような日を、もうずっと前から」
最終エリア、最後の戦いが、そうして始まった。
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