第115話◇絶対的アイドル勇者(中)

 



 改めて。

 エリーパーティーは【勇者】一人、【黒魔導士】と【白魔導士】が二人ずつの変則的な構成だ。


 攻略での役割もきっぱりと分かれている。

 エリーさんが戦闘。

 他の四人がサポート。


 これは変わらない。サポート役が戦ったことはないし、エリーさんが四人をサポートすることもない。

 というのが、一般人、、、の捉え方。


 幾ら五人が優秀でも、そのやり方で仲間を欠くことなく攻略するスタイルを貫くのは難しい。

 彼女たちを侮っているのではなく、ダンジョン攻略がそこまで易しくないだけ。


 仕組みがあるのだ。


 また、人気について。

 エリーさんの容姿と性格が人を惹きつけているのはもちろん、四人の見た目も整っている。

 美男子を率いる美少女というだけでも、惹かれる人はいるだろう。


 もちろん、それだけで生き残れるほど冒険者は甘くない。

 どんなに顔がよくとも、ダンジョン攻略で五人の内一人しか目立たないならばすぐに消えるというもの。

 だが彼女達はランク百位以内に入り、人気を確固たるものとしている。


「エリー様に疾風の如き速さを! 速度上昇クイック!」

「エリー様に迅雷の如き速さを! 速度上昇クイック!」 


 爽やかな印象のケントさんが栗色の髪を掻き上げながら、四人の中でも特にエリーさんを慕っているジャンさんが拳を握りながら、それぞれ白魔法を唱える。


 特に必要ないどころか、どこが強化されたか敵にも分かってしまうので本来は避けるべき。

 しかし視聴者には分かりやすいし、二人はやっぱりハンサムだし、なによりも――。


「レメゲ――」


 フォラスが僕を呼ぶ声は間に合わない。

 多分、お気をつけくださいとか警戒を促す言葉を口にしようとしたのだろう。


 だが間に合ったこともある。

 僕は流れるようにフォラスから大盾を受け取り、そのまま真後ろにいる何者かに叩きつけるように回転。


「――アナタ、見えているの?」


 驚いたようなエリーさんの顔が、そこにはあった。

 背後から攻撃しようとしていたエリーさんはだが、僕の迎撃をすんでのところで回避。


 今度はカメラが捉えられるギリギリの速度で距離をとった。


 ――やっぱり。彼女はプロの冒険者だ。


 いや公式パーティーは全員そうだが、心構えの話だ。


 エリーさんは単なる勝敗だけでなく、攻略映像としての魅せ方もよく考えて動いている。


 ダンジョンのカメラは高性能。目にも留まらぬ速さで動こうとも、動画編集の際にスローにでもすれば何をしたかまで視聴者に届けられる。

 だからといって常に最高速度で移動していては、観る者にずっとスロー映像を見せることになってしまう。

 等速で見ていても速いと分かるギリギリの速度を見極め、勝負の分け目以外ではその速度を維持。


 後は、白魔法の効果か。二人は天才ではないが、優秀な【白魔導士】のようだ。

 効力より、持続時間を伸ばすよう鍛錬したと推測される。

 彼らの魔法が発動すると、エリーさんは速度を上げる。魔法効果もあるが、彼女が意図的に速度を上げるのだ。


 これは非常に分かりやすい。

 常人を超える速さから、目にも留まらぬ速さになるのだ。等速で観ると、白魔法を受けてからのエリーさんは消え、違う地点に現れ、消え、違う地点に……と繰り返す。


 治癒以外は効果が分かりにくいとされる白魔法の弱点を、彼女の長所を伸ばす形に行使し、術者本人にアピールさせ、実際以上の恩恵を演出することで解消しているのだ。


 彼女の恐ろしいところは、『パフォーマンス』と『真剣勝負』を両立させるバランス感覚。


「あはっ、さすが魔王軍参謀ね! 楽しいわ!」


 これは魔人として働くことになった時からの課題。


 魔人は、角の有無だけが人間ノーマルとの違いではない。

 身体も強靭なのだ。

 体格、腕力、脚力、五感、魔力器官に魔力操作能力。

 何を比較しても、平均的には魔人の方が優れている。


 だが僕が魔人クラスなのは、角と魔力器官や魔力操作能力くらいのもの。

 いくら師匠に鍛えてもらったところで、完全に魔人になったわけではないのだ。

 特別な才能が開花したとか、そういうこともない。


 角だって最初から今のように扱えたのではなく、移植当初は意識さえ出来なかったところから、自分の一部のように使えるところまで鍛えたのだ。

 何が言いたいかというと、つまり。


 魔王軍参謀の耐久や近接戦闘がしょぼいと知られないように戦わなければならないということ。


 僕は今、エリーさんの動きを目で追ったのではない。

 彼女たちの攻略映像を全て繰り返し繰り返し確認し、彼女の攻撃パターンを割り出し、想定される速度に合わせて迎撃したに過ぎないのだ。


 足りない能力を、そうと知られずに立ち回る。

 フェニクスパーティー戦があぁも上手くいったのは、彼らがよく知る人物だったから。


 けれどこれからはそうはいかない。

 映像の研究を幾らしたところで、実戦とは不測の事態が起こるもの。

 それを含め、どこまで対応出来るか。

 この戦いは、それを試す良い機会でもある。


「フォラス」


「はっ」


「黒魔法ね! いいわ掛けてみなさい! ――それと! そこ!」


 僕らから距離をとったエリーさんが一度止まり、そこで大げさに腕を振るった。

 それに呼応するように、突風が吹くような音が発生し、床と壁に――巨大な刃で切りつけられたような亀裂が入る。


「わわっ。ヒヤッとしました~」


 そうとは思えないのんびりした声は、シアさんもとい――【一角詩人】アムドゥシアスのもの。


 彼女を襲ったのはエリーさんの風刃だけではない。

 リーダーであるエリーさんの声に先んじて、黒スーツ二人組からも声が上がっていたのだ。

 彼らが黒魔法を唱え、直後にエリーさんが攻撃魔法を放った。その黒魔法とは――。


「我が魔法、泥に足を取られる如きものと知れ! 速度低下クイックダウン!」

「我が魔法、岩を背に負うに等しいものと知れ! 速度低下クイックダウン!」


 ちなみに魔法やスキルの名前は、一応業界で統一されている。どちらかというと分類の為で、使用時に口にする人は少ないけれど。


 リリーの『神速』なんかもそうだ。実況や後から声を入れる場合に用いられることはあっても、本人はそれを叫んだりしない。

 まぁ、『技名は叫んでこそ』という人もいたりして、一ファンとしては共感するところもあるのだが。


 スキルは型――どんな目的で、どのような動きをするか――、魔法は効果で分類される。

 どちらも、これまで使用者がいなかったものを編み出した場合、新たに登録することも可能。


 ベリトのやった、魔法の巨腕で敵を殴りながら、その肘を更に魔法の『腕』で殴りつけるあれなんかは、新魔法として名前を付けられるだろう。

ともかく、二人は『速度低下』を発動。対象はアムドゥシアス。


 ケンタウロス状態だった彼女は四人に向かって駆けていたのだが、その速度が僅かに遅くなる。

 優秀な【黒魔導士】二人が重ね掛けした魔法。彼らの場合は持続時間ではなく瞬間効力を重視している。


 こちらも先程と同じ。黒魔法の効果が現れたタイミングで、エリーさんが敵を倒すのだ。

 編集の際に画面を二分割し、黒魔法発動前と発動後の敵の動きを比べて分かりやすく効力を示すなどの工夫も凝らしている。


 積極的にサポート要員の活躍をアピールしているのだ。これは冒険者では非常に珍しい。


「……へぇ、よく避けたわね」


 感心するようなエリーさんの声。


 そう、アムドゥシアスは先の攻撃を回避。

 二人の黒魔法は優れていたし、エリーさんの攻撃のタイミングも完璧。

 風刃はアムドゥシアスを胴から真っ二つにする筈だった。


 だが【一角詩人】はただの馬人ではない。人と人馬を行き来出来る者。

 だからそう、攻撃の一瞬前に人化することで、四足歩行から二足歩行に移行することで、攻撃を避けたのだ。馬の胴部分を消失すれば、そこを狙う攻撃が空振るのは必定。


 アムドゥシアスはすぐさまケンタウロス化し直し、四人に向かって疾走。


「行きますよ~」


 腰に吊るした布袋に手を突っ込んだ彼女が、中身を振りまく。


 小さな粒――種だ。

 それらは床に落ちると蠢き、形を変え、巨大化する。

 それは、亜獣だった。植物の性質と、人間の形態を持つ亜獣だ。


 四肢は植物の根を束ねたようであり、頭部には冠のように葉が生えている。スカートのような花びらで腰を、蔦で胸を隠していた。人間の女性を思わせる、緑色の生き物。


 ――アルラウネ。


 【調教師】は確かに亜獣を従えるが、植物系は意思疎通が特に難しいとされており、滅多に見られない。

 現れた無数のアルラウネが全員幼女から少女の年代なのは、彼女の好みだそうだ。


「いけめんさんだからって興奮してはだめですよ~。清く正しいお付き合いをしましょうね~」


 アルラウネ達はニコニコとした笑顔で四人に近づく。


「チッ、人の下僕イヌにわらわらと!」


 苛立ちの声を上げながらも、エリーさんは助けには行かない。

 そんなことで隙を作ったりしない。


 そこが動画でもウケているところだ。四人のカバーに入らない。最大戦力がサポート要員の為に不利になるシーンがない。『【黒魔導士】【白魔導士】は足手まとい』という意見に発展する要素を、極限まで削ぎ落とした攻略スタイル。


 では何故、四人の誰も退場しないのか。

 彼女が自分の後ろに敵を通さない。ある程度までならば、これが理由。

 だが全ての攻略でこうはいかない。


 どうやって四人は生き残っている?

 多くの視聴者は、四人が協力しながら互いを強化し、敵を弱体化し、時間を稼いでいると思っている。

 そしてエリーの戦闘が済んでから、四人が相手した敵に彼女が止めを刺すのだ。


 これは、起こっていることとしては正しい。

 しかし実際、それを現実とするにあたって行われていることは、そう単純ではない。


 アルラウネの両腕が伸び、白スーツのジャンさんを抱擁しようと迫った。

 彼はそれをギリギリのタイミングで屈むことで回避。


 ――やっぱりそうか、、、、、、、


 僕は予想が的中したことを確信。


 杖を構える。

 大会で使ったものではない。もっと長く、上を向く部分の先端がくるりと渦を巻く形状になっている木製の杖だ。

 戦闘開始からずっと、これに魔力を流していた。

 フォラスの構える大剣も、杖の機能が組み込まれたもの。


「【勇者】エリーは世間が思う以上に仲間思いのようだ」


「……そのようですね。参謀殿の予想通り、風魔法で敵の攻撃を知らせている」


 事前の打ち合わせ通りのセリフを、フォラスが言う。


 四人がいかに優秀とはいえ、魔王に鍛えられたわけではない。魔法を鍛えて身体も鍛える、というのは難しい。ただでさえ、彼らは特定の使い方に限定することで効力を上げているのだ。

 彼らの身体を見るに、普通の魔導士と比べると鍛えてはいるが、やはり戦闘職には遠く及ばない。

 なのに何故見事なまでに生き残れるのだろう?


 今見て分かった。

 彼らは自分で攻撃を見切っているのではない。例えば頭部を狙った攻撃が迫っているなら、額にエリーさんの風が当たる。それが途切れた瞬間にしゃがむなりすれば、攻撃を回避出来る。


 通常の魔導士が着用するローブではなくぴっちりしたスーツなのは、エリーさんの風で衣装が揺れることを避ける為でもあるのだろう。

 もちろん彼女の『見えないサポート』にも限度はあるから、当人たちも日々立ち回りを意識して努力を積んでいるだろうが。最低限の体作りは必須だ。そこは怠っていない。


 【絶世の勇者】エリー。

 彼女はどこまでも自分に正直。その態度から誤解されがちだが、単に傲慢なだけの強者がこのパーティーを成立させられるものか。


 その実態は、己の美しさを、速さを、強さを見せつけながら。

 共に戦う仲間の魅力、不遇職とされる【黒魔導士】【白魔導士】の活躍を、分かりやすく丁寧に視聴者に提示する、エンターテイナー。


「……ほんと、さすが参謀ね。けど――」


 彼女が直線を駆ける。稲妻の如き速度だが、既に一度体感している。反応は不可能では――。


「乙女の秘密を暴いてはいけないわ」


 眼前に彼女が見えるのに、声は右半身の斜め上から聞こえる。


 ――残像!? いや、精霊術か! ミラージュを魔法で起こしているのか!


 フォラスは眼前の方のエリーさんを斬るが、彼女は煙のように揺らめくだけ。

 実物はそこにはいない。


 ――此処で、新技!


 僕が見た動画のどこにも、この魔法は無かった。


「どうかこの魔法と一緒に、胸に秘めていてね」


 風魔法で宙に浮いている彼女が、空中で加速。


 ――まずい!



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