第116話◇絶対的アイドル勇者(下)
死神の振るう鎌のように、彼女の蹴りが僕の首に迫る。
僕は咄嗟に膝から力を抜き、自重で上半身を落とす。
頭上を通り過ぎる鋭い音。
避けることが出来た。だけどこの体勢では二撃目が――。
「アナタ、【黒魔導士】なのに武術の心得があるの?」
魔王と四天王の弟子をやっていたおかげだ。
「でもこれで――」
間に合わないか。これ以上は――。
僕が角を解放しようとした、その瞬間――。
「レメゲトン様、完了しました」
「は?」
その声に、エリーさんが呆けた顔をする。
それから相手を見て、その人物がしたことを見て、僕を見て、表情を歪めた。
「
その顔は驚愕に染まっている。
「貴様の方から、こちらに接近した時だ」
先程僕に報告を上げたのは、メドウさんこと――【魔眼の暗殺者】ボティス。
作戦はこうだ。
戦闘開始と同時に、僕が五人全員に黒魔法を掛ける。
掛けるのは『混乱』。普段僕がやっていることの強化版。
五人の、ボティスへの認識を阻害。つまり、彼女を意識出来なくした。
元々気配を断つことが得意な【暗殺者】だから、万が一にもバレることはない。
「有り得ないわ! アタシは
魔力の鎧は燃費が悪い。
彼女はそれを常時纏いながら動き回り、風魔法を移動、攻撃、サポートに使っていた。驚嘆すべき技量だ。
僕も、黒魔法に関しては自負がある。
魔力の鎧で黒魔法を弾くことが出来るのは、自身の魔力を展開することにより、敵の魔力の侵入を阻めるからだ。
バケツに入れた水を被せても、相手が雨衣を被っていたらずぶ濡れにするのは無理、みたいな感じだろうか。
ならば、水鉄砲でピンポイントに隙間を狙えばどうだろう。
僕は黒魔法をバケツに入れた水ではなく、糸状に形成。魔力を浴びせるのではなく、魔力の糸を通すイメージ。普段よりも神経をすり減らしたが、フォラスが防いだ一撃目で鎧の魔力状態を確認。
大盾を僕が振るった二撃目で、糸を通すことに成功。
他の四人に関しては、戦闘開始直後の一瞬で掛けた。
そして、僕とフォラスでエリーさんを引きつけながら、二人で同時に――四人に対して黒魔法を展開。
彼らのギリギリの回避を邪魔する目的もあり、選んだのは『速度低下』。
効果は抜群。【白魔導士】二人は解除に気を取られ、【黒魔導士】の二人はアムドゥシアスを遅くするどころではなくなった。
アルラウネに苦戦する四人は、アムドゥシアスの突進もあって窮地に陥る。
だからこそエリーさんは勝負を急いだ。
僕とフォラスを倒し、堂々と四人を助けようとした。
フォラスの黒魔法をエリーさんに掛けなかったのは、当然魔力の鎧があるから。
多くの魔力が弾かれるくらいなら、他の対象を選んだ方が恩恵は大きい。
僕は彼女の意識を逸らし、魔力の鎧を出し続けてもらう為にも、『混乱』とは別に弾かれる前提の黒魔法を放っていた。
「……出来るの? ……黒魔法で、そこまでのことが……でも……」
「どうする【勇者】エリーよ。続けるか?」
包帯を下げたボティスの両目は、赤く淡く光っているようだった。
それに見つめられたジャンさんは、石像と化している。
彼女が持つのは、石化能力。
効果範囲と発動までに掛かる時間の問題で、彼女の存在を隠す必要があった。
エリーさんのサポートを予測していた僕は、この戦いで最も有用なのがボティスだと思った。
フォラスは僕の護衛のような立ち回りということもあり上手く動けていたが、戦闘職ではない。
アムドゥシアスもそうだが、彼女は肉弾戦の適性がある。しかしアルラウネと同様に、エリーさんのサポートで攻撃が回避されるだろう。
戦わずして退場させる力こそが、効果的だと考えた。
石化も魔法のような性質のようで、
「待って。何故
「貴様の戦いを見ていれば分かる。『五人全員で勝つこと』が、貴様にとっての勝利なのだと」
五人の絆について、僕が語れるようなことはない。
だがそれが確かにあって、強固なものなのは見ていれば分かった。
残る三人が、申し訳無さそうな顔をしている。
「――それが的外れで、戦闘続行すると言ったら?」
その可能性も当然、ある。実現してほしくはないが。
僕は角は解放せず、魔力を隠すのをやめる。
魔力器官が作る魔力が、そのまま周囲に感じ取られるようになる。
「好きにしろ」
「…………なるほど。これで角まで出てきたら、もっと楽しくなりそうね」
エリーさんはふふ、と妖艶に微笑んだ。
「降参よ。
ニコラさんのように泥臭く粘り強く戦うことこそを望む者もいれば、己の美学を貫き通す者もいる。
色んなやり方があるし、あっていい。それが冒険者。
「あーあ、ショックだわ。まるで丸裸にされた気分。全部全部、見抜かれていたみたいで」
彼女は地上に下り立ち、戦闘態勢を解除。
僕に近づいてくる。
「アナタを認めるわ、レン。従いましょう。強くて賢いのね。でも一つ――」
そう言って、彼女が僕に耳打ちした。
「本番までに、魔力をどうにかなさい。それじゃあ全然足りないわよ」
――鋭い。
魔力器官だけでなく、内蔵されている角の魔力まで嗅ぎ取ったのか。
そんなわけで、新生第十層は、ランク九十五位パーティーに勝利した。
◇
余談だが、この戦いの後、黒スーツのライナーさんとライアンさんが僕とフォラスの許にやってきて、修行を付けてくれと頭を下げた。
エリーさんは自分にこそ魔眼が向けられると思っていたのにそうはならなかったことで、しばらくボティスに「掛けてみなさいよアタシに。美しい石像にしてみなさいよ」と絡んでいた。
スーツ組はアルラウネをけしかけ、自身も圧倒的攻撃力で突進するアムドゥシアスが若干トラウマになったらしく、彼女に話しかけられると一瞬肩がびくりと揺れるようになった。
「エリー」
「なに、レン」
「言いたくなければ構わないが、貴様は何故このようなパーティーを結成しようと考えたのだ?」
「アナタなら分かるでしょ。分かりきったことを訊くのは嫌いよ」
「……あぁ、そうだな。済まない」
このパーティーの秘密まで理解すると、疑問が湧くのではないか。
結局エリーが群を抜いて優秀で、四人を庇っているだけなのではないか、と。
違う。
彼女の強化された速度は驚異だし、その上更に黒魔法でピンポイントに弱体化させられるのは非常に厄介。
それだけではない。
エリーのサポートは彼女が優秀というだけで成立しているのではないのだ。
彼ら四人がエリーの背後に控えているからだ。他の冒険者ならばそうはいかない。
一人が突出し、残りがひとかたまり。これを徹底するのは難しい。ましてや後方で戦闘になれば、回避や防戦の為にバラバラになってしまうだろう。
けれど四人は大きく動かない。エリーを信じて、その場で生き残るのだ。彼女のサポートを信じ、それを最大限活かせるように立ち回る。
仲間が前後左右にバラけているのと、後方でひとかたまりでいるのと、どちらがサポートしやすいかなど言うまでもない。
彼女の特殊な才能を活かすには、この形が最適。その形を支持する仲間が必要。
「アタシは、自分が輝く舞台がいいの」
彼女が自分らしく自分の好きなように動く為に、最高のサポートをする四人。
その四人が大事だからこそ、その価値を誰よりも認めているからこそ。
彼女は四人の能力が評価されるよう考えを巡らせ、四人をバレないように守るのだ。
いかなる宝石でも、暗闇の中では輝けない。
アイドル然とした勇者エリーは、己の美しさを世に知らしめる為に、最高の照明を自らの意思で選んだ。
それが【黒魔導士】二人、【白魔導士】二人。
いや、ライナー、ライアン、ケント、ジャンと言うべきか。
それらは彼女にとって欠いてはならないもので、だからあの場で降参した。
だが――。
本番で仲間が欠けた時は、どうなるだろうか。
今回僕が降参を予想したのは、もちろん前述のような考えがあると思ったからだが、同時にこれが力を試す戦いという前提があったから。
今回は同盟者だが、僕らはいずれ敵同士になるかもしれない。
だからこそ、力を試しながらも、互いに実力の全てを出し切ってはいない。
新技こそ飛び出したが、あれ一つということはないだろう。
また、他の四人。エリーさんの指示かは分からないが、上昇率・低下率が事前に得た情報よりも低かった。
あのような場で、手の内を明かすわけもないか。
最後、エリーさんは戦闘続行を悩んでいたように思う。
彼女も【勇者】だ。負けたいわけがない。仲間を失ったのなら、仇をとろうと考える方が自然。
今回は自分たちの貫いてきたスタイルが砕けたとして、負けを認めただけ。
「聞いてるの?」
「……あぁ」
「まったく。だからね、レン。頼んだわよ。アナタの采配で、アタシを最高の【勇者】にして頂戴ね」
…………。
まさか、魔王軍参謀になって、【勇者】にそんなことを頼まれるとは。
僕は仮面の奥で微笑みながら、応えた。
「承知した。最強の【勇者】共を、我らで撃退するぞ」
「それ、とっても楽しそう」
彼女は無邪気な子供のように、楽しそうに笑った。
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