第137話◇勇者集団、侵入

 



 映像室――これまではあまりそういう使い方はされなかったようだが、司令室としても機能する――に立つ僕は、大画面に映し出される分割映像を観て、思う。


 圧巻だ。


 勇者パーティーが今まさに、第一層・番犬の領域に転送されたところだった。

 広がる荒野、上空には偽の空と太陽。視界を遮るものは巨岩以外にない。

 彼らから見て正面奥に控えるは、視聴者用に構築された魔王城の入り口。


 第一層は、設定的には敷地内への侵入者を阻む層。

 無数の【黒妖犬】が放たれており、【不可視の殺戮者】グラシャラボラスが不可視化能力で敵を翻弄し、牙と爪で不届き者達を排除する。

 それを突破した先に立ちふさがるのが【地獄の番犬】ナベリウス。


 今日、僕の隣にはカーミラとカシュがいる。

 カシュはハラハラした様子で画面を見ていた。胸の前で両手をぎゅっと握って、第一層のみんなの勝利を願っている。


「彼らはどう動くでしょうか」


 カーミラが確認するように口にする。


 映像室には他にも魔物達がいる。個別にカメラを動かしたり、不具合が生じた際に対応する職員達だ。他にも、仲間の防衛を見守る為に部屋に足を運んだ者達も少なくなかった。


「……奴らの総数は十七。連携をとるには難しい数字だ」


「はい。彼らは軍人のように同様の訓練を積み、同様の装備を携え、上官の命令によって運用される戦力ではありません。『集団』としての機能よりも、『個人』の技能が重要視される冒険者ですから」


 優劣ではなく、性質の違い。


「あぁ、突出した『個』がバラバラにならずにパーティーとして成立する人数というのが、五人なのだろう」


 もちろん、最大ではない。人によっては数十人の冒険者も統率出来るかもしれないし、一人だって上手くやれないかも。

 だがダンジョン攻略をエンターテイメント化するにあたって、ルールの制定が必要だった。

 その時に導き出された数字が、五人だったということ。全パーティー五人構成。


 あとは多分、目まぐるしく変わる状況の中で、視聴者が一度に認識出来る数とかも考慮されたのではないか。

 まぁ、今回はレイド戦ということで、レイスくんのところは二人構成だったりするのだが。


 僕だって一度に十七人と更には無数の魔物、層ごとに環境を変えるダンジョン全てを認識するのは難しい。


「元々我の強い冒険者集団。各パーティーにリーダーがいますが、彼ら彼女らの影響力は自パーティー以外には薄いと考えられます。唯一、エアリアルの発言力が例外でしょうか」


 カーミラの言葉に、僕は小さく頷く。

 リーダーは自分が認めた者だが、違うパーティーのリーダーに命令されて嬉しくなる冒険者はいない。これは実力を認めるかどうかとは、別の問題。


 もちろん彼らは業界トップ。そういった心情を抑えて戦うことは可能。

 だがおそらく、そういった方法は選ばない。


 彼ら自身が誰よりも知っている。

 抑え込むやり方で上位に来たのではない。好きに暴れて最上位に君臨した者達なのだ。

 であれば――。


「完璧な連携を演出するよりも、個々の力を最大限発揮出来る形で攻略を進めるつもりだろう」


 僕が言うのと、彼らの戦いが始まるのは同時だった。


 ◇

 

 ランク外――なにせ、五人いないから公式パーティーじゃない――の俺とフラン以外はトップの連中。

 そんな奴らに混ざっての攻略。どうなるかと思ったのは顔合わせ前まで。


 エアおじはてっきりみんなで仲良く協力して~とかふわっとしたことを言うと思った。

 違った。


 俺達が一緒に鍛錬したのは、互いを知る為。能力だけでなく、ひととなりとか、癖とかも。

 その上で、息を合わせるのではない。

 邪魔をしない、という協調だ。


 それは手出ししないということではない。

 まぁどういうことかというと。


「さてさてさて、敵は不可視! その接近を事前に察知することは極めて困難と言えるでしょう。どうしましょう。どうしましょうか、レイス殿!」


 このうるさい人はスカハパーティーの【奇術師】セオセンパイ。

 目が痛くなる配色の燕尾服に紳士帽子。杖でもくるくる回しそうな陽気さだが、代わりにってわけじゃないだろうけど全ての指に指輪を嵌めている。

 胡散臭いお兄さんって感じだが、わざとやっているんだろう。


「消えてはないんだから、こっちの攻撃はあたるんじゃない?」


「素晴らしい! ですが当てずっぽうに攻撃を撒き散らすのは魔力の無駄ですし、視聴者のみなさんにとっては非常に見苦しいものとなりましょう! あぁ、あぁ悩みます! ワタシは、一体どうすれば!」


 そしてセオセンパイは、今思いついたとばかりに、手をポンとする。皿にした片手に、握った片手を打ち付けるやつ。


「ワタシ、思いつきました!」


「よかったね」


 ……どうでもいいけど、なんでこの人俺に話しかけてくるんだろう。めっちゃ見てくるし。


「罠を張ればいいのではないでしょうか!」


「いいんじゃない」


「ありがとうございます。そう言われるかと思いまして、既に張ったものが――こちらになります!」


 芝居掛かった人だが、非戦闘職で五位パーティーにいるのだ。弱いわけがない。

 同時、犬の鳴き声のようなものが、幾つも響く。


「……嫌だな、俺犬好きなんだよ。これ、動物虐待みたいじゃん」


「お優しいのですな、レイス殿! しかし何もしなければ我らが噛み砕かれてしまいます!」


「そうだね」


 彼の全ての指輪から、何かが出ている。


 何かが、というか――糸だ。

 十個一セットの魔法具。

 指輪から謎の物質で出来た糸を出し、それを遣い手の意思で操る。


 ……これを自在に操れるようになるまで、どれだけの努力があったことか。

 アルバセンパイの魔法剣もそうだけど、強そうな機能を使いこなすには技術がいる。

 雑魚が適当に使っても、雑魚以外には通じない。


 そこら中に伸びる糸は、不可視の何か――【黒妖犬】しかいないけど――を何体も絡め取っていた。

 まるで生きているみたいに、自分の手足みたいに糸を操るセオセンパイ。


 彼の糸が何かを包んでいる。透明の何かをぐるぐる巻きしている。

 その箇所を、【狩人】の矢が、風魔法が、火魔法が、仲間達の魔法や武器攻撃が襲う。

 短い鳴き声と共に、糸がふっとほどけ、セオセンパイのもとへ戻る。


 俺達は、互いを邪魔しない。

 ただ互いを知っているから、こうするだろうと考え、こうして勝とうと動くだけ。


 セオセンパイが動くなら【黒妖犬】は捕まる。

 だからそれを退場させる魔力を練る。

 これが、俺達の協力関係。


「おや……?」


 だが、そう簡単じゃないのが魔王城らしかった。

 ……そうじゃないとね。

 


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