第136話◇今日は魔王城



 夢だ。

 きっと、レメさんとの会話の所為。

 だって、お父さんに尋ねた日の夢だった。


『勇者よりも、ずっと大事な仕事が出来たんだ』


 レメさんの言ったように、格好つけた言い回しになるが【不屈の勇者】は一位を諦めたのではなく、家族を諦めなかった男なのだろう。


 だからこそ、俺は俺が呪わしい。

 自分がいなければ、最強の勇者はそれを証明出来た筈だから。


 あれ……。

 そういえば、当時も同じようなことを父に言った気がする。

 俺の言葉に、お父さんはなんて言ったのだったか。


 結局夢はそこまで進まず、俺は目を覚ました。


「レイス」


 目を開けると、映ったのは天井でも壁でも枕でもない。

 顔だ。


「なんだよ、フラン」


「おはよう」


「……おはよう」


 病的に白い髪は長く伸ばされ、赤い両目に感情の色は見られない。抜けるような白い肌と端整な目鼻立まで揃っているので、人というより一流の技師が技術の粋を尽くして作成した人形だと言われる方が、まだ納得出来る。


 幻想的なまでに美しいこの少女は、俺の幼馴染。

 上体を起こした俺は、頭を掻きながらフランを見遣る。

 今日も全身を覆うローブ姿だ。


「最近気になってたんだけどさ、なんで起こしに来るんだ?」


 数日前くらいから、フランは俺を起こしに来るようになった。

 起こしに来るというか、俺が起きると部屋にいる。だから正確には起こされてないか。でも彼女いわく、起こしに来たそうなのだ。意味が分からない。


「ミシェルさんが」


「あの人が?」


 エアオジんとこの【魔法使い】だ。【紅蓮の魔法使い】。変な人だが、実力は本物。


「『幼馴染の女の子に起こされるシチュは、全男子の夢なのよ~』って」


 声真似のつもりらしいが、抑揚もないし声質も変わっていない。


「言ってた?」


 こくり、と頷くフラン。

 ……何の話だよそれ。


「それでお前は、俺に夢を見せようとしてくれたのか」


「レイスが嬉しいなら、わたしも嬉しい」


 フランが何を考えているか、表情から察するのは難しい。

 ただ、よちよち歩きの時から一緒にいるのだ、さすがに分かるようになるというもの。

 冗談やからかいの類ではない。


「そりゃどーも」


「元気出た?」


「お前の顔見て気分が沈んだことは無いよ」


「そう」


 あ、視線を逸らした。照れたらしい。


「飯取ってくる」


「うん」


 別に下の階で他の連中と一緒に食べてもいいのだが、理由があった。

 階下の食堂に下りて、厨房のカウンターに近づく。


「あらレイスちゃん。おはよう」


 食堂のおばちゃんが俺に気付いて笑顔になる。俺も微笑みを返した。


「おはよう」


「今日もフランちゃんと二人きりで食べるのかい?」


「まぁね」


「仲がいいんだねぇ」


「小さい頃から一緒だから」


「今も小さいじゃないの」


「これから大きくなるって」


 この国だと、十五が成人。十五から大人としての振る舞いや責任が求められるわけだ。

 十歳で【役職ジョブ】が判明すると、そこから数年掛けて将来の職業に向けた修行や勉強を行う。


 冒険者だと、育成機関スクール。【料理人】なら食事を提供する店での修行。

 十歳は若いが、あと五年で大人と考えると、幼すぎというほどではない筈。


 それでもやはり子供扱い……いや、未熟者扱いなのかな、する大人は多かった。

 そんな中、このおばちゃんは一見子供扱いっぽいが、しっかりと一人の人間として尊重してくれる。気安く思えて、踏み込みすぎない距離感も素敵だ。


「それじゃあちょっと待っててね」


「うん」


 空いた席に座って待っていると、誰かが俺の前まで来て止まった。


「レイス」


 葉っぱみたいな髪色をした、賢そうな顔の男だ。少年、かな。俺より三つばかし上。

 なんていったか……人の名前を覚えるのは苦手なんだ。


「おはよう……ユアン」


 なんとか思い出せた。【疾風の勇者】だ。


「……僕は育成機関スクールを次席で卒業している」


「は? あーうん、そっか。すごいね……ユアンセンパイ」


 こういうのも苦手だ。敬意の強制というか。

 スカハセンパイの件で学んでいるので、敢えて共に戦う仲間の機嫌を損ねようとは思わないけど。


「……まぁいい。それより、分かっているのか? 今日が本番だ」


「うん」


「僕達には実戦経験がほとんどない。先達の足を引っ張らぬよう、気を引き締めて攻略に臨むぞ」


 真面目だ。良いと思う。きっちりかっちりすることで、実力を発揮する人もいるだろうし。

 ただ、そういう者ばかりではないというのも分かってほしい。


「そうだね。確かに鍛錬と実戦は違うよね。ありがと、気をつけるよ」


「……どうにも、君には僕の言葉が届いていないように思うんだが」


「そんなことないって」


「……正直、僕は君が好かない。理解が出来ないというべきかな。四大精霊に認められながら、その加護を拒否するなど」


「足は引っ張らないって」


「上げられる戦力を上げないことは、手抜きと何が違うんだ」


「上がらないよ。こいつは俺に手を貸す為に契約したんじゃない」


 傍観者として誰か来るかと問うたところ、ついてきただけだ。

 だがユアンは納得出来ないようだ。


「レイス、君は……」


 丁度そのタイミングで朝食が出来上がったとの声。


「じゃ、また後で」


 俺は背中に掛かるユアンの声には答えず、料理を持って上階へと戻る。


「お待たせ」


 俺が扉の前に立つと、スッと開かれる。フランだ。扉の前で待っていたのだろう。


「いつもありがとう」


「はいはい」


 俺達は部屋の小さな机に料理の載った盆を置き、朝食の時間を始める。


 二人で飯を食うには理由がある。

 フランがローブを脱いだ。

 その右腕は、まるで化け物の腕を少女に縫い付けたかのように、大きく凶悪な見た目をしている。

 そこだけは彼女の他の肌と違って赤黒く、青だったり紫だったりする線が無数に走り、別の生き物のように脈動していた。


 生まれつきだ。

 この腕では、日常生活を送るにも苦労する。まず食事を片手で行わなければならない。

 やってみると分かるが、これが結構難しい。パンを食べるだけならばまだしも、器を押さえる手がないと面倒に思うことが多い。


 他にも、きっと俺には分からないくらい嫌なことがあるだろう。

 実際、彼女は人に腕を見せたがらない。例外は戦闘時のみ。


 というわけで、俺は彼女の食事を手伝っている。

 隣に座り、サラダやスープをフランの口に運ぶ。


「レイス」


「ん?」


 俺には慣れたことだが、フランはいまだに手間を掛けて申し訳ないと思っているようだ。


「……なんでもない」


「そうか。どういたしまして」


「……うん」


「俺はやりたくないことはしない。知ってるだろ」


 そう言うと、彼女の不安そうな顔――といっても傍目には無表情――が微かに和らぐ。


「これ食ったら魔王城だ」


「うん」


「頼りにしてるぞ」


「うん」



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