第138話◇第一層・番犬と『○○』の領域?
「……本当に【糸繰り奇術師】セオが動きました。レメゲトン様は何故予期出来たのですか?」
隣に立つカーミラが不思議そうに尋ねてくる。
「先程も言ったが、十七という人数では連携をとるのに難儀しよう。それを解消せんと、奴らはある種の不干渉を選ぶと考えた」
「邪魔せず、尊重する、というやり方ですね。えぇ、そこまでは分かるのですが……」
「だが、これもまた完全ではない。たとえば先程、セオの糸が【黒妖犬】を捉えた瞬間がそうだ。さすが一線級の冒険者、すぐさま【黒妖犬】を退場させたが、『糸に巻き取られた敵を倒すことの出来る者』が多すぎたとは思わんか?」
他の職員達の手前、参謀口調の僕。最近は慣れてきた気がする。
「……――! なるほど、『状況を打破出来る者』の動きを邪魔しないのが今回の協調だとしても、彼らはいずれも一流。そもそも該当する者が多すぎる場合、結局誰が動き誰が動かないかを咄嗟に決めるのは難しい」
「これを解消する方法は一つではなかろうが、最も単純で効果的なのは層ごとに『主役』を定めることだろう」
「ある一つの層では、ある一つのパーティーを主軸に立ち回る。それをあらかじめ決めておくことで、協調に僅かな遅延も起こさないというわけですね」
もちろんこれも完璧ではないが、ずっとやりやすくなるのは確か。
特定のパーティーの活躍に偏り過ぎないので、ファンにも優しい。
「そうなると、ランクの低い順からというのは妥当ですね。レイスパーティーは例外扱い、でしょうか」
たった二人のパーティー。これを一つのパーティーとして、一つの層を担当させるのか。
あるいはどの層のサポートにも積極的に参加させるのか。
レイスくんの性格からして、後者だけの採用では納得しないだろう。
「ランク順というよりは、各層との相性で決めている可能性が高いと考えている」
「……なるほど」
何体いるか分からない不可視の敵に、巨岩以外に遮蔽物のない荒野というステージ。
疲労を感じずとも身体の動きは鈍るし、緊張が続けば精神は疲弊する。
一気に駆け抜けるように突破するのが最適解。
であれば、スカハパーティーが最も適していると考えたのだ。
「フェニクスパーティーが第十層まで到達したことで、各層の情報が知れ渡った。それを利用しないほど、奴らは無能ではない」
フェニクス達の攻略失敗の後に行われたレイド戦。先の攻略で得られた情報を役立てられないような者が、上位まで来られるものか。
好きに暴れるのと、考えなしは違う。
「四パーティーで十一層だと割り切れませんが、どう割り振るのか……」
これは僕への質問ではなく、独り言のようだ。
この問題についても、彼らの間で話し合いが行われた筈だ。
たとえば第七層・空と試練の領域は知恵を絞って問題に答える必要があるので、全員一丸となって取り組もう、とか。
主役を決めると逆に上手くいかない、あるいは決めておく必要がない層がある。
僕はそんなことを考えながら、再び画面に意識を向けた。
◇
「どうしたのセオセンパイ。まさか、捕らえ損ねた?」
分かってはいるけど、一応訊いておく。めっちゃ訊いてほしそうにこっち見てるし。
俺の問いに、セオセンパイはとても申し訳無さそうな顔をして、頭を掻いた。
「いやぁ、まさにその通りでして! こう、なんと申しますか、つるんっ、という具合にすり抜けた個体が続々と皆様に接近中でございます!」
……この人の糸を予期して、対策を講じてたんだな。
セオセンパイの糸は殺傷力も高いけど、それは攻撃に使う場合。
そうすると展開範囲が狭くなってしまうので――糸を動かした分だけ、隙間や空白が出来てしまう――敵を捕らえる為の『網』として使っている時は、絞め殺したり裁断したりはしない。
まずはこちらのメンバーの動きと攻撃を見る為に、第一陣を犠牲にしたのか。
第二陣、つまり今すり抜けてきた【黒妖犬】達の身体には、粘度の高い液体でも塗りたくっているのかもしれない。単純だが効果的だ。滑るから。
――こっちの方針に気付いたかもな。いや、気付いたに決まってる。
このダンジョンには【隻角の闇魔導師】レメゲトンがいる。
アルバセンパイの魔法剣を回避したばかりか奪い、更にはそれによってラークセンパイのお手本のような防御を掻い潜って心臓を貫き、【黒妖犬】で揺さぶりを掛けてからの弓勝負でダークエルフがリリーセンパイに勝てるようサポートし、自らを囮にしつつ配下の不可視化と死霊術を組み合わせることでベーラセンパイの魔力を空にさせた。
そして、精霊術の深奥、限りなく神の権能に近い八つの精霊術の一つ――『神々の焔』を発動したフェニクスセンパイを、如何なる方法を用いてか、単騎で打倒した。
彼は黒魔法の遣い手だ。魔法使い系の【
一つのダンジョンに二人の【魔王】は存在出来ない。王を名乗ることが出来るのは、一つのダンジョンに一人。とかいう設定であり、規定だ。
彼は魔人だろうから、普通の人間よりはずっと頑強だろうけど。弱いといっても魔人基準で、だろうけど。それでも、全力を出した四大精霊契約者と対等に戦える理由にはならない。
完全に相手の動きを読めたのは、膨大な下調べがあったからだ。
『神々の焔』で消し飛ばなかったのは、同規模の魔力を展開して防御していたからだ。
彼は単に賢い魔人じゃない。単に強い魔人じゃない。
勝利の為ならば、どんな努力も惜しまない貪欲な挑戦者だ。
魔王軍参謀なんて偉そうな位を与えられても、あそこまで勝ちにこだわることが出来る者。
みんな彼みたいな人ばかりなら、この業界ももっと楽しいだろうに。
「スーリ」
【迅雷の勇者】スカハセンパイに名を呼ばれたマント姿の【狩人】が、「あぁ」と短く応える。
【無貌の射手】スーリセンパイだ。ダンジョンだけでなく、普段から顔を隠している謎の冒険者。
「セオ、数を」
「十五ほどでしょうか。重ね重ね、申し訳ない!」
「構わない」
その会話が終わるのと、七本の矢が空中で止まるのは同時だった。甲高い犬の悲鳴が響く。
止まったのではない。
正確には、不可視化した【黒妖犬】を射抜いたのだ。
……これは推測だが、僅かな土埃や身体に塗られた液体による地面の染みを頼りに位置を予測した……のか。
あるいはより正確に位置を探る術があるのかもしれない。
どちらにしろ、神業だ。
「……全て命中。さすが師匠です」
と、彼を称えるのはスカハパーティーもう一人の【狩人】――カリナセンパイ。
スーリセンパイの弟子だという、大人しめの女性だ。
この人の凄いところは、どんな動きの中でも矢を当てることが出来ること。疾走中だろうが落下中だろうが関係ない。
攻撃を当てられて吹き飛んでいる最中に矢を射り、自分が壁に激突するより先に自分を攻撃した魔物を退場させたこともあった。
付いた名が【魔弾の射手】。
まぁ、そもそもいつ矢を放っているかも分からないし滅多に敵の攻撃を喰らわないスーリセンパイが師匠なものだから、本人は自分をまだまだ未熟だと思っているようだけど。
こんなに優秀な仲間が揃っているのに、スカハセンパイの目にはどこか諦観のようなものがあった。
気に食わない。
顔合わせの時に噛み付いてしまったのも、それが大きな理由。
確かに、彼らの上にいる四パーティーは優秀だが、それがなんだっていうんだ。
誰が、自分にないものを幾つ持っていたって。
誰が、自分の歩んだ道を自分よりも短い時間で駆け抜けていったって。
その程度のことが、諦める理由になるものか。
仲間を引っ張るのがリーダーなのに、そんな勇者が『これ以上、上には行けないかも』なんて一欠片でも考えたら、あんたを信じて頑張ってきた仲間はどうなるんだ。
一度でも頂点を目指したのなら、どんなライバルが現れても、どれだけ努力が報われなくても、たとえ
そこまで考えて、かぶりを振る。どうにもレメさんと話してから、父のことを考えることが増えてしまったようだ。他の人のことを考えている時まで、連想してしまうとは。
「あー、あのさ、おれって計算は得意じゃないけど、十五から七を引いたら……えぇと?」
「ハミルさん……」
カリナセンパイが発言者を憐れむように見た。
「ちょっとカリナちゃん! 冗談に決まってるじゃんか。八だろ? 八体どこ行っちゃったの~って言いたかったわけ」
この若干アホっぽい人はスカハパーティー最後の一人。
【軽戦士】のハミルセンパイ。
テンション高めのセオセンパイと並んで、静かになりがちなスカハパーティーのムードメーカー的存在。
もちろんそれだけで五位パーティーの前衛は務まらない。
ヘラヘラしつつも周囲の警戒は怠っていないし、利き手は柄に掛かっている。
メンバーを見れば分かるが、スカハパーティーはスピーディーな攻略がウリ。
そして、『伸縮』ではないがハミルセンパイも魔法剣の遣い手だ。
パーティーには他に『神速』持ちもいる。
完全一致ではないが、どこかのパーティーを連想しないだろうか。
そう。フェニクスパーティーは、スカハパーティーとコンセプトが被っているのだ。
そして彼らの方が若く、派手で、美形揃いで、リーダーは四大精霊の契約者。
おまけに、かつてはレメさん効果もあってほぼノーダメージの完全攻略連発だったときてる。
まぁ、世間的にはレメさんは足枷扱いだったが、それでも四位。
よほど悔しかっただろう、というところまでは分かる。諦めるのは理解不能だが。
ただ、だ。
ヘルさんと話してる時は、闘志が見えた。三位パーティーの【勇者】と話すことで、火がついていた。弱っているが、諦めきっているわけではないらしい。
その方がいい。どうせ超えていくのだとしても、気の抜けたヤツよりもやる気のあるヤツの方がいいから。
「それなのですが、再度抜けていったようですね!」
セオセンパイが肩を竦めながら言った。
「それって抜けてすぐ? それともこっち来てたけど引き返したの?」
俺の疑問に答えたのはセオセンパイじゃなく、スーリセンパイだった。
……もう面倒くさいから、頭の中では普通に名前呼びでいいか。
「八体については、抜けてすぐだ。つまり、始めから突破後の即時後退を命じられていたと考えられる」
「七体に進ませたのは、網の内側に入った後の対処を見る為だね」
こくり、と頷くスーリ。顔は見えないから、フードの動きから察しただけだけど。
「ちょいちょいちょい。湖の坊や、おれはさっぱり分からないんだけども? スーリっちと頷き合ってるところ申し訳ないけど、どゆこと?」
「向かう途中で引き返したなら、最初は俺達に噛み付くつもりが危機を察知して逃げたってことだけど、入ってすぐなら最初からそうするつもりだったってことになるよね」
「んん? 八体はセオの網を抜けてすぐまた戻るつもりだった? 最初から? なんで?」
「さぁ? ただ、獣の狩りっぽくはないね。もしかすると人が指示を出してるかも」
群れの為に個を犠牲にする動きは【黒妖犬】らしいが、やけに慎重というか回りくどい。人の作為のようなものを感じる。
「レメゲトンみたいにか? だが、奴は有り得ない」
今度はスカハだ。
確かにレメゲトンは有り得ない。
幹部魔物の再登場は、担当層よりも下でしか認められないからだ。
だからこそ、四天王クラスでも浅層に配置したりする。
どこで再登場するか分からない、という圧力を勇者パーティーに掛ける目的もあるのだろう。
魔王城では、【吸血鬼の女王】カーミラは第四層以下のどこか、【恋情の悪魔】シトリーは第六層以下のどこか、【刈除騎士】フルカスは第九層以下のどこか、【時の悪魔】アガレスは第十層以下のどこかで再登場の可能性がある。
【隻角の闇魔導師】レメゲトンは、最深部にのみ再登場可能。
それはそれで厄介な問題だが、逆に言えば参謀に正式就任した今、担当層より上には現れるわけがない。
「そうだけど、魔王城もパワーアップしてるんじゃない?」
レメさんが抜けて以降、苦戦したとはいえフェニクスパーティーの五人で第十層に辿り着いたのだ。
魔王城のウリは難攻不落。勇者パーティーを撃退する為の策を用意していないなんてことは、有り得ない。
「ふむ。それでスカハパーティーよ。攻略方針は?」
エアおじが楽しそうな笑みを湛えながら、スカハに尋ねた。
「このフロアは【黒妖犬】による
【黒妖犬】一体一体の戦闘能力は決して高くないが、集団だと脅威だ。
見えない、というのも面倒くさい。このメンバーならば見えない敵程度に負けはしないが、何体いるか分からない不可視の獣の群れを延々と相手にするのは精神的にも疲れる。
終わりの見えない作業の中で魔力と精神力がすり減れば、超一流の冒険者でもダメージを受けることは充分有り得るだろう。
それでも相手がやつらだけならばいいが、不可視化を施しているグラシャラボラスとフロアボスが控えているのだ。
だからといって駆け抜けるのも簡単じゃない。
【黒妖犬】達だって素通りはさせてくれないし、足の遅い【
それさえも怠ると、いつかの雷系勇者パーティーと同じ結果を迎えることになってしまう。
スカハの出した答えは――。
「セオが道を作り、みなが駆け抜けた後で、俺が背負って追いつきます」
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