第6話◇魔王様と無職

 仕切りの向こうは広い空間だった。

 なんだか薄暗いのに視界は明瞭で、その点はダンジョンっぽい。


 ちょっと驚いたのは、広い空間にはほとんどものがなかったこと。

 僕らの入っていた小部屋が部屋の四隅に一つずつと、中央付近に一つ。


 中央には石を削り出して作ったのか、長方形の机がある。これまた石で出来た背もたれの長い椅子は、数が五つ。小部屋と対応しているのか。

 椅子の並びを見て、僕はぴーんときた。


 あれだ。組織の幹部とかが会議する時のやつだ。

 おそらく魔王が座るだろう席からは、他の四席が見渡せる。


 ……この部屋、会議室ってことでいいのかな。他に出入り口が見当たらないけど、転送石以外で行き来出来ない?

 長卓に近づいて行くと、途中で声が掛かった。


「戻ってきたか、カーミラ」


 あぁ、思い出した。そうだ、カーミラだ。


 さて、勇者パーティーが英雄的な活躍を求められる光の存在だとすると、魔物は倒されることを求められる影の存在だ。

 もちろん時に勇者たちが撤退を余儀なくされたり、撃退されたりなどの展開も盛り上がるが、最終的にはヒーローに勝ってほしいのが人というもの。


 だがダンジョン攻略はエンターテイメントだ。

 視聴者に「楽しかった」とか「あそこで負けやがって」とか、内容への感想を持ってもらうのは幸運なことだ。観てもらえたということだから。


 でも、ダンジョン攻略での『演出』を現実に持ち込む人もたまにいる。

 例えば好きな勇者がオークに負けた翌日、無関係のオークにいちゃもんを付ける酔っぱらいとか。

 そんなことが起こるとなると、ダンジョンで働く魔物さん達はもっと危険だ。


 だからいつからか、魔物さん達は個人が特定出来ないようにダンジョン用の装いと、ダンジョンネームと呼ばれる芸名を用意するようになった。


「はい、魔王様。【黒魔導士】レメ様をお連れしました」


 恭しく答えるミラさんと、ダンジョンで倒した吸血鬼が重な……らない。

 ……あれ、おかしいな。僕の知ってるミラさんと【吸血鬼】カーミラって本当に同一人物なのか? いやそうなのだろうけど。


 だけど僕の純情な部分がそんなまさかと虚しい抵抗を試みる。

 カーミラってすごく残虐で人間をいたぶるのが楽しくて仕方がないっていうキャラクターなんだけど。

 しかも吸い取った相手の血液――実際は魔力――を操って攻撃するのだ。


 魔力がゼロになるまで吸われたり、仲間の魔力で作られた血の刃でざくざくと刺される冒険者が続出。しかも嘲笑ったり罵倒したりしながら攻撃してくる。

 噂ではカーミラにやられた冒険者には、その時の衝撃が忘れられず性癖に甚大な歪みを受けた者もいるとか。……哀れ、いや本人が幸せならそれでいいのかな。


 ちなみに直接吸うのははしたないとかで、配下の吸血コウモリ達にやらせるのだ。

 直接なら吸われてぇ~とか軽口を叩いた冒険者が、退場する頃にはカーミラにひざまずいてお許しください女王様と懇願する回なら観たことがある。


 僕がそれらの赤い記憶を思い起こしていると、ミラさんが横目で僕を見ていた。

 僕が気づくと、恥ずかしそうに頬を朱色に染め、手をあてて照れる。

 ……うん。


 信じよう。こちらのミラさんが本当の姿だと!


 お仕事に熱が入るなんてよくあることだ。

 むしろ自分の役に徹しているなんてプロじゃないか。尊敬に値するというものだ!

 一度は自分を倒したパーティーの【黒魔導士】を職場に紹介してくれるなんて、なんて懐の深い人なんだろう!


「貴様がレメか」


 名前を呼ばれ、意識を現実に戻す。カーミラの幻影は追い払った。僕は正常だ。


「はい、【黒魔導士】のレメと申します」


 なんだか魔王様、声が幼くないか? 小さな女の子みたいな声だ。

 ダンジョンの情報は電網ネットを漁れば出てくるし、大きなところではホームページがあったりする。


 魔王城にもあるがさすがは最深部到達パーティーゼロのダンジョンといったところか、階層ごとの情報はあれど、『未踏破』のページは空白だらけとなっている。

 先日攻略した第四層は、フロアボスを含めた【人狼】集団についてなど記載されている。


 人に攻略されたことのある階層だから。

 魔王城は全十一階層からなるダンジョンで、最深部に到達すると魔王との戦闘になる。

 だが人類がこれまで攻略出来たのは、七層まで。


 攻略を食い止めた八層より下は映像にとられたことがただの一度もないのだ。

 なので魔王を含めどんなフロアボスがいるか不明ということになり、対策も立てられない。


 冒険者で現魔王城の主を見るのは、もしかして僕が初めてなのではないか?

 緊張しながら、机越しに魔王様を相対するように移動。

 そして、僕は固まった。


 ……なるほどなぁ。


 それは小さな女の子の声がするわけだよ。

 小さな女の子なんだもん。


 燃えるような真紅の髪は身長ほどに伸びており、紅玉の瞳は品定めするように僕に固定されている。やや目つきが鋭いものの、とても可愛い顔をしていた。

 両の側頭部から、黒い角が生えている。


 魔人だ。かつて魔族を率いた一部の権力者達が、みな魔人だったという。

 魔王もだ。


 彼女は椅子の上で片膝を立て、その上に肘を載せ、そこから更に手の甲に顎を載せていた。

 だらけきった姿勢にも思えるが、視線は刃のように研ぎ澄まされている。


「どうした、余に何かおかしなところでも?」


 寝衣なのだろうか、ラフな格好だが、別にそれを指摘するつもりもない。


「いえ、想像よりもずっとお若く見えたものですから」


「とても魔王とは思えぬと?」


「魔王の何たるかを知らないので、僕に語れるようなことがあるとは思えません」


 僕の答えが気に入ったのか、彼女の視線が僅かに緩んだ気がする。


「ふむ、いいだろう。上司になるかもしれん人間を初対面から軽んじるような輩ならば蹴り出しているところだが、貴様は違うようだ」


「そのことなのですが」


「うぬ? なんだ、今からこの魔王ルーシー様が配下の仕事について説明してやろうという時に」


「申し訳ありません、魔王様。素直に言ってはついてきてもらえないと思い、目的をぼかしてお連れした次第です」


 既に自分の席についたミラさんが説明する。

 他の席は一つが空席で、一つが巨大で真っ黒な鎧姿の騎士、一つが燕尾服のような衣装に身を包む魔人の男性で埋まっている。


「なぬぅ? じゃあ何か、どういう目的だと思ってついてきた。貴様、カーミラが少しばかり自分のファンだからといって、あわよくばおっぱい揉めるかもとか思ってはいまいな!」


 ダンッ、と魔王様が卓上に拳を落とす。


「思ってないです」


 そんな度胸がないので。

 だが今度の僕の答えはお気に召さなかったようだ。


「揉みたくないと申すか! 貴様それでも健全な男子おのこなのか! おぉん!? 言っておくがカーミラのおっぱいは絹のような手触りにプリンのような弾力そして大きさに至っては――」


「魔王様」


 ニッコリと、ミラさんが微笑む。

 魔王様の顔が真っ青になる。


「お、おほん。つまりカーミラは魅力的な女子おなごだということだ」


「それは、えぇ。そう思います」


 彼女は僕を高く評価してくれた。世間では見下されている【黒魔導士】だというのに、周囲の目があるところでも構わず。

 なのに僕が照れて彼女への正当な評価に頷けずどうする。


 ミラさんの触角がぴくりと震えた気がした。


「そうだろうそうだろう。だから貴様がその色香にコロッと騙されて連れてこられても仕方がない。仕方ないが、そのような軟弱者ではいかんということをだな、余は言いたかったわけだ」


 ちらちらとミラさんの様子を窺いながら、魔王様が言った。


「レメ様は全て見抜いた上で、私に騙されてくださったのです。とても楽しいひとときでございました」


「……ほほう?」


 魔王様が興味深いといった表情でミラさんを見た。

 それからちょっと恨めしそうに僕を見た。


「まぁよい。それでは説明を始める……と言いたいところだが、その前に訊かねばならないことが出来た」


「なんでしょう」


 本当にミラさんとは何もないんだ。手を繋いだだけなんだ。柔らかかったです。


「こうしてじっくり眺めねば気づけなかった。上手く隠しているが、貴様の技量は人間のそれを超えている。百年の時を研鑽のみに費やした【黒魔導士】と同等……あるいはそれ以上だ」


 魔王城の魔物はかなりレベルが高いので、黒魔法も全力だった。配下……職員からそういった情報は得ていると考えるべきだろう。

 だがミラさんといい魔王様といい、それ以上の何かに気付いている気がする。


「【黒魔導士】レメよ。【魔王】ルーシーが問う。――貴様を鍛えたのは、どこの魔王だ?」


 

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