第7話◇その無職、魔王の弟子につき

 



 ドコノマオウダ、って。

 わけがわからない。何を言ってるのだろう――と、言えればよかったのだけど。


「独学では有り得ない。その境地は……魔王が我が子に施す『教育』を経なければ至れないのだ。とうに廃れた風習だがな。なにせ、百人いた子供が百人命を落としたこともあるというのだから」


 僕の胸の内に広がったのは、納得だった。

 あぁ、やっぱり師匠って魔王だったんだぁ、と。


 僕とフェニクスの出身はひなびた村。映像板テレビだって村の集会場に一台あるだけだったので、ダンジョン攻略が放送される時には老若男女が詰めかけたものだ。


 そんな村から更に人気ひとけを避けて進んでいくと、師匠の家があった。

 人と関わることを極端に避ける老人で、魔王様のように深い紅の髪と目をしていた。


 森で遊んでいた時にたまたま彼と遭遇した僕は、村には亜人がいなかったこともあって初めて角の生えた人間を生で目撃したことに大興奮。


 しばらく彼の回りをうろちょろしては追い出され、尻を蹴っ飛ばされ、げんこつを落とされ、低めの声で二度と来るなと脅されたりなどしながら親交を深めていった。


 老人との関係が変わったのは、神殿で【役職ジョブ】が【黒魔導士】だと判明してからだ。


 たっぷりと落ち込んだ後なんとか立ち直った僕は、かつて老人に追い出される際に身体が重くなったり、追いかけようとしたら急に視界が悪くなったり、他にも色々と不思議なことが起きたことを思い出した。

 てっきり断られると思ったが、老人は僕が【黒魔導士】であり、それでも勇者を諦めきれないと言うと弟子にしてやると言った。


 ただし、一度でも「出来ない」とか「無理」だとか弱音を吐いたら、二度と教えない。

 加えて、例の他言無用ってやつだ。


 僕は承諾し、地獄のようなというかそのものずばり地獄の苦しみを味わい尽くし、なんとか基礎を叩き込んでもらった。

 後はもう「日々の訓練を忘れるな。そして冒険者になったら二度とうちに来るな」という温かい別れの挨拶を頂き、師の許を後にした。


 その件について心優しき親友のフェニクスは「……それは弱音を吐かせて追い出そうとしたんじゃ……いや、さすがレメだね」と言っていたか。

 ちなみにフェニクスは僕と行動することが多かったので師匠を知っているし、師匠も彼だけは例外として認めてくれた。決して、どっちも冒険者になって村からいなくなるんだしいいやという気持ちでは無かった筈だ。


 でもそうか。

 なんだか聞いたこともない古の魔法とか使うし、すごい魔人だなとは思っていたけど。

 魔王だったのか、師匠。


 ちなみに魔王も【役職ジョブ】だ。【魔王】が発現するのは基本的に魔人だけで、戦士としても魔法使いとしても優れた才能を有し、更にはカリスマまで備えている者だけが認められる、らしい。


 こういう、一つの【役職ジョブ】に複数職の適性や技能が備わっていることもある。

 【黒魔導士】がまともに使えるのは黒魔法だけなのにね。


「レメさん、何か心当たりはあるでしょうか」


 ミラさんが答えを促すように、僕を見上げていた。

 そんな風に見られたらどんな情報でも吐いてしまいそうになるが、だめだ。

 師匠は誰かに自分のことを知られるのを嫌がっていた。


「あー、っと……なんというか」


 僕はなんとか誤魔化せないかと考える。

 あれ……? ちょっと待てよ。

 魔王様、さっき変なこと言ってなかったかな。


 百人いた子供が百人死ぬこともある『教育』……?


 ……納得だなぁ。

 僕だって何度死ぬと思ったか分からないが、そのあたりは心配したことがない。


 師匠はちゃんと毎日「ちっ……これ以上やらせたら死ぬな。おいレメこの根性なし、貧弱なお前が死なないように今日はここまでだ。二度と来なくていいぞ」と僕を気遣ってギリギリを見極めてくれたし。


 あれが無かったら死んでいたかもしれないけど、もしかすると昔の魔王は子供が死ぬギリギリでも訓練をやめなかったのだろうか。スパルタの域を超えている。


「レメ、余の問いに答えよ」


 魔王様の声は高圧的だが、形だけという気がする。

 そもそも僕はそれなりに知られているので、経歴とかも検索すると出てきてしまう。まぁ有志が管理する冒険者データ、パーティーで露骨に僕の情報だけ雑で少ないんだけど。


 それでも出身地くらいは分かる。

 本気でその魔王を探すつもりなら、僕から答えを引き出すのは情報の確度を高める程度にしか役立たない。嘘をつく可能性を考えれば、無理して吐かせる必要はない。


「それは出来ません」


「何故だ」


「約束を破る人間になりたくないから」


 魔王様の視線を真っ向から受け止める。決してこちらからは逸らさない。

 やがて、根負けするように魔王様ことルーシーさんが肩を竦めた。


「分かった。もうよい」


「すみません」


「よいと言った。だが一つ、その者は余と同じ髪と瞳、角をしてはいなかったか」


「……」


 嘘をつきたくない気持ちと本当のことを言えない約束がせめぎあい、沈黙となる。


「そうかそうか。ところでレメよ。孫を放って隠居する祖父をどう思う?」


 魔王様は満面の笑みを浮かべている。心が笑っていないのがよく分かる笑顔だった。


 ――師匠、お孫さん放って田舎に引っ込んでいたんですか。


 というか魔王城の魔王だったんですか。

 先代がルーシーさんの父母いずれかだとすると、先々代となるか。

 先々代魔王城の主といえば、実はかなり有名だ。


 ダンジョン攻略を「まどろっこしい」と言って自ら第一層のフロアボスを務め、たった一パーティーも二層に進ませなかった。

 これまで数回しか開催されたことのない、複数パーティーによる合同攻略・通称レイドも一人で撃退したという伝説の【魔王】だ。


「まったく……お祖父様も父上もどうして【魔王】の良さが分からないのだ。実に嘆かわしい……と、言いたいところだが僥倖だ。いやはや、こんなところで縁が繋がろうとはな」


 もう僕の師匠イコール魔王様の祖父ということで決定らしい。

 それよりも、魔王様の態度が変わった。劇的ではないが、なんかこう、定まっていなかった評価を明らかにしたみたいな。

 先程まで僕という人間を探ろうとしていたのに、なんか受け入れ態勢整いましたみたいな。


「あのお祖父様に『教育』されて生き延びた人間がいるとはな。ははは、カーミラよ、貴様の目は正しかった。こやつは本物だ」


「いえ……さすがに私もここまでのお方だとは」


 なにやら師匠の弟子だということが僕の評価を凄まじく上げているらしい。

 ミラさんの僕を見る目に、畏れが加わった気がした。


 思わず見返すと、彼女の唇がふにふにと揺れ、視線が逸らされる。僅かに頬が赤くなっているように見えるが、どうだろうか。


「先程まで貴様を見定めるつもりであったが、不要となったな。レメよ。貴様を余の直属の配下としよう。えー、なんといったか」


「参謀でしょうか」


「そうだ。四天王と共に魔王城を大いに盛り上げてくれ」


「え、いや、あのですね、僕は話だけは聞こうと来ただけで」


「給料なら心配要らんぞ。しばらくはカーミラを助手につけよう。おっぱいを揉みたかったら自分で交渉しろ。知っての通り迷宮攻略は予約制だ。勇者共がこない日は好きに過ごせ。大丈夫だ参謀よ、世界四位などくだらない。貴様なら世界一のフロアボスになれるぞ!」


 子供のように輝いた目で僕を見るルーシーさん。いっそ社長とでも呼ぶか。


「レメさん」


 ルーシーさんを手で制し、僕の前までやってきたのはミラさんだ。


「無理にとは言いません。ですが私は貴方と一緒に働けたら……とても嬉しいです」


 いや、僕だってミラさんが助手をしてくれるという部分は大いに惹かれるけれども。 


「話は聞いてくださるんですよね?」


「まぁ、それは……はい」


「では少しだけ、貴方を説得させてください」


 潤んだ瞳で見上げられ、僕は頷くしかなかった。

 


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