第53話◇二回目の朝食は犬耳と共に

 



 食後、着替えた僕は一足先に寮を出る。

 エプロン姿のミラさんが玄関まで見送ってくれた。


「それじゃあ、また後で」


「行ってらっしゃいませ」


 なんだか、こういうのもいいなぁと最近思う。

 決まった帰る場所、というか。


 僕が先に寮を出るのは、カシュを迎えに行く為だ。

 彼女はまだ幼いので実家暮らし。魔王城までは歩いて来れる距離だが、何かと心配なので送り迎えをしている。


 これだとミラさんもついて来そうなものだが、「カシュさんの時間ですから」とのこと。


 二人は結構仲がいい。最近では【恋情の悪魔】シトリーさんと三人で仲良く女子会なども開催しているようだ。


 そういう時、僕は【人狼の首領】マルコシアスさんと第二運動場で体力の続く限り走ったり、【刈除騎士】フルカスさんに剣の稽古をつけてもらったり、【雄弁なる鶫公】カイムさんの出すなぞなぞを解いたりなど、魔王城の面々と親睦を深めている。


 元気で健気で可憐なカシュは魔王城のみんなにも人気で、彼女がいたから話が出来た人もいる。


 新入りの参謀が人間ということで警戒したが、カシュとの関係を見て魔物への嫌悪や差別のない者なのだな、と判断した。という話を何度か聞いた。


 それはそれとして、四天王の一角にして自称幼心の守護者である【時の悪魔】アガレスさんと同じ匂いがする……との疑いが掛かったらしいけど。


 幸いというべきなのか、その懸念はミラさんの人目を憚らないアプローチのおかげですぐに払拭されたようだ。


 そうすると今度は「あの女王が媚びた声を出すなんて……一体何者なんだ」とか妙な噂が立ったが、それらはすぐに消えた。



 噂が立った前後に怪我をした職員が沢山出たらしいが、何があったのだろう。

 知らない方がいい、と僕の勘が告げていた。


 十五分ほど歩いただろうか、二階建ての集合住宅が見えてくる。各階五部屋の計十部屋。外観は美しいとは言えないが、造りはしっかりしていた。


 カシュの住む部屋は、一階の真ん中。

 歩いて近づくと、ノックする前に扉が開かれた。


「おはようございまーす、レメさんっ」


 カシュではない。

 カシュより髪が長く、活発そうな雰囲気の少女はマカさん。カシュの姉だ。


「おはよう、マカさん」


「マカでいいですってば。そろそろレメさん来る頃かなって思って、待ってたんです」


 そう言って、上目遣いにこちらを見る。

 確か十二歳だったかな。カシュより少し大人びて見えた。


「そうなんだ、カシュはいるかい?」


「えー、あたしとは話したくないですか?」


「そんなことはないけど……」


 マカさんは何を考えているかよく分からないのだ。慕ってくれている、というのが一番近い気もするが、なんとなくそれだけではないような……。


「あー、レメしゃんだー」


「きょうも来たのか、れめ!」


 とてとてと駆けて来るのは、双子。カシュの弟妹だ。

 女の子の方がミアで、男の子の方がナツ。ミアちゃんの方がお姉さんらしい。二人は五歳。


 ミアちゃんは、お母さんやカシュ伝いに服やらお菓子やらをもらったことで、僕を優しいお兄さんだと思っている。

 ナツくんは、突然現れ姉や母と仲良くする僕を警戒しているようだ。


「おはよう、ミアちゃんにナツくん」


 近くに寄って来たミアちゃんの頭を撫でる。擽ったそうに笑う顔は、やっぱりカシュに似ていた。

 ナツくんには手を噛まれた。痛い痛い。それでも、敵意というよりは「自分がお母さんと姉ちゃん達を守らなければ」という意思を感じるので、怒る気になれない。

 なんとか誤解を解いて、仲良くなれればいいのだが。


「こら、やめなさいナツ!」


 コツン、とマカさんがげんこつを落とすと、ナツくんは噛むのをやめたが、同時に泣いてしまった。


「マカがなぐったぁ……!」


 泣きながら彼が飛び込んだのは、優しい姉・カシュの胸だった。


「よしよし。でもナツくん。レメさんを噛んだらダメでしょう?」


 弟の頭を撫でながら、優しく窘めるカシュ。


「おとこはみんな、びじょをねらってるんだ。れめもカシュをねらってるんだ」


 幼いながらに自分の姉を美女と言い切るところには、非常に好感が持てる。

 姉を心配するところも、とてもいい。

 ただ、小さな女の子を女性として狙う悪い人はとても少ないということと、僕はそうでないということをなんとか理解してもらえないだろうか。 


「いらっしゃい、レメさん。ごめんなさいね、いつも騒がしくて」


 食卓に朝食を並べるカシュ達のお母さんが、申し訳なさそうな微笑を向けてくる。


「いえ、僕は一人っ子なので羨ましいです」


「レメさんはー、妹が出来るならどんなタイプがいいですかー?」


 マカさんが僕のすぐ横まで来て、甘い声で尋ねてくる。


「どうだろう……」


「マカ、レメさんを困らせないの」


「ちょっと訊いただけだもーん」


 マカさんは【料理人】持ちで、お母さんの知り合いが出している店で修行させてもらっているのだという。


「今日も食べていってくださいよー、レメさん。あたしの料理、美味しいですよ?」


 確かに彼女の料理は美味しい。

 沢山魔力を作るには沢山ご飯を食べる必要があるので、朝食後でもまだ食べられる。


「いいのかな」


「っていうか、レメさんの分も作ってるので。色々お世話になってますし、カシュのお給料もドカンと増えて生活も楽になってきてますしー」


 カシュの家庭の事情を汲んで、魔王城は給料の日払いに対応してくれたのだ。

 なんだか最近、朝食を二箇所で頂くのが習慣になっている。


 一度時間をずらしてカシュを迎えに行ったら食べずに待っていたことがあったので、それ以来朝食の時間に合わせて訪ねることにしていた。


 お母さんからは職場でのカシュの様子を訊かれ、マカさんからはプライベートな質問、ミアちゃんには魔法を使ってほしいとせがまれ、ナツくんは警戒を解かない。


 家の中のカシュは、マカさんの妹で双子の姉というポジション。主に双子の世話をし、沢山喋る方ではない。

 外とは違う一面を見られるのは、なんだか不思議な感じだ。


 食後、マカさんが最初に家を出る。それから僕ら。お母さんは仕事の間、双子を知り合いの老夫婦に預けるのだとか。

 しばらく静かに歩いていたカシュだが、家が見えなくなったあたりでピトッと僕の近くに寄ってくる。


「いい……ですか?」


 躊躇いがちに伸ばされる彼女の手を、僕は笑顔で握った。


「もちろん。はぐれたらいけないからね」


「は、はいっ……。はぐれたら、いけないので」


 カシュは嬉しそうにはにかむ。


「レメさん、今日は朝からルーシーさんとのうちあわせが入っています」


 秘書らしく、彼女は僕のスケジュールを管理していた。


「そうだったね。ついたら会議室に向かおう」


「内容はふめいです。何のお話でしょうか?」


「どうだろ。壊れた十層を、どう作り直すかって話かなぁ」


 階層は本来、フロアボスに合わせて作られる。

 だが僕の場合は時間が足りなかったこともあり、前任者のものをそのまま使用していた。


 丁度いいので、今度は僕の好みに合わせて作ってくれるらしい。

 何度か意見を求められていたので、話を詰めるのかもしれない。


「ふむふむ……どんな層にしたいですか?」


「どうしようかな。カシュはどんなのがいいと思う?」


 僕らはそんな風に、手を繋ぎながら職場へと向かう。


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