第11話◇魔王軍参謀就任翌日の朝だけど、日課は欠かさない

 



 次の日。

 今日から魔王城で働くことになった僕は、少し早めに準備して宿を出た。

 ちなみに数週間前まではパーティーの男連中で同じ宿をとっていたのだが(もちろん部屋は別々だ)、パーティーを抜ける時に宿は変えた。


 僕の足は自然と市場へ向く。

 こう、頑張るぞ! って気持ちになりたい時に見たい顔というものがある。

 僕の場合パーティーを追い出されてから、それは懸命に働くカシュの笑顔になっていた。


 ……アガレスさんとは違う、よね。興奮とかではなく、求めているのは純粋な癒やしというか。元気に走り回ってる子供を見て「平和だなぁ」と思うのと同じようなものだと信じたい。


「おぉ! 今日も来たか心の友よ!」


 店に近づいている途中で、マッチョな店主が声を掛けてきた。 


 ……いいですけど、いつ心の友になったんですか。


 昨日か。一緒にひったくりを退治したことで友情が芽生えたらしい。

 彼は好人物なので、僕としても嬉しいという思いがある。


 【黒魔導士】はその時点で色眼鏡で見られるので、中々友達が作れなかったりする。

 子供の頃、ガキ大将とはいかないが僕は村の子供の中心だった。

 だが【黒魔導士】だと判明した途端、それまで仲良くしていたり慕ってくれていた友人は手のひらを返して僕から離れていった。


 なんだよ【勇者】になるとか言っておいて【黒魔導士】かよ。こんな将来穀潰し確定の奴に仕切られてたかと思うと最悪だわ。おつかれ、もう関わることもねぇと思うけど。とかなんとか。


 子供は純粋だからこそ、時に大人よりも残酷だ。

 格好いいものに憧れる男の子は、格好悪いものに関わりたがらない。単純な理屈。


 だがフェニクスだけは違った。

 弱虫泣き虫意気地なしだったフェニクスはいつも僕の側にいて、僕が【黒魔導士】で自分が【勇者】になった後も、変わらず僕と友人でいてくれた。


 それどころか実に百三十年ぶりとなる火精霊の契約者だというのに、【黒魔導士】なんかと一緒にパーティーを組みたがった。

 しかも言うのだ、レメとなら一番になれるなんて。


 思えば師匠の地獄の鍛錬に耐えられたのも、フェニクスに慕われる自分でいたいという思いが根底にあったからかもしれない。

 彼以来、僕に友人と呼べる者は出来なかったと思う。


 知り合いとか仲間とかよく話す人とか、そういうのはいたけれど。


 ……ふむ。


「おはようございます、ブリッツさん」


 友人というからには、いつまでも店主ではよくないだろう。

 刃物を持った犯罪者に果敢に立ち向かい、【黒魔導士】に差別意識もないどころか緊急時に頼ってくれ、しかも子供に優しい。

 軽口でも友と呼ばれて光栄な相手だ。


「カシュも、おはよう」


 実はカシュはブリッツさんよりも早く僕に気付いていた。

 耳がそわそわと動いていたし、尻尾がぶるんぶるんと揺れまくっていたし、目が合った瞬間パァッと表情が輝いたし、今にも駆け出しそうだった。


「はいっ。おはようごさいます、レメさん!」


 ぴくぴくと動く耳を思わず撫でたくなるが、客と店員の距離感は保たねばなと自分を律する。

 絶対にないとは思うが仮に撫でて「うわっやめてくださいよキモッ」とか言われたら、僕の心は砕け散ってしまうだろうし。


「昨日はおつかれさまでした」


「お前さんもな。つかすごかったな、黒魔法ってあんなこともできんのか?」


 他の人はともかく、事前に僕が手を貸すことを知っていたブリッツさんからすれば、ひったくり犯の動きが不自然に止まったことが分かったのだろう。

 そのことも話しておきたかった。


「出来れば、他の人には話さないで欲しいんですけど」


「あぁ、だろうと思ったよ。わざわざ俺だけの手柄って強調して自分は消えちまうんだからな。もちろん誰にも言ってねぇさ。カシュは家族にも言ってねぇ。だよな?」


「あれは全ててんちょうがやったことなのです」


 カシュは僕を尊敬の眼差しで見上げつつ、台本を読むように言った。


 察しがよくて、優しい人達だな。


「ありがとうございます」


「何言ってんだ、こっちのセリフだよ。いやぁ完売なんて初めてだったぜ。カシュの方まで全部まるっと売れたよ。まぁあんなのは一日二日すりゃみんな忘れるだろうがな。思わぬ儲けだったのは確かだ。ほれ、お前さんの取り分だ」


 そう言って、ブリッツさんは小さな皮袋を僕の前に出した。どうやらお金が入っているようだ。

 昨日の儲けは僕の働きもあってのことだから受け取る権利があるとブリッツさんが言う。


「いやいや、貰えませんよ」


「ダメだ。正直、俺はみてくれこそ屈強に見えるだろうが、どうも戦いってのが苦手でな」


 ……あ、はい。それは昨日の動きを見ていれば、分かります。

 でも、だからこそすごい。止められるか分からないのに体を張って悪い奴を捕まえようとしたのだから。

 だが同時にそれは蛮勇でもある。


「いやまぁ、戦えないなりに体当たりでもして止めようとしたんだぜ?」


 なるほど。ブリッツさんの程の巨漢と激突したら、全力疾走していたこともあってひったくりは凄まじい衝撃を受けたことだろう。その場合はブリッツさんが怪我をする可能性が高かったので、やはりオススメは出来ないのだが。


「無傷で完勝! しかも商品は完売! 感謝するのは当然さ。俺に恩を売っておきたいってんなら別だが、そうじゃねぇならここで返させてくれ」


 そこまで言われては断る方が失礼だろう。

 僕はそれを受け取る。


 それを見ていたカシュは、めちゃくちゃ焦り顔になった。

 どうしたのだろうと思ったら、彼女は自分の前に転がる果物の中から一番形のいいものを選び、僕に捧げるように差し出す。


「お、おれいです!」


 ……そうか。僕は理解する。


 ブリッツさんは僕への分け前を用意していた。

 だがカシュは家計の助けとすべく此処にいる。きっと昨日の稼ぎは家族に渡したのだろう。

 でも店長がお礼をしているのに自分がしないなんてよくないことだ。

 しかしお金はない。


 という焦りから、代わりに果物を渡そうという発想に至ったのか。

 その健気さに胸が温かくなる。

 僕はカシュの前にかがみ込んで、目を合わせて微笑む。


「ありがとう、すごく嬉しいよ」


 果物を受け取ると、カシュは両手を胸の前で握って目を瞑り、ぶるりと嬉しそうに震えた。


「あぁ、そうだ。これはありがたく僕が食べるとして、他にも買っていっていいかな」


「……! はいっ、いつもありがとうございます!」


「えぇと、これで買える分だけくださいな」


 そう言って、先程ブリッツさんに貰った革袋を渡す。


「おいおいレメ……お前さんってやつは」


 ブリッツさんは少々呆れている様子だったが、少し勘違いしているようだ。

 別にカシュを助けてあげたいとかそういうことではなくて――もちろん助けになれるなら嬉しいが――新しい職場の人達への差し入れにしようと考えてのことなのである。

 それを説明すると、二人共驚いた後に祝福してくれた。


「おいおいそりゃあめでたいな! どこのパーティーだ? 『お気に入り登録』するから言ってくれよ」


 勇者パーティーの攻略配信は冒険者組合が運営する動画投稿サイトでのみ公開される。例外は映像板テレビ放送で、通常の配信が再生回数に応じて報酬が支払われるのに対し、映像板テレビ放送は一回いくらという計算だ。


 映像板テレビの場合は局が映像を買い取り編集するが、たまに生中継されることもある。これはダンジョン側にも協力を仰ぎ、攻略が完了するかパーティーが全滅するまで放送される。

 ランクの低い勇者パーティーは配信だけでは生きていけないので、多くが兼業だ。冒険者業界も夢ばかりではない。


 『お気に入り登録』というのはそのままの意味で、気に入ったパーティーを登録して新着動画などの通知がくるようにするもの。


 だが魔王軍のアカウントは残念ながらない。冒険者じゃないから……。

 二人を疑うつもりはないが、出社ならぬ出ダンジョン初日に自ら正体をバラすのはよくないのだろう。どこで誰が聞き耳を立ててるとも限らないのだし。


「まだ仮なので、本決まりしたらお知らせします」


 と、誤魔化すことにした。


「あぁ、そういうものなのか。おう、決まったら酒でも奢るぜ」


 ブリッツさんの中では本当に僕が友達認定されているようだ。ありがたい。

 紙袋に果物を詰めていたカシュが一段落ついたのか、ふぅと息を吐く。


「レメさん。お金、多いです」


 ブリッツさんは結構入れてくれていたようだ。形の悪いものということでカシュが売っている果物は割安だ。それもあってお金が余ったのだろう。


「それに、いいのでしょうか。折角新しいしょくば? に行くというのに、その……形の悪い果物で。嫌がられはしないですか?」


 僕の心証を心配してくれるカシュ。


「大丈夫だよ。大事なのはどう見えるかじゃなくて、どういうものかだから。カシュの果物は美味しいから、大丈夫」


 言ってから、何か気取った感じだったろうかと恥ずかしくなる。

 訂正しようとしたが、カシュが目をキラキラさせながら尊敬の眼差しを向けているので、そのままにしておくことにした。

 子供の憧れを壊すことはあるまい。


 あれ……どう見えるかを優先してしまったぞ。

 人生というのはままならないものだなぁ。

 余ったお金を革袋ごと受け取り、二つの大きな紙袋を抱える。果物が詰まっていて結構重い。



「持ちましょうか?」



「いやいや、大丈夫ですよ。そうは見えないかもしれないけどこれでも鍛えて……って、あれ」


 僕に声掛けたの誰?

 無意識に返事してしまった。

 でも声に聞き覚えがある。昨日だな、これ。聞いたの。

 なんとなく、ゆっくり振り返る。


 美しき吸血鬼――ミラさんだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る