第10話◇魔王軍参謀、第一の契約者を得る/【吸血鬼】カーミラ




 それからも魔王様やミラさん、アガレスさんを交えながら仕事についての説明を受けた。

 空席となっている四天王の椅子に座らせてもらい、話を聞く。


 冒険者とダンジョン側は商売的には持ちつ持たれつの関係だ。

 ダンジョンを攻略するにはまず予約をとって、攻略料を払わなければならない。


 ちなみに攻略料は入場ごとに掛かり、階層ごとに料金が上昇する。これは深くなるほどに攻略難度が上がり、それを視覚的に示す為に内装に凝ったり、強い魔物を雇う為の金が掛かるからというのが一応の理由。


 また冒険者が配信に使う映像は当然ダンジョン内で撮影されるモノなので、これも買い取りという形になる。

 ダンジョン内は破壊されても魔力で修繕されるが、その魔力の生成や購入にもお金は掛かるので不必要な破壊行為が確認された場合は修繕費も請求される。


 まぁこれはそう言っておかないと壁を魔法でぶちぬいてショートカットを試みたり、敵に対して明らかに強すぎる魔法をぶつけたり、ちょっと自分達が不利になるとカメラを破壊したりする者がいるので、抑止の為に必要な項目だろう。


 ダンジョンは自前の魔力体アバター生成・調整装置を備えており、冒険者にも貸し出している。

 金は掛かるが専門の店で頼むよりも割安で、かつ攻略直後は更に割引されるので魔力体アバターが傷ついた者はそのダンジョンで直すことが多い。


 他にもセーフルームには魔力体アバターの損傷を一時的に回復するアイテムなどが割高で販売されていたり、結構各所がお金を搾り取ってくるのがダンジョンだ。


 あとは、攻略予約のない日は一般人のダンジョン見学を受け付けたりしている。

 たとえば僕がフェニクスのパーティーで最後に行った攻略。第四層だ。人狼が多かった。


 あれは電脳ネット配信ではなく映像板テレビ放送だったのだが、放送直後に観光客が押し寄せたらしい。

 魔王城はフェニクスパーティーとの戦闘痕を敢えて修繕せず客を迎え入れた。


 もうお客さんは大盛り上がりだったという。

 【戦士】アルバの魔法剣が敵を薙ぎ払う時に地面にこすれた痕や、【狩人】リリーの放った矢の刺さった壁や地面、【聖騎士】ラークが盾で弾き飛ばした魔物が壁にめり込んで出来た人型の凹み、【勇者】フェニクスが押し寄せる敵をまるごと焼き尽くした通路などなど。


 いわゆる聖地巡礼だ。

 しかも場所は最高難度を誇る魔王城。


 ……フロアを突破されたのに商魂たくましいなぁと思ったのは内緒である。

 もちろん【黒魔導士】レメの活躍は映像的にゼロだったので、刹那的な名所も無しだ。

 優しいミラさんは、


「十字路の三方向から【人狼】が雪崩込んできた際パーティーの中で唯一動じず一歩も動かないまま全ての敵に『速度低下』を掛けていましたし、罠が作動して地面が揺れた際に壁に手をついていたのも可愛かったですし、【狩人】の矢があたりやすいように『混乱』で魔物を密集させていた技術は魔王掛かっていますし、【聖騎士】が敵の攻撃威力を見誤ってあわや大ダメージを負う寸前の瞬間的な敵攻撃力低下率強化と敵の両腕に低下率の異なる『速度低下』を掛けることで斬撃をブレさせたシーンなんて神業どころではありませんし、挙げていけばキリがありませんが中でも特に素晴らしいのはフロアボス戦です! 一体あの短い時間の中にどれだけレメさんの好プレーがあったことか! 私が特に感動したのは――」


 と数分にわたってベタ褒めしてくれた後で、我に返って赤面してしまった。

 机に突っ伏してしまうミラさんを横目に、僕は感動で胸が一杯だった。


 【黒魔導士】なのに冒険者になると選んだのは僕だし、師匠との約束を破るつもりもない。

 目立たず、それでも仲間の勝利の為に全力で魔法を使い、攻略に貢献する。

 それでいいと思っていた。


 でも本当は、どこかで認められたいと思っていたのだろう。

 だって、ミラさんの言葉がこんなにも嬉しいんだから。


 ミラさんは本当に熱心に僕の攻略映像を観てくれているようだ。もちろん僕が何をしたか分かるのは彼女自身が優秀な戦闘職ということも関係している……筈だ。他にも何か理由があるのだろう。同僚なんだし【人狼】から話を聞くとか、魔王城職員だから元の映像データを入手して、編集でカットされる部分まで確認するとか。


 めちゃくちゃ嬉しいのは事実だが、バレないようにやったつもりのことがほとんど見抜かれていることへのショックもある。


 というか、だ。

 ミラさんはどうして【黒魔導士】レメをそこまで熱心に観てくれるのだろう。

 そのあたりが、我ながらまったく分からなくて少し困惑する。

 だからといって僕のどこに魅力を感じましたかなどと聞ける度胸はなかった。


「今日はここまでにしようかの」


 仕事のことで知るべきことは沢山あるが、いきなりダンジョンを任されるわけでもない。

 今日一日で詰め込まなくてもいいだろう。

 僕は魔王様の言葉に頷く。


「近い内に歓迎会を開催する。アガレス!」


「はっ……会場の手配はお任せください。魔王様の好物である甘味を各種揃えた店を予約します。ところで魔王様の隣の席に座るという栄誉を賜りたく存じます」


「ヤ。変なところマッサージしろとか言うのであろ?」


「ぐはっ……! ですからそんなことは致しません! そのような疑惑の視線を忠義者である私に向けられるとは……魔王様……ありがとう、ございます……!」


 苦しそうだが同時に嬉しそうでもある。


 僕はそっと視線を逸した。

 魔王様やミラさんの気安い態度からすると、変態的な性質を持っていても犯罪行為に手を染めているということはあるまい。

 ならばちょっと嗜好が変な人という認識で充分。

 結局一度も口を利かなかった黒騎士さんに目を向ける。


「……あぁ、この子ずっと寝ていたのでしょうね」


 蔑むような目でアガレスさんを睨んでいたミラさんが、僕の不思議そうな顔に気付いて説明してくれた。

 一人が欠席で一人がずっと寝てるとは、中々面白い四天王だ。


「外までお送りしますよ、レメさん」


 彼女に促され、僕は魔王様とアガレスさんに声を掛けてから会議室を後にする。

 黒騎士さんにも挨拶したけど、やはり寝ているのか反応はなかった。


 試着室もどきの個室に戻る。

 二人だとやはり狭いが、今の僕はまだ魔王軍としての登録証を持っていない。なのでミラさんに触れている状態で一緒に記録石を使うことでしか移動出来ないのだ。


「今日はすみません……お恥ずかしいところを沢山見られてしまいました」


「い、いえ。あんな風に褒められるのはほとんど初めてだったので、すごく嬉しかったです」


「そうなんですか? その、気持ち悪い女だと思われていないのなら、よかったです」


「思うわけないですよ」


 不思議な女性だとは思うけれど。

 僕の言葉に、ミラさんは心底ほっとしたように息をついた。


「よかったです……レメさんは、本当に優しいんですね」


「そんなことは……」


「あの、ど、どこまでなら許してくださいますか?」


 ミラさんが僕を見上げる。

 狭い部屋で、体がほとんど密着するような距離で、彼女は言う。


「い、今から少し暴走してしまうので、嫌ならそう仰ってください」


 そう前置きしたミラさんは僕の腰に手を伸ばし――ポケットに手を入れた。

 最初こそビクッとしてしまった僕だが、彼女のやろうとしていることを知り任せることに。

 僕が魔王様から貰った指輪を、ミラさんは取り出していた。


「こ、これの効果は魔王様に聞きましたよね」


 彼女が緊張しているのが伝わってきて、僕まで声が上擦ってしまう。


「は、はい」


「実はこれ、順番も記録されるんです」


「順番?」


「は、はい。たとえば……たとえば、レメさんが私と契約してくれたなら、レメさんには私が『初めての契約者』だと分かります。同様に……私にも自分が『一番目の魔物』であると分かるんです」


「な、なるほど……」


「わ、私ほんとにレメさんのファンで……魔王軍への勧誘を提案したのも私ですし、今日ここまでお連れしたのも私ですし、それにしばらく助手を務めるのも私ですし……さっき隣の席だったのも私で……えぇと、えぇと?」


 ミラさんは自分で言っていてよく分からなくなったのか、首を傾げた。

 僕は彼女の言葉を待つ。


「ですから、つまりですね……!? あなたの初めてにしてはいただけませんか!? …………と、いうことなのです」


 勢いで言い切った彼女は、それから顔をボッと真っ赤にして、俯いてしまう。

 今日会ったばかりだが、こんな彼女はもう二度と見れないのでないか。

 それくらいミラさんは緊張していて、勇気を振り絞ったのが分かる言葉だった。


「ミラさん」


 僕は一瞬躊躇ってから、意を決して彼女の肩をそっと掴む。

 ぴくっと揺れる華奢な体。


「ひぁ……い。はい、レメさん」


「僕の方からもお願いします。僕と初めて契約する魔物になってくれませんか」


 実のところ、僕もそれを期待していた。

 ミラさんの強さは知っているし、少し悪戯っぽい態度もとるが優しいのも分かる。


 ただ情けないのは、彼女に言わせてしまったこと。

 ミラさんはバッと顔を上げ、僕の目を見つめる。

 彼女の目は水気を帯びていて、頬は上気し、その唇は艶めいていた。

 その唇が開かれ、牙が覗く。


「……吸いたい」


 ぼそっと何か言ったのが聞こえる。


「え?」


「はっ! い、いえ、なんでもないです!」


 吸いたいって……なんだろう。吸血鬼だから、血だろうか。

 このタイミングで血を吸いたくなるのって、吸血鬼的にどういう意味があるのか。

 確か吸血衝動は他の衝動に引き摺られて湧き起こることがあるとか聞いたことがあるような。


「なんでもないので! あ、あの、契約、してくれる、ということでよいのですよね?」


「え、あ、はい。お願いします」


「その、あぁは言いましたがよく吟味した方がいいです。何事も一番目というのはとても大事ですから」


 言いつつも、彼女は不安げだ。


「元々僕から頼もうと思っていたので」


「そう、なんですか」


「はい」


「そう、なんですねぇ」


 彼女の唇がむにむにと形を変える。


「はい。えぇと、同時に触れて魔力を流すんですよね……結構難しくないですか?」


「レメさん、手を見せてください。多分……こうするものなんだと思います」


 指輪に二人で触れようとするのでなく、僕の指に嵌った指輪に、契約者となる魔物が触れる。

 確かにこの形が想定されているものだろう。どちらも触れているし。


 ミラさんの白魚のような手が、僕の指をなぞり、やがて指輪に行き着く。

 魔力を流す。ミラさんからも魔力を感じた。


「私、ミラはレメさんの求めに応じ、何時如何なる時であっても空間をも越え参じることを、此処に誓います」


 言ってから、彼女は何故か手を指輪から離した。まだ契約は完了していない。


「ミラさ――んっ!?」


 僕の手をとったミラさんは、それをそのまま自分の口許に持っていき、上目遣いに僕を見たまま――指輪に唇をつけた。


 必要な魔力が注ぎ込まれ、僕のと混ざり、指輪が契約の完了を教えてくれる。

 なんとも不思議な感覚だが、目の前の女性が『第一の契約者』だという認識がある。


 だがそんなことよりも、だ。

 衝撃的過ぎて僕は固まってしまった。

 ゆっくりと彼女が離れる。


「暴走……ここまで、です」


 心臓が爆発するかと思った。

 胸に触れる。よかった爆発してない。


「ふふふ……あのレメさんの初めてを頂いてしまいました」


 彼女は無理に余裕のある態度をとり、艶かしく唇を舌で舐めた。

 が、先程までのミラさんの記憶がまだ鮮烈で、上手く反応出来ない。


「あ、あのレメさん……指輪は基本的に冒険者を追い払う為に使うべきですが、外でも使用出来ます。距離を経るごとに召喚に掛かる魔力は増えてしまうので注意が必要ですが、それでもレメさんならば問題ないでしょう」


「は、はい」


 ミラさんはさすがのもので、この短い時間で調子を取り戻していた。

 先程までの初々しい感じはどこへやら、自ら僕に身を寄せ、耳元に顔を近づける。


「私は、真夜中のレメさんの部屋にでも、喚ばれれば行きますからね」


 あ、これはからかっているのだと分かるぞ。

 分かってても想像してしまうのが男のどうしようもないところなんだけど。


「なんて、レメさんは私をよく知らないですものね。言い寄られても気持ち悪いでしょう、気をつけます」


「そんなことは、ないですけど」


「けど?」


 僕は尋ねるべきか迷って、結局黙ってしまった。

 彼女の方も、そこに関しては自分から話すつもりはないようだ。


「夜にお部屋で逢うのは、まだ早いですね」


 ……まだ?


「なんて。今度こそ帰りましょうか」


 彼女が体を記録石に向ける。

 彼女の後ろ姿を見た僕には、その耳が赤くなっているように見えたが。

 僕も負けず劣らず赤くなっているだろうから。

 そのことに触れることなく魔王城を後にした。


 ・契約人数 1/72




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