第9話◇魔王軍参謀、超便利アイテムを授けられる




「よろしくお願いします」


 僕のその言葉に、ミラさんはしばらくぽかんとしていた。

 即答したことが意外だったのだろうか……いや。


 彼女の顔が、ゆっくりと喜色に染め上げられていく。

 嬉しいことが起きた時に一瞬頭が真っ白になって、やがて現実感が湧いてくるみたいに。


「ほ、ほんとうですか?」


 不安そうに確認してくるミラさん。


「はい、今日から同僚ですね。ミラ……先輩、と呼んだ方がいいでしょうか」


 僕が頷くと、ミラさんの瞳がじわりと水気を帯びた。

 えっ。

 僕は慌てる。何かまずいことを言っただろうか。


「ごっ、ごめんなさい……自分で声を掛けておいて、引き受けてもらえるとは思わなくて。とても、とても、嬉しいです」


 どうやら先程のは……その、嬉し泣き的なやつのようだ。いや、涙にはなっていないか。目がうるうるしているだけで。

 それでも、なんというか自分の選択をこうも喜ばれるというのは、むず痒い。


「それと、私のことはミラで大丈夫ですよレメさん。勤務中はカーミラとお呼びください」


 ミラさんは潤んだ瞳のまま、花咲くような笑みを浮かべた。

 心臓が止まるくらい魅力的で、僕は思わず自分の胸に手を当ててしまった。

 あぁよかった。止まってない。


「うむ! よくぞ決断したなレメよ。いや……レメゲトンよ!」


 魔王様が元気いっぱいに叫ぶ。

 自分の席で腕を組み、僕ら二人を見て満足げに頷いている。


「れめ……なんです? レメ、ゲトン?」


「カーミラの話が始まってからずっと考えておったのだ。新入りのダンジョンネームは当代の魔王が決める慣例だからな」


「あぁ、そういうものなんですね。じゃあ僕のダンジョンネームがその、レメゲトン?」


「よい響きだろう? これから魔物を率いる貴様に相応しい名だ」


 ミラからカーミラもだけど、本名が含まれている。


「ありがとうございます。でも……その、バレはしないでしょうか。『レメ』って入っていますし、【黒魔導士】ですし」


「そこは抜かり無い! 貴様には魔人のフリをしてもらうからな。魔力体アバターに角を付けてやるぞ。本来はダメなのだがお祖父様の『教育』を生き延びた弟子ならば文句は言われまい」


 エンターテイメント化にあたって、ダンジョン攻略は命に危険が及ばないように様々なシステムが開発・導入された。

 中でも魔力体アバターと退場措置は重要だ。


 簡単に言えばダンジョン攻略&防衛は魔力で作られた分身を用いて行われる。生身の身体は専用の装置に繋がれ、そこで分身と精神をリンクさせるのだ。


 分身は作るのに時間と魔力と金が掛かるが、生身と変わらないスペックを誇る。

 ちょっと肌ツヤをよくしたり髪型を変えるくらいは問題ないが、本体と同一人物だと分からなくなる程の変更は出来ない。というか違法だ。


 分身は魔力体アバターといって、魔王様は僕の魔物としての魔力体アバターに角を付けることで魔人であると印象付けようというのだ。


 これは違法ではない。角のあるなしで人が見分けられなくなることはないし、ちょっと髪を伸ばすとかと同じ扱いだ。逆に亜人の冒険者などは魔力体アバターで特徴を消すことがある。動物の耳や尻尾を消したり。


 フェニクスのパーティーに所属しているエルフの【射手】リリーにも当初そんな話が出たことがある。いわゆるエルフ耳を隠すかどうかで、アルバと喧嘩になっていた。


 アルバは耳を隠すべきだといって、リリーは頑として譲らなかった。結局はフェニクスや僕もリリー側に回ったことでそのままになったという経緯がある。


 エルフはほとんど人間と見た目の違いがなく、また総じて美しいので近年人気を増している種族だ。エルフの冒険者も年々増えている。

 ただどうしても人間だけで戦ってほしい視聴者もいて、アルバはそこを懸念したのだろう。


 【黒魔導士】がいてもエルフがいても、世界四位になれた。

 でもアルバはまだ満足していない。

 いや彼の話はいいか。


「あと、もったいないですが仮面も付けて頂きましょう」


 ミラさんが言う。


「もったいないぃ? 見せつける程の顔ではあるまい」


「魔王様?」


「……ま、まぁ見ようによっては魅力的と言えなくもないというか趣味なんて人それぞれというか余の好みに外れているだけで好ましく思う者も世界には沢山いるのではないかと思えてきたぞ」


 ミラさんの冷たい微笑みにルーシーさんが意見を突風の如く翻した。


「魔王様を脅すな、吸血鬼。二度目だぞ」


 僕はちょっと驚く。

 これまで沈黙を貫いていた魔人の男性が声を発したのだ。 


 銀の髪を後ろに撫で付け、露出した額の両端から山羊のような一対の角が生えている。燕尾服姿で、二十代後半くらいに見える男性だ。


「あらアガレス、いたのね。気づかなかったわ」


 ミラさんが唇だけで微笑み、アガレスと呼ばれた男性を見た。


「魔王様が我らを脅し魔物がそれに喜んで屈することはあっても、魔物の側が魔王様を脅すことなどあってはならない」


 上下関係に厳しそうな人かな……と思ったがなんか変なフレーズが無かったか?

 えぇと確か……と思い出していると男性が立ち上がり、僕に一礼した。


「ご挨拶が遅れました。私は魔王城四天王が一角・【時の悪魔】アガレスと申します。この度は参謀へのご就任、誠におめでとうございます」


 あ、そうか。なんだかノリで決めているみたいだったから忘れていたけど、参謀は魔王直属。

 四天王より位は上ということになるのだ。


 それにしてもいきなりやってきた人間、しかもパーティーを追い出されて路頭に迷いかけている【黒魔導士】が上司になったというのに、なんて丁寧な対応なのだろう。


「へぇ、貴方はレメさんの実力に懐疑的だったのではなかったかしら」


 ミラさんが皮肉げに言うと、アガレスさんが再びミラさんを見る。


「私は貴様と違い、直接参謀殿の魔法を受けていない。魔王城攻略以前から貴様が彼に執心していたのは知っていたからな、報告にも私情が入ってやしないかと疑うのは当然のことだ」


「……た、確かに私は以前からレメさんの攻略映像を観ていましたけれど、それを貴方に言ったことはなかったわよね。何故当然のように乙女のプライベートな情報を把握しているのかしら。気味が悪いわ」


 冷たい表情を維持しているが、ミラさんの顔が少し赤くなっている。

 ファンだと言ってくれたあの言葉は、本当だったらしい。

 改めて嬉しくなる僕だった。

 同僚と話している時のミラさんというのも新鮮だし。


「すまんカーミラ、余が話してしまった」


「……魔王様」


「すまんってば!」


「吸血鬼、魔王様を睨むな不敬だろうが。魔王様が我らを睨むのは最上のご褒美だが、逆はあってはならない」


 やっぱりこう、上司と部下の関係をしっかりと守る感じの人のようだ。

 でも……やっぱり違和感があるんだよな発言に。

 どことなく変態的なものを感じるような……。


「黙りなさいよロリコン悪魔。逮捕だけはされないでくださいね不祥事は困るので」


「ふっ、愚かな。私は幼心の守護者を自認している。幼き命こそ至上、しかし触れることなかれ。これが真の守護者の信義だ。天使を欲望のはけ口にしようと考える下衆と同列にしないで頂きたい」


「何が守護者よ罵倒されたり踏まれたり睨まれたりしたら喜ぶくせに。魔王様気をつけてくださいね。変なところマッサージしてほしいとか言われても応じてはいけませんよ」


「ふざけたことを抜かすな! 私は魔王様を心から敬愛している。そのような犯罪者まがいの要求をするわけが……あぁ魔王様、そのような蔑むような目はおやめください! 私は貴女様を傷つけるようなことは決してしません! ……可能ならばもっと視線をきつくとかお願い出来ますか?」


「捕まった方がよくないですか、貴方。レメさん魔物はこんな変態ばかりではないので安心してくださいね。そして私は純粋にレメさんのファンなのであって部屋にポスターをベタベタ貼ったりだとか電脳ネットに上がっているプライベートの隠し撮り写真を蒐集したりとか、配信動画に『もっとレメを映せよ編集の無能め』なんて書き込みしたりとか、そういうことは一切まったくしていないので、そのあたりのことはご理解いただければと思います、はい」


 な、なるほど。

 アガレスさんは純粋な子供好きでちょっと変な性癖があり。

 ミラさんは何もおかしなところのない良きファンなわけだ。

 僕は理解した。

 世渡りのコツは、触れてはならないと判断した部分には触れないことだ。


「あ、あの。お二人の話は分かったので、魔王様に話の続きを聞いてもいいでしょうか?」


 喧嘩の仲裁よりも、中止を促す。

 どちらも嫌とは言わなかった。


「失礼しました参謀殿」


「ご、ごめんなさいレメさん……うぅ、恥ずかしい」 


 アガレスさんは頭を下げて着席。ミラさんは頬を両手で挟み、赤くなった顔を隠そうとしていた。


「おぉー、やるではないかレメゲトン。それでこそ参謀というものだ」


 褒められるほどのことではないので、僕は苦笑するに留めた。


「いえ。話を戻しますが、僕は角と仮面、後は衣装で正体を隠すということでしょうか?」


「うむ、それだけでは角が生えて顔が見えないだけで【黒魔導士】と名前の一致が残ろう。そこに注目されないような何かが必要ではないかと余は思う」


 あ、よかった。僕もそれを言おうとしていたから。


「貴様にはこの指輪をやろう」


 そういって彼女が何かを投げた。いや、指輪か。

 受け取ると、動物の骨で作られた指輪だった。


「これは?」


「古の王の鎖骨だ」


「えっ」


「嘘だ」


「嘘なんですね……」


 ちょっとよく分からない。


「それは自分と契約した者を召喚することが出来る指輪だ。契約したい相手と貴様の魔力を指輪に同時に流し込み、言葉で誓いを立てれば契約完了というお手軽召喚アイテムである」


 ……それ、めちゃくちゃすごくないですか?


「登録出来るのは七十二体までだから気をつけろ。それとしばらくは契約相手を我が配下に限定させてもらう」


 つまり、僕は最大で七十二人の魔物を好きな時に喚び出せるわけだ。

 なるほど、呼び出した人に冒険者を追い払ってもらえ、ということか。


 これならば固定の種族ではなく、色んな人達を勝たせてあげられるし、それだけ多くの種族に希望を与えられる。

 魔物側の勇者として大いに役立つアイテムであり、同時に人間レメとの大きな相違点になる。


 これならば少しくらい黒魔法を使おうがレメゲトンとレメを結びつける者はいないだろう。

 僕は指輪を握りしめた。


「ありがとうございます、大切にします」



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