第12話◇魔王軍参謀には理解者が必要だと吸血鬼の女王は言った




 ミラさんは変装していた。

 ニット帽を被って頭部の蝙蝠羽、マスクを着用して牙を、それぞれ隠している。コンタクトで瞳を蒼く見せる徹底ぶりだ。


「おはようございます。此処に来れば逢えるかなと思いまして」


 あぁ、そういえば昨日も此処でのひったくり退治を見られていたんだっけ。

 【黒魔導士】のレメが吸血鬼と一緒に歩いていたら妙な噂が立つかもしれないから、それに配慮した変装をしてくれているのか。昨日は偶然見つけたから出来てなかった?

 それとも、ブリッツさんやカシュに僕の仕事が疑われないように?


 とにかく変装までして僕に逢おうとしたわけだ。

 職場で顔を合わせるだろうに、何か用があるのかな。

 でもなんでだろう。


 綺麗な笑顔が、ちょっと怖い。

 ミラさんが一瞬カシュを見る。


「……まさか、あの変態と」


 すぐにアガレスさんのことだと分かった。


「違いますよ!? 同じではないです! というか魔お……ま、ま、マオさんへの態度を見ていれば違うと分かりますよね!?」


 二人の手前魔王様とは言えないのでなんとか誤魔化す。

 しばらくじとーっと僕を見ていたミラさんだが、不意にふふっと声に出して笑った。


「冗談です。信じていますよ」


「それはよかった……」


 本当によかった。


「それに、もし間違った道に逸れてしまっても、私が絶対に正しい道に引き戻して差し上げますから」


 言いながらミラさんが自分の胸に手を当てる。

 僕がドキッとしている側で、カシュの顔が絶望に染め上げられた……ように見えた。


 ミラさんの胸部と自分の胸を見比べ、この世の終わりみたいな顔になっている。

 カシュの笑顔が救いなのに、それが曇ってしまった。

 ミラさんがカシュの前に屈み込む。


「おはようございます、小さな果物屋さん」


「ち、小さくないです大きくなります多分もうすぐ……。それと、おはようございます」


 挨拶がしっかり出来てカシュは偉いなぁ。

 ……ミラさん何をするつもりなんですか。


「えらいべっぴんさんだなぁ。レメの知り合いか?」


「はい。以前レメさんに助けていただいて、そこからの縁です」


 助けたというのは、魔王軍に入ったことを指しているのか。


「あぁ、想像つくぜ」


「そうでしょうね」


 ブリッツさんは約束を守って昨日の話はしないし、ミラさんも見ていたとは言わない。

 でもお互いに共感し合うように頷いていた。


「今日は貴女……カシュさんでしたか? にお話がありまして」


「え」


 と声を出したのは僕。


「失礼ですが、お金が必要なのではないですか?」  


 ……いやいや、少し待ってくださいミラさん。


「え、あ……えぇと、少しでもお母さんの助けに、なりたくて」


 戸惑いつつも答えるカシュ。きっとこれまで何度も客に境遇を聞かれ、すぐに答えられるようになったのだろう。


「素晴らしい。ところでこのお店だと一日で幾らくらい稼げるのでしょう?」


 ……あの、ミラさん?


「店主のご厚意もまた素晴らしいです。ですがカシュさん、もっと安全に稼げるとしたらどうでしょう」


 やっぱり……!

 理由は分からないがカシュを魔王軍に勧誘するようだ。


 でもダメだろう。いくらなんでも幼すぎる。魔王様は……【魔王】ってことは十歳にはなっているのだろうし、そもそも家業だし本人は実に楽しそうだ。

 僕の不安を察してか、ミラさんがウィンクした。

 綺麗だけど、カシュのことが気になってしまう。


「危険なことは絶対にさせません。ただ、レメさんの新しいお仕事は結構大変で、働き者でレメさんと仲の良いお手伝いさんがいるととても助かるのです」


 ……えぇと、つまり?

 ダンジョン防衛には出さないが、その準備などを手伝ってもらう裏方として雇うという話だろうか。


 あれ、危険がないなら悪い話ではなさそうだ。

 果物売りの収入は安定しないし、儲けは微々たるものだろう。 

 実はいつ行っても商品が大量に余っているのを見て、僕も胸を痛めていた。


「お嬢ちゃん、レメの新しいパーティーメンバーか?」


「はい。それでカシュさん、うちに来てくださるなら報酬はこれくらいで」


「えぇ!? そ、そんなにたくさんっ!?」


「しばらくは忙しいですが、落ち着けば休みもたっぷりとれます」


「ふ、ふわぁ」


「これが一番のウリなのですが、今回募集するお手伝いさんは――レメさん専属です」


「せ、せんぞくっ!」


 カシュの絶望顔はとっくに晴れていた。今はただただ驚愕と興奮に満ちている。


「どうでしょう。ご店主やご家族と相談してご検討いただければと思います。お時間さえいただければ、ご家族にも私から説明致しますが」


 カシュは突然の申し出に、頭がいっぱいいっぱいになっているようだった。


「なぁ嬢ちゃん。レメが何も言わねぇってことは、あんたは信用出来るんだろう。だが俺はあんたを知らないし、そのレベルのパーティーがカシュにそんな金払う余裕あるのか?」


 ブリッツさんはカシュを心配しているのだ。そんなうまい話があるのかと。


「ご心配は尤もです。少々無礼かとは思いますが、そのあたりはカシュさんの意思が決まってから説明する、とさせてください」 


「むぅ。働く気があんなら説明するってことか。まぁそれなら、俺がとやかく言うことじゃあねぇんだけどよ。だが話を聞いた後で気が変わったらどうすんだ?」


「変わらないと思いますが、特に何も。ここで確認したいのは意思なので」


 ミラさんの言葉は簡潔。

 僕はカシュを見た。

 カシュも僕を見ていた。


「れ、レメさんは……その、わ、わたしがお手伝いだったら、迷惑でしょうかっ」


 緊張で顔を真っ赤にしながら、カシュはそんなことを言った。


「まさか。カシュと逢うと元気が出るんだ。迷惑どころか普段より良い仕事が出来るよ、絶対ね」


 反射的に僕は答えていた。

 もちろん嘘偽り無い本音だが、それでも魔王軍に裏方とはいえ童女を入れていいものかという迷いもある。


 ただ、ブリッツさんこそいい人だが此処では稼ぎが心許ない。

 僕の転職を機にカシュの現状も好転するならば、それは喜ぶべきところだろう。


 一瞬ミラさんの視線がじとっと湿り気を帯びた気がしたが、また幼心の守護者疑惑でも掛けられているのだろうか。

 カシュがそっと目を瞑る。きっと様々なことが脳内を駆け巡っているのだろう。

 やがて、カシュが目を開いた。


「てんちょう」


「あぁ」


「わたし、てんちょうにとても感謝しています」


「おう」


「でも、レメさんのお手伝い……したいです」


「あぁ、いいんじゃねぇか? 小銭稼ぎから卒業出来るってんだから、止める理由はねぇよ。しかもレメのとこってんだから心配も要らないしな」


「……! は、はいっ!」


 潤んだ瞳のまま、カシュがこくこくと頷いた。

 ブリッツさんも目頭を押さえ、洟を啜っている。


 それからはあっという間だった。

 カシュを伴って彼女の母親の職場まで行き事情を説明。あくまでアルバイトという扱いで、ダンジョン防衛に魔物として出ることはないこと、万が一にも危険な目に遭わせないよう徹底することなどを話し、カシュの強い希望もあり、許可が下りた。


 僕が冒険者から魔物に転向したと言っても、カシュは失望したりしなかった。「さんぼー、だいしゅっせですねっ」と喜んでくれたくらいだ。

 カシュの母に娘をどうかお願いしますと言われ、僕は「はい」と答えた。


 どうやらカシュの家庭は父親がおらず、姉が一人と弟妹が一人ずつで五人家族らしい。


 ……それは確かに母親一人で養うのが難しい人数だ。


 でも、カシュのお母さんは給料を聞いてもカシュを止めた。娘への心配の方が勝ったのだ。

 最終的に許可したのは、カシュ自身が強く希望したから。

 お母さんとの関係は良好のようで、僕は安心したのだった。


 母親が少しカシュと二人きりにしてくれと言うので、僕らは職場の外で待っていた。

 職場は古着屋だった。


「……ミラさん、昨日どこから聞いてたんですか?」


「『こんにちは』からです」


 最初からだよ、それ。

 それで僕とブリッツさんやカシュの関係を大まかに把握したわけか。


「僕とカシュに交流があって……カシュが亜人だからって魔王城に?」


「はい。レメさんも知り合いが一人くらいはいた方がよいかなと思いまして。それに参謀ですから手伝う者は必要です。非常に残念なことに、ひじょうに、ひじょーに残念なことに、私はずっと助手を務めるわけにはいきませんから」


 非常にを強調しながら、本当に残念そうにミラさんは言った。


「カシュはまだ子供ですよ」


「ですが、レメさんに必要なのは理解者です。あなたは自分の実力を把握しながらも、他者からの評価に期待しなさ過ぎる。カシュさんは貴方の心と魔法、その両方の強さを理解している数少ない人物ではないですか」


「……褒められてこなかったですから、十年くらい」


 フェニクスは親友だが、だからってお互いをベタベタ褒め合ったりしないし。

 結局僕は、自分の力を自分で信じるしかなかった。

 ちゃんと外から評価されることにも慣れていきましょうね、ということだろうか。


「ならばこれから私やカシュさんが褒めます。レメさんはすごいのです。すごい人がそれを隠すとか評価されないとか、私は我慢なりません。レメさんはすごい【黒魔導士】ですよ」


「……あ、ありがとうございます」


 やめてほしい。照れるから。


「今までよく頑張りましたね。よしよし……なんて」


 頭を撫でられた。


「……冗談が過ぎました。ごめんなさい」


「いや、大丈夫」


 お互いに赤面する。

 実は全然大丈夫じゃない。

 意外に悪くない気分だったのがよくなかった。頭撫でられて喜ぶって、子供じゃあないんだから。


「こほんっ。とにかく、レメさんには理解者兼助手が必要だと私は判断しました。指輪で契約出来るとは言っても基本的に魔物はフロアボス直属です。なので仲間を得るにも本人はもちろんのこと、フロアボスからの許可も得なければなりません。私の豚……間違えました部下達は好きに使ってもらって構いませんが、決して私のいないところで口を利かないでくださいね。仮に何か言っても全部ウソですから信じないでください。レメさんは豚……部下よりも私を信じてくれますよね?」


 うるうるっと瞳を潤ませて上目遣いに僕を見るミラさん。


 ……普段部下のこと豚って呼んでるのかな。


 さすが【吸血鬼の女王】カーミラだ。

 役に入りきっているんだなぁ。

 でも今は職場じゃないからいつもの優しいミラさんでいてください。


「ミラさんのことを誰がなんて言ってもその場で信じたりはしないし、ちゃんとミラさんの話を聞きますよ」


「そ、それならばよいのです。……ありがとうございます」


 そんなことを話している内に時間が過ぎ、カシュがやってきた。


「おまたせしましたーっ!」


 元気いっぱいだ。


「それじゃあ行きましょうか、レメさん、カシュさん」


 こうして僕らは三人で職場へ向かう。

 魔王城へ。



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