第13話◇炎の勇者は友を偲ぶ

 



 今でこそ世界ランク第四位のパーティーを率いる私だが、幼い頃はいじめられっ子だった。


 今思えば、別に小柄だとか足が遅いとか力が弱いとかそんなことはなかったのだが、とにかく気が弱かった。自主性というものがなく、優柔不断で、そのことを指摘されるとたまらなく恥ずかしくなって。


 そんな、顔の赤くなった私を村の子供達は笑った。

 それを助けてくれたのがレメだ。


 レメは【勇者】に憧れていた。だから困っている私を助けてくれたのだろう。


 彼は特別喧嘩が強いわけではなかったが、頭の回転が早かった。弁も立つし、時に言いくるめ、時に不意を打ち、時に罠に掛けたりして、複数人のいじめっ子達を追い払ってみせた。


 それでもいつもボロボロだったが、「【勇者】は最後には絶対勝つんだ」と言って笑った。


 今は子供だから真っ向勝負だけで多人数を倒すことは出来ないが、十歳になれば神様が自分が最も結果を出せる【役職ジョブ】を教えてくれる。自分は絶対に【勇者】だから、その時の為に今から訓練をするのだと体を鍛えていた。


 私の言葉がどれだけ遅くともレメは待ってくれたし、「お前は考えるのが遅いんじゃなくて、深く考えてるんだな」と言い、私を救ってくれた。


 彼が辛抱強く付き合ってくれたおかげで、自分は思考を深く潜らせずに素早く判断を下すことが出来るようになった。

 レメには多くの友人がいて、彼がいると私も自然と輪の中に入れた。

 だからこそ、不思議でならなかった。


 たかが適職を教えてくれるだけの儀式で、誰もが彼を見放したことが理解出来なかった。

 目も当てられない程に憔悴した彼は、それでも友が【勇者】になったことを祝福してくれた。


 【勇者】となった者は世界各地に点在する『精霊の祠』を訪ねなければならない。

 そこで自分を気に入る精霊がいれば、より大きな力を手にすることが出来る。


 私は祠で悪態をついた。何が神、何が精霊。勇者になるべき人間に、誰よりも勇者に相応しい心を持つ友人に苦難を与えた。何が【役職ジョブ】だ、馬鹿野郎。


 私は『火の精霊』に気に入られた。

 【勇者】に選ばれた者は大抵が喜び、そうでない者もすぐに自分を特別な者だと勘違いし始める。だが『火の精霊』はそういう人間が嫌いなのだという。神と精霊に八つ当たりするような馬鹿は久々で面白かった。そんな理由で私は百三十年ぶりの契約者になった。


 どうして、自分だけこんなに恵まれてしまうのだ。

 私は最悪の気分のまま村へ帰った。

 これではまるでレメへのあてつけではないか。


 幾度となく自分を助けてくれた親友が夢を断たれたというのに、自分は【炎の勇者】になってしまった。

 その後、私は自分を強く恥じることになる。


 レメは立ち直っており、【黒魔導士】としての自分を鍛え始めていた。

 嫌な顔をするどころか、聖剣を手に入れたことに興奮し我が事のように喜んでくれたのだ。


 【勇者】はたった数年で歴戦の猛者よりも強くなれる。そういう才能を持っている。

 レメはそこで挫けなかった。


 ならば何十年も努力しよう。しかもただの努力じゃない、濃密で効率的な鍛錬だ。

 そう言って笑った彼は、いつもと同じ決まり文句を言った。


「【勇者】は最後には絶対勝つんだ」そして「逆に言えば、最後に勝てば【勇者】ってことだろ? うかうかしてたらお前のことも追い抜くからな」


 私の親友は、運命如きが捻じ伏せられる男ではなかった。

 その瞬間、私の将来は決まった。


「レメ、僕とパーティーを組んでほしい」


 その言葉を、後悔したことは一度もない。


「はぁ? あのな、俺は最後に勝つけど、今はクソ雑魚なの。冒険者になっても足を引っ張るだけだ。ていうか、友達だからって気を遣うなよ」


「そんなんじゃない。レメは絶対に強くなる。ぼくはレメとはライバルじゃなくて、仲間でいたい」


「……オススメしないぞ。【黒魔導士】なんて入れたら仲間も集まらない」


 自分が【勇者】になれたのは、そうでもなければ親友と肩を並べられないからだ。


「レメとなら一番になれる。百三十年ぶりの【炎の勇者】と最強の【黒魔導士】で、一番になろう」


 レメは目を丸くし、真意を確かめるように私を見た。


「……なんかお前、変わったな」


「レメは変わらないね。僕はそれが本当に嬉しくて、誇らしいよ」


「気持ち悪いぞ、かなり」


 彼が言って、ほとんど二人同時に吹き出す。


「っていうかお前、冒険者になりたかったのか?」


「いや、考えたこともなかったよ。さっきまではね」


「おいおい」


「でも、今はなりたい。今なら分かるんだ。レメが言っていた、【勇者】への憧れが理解出来るんだよ」


 目の前の称号無き勇者への憧憬は、この先一生薄れることはないだろう。


「そっか……いや待て、今まで理解出来なかったのか?」


「あはは」


「何笑ってんだよ。ったく……変な奴だなぁ、【黒魔導士】に構ってもいいことなんてねぇってのに」


 レメは、自分から離れていった友人達を恨んでいないようだった。


「いや、気付いたんだよ。俺とあいつらは同じなんだ。俺は【黒魔導士】になってガッカリした。何の役にも立たないクソ【役職ジョブ】って思ってたから。あいつらもそう思ったから、俺から離れた。同じなんだよ、あいつらも俺も【黒魔導士】を見下してた。まったく【勇者】に憧れた奴が無意識の差別に気づかないとかアホ過ぎて泣けてくるわ」


「レメは違うだろ。僕が【黒魔導士】になっても、レメは見捨てなかった筈だよ」


「どうかな」


「いや、絶対だ」


 その程度で私に見切りを付けるなら、会った時にいじめっ子側に回っていただろう。

 レメは違う。その確信があった。


「三年待て。使える【黒魔導士】になるからよ」


 レメの言葉に、私は深く頷いた。

 自分達は将来、冒険者になる。

 そしていつか出逢う仲間達と共に、ランクを駆け上がるのだ。


 そうして、見せてやるのである。

 世界で一番格好いい勇者がいることを。


 ◇


 私は宿のベッドに腰掛けていた。


「レメ……」


 彼が去ってから、何度目とも知れない思考。

 どうすればよかったのか。


 レメの判断は分かる。彼は師との約束を違わない。しかしそれではアルバや他の二人は説得出来ない。元々限界が近かったのに、上手く対処出来なかった。


 レメの必要性を私が説くほどに、彼が嫌われていくのが分かった。

 【役職ジョブ】が判明してからもうすぐ十年。あの時とは様々なものが変わってしまっていた。


 二人の少年が夢を語り合っていた時とは違い、様々なしがらみがある。

 もしそういったものを無視して、たとえばレメ以外をパーティーから締め出しても無意味なのだ。


 パーティーは五人必要。残る三人をどこから集めても、結果は同じだろう。

 そもそも三人は本当に優秀な冒険者なのだ。そんな三人に実力を悟られないよう立ち回りつつ最高の仕事をしていたのがレメだ。


 新しく入ったのは、【氷の勇者】ベーラという少女。

 まだ十三歳だが、【勇者】らしく戦闘能力は高い。


 私達は新チームの連携を強める為に一旦魔王城攻略を中止し、近場の他のダンジョンを攻略。これは配信用ではないので、映像はどこにも出回らない。

 結果は……微妙と言わざるを得なかった。


 当たり前だ。

 アルバが振るう蛇腹状の刃を持つ魔法剣は、見た目こそ派手だが扱いが難しい。彼は自分の技術が向上したことによって敵を気持ちよく薙ぎ払えるようになったと思っていたようだが、実際はレメが敵を黒魔法で軌道上に誘導していた。混乱や速度低下で足を止めさせて丁度斬撃が来る瞬間に敵が軌道上に立つよう調整してくれていたのだ。


 同様にリリーの矢も的中率が下がり、ラークも敵の攻撃を思うようにさばけなかった。

 ベーラも緊張からか動きがぎこちない。


 三人は少し調子が悪いだけだと言っているが、違う。

 レメのサポートが消えたことで、敵を以前よりも強く感じ、自分達は素に近い実力で戦うことになっただけだ。


 悔しいのは、それを言っても誰も信じないだろうことと。

 認めさせたところでレメが戻ってはこないだろうこと。


 三人はそれでも一流の冒険者だ。既に感覚のズレは修正している。ズレていた理由がレメだとは気付いていないようだし、修正したところでレメの抜けた穴はあまりに大きいのだが。


「……一緒に一番になるんじゃなかったのか、レメ」


 彼が抜けるとは思わなかった。


「最後に勝つんじゃなかったのか」


 どこかのパーティーに入っているならまだいい。でもそんな情報はない。

 だからといって故郷に帰ったわけでもないようだ。


「君が諦めるわけない。それだけは有り得ない」


 何をしているかは分からないが、彼はいずれ勇者になる。

 ならば、自分が最強の【勇者】になりさえすれば、いずれ彼が追い抜きにくるだろう。


「私はそうして、君を待つよ」


 私は部屋を出てアルバ・ラークと合流。

 ダンジョン近くでリリー・ベーラとも合流。

 仲間を見回し、静かに告げる。


「魔王城を攻略し、私達が世界ランク一位を獲る」

 


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