第109話◇幼馴染からの、恩人からの、憧れの人からの、頼み事を受け取った人達



「どうですかい、旦那。ご注文通りに仕上がったと思いますが」


 杖をついた老店主の声に、私は頷く。


「素晴らしい出来です」


「そりゃあよかった」


 店主が嬉しそうに破顔する。


 小さな部屋だ。繭がワンセット置かれていて、後は鏡が置かれているくらい。


 魔力体アバター生成店の、完成品確認用の部屋だった。

 鏡に映る自分の魔物姿を確認した私は、店主の仕事に称賛の言葉を贈る。


「しかし旦那、どうしてまたこんな魔力体アバターを? しっかり違法にならない範囲に収めときましたが、【炎の勇者】が魔人のフリとは」


 違法な改変は、当人と見分けがつかなくなるもの。


 たとえばレメが角を生やしたところで、レメと分からなくなる者はいないだろう。

 仮面や顔を隠すフードなどは『装備』に該当するので、これも問題ない。

 あくまで身体そのものを、他人レベルに変更することが問題。


「いつか必要になる時が来るかもしれない、と思いまして」


 私の曖昧な返答に店主は最初首を傾げたが、すぐに納得したような声を上げた。


「? ……あぁ、アレですかい。この前映像板テレビでやってた、えー、とーなめんとっちゅうやつですか。お忍びで参加するおつもりで?」


「たまには、【勇者】フェニクスと知られないままに戦うのも良いかなと」


 明確には答えず、嘘にならない範囲で応じる。

 先日レメから連絡を受けた。彼が頼み事をするのは珍しい。

 内容を確認し、私はそれを快諾。


「はっはっは。確かに勇者は求められるものが多い。息抜きも必要でしょうな。しかしそういうことなら、もっと魔物らしいデザインの方がいいんじゃないですかい?」


「その場合は、貴殿に依頼出来なくなってしまう」


 トーナメント参加時における変更許可項目の増枠は、特定の店舗でのみ行われるもの。

 それだと、この老店主に依頼することは出来ない。


「こりゃまた嬉しいことを仰る」


 というのも、理由の一つではある。


 魔力体アバター生成店といっても、経営するのは人。それも、一般人よりずっと冒険者に詳しい人間だ。

 そういった者には悲しいことに、冒険者業界同様【黒魔導士】を不当に低く評価する者が多い。


 パーティーで店を訪れた時の対応で分かるのだ。

 レメにだけ目に見えて態度が悪くなったり、嘲笑を浮かべる者さえいた。


 そんな中、この老店主はどんな客だろうが平等に扱う。

 【役職ジョブ】に関係なく、客は客として接する。

 その姿勢に感銘を受けた私は、以来積極的にこの店を利用するようになった。


 仕事柄移動が多いので中々難しいが、可能な限りこの店で魔力体アバターを作るようにしている。

 ……とはいっても、滅多に魔力体アバターを再生成することはないのだが。

 予備の魔力体アバターや、細かい調整などを依頼するのが主だ。


 今回は、魔人魔力体アバターの制作を依頼。

 そしてそれは完璧な仕事だった。


「もし映像板テレビでこの姿を観ることになっても――」


「安心してくだされ。お客様の情報を流すほど耄碌しちょりません」


 この店主ならば大丈夫だろう。


「不要な心配でしたね。……では本体に戻ります」


「えぇ」


 店主が部屋を出ていく。

 私は繭に入り、精神を本体に戻す。


 アバター情報の記録された登録証を繭から引き抜き、首に掛ける。

 部屋を出て、廊下を進み、受付のある空間に戻る。


「お話があります」


 そこには店主の他に、美女がいた。仲間だ。エルフの射手。

 【狩人】リリーだった。


「リリー……どうして此処に?」


「レメに相談があるのです。貴方を通した方がよいと考えました」


「そう、か……」


 彼女はちらりと店主を見た。


「場所を移してお話出来ますか?」


「……あぁ、もちろん」


 ◇


「ケイ! ケイ! 聞いてくれさっきレメさんからメールがきて――グハァッ……!」


 ノックも無しに部屋に入ってきた豚主を後ろ足で蹴り飛ばす。

 彼は壁面に叩きつけられ、それから床に落下。


「ノック」

 

 短く問題点を指摘。


「ご、ごめん……けど、罰が重すぎないかい……ごふっ」


 そう言って頬を床につけるトール。


「速やかに顔を上げなさい。わたくしの部屋の床を舐めたいのは分かるけどよして」


「舐めてないし舐めようと思ったこともないよ!」


「どうだか」


「信用がなさ過ぎないかい? 僕ら、子供の頃からの仲じゃないか」


「しん……よう? 良い言葉を知っているのね。わたくしに黙ってフェローに騙された豚主の辞書に、信用という言葉が載っていたとは驚きだわ」 


「ぐっ……あれは君を信用してなかったとかではなく……情けなくて」


「ふっ、それこそ今更ね。出逢った時から既にでしょう」


「ねぇケイ、僕は既に身も心もズタボロだよ……」


「冗談ではないけれど、本題に入っていいわよ」


「冗談であってほしかった……。まぁ、いいか。君の毒舌だって昔からなんだし」


 立ち上がったトールは、苦笑している。

 その様子からは先程の蹴りのダメージは見受けられない。


 普通の人間ならば胸骨が粉砕されるような蹴りでも、オークの彼には痛い程度。

 仕置きには丁度よいというもの。


「それで?」


「あ、そうそう。レメさんの……レメゲトン殿の指輪を覚えているかい?」


「当然よ。契約したじゃない。貴方も、わたくしも」


 そう。お礼ではないけれど、わたくしとトールは彼と契約した。

 相手の好きな時に呼び出される契約なんてぞっとするが、あの青年に限って悪用の心配は無用。


「さっそく、力を貸してほしいって連絡が来たんだ!」


 トールは嬉しそうだ。

 その気持ちはまぁ、分かる。借りを返す機会を得られたこともそうだし、自分たちを助けてくれた人が、自分たちの助けを求めてくれているということも、喜ばしい。

 大げさに言えば、光栄だ。


「僕は受けるつもりだけど、君はどうする?」


 そんなもの、答えは決まっている。


 ◇


「あのさ……兄さん」


「ダメだ」


「まだ何も言って無いんだけどっ……!?」


「レメ殿との逢引ならば認めん」


「くっ……」


 完全に的外れってわけじゃないのが痛い。


「……冗談だ。彼には恋人もいるようだし、例の黒魔法があれば世間にバレる心配もないだろう。推奨はしないが、縛りもせん。それで、いつ休みが欲しいのだ?」


「ミラさんは恋人じゃないし……」


「なに?」


「なんでもないよ。えぇと、まだ詳しい日は決まってないんだけど……」


「そうか。決まったらなるべく早く言え」


 意外にもすんなり許可が出た。


「うん……」


 先日、レメさんから連絡が来たのだ。

 もちろん協力したいけど、少しだけ問題がある。


 ベリトの魔力体アバターは使えない。いや、違うか。

 大会で使ったものをそのまま再利用することは、出来ない。


 ――基本ボクの身体のままで、蟲人っぽく見える『装備』を付けて……それでも厳しいところは……マントとか被って誤魔化すとかすれば……ギリギリなんとかなる……かな。


 ◇


 仮面を付けた僕の前に、ずらりと並ぶ亜人のみなさん。


「えー、それでは面接を開始します」


 その日、魔王軍就職面接が行われた。

 助っ人依頼は出しているけど、あくまで助っ人。


 この中から、部下……新しい仲間を見つけることになる。


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