難攻不落の魔王城へようこそ~デバフは不要と勇者パーティーを追い出された黒魔導士、魔王軍の最高幹部に迎えられる~【Web版】
第286話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』8/考え続けるということこそが
第286話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』8/考え続けるということこそが
僕は、この策のことを誰にも伝えていない。
◇
【不屈の勇者】が降ってくる。
いや、落ちてくるというべきなのだろうか。
雨のようにではなく、雷のように速かったから。
「メ――」
メラニアさんの名前を呼ぶ暇はなかった。
アルトリートさんが巨人イポスさんを退場させた直後、【鉱夫】メラニアさんは僕と周囲の仲間を守るように覆い被さった。
視界の端で、【氷の勇者】ベーラさんが氷の結界を展開しようとしているのが見えた。
だが今からでは、守れるのは限られたメンバーだろう。
僕までは届かない。
そして、世界が回転する。
風に煽られる花びらを百倍速にしたように、捲れたフィールドの欠片や選手たちが吹き飛ぶ。
視界が遮られる直前に見た光景から判断するに――二発目の『嵐海』だ。
【嵐の勇者】エアリアルさんの『嵐衝』は嵐の如き暴風に指向性を持たせ、『嵐纏』ではそれを腕や剣に纏わせている。
だが、アルトリートさんの『嵐海』の場合は、嵐の拡散だ。
魔法名の通り、これを食らった敵は嵐の海に放り投げられたような衝撃を受ける。
――天底級魔法を連発……!?
魔力器官は、他の身体機能と同じく加齢と共にその能力を低下させていく。
アルトリートさんはもう五十歳を超えている。
だというのに、この魔力生成能力、魔力出力は異常だ。
――そうか、この人、僕と同じなんだ。
僕は常に己に黒魔法を掛け続けることで、黒魔法を鍛えると共に、魔力器官も鍛えている。
これを師匠に弟子入りした時からずっと続けているので、年齢に比べて膨大な魔力を生み出せるのだ。
この訓練方法は黒魔法や白魔法など、自分に掛けられる魔法だからこそだと思っていたが――他の属性でも不可能ではない。
常に風魔法を使い続けるということがどういうことか、イメージは湧きづらいが、彼はやったのだろう。やっているのだろう。
一流の人間が示す偉大な結果は、その裏に潜む尋常ならざる努力の存在を証明する。
視界が開けた時、そこには壊滅的な被害が広がっていた。
メラニアさんの姿はない。
僕を守ろうとして、彼女の力強さを証明する間もなく退場してしまったのだ。
メラニアさんは、僕という人間にその価値があると信じた。いや、彼女は仲間というだけで守ってくれたのかもしれない。
僕自身の身体は、足を怪我しているくらいで、退場するほどでない。
だが上手く立つことが出来なかった。
「……ねぇ、さっさと立ってくれないかな」
【聖騎士】ラークだ。フェニクスパーティーの盾役。
彼が、僕を庇うように盾を構えていた。いや、盾はもうない。彼の鎧さえ。
守ってくれたのだ。メラニアさんだけでなく、ラークもまた僕を守ろうとした。
「ラーク……」
「ほんと、こういう時に限ってすぐに落ちちゃうんだよな……まったく、嫌になるよ」
彼の脳裏に浮かんだのは、魔王城第十層戦、だろうか。
僕がアルバから奪った魔法剣によって、ラークは退場してしまった。
強い人でも、ロクな活躍が出来ずに退場してしまうことが、
ロジェスティラさんの『リバプケンツ』による転移は、あまりに好位置だった。
あれがなければまた状況は変わって――いや、今考えるべきではないだろう。
起こってしまったことは変えられないのだから。
「……任せるよ、レメ」
ラークは最後まで倒れることなく、だが致命的なダメージを負っていたのだろう――光の粒子と散る。
「レメさん」
足元に、人の上半身が転がっていた。
僕の仲間だ。【白魔導士】ヨスくんの身体だ。
嵐海によって運悪く身体が真っ二つにされてしまったのか。彼は杖を握り締め、白魔法を発動する。自分にではない。僕の足と、その他の傷を癒やしてくれているのだ。
「ヨスくん」
「すみません……何の役にも立てず……」
ヨスくんの端整な顔が、悔しさに歪む。
「何言ってるんだ。何度も僕を助けてくれたじゃないか。今だって」
オライオンさんの矢から守ってくれたのも一度ではない。メラニアさんやラークと共に僕を守ろうとしてくれた。その所為で彼は暴風の刃を避けきれなかった。今も、退場するギリギリまで僕を治そうとしてくれている。
「レメさんがいれば、なんとかなる。いつも、そんな風に思うんです」
ヨスくんが微笑み、彼の身体が魔力粒子に変わる。
「……あぁ、なんとかするとも」
僕が立ち上がると、目の前にアルトリートさんが立っていた。
「息子は良い仲間に巡り会えたようだ」
若い冒険者だと、自分が目立つことを優先してしまう者も多い。
だがヨスくんもメラニアさんも、パーティーで勝つことに協力的で、ひたむきな努力家だ。
サポート役である筈の【黒魔導士】を守る為に、己の活躍の機会を迷わず投げ捨てた。
得難い仲間だ。最高の仲間だ。
「そうですね」
聖剣を抜く。
「君もその一人だよ――フラン」
真横から彼に肉薄した【破壊者】フランさんに、彼は気づいていたようだ。
アルトリートさんはフランさんの怪腕がギリギリ当たらない距離に、ズレるように後退。
その動きは自然体で、同時に極限まで洗練されている。
「君を退場させるのは大変だ。なら――後回しにすればいいね」
直後、フランさんが進行方向に向かって――急加速した。
僕らから急速に離れていく形。
アルトリートさんが、風魔法で加速させたのだ。
本来は自分の加速に使う魔法を敵に使うことで、自分との物理的距離を広げた。
破壊の才能が群を抜いているのなら、破壊させずに遠ざける。
敵に強い駒がいるならば、
どこまでも、僕と同じ。
この人の攻略動画を基礎に、僕は『最後に必ず勝つ勇者像』を築いたのだ。
僕は黒魔法を放つが、全て
……まだまだ魔力に余裕があるようだ。
並の黒魔法では彼の
だが黒魔法は放ち続ける。このことには意味がある。
二つ、意味がある。
氷や土など形を得た敵の攻撃は防げないが、白魔法や黒魔法など『発動するまでは魔力の状態』であるものは防げる。
つまり、僕の黒魔法を防いでいる間は、パナケアさんの白魔法の恩恵も受けられない。
これが一つ目。
二つ目はもっと単純で、魔力を使わせ続けることが狙い。
霧が晴れた時、アルトリートさんが魔法を使っていればレイスくんに大ダメージを与えられた筈だ。その場合はレイスくんもまた水の深奥を使って対処していたかもしれないが、選択肢としては有力だった。でもしなかった。
何故?
さきほど分かった。
あくまで僕の退場を優先したからだ。
そのために、魔力を温存した。
温存したから、嵐海を連発出来たのだ。
僕の黒魔法に対して
そうしないと僕の黒魔法を防げず、だがそうすることで白魔法の加護を失った。
「どうする? レメ」
「
その状態で、黒炎を受ければ――。
「だろうね」
彼は左手を僕の顔に向かって突き出した。
――魔法の狙いは、視覚を頼りにつける場合がほとんどだ。
これほどの距離ならば、視線でどこに黒炎が生じるかが分かる。
黒炎が発せられた瞬間にアルトリートさんの左手が燃え、その瞬間には彼が自分の左手首から先を風刃で切り落としていた。
彼は僕の精霊術を、左手一つと引き換えに対処してしまった。
そして、そこへ――エアリアルさんがやってくる。
風の本霊と契約しているエアリアルさんは、その分霊が司る全ての力を使用可能。
風属性の派生、雷属性も扱えるのだ。
雷電を纏っての超加速もまた、極限の集中と魔力を要するが、実行可能。
霧の中で剣を失い、先程左手を失ったアルトリートさんに、雷光が迫る。
おそらく、一秒も経っていない。
その間に数十数百のやりとりがあったのか、無数の音が戦いの激しさを物語る。
吹き飛んだのは、エアリアルさんの方だった。
大きな怪我は負っていないようだが、弾かれるように後退する。
「雷属性による超加速は通常制御出来ない。それを制御しようとしたら――事前に行動を設定しておく必要があり、極限状態で咄嗟に思い浮かぶのは染み付いた動きだ。焦ったな、エアリアル」
理屈は、分かる。
身体を速くしても、人の意識は雷撃のように速くはなれない。
だから雷属性による加速を攻撃に利用すれば通常、範囲内を無秩序に暴れ回る魔法になる。
世界ランク五位【迅雷の勇者】スカハさんは、これを己の才覚と努力で制御可能にした。
だが今言ったように、己の意識を雷撃と同等に加速させることは出来ない。
故に、事前に設定しておくのだ。雷の速度で動く自分の軌道を。
エアリアルさんは僕を助けようとした。
その為に雷属性を纏い、アルトリートさんを攻撃する自分を設定した。
だが緊急事態に、ゆっくりと攻撃を組み立てている猶予はない。
だから、無意識に引き出せる動きを設定したのだろう。
【嵐の勇者】が剣を持った時に、よくやる動き。
つまり、彼をよく知る者ならば予期できる動き。
だから、彼が来るタイミングさえ掴めれば、それに合わせてアルトリートさんも加速すればいい。
エアリアルさんの動き一つ一つに対応する己を設定して、雷撃による加速を行えばいい。
風属性を極めたアルトリートさんならば、雷属性も同様に扱える。
しかし、それを【嵐の勇者】に対して行えるだろうか。
――いや、アルトリートさんならば出来る。
十年以上前、たった一年ではあるが、世界の頂点に立った勇者だ。
当時だってエアリアルパーティーは存在していたのに、当時の冒険者ファンは、業界に注目している者達は、アルトリートパーティーを一位に選んだのだ。
僕は今、フェニクスとの魔王城第十層戦を思い出していた。
あの時は、指輪で呼び出した仲間達と共にフェニクスパーティーと戦った。
そして、残るはフェニクス一人となった時。
あいつ一人に、配下の全員が退場させられたのだ。
僕の仲間はみんな優秀で、強い人達だったのに。
【炎の勇者】という圧倒的な存在を前に、灼かれてしまった。
勇者とは、一人で局面を変える者。
分かってはいるが、目の当たりにする度にとんでもない生き物だと実感する。
「敵も味方も君の恐ろしさを理解している。素晴らしいね」
フェニクスパーティー時代には考えられなかったことだ。
確かにそのことを、光栄に思う。
だが今は、目の前の戦いこそが全て。
――あと数秒必要だ。
だがその数秒を稼ぐということが、どれだけ難しいかも分かっているつもり。
「オレは死んでねぇぞ!」
アルバだ。フェニクスパーティーの【戦士】。
彼が叫び、その伸縮自在の魔法剣が――地面から飛び出す。
だが、その頃にはアルトリートさんはそれを避け終え、僕に向かってきている。
そして、アルバがニヤりと笑う。
彼は最初からアルトリートさんを見ていなかった。
アルバが見ていたのは、僕だ。
彼は知っている。レメがレメゲトンだと知っている。
第十層戦で自分の魔法剣の軌道を読み、それを回避し、刃と刃の間の伸縮部分を掴み、己から奪った魔王軍参謀だと知っている。
この魔法剣は、そいつに対してのもの。
僕は今回も彼の魔法剣の軌道を見切り、走る刃の速度に合わせて、伸縮部分を掴んだ。
僕の身体が浮き、刃の勢いは止まらず――僕ごと移動する。
「――なるほど」
アルトリートさんはアルバを振り向きもせず風刃を放ち、僕を逃がす為に剣の柄を握るアルバは、風刃を避けることなく胸を切り裂かれてしまう。
――ありがとう、アルバ……。
アルバが退場したことで魔法剣が消失し、僕は勢いを殺しつつ地面に着地。
そこにアルトリートさんが迫る。
「君はいつも新しい。読み切れなくて、観ていて楽しいよ」
それでも、と【不屈の勇者】は続けた。
「勝つのは俺だ」
彼の拳が迫る。
――ここだ。
ここで勝つ。
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