第285話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』7/不屈の継承
アルトリートさんの魔法によって、フェニクス達が霧に包まれてしまった直後。
「エアリアルさん!」
【疾風の勇者】ユアンくんが叫び、咄嗟に風魔法を放とうとするが――。
「必要なら彼はそう言うでしょう」
【氷の勇者】ベーラさんの言葉に、ぐっと呻きながらも発動を控えた。
ユアンくんとベーラさんはまだ若く、魔法こそ年齢不相応に優秀だが、近接にはまだ不安が残る。
だから三人の四大精霊契約者と共に駆け出さず、仲間と固まることを選んだのだ。
とはいえ、こんな一流揃いの戦場でなければ充分に通じる強さなのだが……。
二人はサポート役として、魔力を練っている。
「えーい」
【善き魔女】ロジェスティラさんが杖を振ると――幾つもの燃える巨岩が僕たちに向かって降り注いだ。
火属性と土属性を組み合わせた攻撃魔法――『流星群』だ。
対ジャックパーティー戦で【七色の魔法使い】レズリーさんが放った隕石と似ているが、その威力を抑えて数を増やしたような魔法である。
一撃の威力では、エアリアルパーティーの【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんに分がある。
ロジェスティラさんもそれを理解しているからこそ、数で攻めているのだ。
命中率を考えれば巨岩同士は密集している方が望ましい筈だが、彼女は敢えて散らしている。
密集させればミシェルさんの大火力で相殺されてしまうが、一つ一つが離れていればそうもいかないと考えてのことか。
「へぇ~ふぅ~んそう来るんだ~」
ミシェルさんは戦闘中は普段と性格が変わり、少々過激になる。
彼女が杖を振ると、同じように『流星群』が出現し、見事全てがロジェスティラの巨岩と激突。
小さな欠片と火の粉を散らしながら、攻撃はフィールド中央で相殺された。
それだけではない。ミシェルさんの生み出した巨岩の数は、ロジェスティラさんのものよりも――一つ多かったのだ。
「質勝負も量勝負も、わたしが負けるわけないから」
ミシェルさんが怖い笑顔でそんなことを言う。
「あら~困ったわ、どうしましょう。そうだ、『リバプケンツ』~」
『何が起こるかわからない魔法』を、ロジェスティラさんが発動する。
しかし、何も起こらなかった。
「困ったわ~」
ロジェスティラさんは頬に手を当て、困り顔になる。
「パナケア殿、
「【白魔導士】使いが荒いなぁ。出来るけど」
「助かります」
そう言って真上へ跳躍したのは、【大勇士】ヘクトルさんだ。
鎧姿であるとは思えぬほどの身軽さ。
ヘクトルさんは剣を振るった――のだろう。
こちらからは巨岩の影に隠れて見えなかった。
だが彼の無事はすぐに判明する。
真っ二つに割れた巨岩は彼らを避けるように進み、フィールド後方に落下する。
観客たちから声が上がるが、フィールドと観客席は空間が区切られているので安全だ。
彼はなんてことのないように、華麗に着地。
「助かったわ~、さすがヘクトルさんね」
「助け合ってこその仲間ですからね」
ロジェスティラさんの言葉に、ヘクトルさんが微笑みを返す。微笑んでいると思うのだが、その顔はやはり怖い。
「……うちのサムライみたいな真似を」
【剣の錬金術師】リューイさんが呟く。
「彼は魔法を斬っているのではない、純粋な剣技で燃える巨岩を斬ったのだ」
【サムライ】マサムネさんが剣の柄を握りながら、嬉しそうに笑っている。遊び相手を見つけた子供のような、わくわくした顔だ。
「仲間の魔法を斬られて何笑ってんの」
戦闘時のミシェルさんは圧が強い。
「むぅ……」
マサムネさんが困り顔になった。
「そうだそうだー! 奥さんに子育て丸投げして自分だけ楽しくチャンバラするのはやめろー! たまにはそっちが子供の相手して奥さんに冒険させろー!」
敵側のパナケアさんが悪ノリし、マサムネさんが更に困り顔になる。
この一連の会話だけを抜き出すと空気が軽いが、各所の戦況は違う。
「どうしたんだい姫、魔王が僕如きを突破できないなんておかしいね?」
【真の吸血鬼】ビフロンスさんは、超常的なまでの再生能力によって魔王様の道を阻み続ける。
血を流す先から、再生能力によって補充されるのか、彼の操る血液の量は既に膨大。
【吸血鬼の女王】カーミラは、オリジナルダンジョンで手に入れた『途方もない容量の水筒』を使用することで、この全天祭典競技にて莫大な血液を操ってみせた。
ビフロンスさんは、それを素で用意できるのだ。
対象の生命力・魔力を薪とし燃え上がる『黒炎』も、彼に対して使うのは危険。
その不死性によって『燃えているのに死なない状態』が続くばかりか、逆に『黒炎を身に纏っている』ことになってしまうため、自分や仲間に被害が及ぶかもしれない。
魔王様ならば、内在する角の力を体外に展開する技術――
使わずに、師匠まで到達したいのか。
巨大な多頭の蛇のような血液が、魔王様に襲いかかる。
「アムドゥシアス!」
「はーい」
血の牙が魔王様のいた空間を噛み砕く。
しかし魔王様はいない。
ケンタウロス状態となった【一角詩人】アムドゥシアスの背に乗って回避したからだ。
【時の悪魔】アガレスさんは【無形全貌】ダンタリオンさんと対峙しており、【透明の如き悪魔】バラムさんは先代武闘派コンビと戦っていた。
先代フルカスさんも先代ヴォラクさんも、まるで見えているかのように跳躍し、武器を振るっている。それどころか、空中を駆け上がっている。違う。透明になったバラムさんの肉体を、登っているのだ。
開始直後の位置にいる僕らの方も、ただ突っ立っているわけではない。
時折襲ってくる【銀の弓】オライオンさんの矢を、ヨスくんやメラニアさん、フランさんやフェニクスパーティーの【聖騎士】ラークなどが防いでくれる。
やや過剰かもしれないが、それだけ【黒魔導士】の脱落を危険視してくれているということ。
特に、フランさんはすぐにでもレイスくんの側に駆けつけたいだろうに、よく我慢してくれている。
リリーも隙あらば矢を射掛けているのだが、【聖なる騎士】マクシミリアンさんの防御も厚い。
そして、霧が晴れた。
レイスくんは吹き飛ばされ、フェニクスとエアリアルさんが再びアルトリートさんに接近し、二度目の『リバプケンツ』は成功し、アルトリートさんは上空へ。
【炎の勇者】と【嵐の勇者】はこちらに戻ろうとしているようだ。
そしてアルトリートさんは、
その暴風の余波でバラムさんも体勢を崩したらしく、大地が大きく揺れる。
ここで二つのことが起こった。
バラムさんの体勢が崩れた機を逃さず、先代フルカスさんが槍を一閃、イポスさんに続いてバラムさんの魔力粒子もフィールドに散らばった。
もう一つは、【大勇士】ヘクトルさんが、凄まじい速度で駆け出したこと。
確かに、その速度で近づいてくる相手に黒魔法を当てるのは簡単ではないが、不可能でもない。
しかし重要なのは、タイミングだ。
イポスさんの頭上に現れたアルトリートさんはつまり、僕らの真上にいるのだ。
当然僕らは、そちらに意識を割くことになる。
空と大地から、最高の冒険者パーティー所属の【勇者】と【戦士】が迫ってくる。
そんな状況で、両方相手にしてやるなんて、驕りもいいところ。
そもそもの話として、今の僕は――一人で戦っているわけじゃない。
「――マサムネさん」
「承知しているとも」
僕が名を呼ぶより早く、世界一位の【サムライ】がヘクトルさんに向かっていった。
仲間を信じ、僕は空を見上げる。
巨人を一撃で倒した【不屈の勇者】を。
巨人とは本来、あんな簡単に倒せていい存在ではない。
いや、迅速なだけで、決して簡単な倒し方ではない。それは分かっている。
アルトリートさん達が、それだけ強いということ。
というか、あの魔法出力……。
一線を
『あれが相棒の憧れ? よい人間に目をつけたね。君と似ているよ』
ダークが急に喋りだした。
『己が選ばれなかった者だと知りながら、決して努力を怠らない人間。的はずれな努力に酔うわけでもない。求める結果を得る為に本当に必要な努力を見つけ、それがどれだけ困難であっても迷わず実行する』
――分かっているよ。
ただ頑なに諦めないだけで、世界一位になれるわけがないということは。
彼の不屈は、勝つためにある。
それが本当に、とてもとても格好いいんだってことは。
小さい頃から知っている。
『君は【勇者】になれなかったけど、自分の憧れた勇者の一番大切な部分は、ちゃんと引き継げているじゃないか。あの人間が君に良い影響を及ぼしたのなら、自分も感謝しないといけないなぁ』
ダークは楽しげだ。
確かに、僕はアルトリートさんの魔法も、戦士としての強さも真似できないけれど。
ダークが言ったように、彼の不屈だけは、気持ちの部分だけは、自分も持てるようにと努力した。
そのことをダークに認められたのが、少し癪で。
少しだけ、嬉しい。
「君を倒すよ、レメ」
最高の勇者が言う。
「こちらのセリフです」
【黒魔導士】の僕は、そう応えた。
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