第284話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』6/諦めないということは

 



『どうしたら、父さんみたいに強い勇者になれるの?』


 幼い頃に、【不屈の勇者】に尋ねたことがある。


『大事なのは、諦めないことだよ』


『せいしんろん……』


 俺はジト目で父さんを見上げる。


『む、難しい言葉を知ってるな……。いや、気持ちは大事なんだぞ? でもそうだなぁ……具体的に言うなら』


『言うなら?』


『諦めないということは、考え続けるということだ』


 父さんは優しく微笑んでいるが、その瞳だけは、鳥肌が立つほどの迫力があった。


 当時、勇者の覇気というものが分かっていなかった俺は、震えの理由が分からず、それを誤魔化すように言葉を発した。


『はぁ? 当たり前のこと言わないでよ。思考停止が諦めるってことでしょ? その逆言ってるだけじゃん』


『ただ考えるだけなら、それは思考停止と変わらないよ。苦境を乗り越えるために、仲間を助けるために、自分より強い者を倒すために、必要なものは何かと考え、答えを導く能力。これが大事なんだ』


 父の言葉を反芻する。


『……たとえば、自分より身体がデカイやつに正面から殴りかかっても負けるから、後ろからぶん殴るとか?』


『あっはっは。裏をかくという意味ではそうだが、親として闇討ちは勧められないなぁ』


『じゃあ何? 落とし穴? それとも、盾持ってくとか? あ、こっちだけ武器使う?』


『それらは事前準備が必要だが、確かに有用だな。もし相手にも準備期間があるなら、喧嘩当日に自分だけが有利にはならないかもしれないが』


『じゃあどうすんのさ』


『自分の力と相手の力を正確に把握すれば、作戦は見えてくるものだよ。さっきの例で行くと相手の体格と、力が強いということが分かっているから、父さんならそれを利用するな……ちなみにレイス、それは例え話なんだよな?』


 後日、俺は父さんの言葉を思い出し、作戦を立てた。


 幼馴染のフランの右腕を『化け物みてぇ』と笑ったガキ大将と喧嘩し、見事勝利を収めた。


 力任せに殴るだけでなんとかなると思っているそいつの攻撃を見極め、その腕を取り、やつの勢いを利用して投げ飛ばしたのだ。


 痛みには慣れていないのか、そいつはびぃびぃ泣き出した。


 そのことを夕食の際に両親に報告したら、父さんは母さんに『息子に喧嘩を勧めたんですか?』と叱られていた。


 そういえば、【不屈の勇者】は最高の勇者だけど、唯一母さんには勝てないみたいだったな……。


 ◇


 一瞬の出来事だった。


 勇者でなければ、知覚さえ出来ないような。


 俺もフェニさんもエアおじも、瞬間的に精霊の魔力を引き出して精霊術を放った。


 父さんが使ったのは、風魔法だけ。

 弧を描くように作られた、通り道だった。


 エアおじの暴風の一部が、父さんの作った真空の道に流れ込む。


 それはフェニさんの紅炎に繋がっており、【嵐の勇者】の風に煽られた火炎は勢いを増す。


 【炎の勇者】の火炎は俺の生み出した急流に触れ、そして――周囲を霧が満たした。


 火の精霊術によって水の精霊術が蒸発した結果だ。


 ――父さんにとって、俺達は体格では叶わないデカイ敵か!!


 いや、そんなことは言うまでもなく理解している筈だった。

 父さんには精霊の魔力がなく、俺達にはある。


 ではどうするかと【不屈の勇者】は考え、たったの一手で解決してしまった。

 同時にやってくるなら、三者の能力を利用して状況を打開しようと。


 火精霊の魔力で熱せられた水蒸気が爆発的に広がったことで、視界は白一色。


 それだけではない。水自体も元は精霊術なので――今このあたりには、精霊の魔力が充満している!


 これでは魔力で敵を探知することも出来ない。


 最初の一手で、敵の次の動きまで阻害するとは。

 感心している場合ではない。


 ――エアリアルかユアン、どっちかが霧を晴らす筈。


 風魔法使いがエアおじだけなら、真っ先に襲うべきは【嵐の勇者】だ。

 霧を晴らすのを邪魔できる。


 だが霧の範囲外にユアンがいるし、二人同時には襲うことができない。


 【不屈の勇者】の周囲には四大精霊契約者が三人いる。


 誰に来る?


 ――俺に来い!!


「ぐっ――ッ!」


 フェニクスの呻くような声と、剣戟の音。

 じゃあ、【炎の勇者】を狙っ――違うッッ!


 俺は咄嗟にショートソードを頭上に構える。

 瞬間、そこに父の剣が振ってきた。


 あまりの衝撃に、聖剣の腹が俺の額にぶつかってくる。刃を寝かせるように構えていなかったら、自分の刃で自分の額を斬っていたところだった。彼の斬撃の威力たるや、石製のフィールドに足跡がつくほど。


「反応が一瞬遅いぞ――【湖の勇者】」


 父の声なのに、別人みたいだ。

 そうか、これが――【不屈の勇者】の声か。


 直後、彼の膝が俺の腹部に打ち込まれる。


「今度は良い反応だ」


 咄嗟に水球を展開し、膝蹴りの衝撃を殺したのだ。

 いや、殺そうとしたのだ。


「だが足りない」


「――――カッ、ハッ」


 風魔法で蹴りの速度を加速させていたのか!

 水球を突き抜けてやってきた衝撃に、身体が折れるようにして吹き飛び、俺の身体はフィールドを転がる。


 ――こんなのばかりなのだ。


 この人はとてもとても強くて、格好良くて、絶対に勝つ最高の勇者なのに。


 そこに、見栄えというものを意識していない。


 こんな霧の中で戦ったり、フェニクスを風刃で襲ってその音を聞かせることで一瞬の油断を誘ったり、霧が晴れたりしないように最小限の魔法で蹴りを加速させたり――地味なんだよ!!


 でも、本当に凄いんだ。

 それを、俺はみんなに知ってもらいたくて。

 かつては、大事なものが見えなくなったりもしたけど。


 グンッ、と霧の中を抜け、【不屈の勇者】アルトリートがやってくる。

 回転で衝撃を殺してから、俺は立ち上がった。


「精霊術はどうしたレイス」


「もう使ってるよ、アルトリート」


 最初の振り下ろしを聖剣で防いだ時に、仕込んである。


 『氷結』が起動し、父さんの剣を氷が包み込んでいく。その速度は凄まじく、即座に離さねば父の腕まで凍てつかせるだろう。


 その一瞬、父の動きは乱れ――なかった。


 剣を手放すどころか、こちらに向かって投擲したのだ。


 俺はそれを近づけさせない。氷壁を展開して防ぐ。剣が触れた瞬間、氷壁がパックリと縦に割れた。やはり、意趣返しのように風魔法を仕込んでから投げたのだ。


 ――なんで不意打ちに対して反撃込めて反応するんだよ!


「楽しいじゃないか」


 父の声は弾んでいる。


「そりゃどーも」


 ……楽しそうでなによりだよ。


 大技は使えない。

 今だとフェニクスやエアリアルを巻き込む可能性がある。


 父が、蹴りで吹き飛んだ俺に向かって、直線的に駆けてくる――と見せかけて、横にずれた。


 一瞬遅れて、そこに氷の円錐が飛び出す。

 地面を転がりながら氷結魔法を仕掛けておいたのだが、読まれていたか。


 周囲の地面を氷結させて、足場を悪くさせるか?

 いや、それなら空を飛ぶだけだろう。


 父が剣の間合いに飛び込んでくる。自分はもう剣を投げ捨てたくせに。

 彼の拳が、時を飛ばすような速度で放たれる。再び風魔法による加速だ。


 だが、二度もまともに食らうわけがない。


 俺は刃を切り上げ、父の右腕の肘から先を切断する。


 瞬間、霧が晴れた。

 エアリアルがやったのだろう。


 そして、俺はアルトリートの右腕に、、、、、、、、、、殴り飛ばされた、、、、、、、


 混乱する頭の中で、これから壁面にぶつかることによって生じる衝撃を緩和すべく、水球を展開。

 フィールドの壁に激突する代わりに、高いところから海に飛び込んだような感覚に包まれ、ダメージを負わずに済む。


 水球を解除しながら、俺は状況を理解した。


 ――パナケアだ!


 斬られた瞬間には治癒が完了していたために、拳はそのまま対象である俺の顔面を捉えたのだ。


 だが、そうなるとおかしなことがある。

 敵味方を魔力反応から判別出来ない状態でありながら、パナケアの白魔法が準備されていたのは、まだ理解が出来る。


 おそらく抵抗領域フルレジストの応用で、『未完成の白魔法』を霧の中に漂わせていたのだろう。そうすれば、霧が晴れた直後に目視でアルトリートを判別し、そこに『未完成の白魔法』をぶつけて起動させ、治癒を施すことが出来る。


 レメさん並の魔力操作精度だが、逆に言えばレメさんクラスなら可能な技術。


 問題は、タイミングだ。


 霧が晴れた瞬間と、俺の剣に腕が斬られた瞬間と、治癒魔法が施された瞬間。

 その三つが重ならないと、先程の攻撃は成立しない。


 全部読んでいたのか、、、、、、、、、


 エアリアルが霧を払うべく風魔法を組み上げ、それを発動するまでの時間。

 パナケアの魔力操作精度と、彼女の『未完成の白魔法』がその瞬間どこを漂っているか。

 そして、俺が氷壁による防御ではなく剣による迎撃を選択するということ。


 敵味方の能力と人格を全て計算し、最良の一手を打つ。


「諦めないということは――」


「――考え続けるということ、だろ。分かってるよ」


 三人で精霊術を使ってから、三十秒も経っていない。

 直接戦うことで、俺は【不屈の勇者】の言葉の重みを知った。


 父の視線が俺から外れる。


「エアリアル、お前を見ていると冒険がしたくなるよ」


「嬉しいことを言ってくれる!」


 ふっと微笑み、父が仲間の名を呼ぶ。


「ロジェ!」


「は~い」


 俺がぶん殴られた直後から、フェニクスとエアリアルが父に接近していた。

 短い時間とはいえ、ここ以外の戦況も凄まじい速度で変わり続けている。


「え~い――『リバプケンツ』~」


 ロジェスティラだけの魔法だ。

 『何が起こるか分からない魔法』。


 発動した瞬間、父の姿が消えた。

 この魔法は不発に終わったり、パーティーをピンチにしたりとギャンブル要素が強いのだが、父とその仲間たちは、そこまで含めて楽しんでいた。


 父が再出現したのは、上空。


 巨人【大気の如き悪魔】イポスの頭上だった。


 今回は『空間転移』のような効果を発揮したらしい。何故固有魔法のような効力を発揮できるのか、まったく理解が出来ない。だがそれがロジェスティラなので仕方がない。


「やぁイポス殿……ッ!! 突然だが手合わせ願えるかな!」


 イポスは父の出現に驚きつつ、その身体を握り潰そうと腕を伸ばす。


 だが、その手が途中で止まった。まるで、捕まえようとした生き物に――毒があると気づいたかのように。

 危険を察知して、動きを止めたのだ。


 それは正しい。

 アルトリートの右腕に、膨大な魔力が渦巻いている。


「あれは……嵐纏?」


 フェニさんが呟く。


 究極の精霊術を指して深奥と呼び、究極の魔法を指して天底てんていと呼ぶ。


 父は天底級魔法に到達しているから、【嵐の勇者】の強力な精霊術である嵐纏を再現出来てもおかしくない。

 だが、今はそこが問題ではない。


「二人共! レメさんが――」


 左右から矢が迫ってきたので、一本を氷壁で弾き、一本を聖剣で叩き切る。

 ワープゲートの配置を瞬間的に移動することで、ほぼ同時に多方向から敵を狙うことが出来る――【銀の弓】オライオンだ。


「邪魔なんだよ」


「おいおい、少し前まで『矢を射るところ見せてくれ』ってうるさかったじゃないか。おじさんは寂しいぞ」


 父の仲間であるアルトリートパーティーの面々には、ちょっと思い出したくない子供時代のあれこれも知られている。

 だが今は関係ない。


「俺を狙えって頼んだことはないね」


「そりゃ確かに」


 俺の先程の発言はオライオンに邪魔されたが、二人の勇者は言わんしたことを理解したようで、レメさんの許に駆けつける。


 そして上空の父は――。


「悪いねイポス殿、息子の為にも、少しは派手に活躍しないといけないんだ」


 イポスは己の身体を空気のように変質させる魔法が使えると聞いた。

 実際、彼の身体は空気に解けるようにぼやけ、拡散する。


 普通なら、大抵の攻撃を無力化出来るだろう。

 しかし――。


嵐海らんかい


 暴風が渦巻き、空が大いに荒れる。

 嵐が来たような音に、観客たちが震えた。

 というか、ここまで強い風が届いている。


「空気になるのはいいね。だが貴殿はもう――戻れない」


 空気に溶けているのは、あくまで魔法の効果だ。


 己の身体を空気に変え、あとで再集合させ、肉体を再構築する。

 そういう魔法を組んでいるに過ぎない。


 ならば、再構築出来ないくらいにバラバラに空気を掻き乱せばいい。

 術者が『一定時間』で元に戻る設定にしている場合、それを邪魔することになり。

 術者が『それ以外の条件』を設定しているにしろ、魔法なので最初に込めた魔力分以上は空気化を維持できない。


 どちらの場合でも、あそこまでド派手に空気を乱されては、再構築は叶わない。


 理屈の上ではそうだが、巨人の肉体に対しそれを行うのに、どれだけの魔法威力が必要だと思っているのか。


 だが実際、イポスの身体は巨人の肉体を取り戻すことができなかった。

 やがて、叫び声のようなものが聞こえ、空から光の雨が振ってくる。


 イポスの身体が魔力粒子と化したのだ。


 ――退場である。


 空を支配下に置く、巨人を一撃で退場させた勇者が、最高の【黒魔導士】を見下ろす。


「君を倒すよ、レメ」


 そう、今俺達は、互いの【白魔導士】と【黒魔導士】どちらを先に落とせるかの戦いをしているのだ。




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