難攻不落の魔王城へようこそ~デバフは不要と勇者パーティーを追い出された黒魔導士、魔王軍の最高幹部に迎えられる~【Web版】
第287話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』9/貴方に学んだ生き方を全うするということ
第287話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』9/貴方に学んだ生き方を全うするということ
アルトリートさんの拳が迫る。
「
黒炎を聖剣に纏わせ、僕は頭部を守った。
――彼に、直接僕を攻撃させる必要があった。
四大精霊契約者三人との戦いで魔力を消耗してくれればよかったけれど、彼は卓越した技量と一瞬の判断によってこれを突破。
だが、結果的に彼は大量の魔力を消費することになった。
ロジェスティラさんの『リバプケンツ』は彼を僕らの真上に転移させたが、アルトリートさんは巨人イポスさんを倒すのに天底級魔法『嵐海』を発動。
続けて、それを地上でも発動した。
彼の迅速な行動によって多くの仲間が退場したが、仲間達のおかげで僕は生き残った。
生き残った僕は彼を絶えず黒魔法で襲い、彼は
そして
一度目の黒炎を防ぐ為に左腕を失い、霧の中の戦闘で剣も失った【不屈の勇者】に残されているのは、右拳のみ。
僕の身体を粉微塵に刻むような魔法は、魔力量の関係で使えない。
並の風刃なら僕でも聖剣で防げるし、僕の背後から魔法を使うというのも有り得ない。
勇者らしくないとか以前に、魔力を僕の背後に回して、そこから風刃を発生させるという手順がどうしても必要で、そんなことをする猶予は既にないからだ。
あと数瞬で――フェニクスが来る。
数秒もすれば、先程弾かれたエアリアルさんと、オライオンさんの矢を弾きながら接近中のレイスくんも来る。
あの三人と僕が離れているからこそ、僕を退場させるチャンスだったのだ。
今この時、彼に残された時間は一瞬で。
今この時、彼に残された武器は一つで。
その右拳をどこに叩き込むかということで、僕らは読み合いをしている。
彼の拳が、やけにゆっくりに見えた。
【黒魔導士】である僕の動体視力で勇者の本気を捉えることは難しいから、これは極限の集中によって時間が引き伸ばされているように感じているだけ、なのだろう。
拳は最初、心臓に向けて放たれた。
だが、途中で彼の眉がぴくりと揺れ動く。何かに気づいたように。
そして気づけば、アルトリートさんは寸分過たず、僕の――魔力器官を貫いていた。
彼の拳が、僕の腹部を突き抜ける。
「――――ッ」
その判断は正しい。
ピンポイント攻撃で確実に敵を退場させるのに適している箇所は、脳か心臓だ。
だが僕は頭部を守った。
黒炎を纏った聖剣だ。ただの拳では突破は困難。
では心臓が最適解か?
違う。
アルトリートさんは瞬時に『何故レメが頭を守ったか』を考えた筈だ。
心臓まで守らねば意味がないのに、何故頭だけを? と。
刹那が勝敗を分ける世界。
極限まで引き伸ばされた思考の中で、僕らは判断を下さねばならない。
ここまで上がってきた【黒魔導士】レメが、そこまで初歩的なことを見落とすわけがない。
つまり、『心臓を貫かれたとしても、頭を守ることが勝ちに繋がる』と考えた筈。
黒魔法だ。
魔法を使うには、明確な思考と魔力が必須。
脳の無事と、魔力の生成能力が不可欠。
このまま心臓を貫いては、自分はレメの魔法に掛かってしまう。
そこまで判断しての、魔力器官潰し。
このメンバーの中で僕まで辿り着いただけでも驚異的だというのに、トドメを刺す直前に拳の軌道を変えてみせるとは。
場数が、潜った死線が、積み上げた勝利が、染み付いた不屈の強度が、まるで違う。
憧れの人に会えた時、自分の理想と違って幻滅した、なんて話はたまに聞く。
あぁ、だがこの人ばかりは、画面越しよりもよっぽど、心を震わせてくれる。
「だからこそ、僕らの勝ちです」
僕は、貴方に憧れて勇者になりたいと思ったから。
貴方がとても強くて、格好良くて、決して諦めない、最高の勇者だと知っているから。
貴方が敵を越えて勝利を掴むその瞬間を、確信していました。
だからこそ、『その先』を用意しないわけがない。
彼の下した正しい判断の先に、罠を仕掛けておく。
僕は、敵の全力を邪魔して、仲間を勝利に導く――【黒魔導士】だから。
「こ、れは――」
魔力器官を貫かれることを前提で、用意していたこと。
魔力を生み出す器官ゆえに、アルトリートさんも違和感を抱くことが出来なかった。
僕は、
魔力器官内に僕の魔力が蠢いている。
これは自然なことで、だからアルトリートさんも疑わない。疑う余地がないから。
それでも、己に黒魔法を掛けるような荒業を実行すれば、普通はどこかに違和感が出るもの。
だけど、僕に限ってそれはない。
師匠に教わった修行方法であり、常日頃からやっていることだから。
僕にとって、己の体内に黒魔法を循環させることなど日常でしかないから。
アルトリートさんに掛けた黒魔法は
一つは――『空白』だ。
【不屈の勇者】の強さは、その思考力と実行力にある。
その内、思考力の方を潰せれば、それは彼の強さの根幹を潰すということになる。
考え続けるということが強さの源ならば、思考に空白を挟み込んで――
僕は今【黒魔導士】レメとして此処に立っている。
だからこれでいい。
アルトリートさんの背後に、フェニクスが迫っていた。
僕の腹部が貫かれたとしても、そこで終わりなわけがないと。ただでは退場しないと。何かしらの策を用意しているに決まっていると。
そう確信し一切足を緩めなかった幼馴染が、剣を振り上げている。
「僕ごとだ」
アルトリートさんだけを狙って斬るような遠慮をしている場合ではない。
フェニクスは迷わなかった。
「
その時――
アルトリートさんの肉体からだ。
今の彼は思考出来ない。
だから、つまりそういうことになる。
――僕の魔力器官に拳を叩き込む直前に、時限式の雷属性魔法を起動していたのだ。
事前に魔法式を組み、魔力を流して起動しておけば、術者の意識がなくとも魔法は発動する。
維持は出来ないが、雷属性を纏うことによる超高速移動自体が目的なので、一瞬で構わないのだ。
一瞬あれば、フェニクスの攻撃から逃れることが出来る。
フェニクスの攻撃さえ回避できれば、直後に僕が退場する。
僕が退場すれば『空白』は途切れ、アルトリートさんには意識が戻る。
意識が戻れば、戦いを続けることが出来る。
【不屈の勇者】アルトリートは、考え続ける勇者は。
『考え続けるという能力』を奪われる未来さえ、事前に考えていたのだ。
これほどまでに、僕の考えが読まれたというのは、経験がない。
だが、彼は一つ読み逃していることがある。
アルトリートさんは刻々と移り変わる戦況に対して次の一手を考え続ける必要があった。
僕もそれは同じだが、一つ違うのは。
この展開を、事前に想定していたということ。
アルトリートさんに掛けた黒魔法は
二つ目は――『速度低下』だ。
アルトリートさんの肉体は一般人と比べると異様に速いが、勇者の動きとしては緩慢に動き出す。
それでも、遅くなった彼でも、この場を脱することは出来るのかもしれない。
だが問題ない。初動さえ遅らせることが出来れば――。
「あんたは最高の勇者だけど――」
レイスくんの『氷結』によって、彼の右腕と僕の腹部が凍りつき、腕を抜くのが更に遅れた。
「我々には最良の黒魔導士がついている」
エアリアルさんが発動したのは、レイド戦でも見た『空気の箱』か。これでアルトリートさんにはもう、逃げる場所がない。
「私達の勝ちです」
フェニクスの刃が振り下ろされる。
『空気の箱』を灼き斬り、そのままアルトリートさんと僕の身体を断ち切っていく。
――【勇者】になりたかった。
なれなかった。
けれど、勇者を諦めることはしたくなかった。
――『今一度問う。お前は何故、勇者になりたがる』。
師匠にそう訊かれたことがある。
――『勇者は、格好いいから』。
簡単な答えだ。
僕は【
その【
恵まれなかったことを、永遠に嘆いていたって救われない。
とても苦しくて、惨めで、苦しいかもしれないけれど。
真正面から受け止めて、自分に出来ることを積み上げて行く以外に。
己の望む生き方を貫く方法はないんだ。
それを、貴方が教えてくれた。
全世界に、動画を配信することで。
貴方を見て、憧れて、心の支えにして、上を向けた人がどれだけいるだろう。
貴方こそ、偉大な勇者だ。
あぁ、だからこそ。
どれだけ凄まじい先人だろうと。
僕らは心折れたりはしない。
それこそが、貴方に学んだ生き方を
今ここで、勇者の如き奮闘が出来ずとも。
僕は僕の役目を全うする。
――『黒魔術を修めたところで、露見しない範囲での発動では貴様自身の手によって敵を倒すことは叶わんぞ』。
――『俺がいるから、パーティーは最高の戦いが出来る。そういう【黒魔導士】になります』。
「これが僕の戦い方です」
退場の直前、アルトリートさんが僕を見て、笑った気がした。
◇
自分を不幸だと思ったことはない。
冒険者として過ごした日々は、苦しいことも沢山あったが、充実していた。
【不屈の勇者】なんて名前を付けてもらって、自分の戦い方を認めてくれる人達がいたことが嬉しかった。
間違いなく、最高の冒険の日々だ。
精霊には愛されなかった。
時代にも恵まれなかったかもしれない。
時の流れと魅力ある若者たちの台頭で、世間は俺たちのことなど忘れてしまった。
それでも問題はない。
俺は世界を愛している。
素晴らしい仲間、ライバル、友、応援してくれたファン達、愛する妻に一人息子。
誇るものだらけの人生だ。
心ないものたちの言葉が、俺や仲間たちの人生を傷つけることはない。その程度の柔な生き方はしていない。
ただ、一つ心残りがあるとするなら。
息子が泣くのだ。
――『俺、勇者になる。なって、父さんを馬鹿にしたやつらを見返してやる』。
そんなことまで、言わせてしまった。とてもとても悔しい思いを、させてしまった。
誰に否定されても、自分の過ごした奇跡のような日々が色褪せることはなく、そこに泥をつけることなど誰にも出来やしない。
けれど、自分の周囲の人間まで、そのように感じてくれるかは別の話。
実際に、息子は深く傷ついていた。
こんなにも、父の最強を信じてくれる息子を、悲しませてしまうくらいなら。
あと一年、挑戦すればよかった。
だが、時計の針は戻せない。
最強を証明する機会はない。
そう思っていた。
フェロー殿の目的がどこにあるのだとしても関係ない。感謝する。
見ていてくれレイス。お前が敵に回っても関係ないさ。
最後に必ず勝つのが、勇者だ。
――そう、証明したかったのに。
精神は控室に設置された装置『繭』、そこに入っていた肉体に、戻ってくる。
『繭』が開いたが、俺はすぐには起き上がれなかった。
両手で目を押さえ、それから頭をガシガシと掻く。
「負けたかぁ」
もう五十年も生きているというのに、敗北の味の――なんと苦いこと。
子供の頃、全力の遊びで負けた時に感じたような、叫びだしたくなるような悔しさと同じ。
より酷くなることはあっても、これが軽くなることはない。
無数に湧き起こる反省点、改善点。頭はすぐに『次』を考えてしまう。
「ごめんなレイス。父さん、最後はお前のことを忘れていたよ」
もっと息子と魔法戦をしてやりたかったし、息子の仲間達の力を真っ向から受け止めようとか、そういうことも考えていたのだが。
いざ本番が始まると、そういった予定の数々は吹き飛び。
勝利を目指して走っていた。
野原を走るだけのことが楽しくてならなかった、子供時代のように。
まぁ、少々派手に魔法をぶっ放してみたりはしたけれども。
あれで世間の見方が僅かでも変わり、幼い頃の息子の悔しさが、少しでも晴れるといいのだが……。
しかし、様々な感情が渦巻く胸の内で、ひときわ輝く感情は一つ。
最後に浮かぶ表情は、笑顔一つ。
これもまた、子供の遊びと同じだ。
「楽しかった。本当に、楽しかった。幾つになっても、冒険は素晴らしい」
そこまで言ってから、俺は慌てて立ち上がる。
「いかんいかん。何を終わった気になっているんだ」
自分の仲間がまだ戦っているというのに。
◇
【黒魔導士】レメとしての僕は、退場した。
『繭』から出てすぐ、僕は装置の側面に近づき、差し込まれていた冒険者としての登録証を外す。
破壊されたので作り直さなければならないが、ここに冒険者
そして、僕の登録証は一つではない。
首から下げたもう一つのそれを取り出し、機器に挿し込む。
今回、
【黒魔導士】としての役目は果たした。
あの結果に後悔はない。
だが同時に、己が望む、もう一つの姿があるのも事実。
そして、それを実現する機会は
「まだだ。
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