第288話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』10/魔王が目を開く

 



 【不屈の勇者】アルトリートさんを退場させることに成功したが、被害は軽くなかった。


 アルトリートパーティーと旧魔王城の面々、そこに【大聖女】パナケアさんを加え、相手は十一名。


 対してこちらは、四パーティー二十名。


 こちらの退場者は、フェニクスパーティーから【聖騎士】ラーク、【戦士】アルバ。

 魔王ルシファーパーティーから【透明の如き悪魔】バラム、【空気の如き悪魔】イポス。

 そしてレイスパーティーから【鉱夫】メラニア、【白魔導士】ヨス、【黒魔導士】レメとなる。

 エアリアルパーティーは全員生存中だ。

 残る仲間は十三名。


 僕は再度魔力体アバターに精神を移してから、『繭』から出て、控室に備え付けられた画面を見る。


 アルトリートさんの退場は凄まじい衝撃だった筈だが、さすがに一流どころしかいない戦場。

 停滞は一瞬未満で、戦いは既に再開していた。


 僕は、繭に戻る直前に、【大聖女】パナケアさんが漏らしていた言葉を反芻する。

 戦闘音が響く中、その声が拾えたのは幸運だった。


『……あぁ、わたしが健在の戦場で仲間が死んだのは、これが初めてだ。退場したのはきみなのに、術師として負けたのはわたしだね。悔しいよ――レメくん』


 僕だけじゃなかった。

 彼女もまた、あの戦いを、【白魔導士】と【黒魔導士】の戦いとして認識してくれていたのだ。

 その上で、世界最高峰の【白魔導士】が、【黒魔導士】としての僕を認めてくれた。


 思わず胸が熱くなる。

 だが同時に、気を引き締める。


 彼女が生存しているのは確かで、そのことによって相手選手たちは不死の如き回復魔法を、引き続き味方につけているのだ。


 【大勇士】ヘクトルさんと【サムライ】マサムネさんの一騎打ちは継続中。

 一瞬の内にどれだけ斬り合っているのか、無数の火花と彼らの残像しか捉えることが出来ない。


 【炎の勇者】フェニクス、【嵐の勇者】エアリアルさん、【湖の勇者】レイスくんの三人に【破壊者】フランさんを加えた四人は、パナケアさんを退場させるべく動き出す。


 アルトリートさんの天底級魔法『嵐海』の範囲内にいた者にも、生存者はいる。

 【氷の勇者】ベーラさんが展開した氷の防御壁によって、【狩人】リリー、【疾風の勇者】ユアンくん、【紅蓮の魔法使い】ミシェルさん、【剣の錬金術師】リューイさんが助かったのだ。


 リューイさんの『魔法錬金』によって、仲間の魔法が武器として錬成されていた。

 これにより、たとえば氷使いのベーラさんが火属性や風属性を纏った武器を手にすることになる。


 リリーが目にも留まらぬ弓術――『神速』を披露したことで、リューイさんの魔法錬金が猛威を振るう。

 なんと、リューイさんは仲間の魔法を矢の形にしてリリーに補給したようだ。


 それにより、疾風の矢、爆裂する矢、氷結する矢を含む矢の群れが、アルトリートパーティーに襲いかかった。

 それらの攻撃は、【銀の弓】オライオンさんに一部撃ち落とされ、【聖なる騎士】マクシミリアンさんの盾によって防がれるが、彼らの意識を矢の方に向けさせただけでも充分な戦果だ。


 先程はオライオンさんの矢に邪魔されて、レイスくんは僕に合流できなかった。

 決着に際し魔法で素晴らしいサポートをしてくれたが、矢の邪魔がなければレイスくんもフェニクス同様近くにきてくれたことだろう。


 事実、今のオライオンさんにレイスくんたちを邪魔する余裕はないようだ。いや、卓越した実力で勇者三人とフランさんに矢を射掛けてはいるのだが、先程までの圧力はない。


 中空では、【善なる魔女】ロジェスティラさんと【紅蓮の魔法使い】ミシェルさんの魔法戦が繰り広げられている。爆炎と爆炎のぶつかり合いは、視覚的にも戦闘の激しさが伝わりやすい。


 そして、新旧魔王城戦だが……。


「ビフくん、いつまでやってるの? 手伝おっか?」


 スライム娘の【無形全貌】ダンタリオンさんが、しびれを切らしたように言う。


「愛称で呼び合う仲は大歓迎だけれどね、『ビフくん』は美しさが足りないので拒否させていただくよ」


 【真の吸血鬼】ビフロンスさんは、膨大な血を操作し、魔王様と【一角詩人】アムドゥシアスに攻撃している。無数の首を持つ大蛇、あるいは竜のように見える血液が、牙を剥きながら二人に噛みつかんと迫る。


「こっちのことは、リオンちゃんって呼んでもいいからね」


「自分の愛称は可憐なんだね?」


「ダンちゃんって見た目じゃないでしょ」


「決まった見た目がないのに何を言っているのか」


 会話をしているからといって、手を抜いているわけではない。ビフロンスさんの攻撃は苛烈を極め、何かしらの対策をしない限りじきにアムドゥシアスの回避も限界を迎えるだろう。


「焦れったいな~」


 ダンタリオンさんが加勢しようとしたその時――上空から瓦礫の山が落ちてきた。

 彼女はそのまま、瓦礫の群れに押しつぶされる。


 瓦礫の山の近くに、一人の魔人が出現。


 『空間移動』という固有魔法を操る、現魔王城四天王【時の悪魔】アガレスさんだ。

 燕尾服に、後ろに撫で付けた銀の髪。理知的な印象を受けるメガネを着用し、露出した額の両端から山羊のような一対の角を生やしている。

 自称『幼心の守護者』であり、魔王様への忠誠心は魔王軍随一。


「我が王の戦いだ。邪魔立ては許さん」


 メガネを中指でクイッと押上げ、彼はクールに告げた。

 これまでの戦闘で砕けたフィールドの破片を、全てダンタリオンさんの頭上へ『移動』させたのだろう。


「へぇ~」


 瓦礫の隙間から、にゅるにゅると青っぽい粘液が這い出てきて、集まり、ダンタリオンの姿に戻る。


「……この程度ではダメか」


「どの程度でもダメだよ。我が王以外に、【無形全貌】は壊せない」


「貴様もスライムならば核があるだろう。潰せば退場するはずだ」


「うわぁ、きみ酷いこと言うねぇ」


 その言葉が発せられた頃にはアガレスさんは彼女の背後に転移し、魔力を纏っているだろう貫手を放――とうとした。


 だがその手は寸前で止まる。

 ダンタリオンさんが――魔王様に化けていたからだ。


「余を貫くつもりか、アガレスよ」


「くっ」


「あはは、まっこと忠臣よな~」


 魔王様姿のダンタリオンさんが、アガレスさんを殴りつける。

 腹部に衝撃を受けたアガレスさんが吹き飛んだ。


「グハッ……!!」


「きみあれでしょ。推しの写真とかも踏んだりできないくらい、重めのオタクになっちゃうタイプでしょ。うんうん気持ちわかるな~。でも、それって勝利より大事なこと?」


 よほどのダメージだったのか、立ち上がったアガレスさんの口許からは血液を再現する魔力粒子が流れ、すぐに空気に溶けていく。


「二択のように言うものではないぞ、スライムよ。忠誠心と勝利を両立すればよいだけのこと」


「二兎追う者は、ってやつになるんじゃない?」


 【刈除騎士】フルカスさんと【竜の王】ヴォラクさんの初代組は、仲間に合流するでも勇者側の戦いに参戦するでもなく、師匠への道を塞ぐように立っている。


 武人としては他の者との戦いにも興味があるだろうが、師匠の眠りを守ることを最優先としているようだ。


 このあたり、旧魔王軍側だけスタンスが違う。

 最終的な勝利の為ではなく、師匠への忠誠心から動いているのだ。

 それだけ、彼らにとって最強の魔王は大きな存在ということか。


「アムドゥシアス、あと少し、、、、だ」


「はぁい。じゃあみんな~、お願いしますね~」


 そう言って、アムドゥシアスが腰に吊るした袋から沢山の種を掴みだし、フィールドにバラ撒く。


 それらはすぐに変化し、巨大化。

 無数のアルラウネとなる。


 植物の根を束ねたような四肢、冠のように生える葉、花びらは腰、蔦は胸部を覆い隠す。

 人間の女性を模した、緑色の亜獣。


 レイドでレメゲトンの助けとなってくれた、童女や少女の姿をした頼れる仲間。

 アムドゥシアスは特殊な【調教師】で、意思疎通が難しい筈の植物系亜獣を従えている。


「今回の敵もいけめんさんですが、とーっても長生きしているそうですよ~」


 アルラウネたちは多頭の血液竜にとりつくと、四肢を突っ込んだ。

 まるで飲み物を飲んでいる時の喉のように、彼女たちの四肢がごくりごくりと動いているような……。


 気の所為ではなかった。


「可憐なお嬢様がたが現れたかと思えば、吸血鬼の血を吸血とはね。困ったものだ」


 ビフロンスさんの血を吸収したアルラウネたちの様子がおかしい。

 八重歯っぽいものが生えたように見える。なんだか目も赤いような?


「きしゃー」「血だー、もっと血をー」「ひからびるまで飲んでやるー」


 なんだか吸血鬼っぽいことを言い出した。

 可憐な彼女たちを見ていると、緊迫した戦いなのにどこか和んでしまいそうになる。


 しかし、実際に彼女たちの貢献は素晴らしかった。


 ビフロンスさんは冷静に、アルラウネたちを血の刃で切り裂いたり、槍で刺したりと、容赦なく退場させようとしたのだが……。


「ふっかーつ」「いまのわたしたちは吸血鬼……」「ふじみのかいぶつ……」


 彼女たちの肉体は、まるで吸血鬼のように再生したのだ。

 そして再び血をごくごくと吸収し始める。


「……なるほど、吸収した栄養次第で特性を変えるというわけか。中々ユニークなお嬢様たちじゃないか。だがねお姫様? 僕の血を全てこの子たちに呑ませるのは無理だよ」


 一体、また一体と血液多頭竜がアルラウネたちを飲み込んでいく。


 アルラウネたちはすぐには退場しない筈だが、竜の肉体から抜け出すことも出来ないようだ。

 やがて全ての個体が呑まれ、アムドゥシアスに避けきれない規模の攻撃が迫る。


「……ここまでのようです~」


 アムドゥシアスは斧槍を構え、三度ほど竜の首を落としたが、下半身を噛まれて機動力を失い、ついには呑まれてしまった。

 その直前、魔王様はアムドゥシアスの背中から跳んで攻撃を回避。


「ご武運を……」


「あぁ」


 空中の魔王様に向かって、無数の竜の首が迫る。


 そこへ、アガレスさんが『空中移動』で出現。即座に再移動する。

 大きく距離をとって、試合開始時の初期位置へ。


「よくやったぞ、アムドゥシアス、アルラウネ、アガレス。貴様らの忠心に感謝する」


「……わからないな。お姫様が開戦から今まで、魔力をセーブしていたのはわかっていた。その召喚の指輪で配下を喚び出すつもりなのもね。しかし、だ。そんな膨大な魔力、、、、、、、、で一体誰を喚び出すつもりだい? どこかの【魔王】と契約でもしたのかな?」


 ここで、おさらいだ。


 僕は全天祭典競技に【黒魔導士】レメとして参加することにした。


 だから、【隻角の闇魔導士】レメゲトンの装備である『召喚の指輪』を、魔王様に一時返却した。


 魔王様はそれを、全天祭典競技の予選からずっと着用している。


 そして、召喚魔法で呼び出された者は基本的に――使い魔という扱いになる。


 極端な例だが、魔王様が契約者と敵同士として試合で戦い、その者を退場させたあと、使い魔として自陣に召喚することも、ルール上は許されているのだ。


 ダンジョン防衛の場合も同じで、配置換えや四天王でない限りは他の層に出現できない筈の魔物も、召喚という扱いならば再登場が可能。


 これは、僕がフェニクスパーティーとの第十層戦やレイドで行ったことだ。


 だが当然、特大のメリットには、相応の代償が必要。


 召喚には、対象の魔力体アバター生成に必要な魔力を消費する。


 唯一救いがあるとすれば、そこに精霊や角の魔力は含まれないことだ。


 精霊は、生身だろうが魔力体アバターだろうが関係なく、契約者の精神にくっついてくる。

 なので、魔力体アバターに精神を移したら、勝手に魔力体アバターの方に加護を移してくれるのだ。

 加護込みで魔力体アバター生成、ということにはならない。


 角の魔力も、魔力体アバター生成時に再現されないのは同じ。


  ただし、精霊の意思で加護が移動するというような便利なことは、角の魔力では起こらない。

 角の魔力の場合は、本人が手動で魔力を移す必要があるわけだ。

 僕もレイドの時に、魔王城のコアから取り込んだ魔力などを、生身から魔力体アバターに移した。


 とにかく、精霊契約者にしろ魔人にしろ、精霊や角内部の魔力まで召喚で消費することはない。


「【魔王】、か……フッ。どうであろうな?」


 魔王様の、真横と。

 控室の、僕の正面に。


 罅が出現する。


 空間に亀裂が生じているのだ。


 これは、召喚の通り道。本来は即座に行われる筈だが、召喚対象によっては、道の生成が簡単にはいかないようなのだ。


 レイドで、僕が魔王様を召喚する際に出現したものと同じものだろう。

 まさか、僕自身を召喚する際にも発生するとは。


 ぱらぱらと空間が剥がれ落ち、向こう側が見えてくる。


来い、、


 王が呼んでいる。


「ただちに」


 空間の亀裂に足を踏み入れ、僕は呼びかけに応えた。


 そして、今度は魔王軍参謀として、血戦領域魔王城へ舞い戻る。


 僕が通り抜けた瞬間、道は閉ざされた。


「よく来たな、我が参謀よ」


「ハッ」


 旧魔王軍の面々は、僕を見ていなかった。


 違う。


 正確には、僕の出現によって、とある変化が起こり、そのことに驚愕していた。


「……我が王が」


 それは、誰の声だったか。先代フルカスさんかもしれないし、ビフロンスさんだったかもしれない。


 とにかく、言葉の通り、変化があったのは最強の魔王。


 玉座に腰掛けたまま、肘をつき頭を傾けたまま、しかし明確に。


 魔王が目を開いていた、、、、、、、、、、


 旧魔王軍の四人にとって、それは驚愕に値する事態なのだ。


 何故なら、彼らは敬愛する王に『終わったら起こせ』と命令されていた。

 にもかかわらず、敵が全滅していないまま、王は目を覚ましたのだ。

 王の命令を果たせなかったという衝撃。


 そして、もう一つ。

 戦うに値する敵がいないから眠っていた筈の王が目を覚ましたなら、それは――戦いに値する敵が現れたということで。

 そして、それに該当する人物は今この場において、一人しかおらず。


 それが、ここ最近出現した魔王軍参謀であるということに、彼らは驚きを隠せないのだろう。


 次の瞬間、笑みの消えた旧魔王軍の強者たちが、一斉に僕を見据えた。


 師匠が魔王だった時代の魔王軍を支えた、最強の配下たちが、僕を敵と認識している。


 まるで空気全体が震えているかのような、恐ろしいまでの戦意。


 そんな中、魔王様は愉快げに笑う。


「レメゲトンよ、奴らは貴様に興味津々なようだぞ」


「どうやら、そのようで」


 そして、まるで荷物運びを手伝わせるような気軽さで、こう言った。


「最強の魔王までの障害だ。どけるのを手伝え」


 レメゲトンの王が、そう命令している。

 ならば配下として、答えは決まっている。


「では、そのように」


 僕の戦いはまだ、終わっていない。

 ここから再び、始まるのだ。


 開かれた師匠の赤い瞳を見据え、僕は杖を構える。



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