第31話◇謎のローブの男、何かする(後)
彼らは一斉に走り出した。
僕は【聖騎士】には強めに、【勇者】以外の三人には気づかれない程度に速度低下を掛ける。
元々足の遅い【聖騎士】が取り残され、【勇者】だけが突出する。
だが先頭を走る【勇者】は止まらない。
「ね、ねぇ待ってよ。なんか身体が思うように動かないんだけど――うぁああッ!」
透明化が維持されるギリギリの距離まで近づいていた複数体の【黒妖犬】が、孤立した【聖騎士】を襲撃する。
「どうするッ!? 助けに行くか!?」
「ほっとけッ! 【聖騎士】なんだから【黒妖犬】の五、六っ匹なんとか出来んだろ!」
そう。【聖騎士】はその防御力と、一対多を受け持てる立ち回りがウリ。
しばらくは放っておいても構わないと判断するのはそうおかしくない。
指示を仰ぐ【戦士】Aを一蹴し、【勇者】は全力疾走。他の仲間との距離が更に開く。
「く、くそっ。なんだこれ、なんでこんなに、動きにくいんだよ」
さて、今日はレメゲトンだとバレてはいけない。強力な【黒魔導士】がいるという情報を出したくない。
なのでそのあたりも抜かりなかった。
【聖騎士】はなんとか一体の【黒妖犬】を弾く。
その瞬間に気付いたようだ。
「黒のローブ……!? 黒魔法を使う奴が混ざってるのか!?」
エンターテインメントということで、冒険者にも魔物にも見た目上の分かり易さが求められる。
ひと目で【
【黒魔導士】だったら黒いローブ、みたいに。
但し絶対ではない。別の【
ビキニアーマーを着る女【戦士】とか。
「だとしてもこの低下率……一匹や二匹じゃない!」
本当は僕一人がやっているのだが、【聖騎士】は与えられた情報から推測する。
透明化した【黒妖犬】の中に、多くの黒魔法使いがいる。魔物は数の制限がないので、弱い黒魔法でも重ね掛けされると厄介だ。
魔力で
時間が経つ程に自分は疲弊していく。一番良いのは、黒魔法使いをさっさと倒すこと。
そこで、彼の思考に負担が掛かる。
本来は【黒妖犬】を倒す、それだけだったのに。
普通の敵よりもローブの敵を優先的に処理しなければという考えが生じてしまった。
予想外の効力を持つ黒魔法にあてられ、焦りから不可視の敵に優先順位を付けている状態。
これでは、最高のパフォーマンスを発揮することなど出来ない。
「まずいまずいまずい……!」
不可視の敵に囲まれた【聖騎士】は、その同時攻撃を捌き切れず剣を持った方の腕を食い千切られてしまう。敵が見えるようになった瞬間に何体かを盾で弾き飛ばしたのはさすがだが、ここまでか。
腕が舞い、魔力の粒子となる。
傷口からも魔力が漏出していた。
「なんだこれなんだこれこんなの四位の動画には……まさか、画面映えしないからカットされたのか!? クソ、そうだよ! 黒魔法使いの相手なんてなんも美味しくない!」
上手い具合に勘違いしてくれた【聖騎士】の足に、鋭い牙が喰い込む。噛まれたのだ。
「みんなッ! 罠だ! 黒魔法使いがうじゃうじゃいる! 孤立させるのが目的なんだ!」
彼は仲間に警告し、足に噛み付く【黒妖犬】に盾を振り下ろす。
――一体でも敵を倒してから落ちようとしてるんだな。
そんな彼の首に、【黒妖犬】が食らいついた。
「ぅあっ」
彼が盾を落とし、残った腕で敵を殴りつける。
解放された首には穴が空いており、彼が傷口を押さえようと手を伸ばしているところで――退場した。
「あいつ、退場しちまったぞ!」
「罠って言われても、もうあたし達も引っかかっちゃってるよねコレ……!」
「見えない敵では射ることなど――!」
【戦士】ABと【狩人】も三人で固まって【黒妖犬】の相手をしていた。
突出してしまった勇者だけが、僕の引っ込んだ岩陰へと飛び込んでくる。
――あぁ、仲間を助けに行かないのか。
頭に血が上っているのか元々の性格か、とっくに不可視化を果たし距離をとった僕を鬼の形相で探す【勇者】。
既に彼らはフェニクスパーティーの取った『仲間と固まって進む』という攻略方法を外れてしまっている。
仲間が退場してしまっては、僕を倒してマイナスを取り戻すしかないといったところか。
「出てこいよクソ魔人! ぶっ殺してやる!」
音声なんて後でどうとでもなるとはいえ、口が悪くないかな。
さて、【黒妖犬】の活躍は他の四人相手で充分見せられるだろうから。
今回の作戦に大きく貢献してくれた彼に活躍していただこう。
まず僕は【黒妖犬】の群れを【勇者】にけしかける。
決して深く攻めさせない。彼の視界に入っては離脱を繰り返させる。
何度か剣を空振った【勇者】は、更に怒りを爆発させた。
「おちょくってんのか犬ッコロがよォッ! あぁいいぜ、ならまとめて死なせてやるッ! 喰らいやがれ!」
彼が広げた両手を地面に叩きつける仕草をすると、その手から雷光が閃き、周囲に黄色いジグザグが走った。短い悲鳴と共に数体の【黒妖犬】が退場し、魔力の粒子でそれが彼にも伝わる。
「……あ?」
彼の行動は予期出来たことだった。
数体が退場してしまったのは、思ったよりも広範囲に魔法が展開されたから。
それ以外の【黒妖犬】は距離をとって回避に成功。
退場した数が思ったよりも少なかったことに彼が怒るよりも先に、襲いかかる影があった。
猛禽の両翼に、狼を思わせる大型獣の身体。
【不可視の殺戮者】グラシャラボラスだ。
僕を追いかける為に仲間を置き去りにし、不可視の敵に大魔法をぶっ放す。
こうも性格から行動を予測しやすい者は、中々いない。
魔法は体内で練った魔力を使用して発動する。
大規模な魔法を使ったなら、魔力を作り直すところから始めなければならない。
彼らの過去の映像は研究済み。この規模ならすぐには高火力の魔法は放てない。
「なッ!?」
そこに思考阻害と暗闇状態を叩き込んだ。
――クソカス【黒魔導士】の魔法は、どうかな。
傍目には驚いて反応が遅れたとしか思えないだろう。
勢いよく振り回された前脚が、彼を捉える。
頭上高く吹き飛ばされた【勇者】の身体は、グラさんの爪に大きく裂かれていた。
パラパラと魔力の粒子が飛び散り、落下の途中で彼の身体が砕けて
リーダーがやられたことに動揺した他のメンバー達も、ほどなくして【黒妖犬】に退場させられる。
「うん。終わったね」
全滅によって、二百四十九位パーティーの攻略は終了。
グラさんが僕の近くまで飛んできた。
嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
「ありがとうございました。やっぱりすごい魔法ですね」
ベロリ、と顔を舐められた。
すると【黒妖犬】達も集まってきて僕を囲む。何かを期待するように近づいてきたので試しに頭を撫でてみると、次々と「オレにもしてくれ!」とばかりに飛びかかってきた。
「わっ……あはは、落ち着いてください。僕の手でよければ、ちゃんと撫でますから」
ひとしきり撫でまくった後、僕らはリンクルームへと戻る。
その後僕は、先に退場していた【黒妖犬】達にも撫でることを要求された。
応じていると、少し遠くでカシュが羨ましそうに見ていたので後でたっぷりと撫でた。
そんなこんなで、魔物達を勝利に導くという目的は達成。
初仕事は、成功に終わったのだ。
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