第130話◇ヒントは食卓から
「あ、レメさんだ。おはよーございまっす」
食卓に料理の盛られた皿を運んでいた少女が、僕に気付いて微笑む。
薄い茶色の髪はカシュより長く、料理中は後ろで一つに結っている。年は十二歳だが、キッチンは既に彼女の領域。
マカさん。【料理人】の【
家族共通の薄緑の瞳が、僕を捉える。
「うん、おはよう」
「時間ぴったしですね。熱々を召し上がれ~」
「いつもありがとう」
僕は「レメしゃん……!」と足元にすりよってきたミアちゃん――カシュの妹さん――の頭を撫でながら、マカさんに微笑みを返す。
「いえいえ、これくらいはさせてもらえないと逆に困りますって。うちでもまともな料理の練習が出来るようになったのも、レメさんのおかげなんですから。って、このくだり何回目ですか」
マカさんは苦笑している。
家計のやりくりが厳しかったカシュのおうちは、カシュが魔王軍の秘書になったことで余裕が出てきたという。
カシュを誘ったのはミラさんで、給料を出しているのは魔王城。
僕が感謝されるのは違うのではないかとも思うのだが、それを言うとそもそもカシュが僕と出逢っていなければ参謀秘書になる未来は拓かれなかったわけで……という感じにまとめられてしまう。
ここのところ定番となりつつある会話を続けて料理が冷めるのもいけないので、僕は曖昧に頷くことに。
「それじゃあ、ご馳走になろうかな」
「どぞどぞ、今日も美味しいですからねー」
今日も今日とて僕の手を噛むナツくん――カシュの弟さん――をカシュが引き剥がした後で、席につく。
「あら、表情が柔らかくなりましたか? ここのところ、何かに悩んでいたようでしたが、解決されたのでしょうか」
ヘーゼルさん――カシュ達のお母さん――が頬に手を当てながら、そんなことを言う。
「そんなに分かりやすく悩んでいましたか……」
ミラさんもそうだが、ヘーゼルさんも鋭い。あるいは僕が分かりやすいのか。
「ふふ、カシュがとても心配していたものですから」
「……精進します」
この調子だと色んな人に心配を掛けていそうだ。
「いえいえ、悩むことは悪いことではありません。答えを出そうと努力している、ということなのですから。それはそれとして、うちの娘が『ひしょには相談出来ないことなのかな……』と、とても悲しそうにしていたので――」
「お、お母さんっ!」
カシュが慌てて母親の腕に縋り付き、言葉を止めるように身体を揺らしている。
ヘーゼルさんは「あらあら」と言いながら、ゆっくり揺れていた。
そんなこんながありながら、朝食。
和やかに食事が進む中、ナツくんが「うぇ」と表情を歪めながら舌を出した。
その上には、細かく刻まれてはいるものの、苦味のある野菜が乗っている。
「まじぃ」
「こらっ、ちゃんと食べな」
マカさんが叱ると、ナツくんはぷいっと顔を背ける。
「まずいからたべたくない」
「な、なにぉ。そんなちっこい欠片で情けないこと言うんじゃないの。栄養あるんだから食べなさい。ほら、あんた以外みんなもぐもぐ食べてるでしょ」
「べー」
活発で親しげな少女の、姉としての一面をぼんやりと眺めていた僕だったが、マカさんがぴくぴくと震えだしたので口を挟むことに。折角美味しいごはんの並んだ食卓に、怒声は似合わない。
「ナツくん。いいのかい? 君はお姉さんやお母さんを守れるくらいに強くなるんだろう?」
「!」
ナツくんが僕を見る。
ちょっと失礼、とみんなに言ってから、僕は立ち上がる。
分かりやすい何かは……うぅん、これでいいか。
僕は食事の並ぶ机を掴み、そのまま持ち上げる。
もちろん、料理や水が落ちないよう、細心の注意を払ってだ。食器一つ僅かも揺らさず、埃一つ立てずに持ち上げ、ナツくんがびっくりするのを確認してから、ゆっくり下ろす。
ちょっと行儀が悪かったかもしれない。ただ関心を引くことは出来た。
「ナツくんも知ってると思うけど、僕は戦士みたいに戦える【
他所の家庭の教育に口を挟むべきではないが、今回はマカさんの意に沿う形だし良いだろうと判断。
「…………」
ナツくんは料理の皿と僕を交互に見比べる。
「野菜を食べないナツくんからなら、カシュをとれるかもしれないなぁ」
カシュの耳がぴくんっと揺れた。
マカさんが「あたしもとられたーい」と笑っている。よかった、怒りは収まったようだ。
「……! たべるし! レメにカシュはやらん!」
そういってガツガツ料理を掻き込むナツくん。
うぅと苦みに顔をしかめるが、ごくんと呑み込む。
「どーだ!」
「うん、えらい……じゃなくて。これなら家族を守れるね」
ふふん、と上機嫌になるナツくん。
一食ですぐにどうこうということはなくとも、食事は積み重ねだ。
身体の中に取り入れた食べ物は、自分を構成する一部に…………――ッ!?
ガタッと立ち上がる僕に、みんなの視線が集中する。
「どうしたんですかレメさん? また食卓持ち上げます?」
不思議そうな顔をしながら、マカさんが言う。
「あ、いやごめん。さっき言ってた悩み事に……こう、答えが出たような……ヒントくらいかな、まぁそんな感じで、うん、自分でもびっくりしたものだから」
「あはは、レメさんっていつも穏やかなのに、そういうことになったりするんですね」
僕もあははと笑い、再び着席する。
今すぐ魔王城まで駆け出したい気持ちだったが、マカさんの料理を最後まで頂く。
家族に見送られ、準備の済んだカシュと共に職場に向かう。
「れ、レメさん……さっきのおはなし、ですが」
……そういえばカシュは、相談されないことに悩んでいたのか。
しかしどう説明しよう。
「うぅん……次の戦いの為にね、新しい技を考えなくちゃいけなくて。技は決まったんだけど、どうやったら覚えられるのか分からなくて悩んでたんだ」
「わざ……ひっさつわざ、ですかっ!?」
「そういう、かっこいいやつじゃないんだけどね。でも、うん、それくらい難しいものかな」
「ひっさつわざに近いわざですか……。さっき、おぼえかたを思いついたのでしょうか?」
「何か掴めた気がする、ってくらいなんだけどね」
「できます、レメさんならっ!」
「……うん、ありがとう。そう言われると、出来る気がしてきたよ」
職場についた僕はさっそくリンクルーム――
「何か掴めたか?」
そこには魔王様がいた。
彼女も気になるのか、ここ最近毎日言われるセリフだった。
これまでなら申し訳なさから表情を曇らせる僕だが、今日は違う。
なんだか変な話だが、野菜が苦手なナツくんに助けられたことになるかもしれない。
「多分、ですが」
「素晴らしい」
僕はまず
「あ、説明してしまっていいですか? 師匠はもしかすると、これを自分で到達するものとして考えているのかなって、僕は思ったんですが」
「むっ、そうか……ならば聞かん。代わりに――カーミラ。貴様に任せよう」
すると、がこっと機材に頭をぶつけるミラさんが物陰から出てきた。
「いたっ。魔王様……私の存在は伏せてくださいと……」
「こやつの目を欺けるとは、貴様も思っていまい。素直に出てくればよいのだ」
応援した手前、プレッシャーを掛けてはいけないと思ってくれたのか。それでも気になったようで、隠れて見学……という感じか。
「自分でも整理したいので、聞いてくれる人がいると助かります」
「! では不肖カーミラ、その大役、身命を賭してこなしてみせましょう」
「任せたぞ」
魔王様はそう言って部屋を出ていった。
彼女も自力で習得するつもりなのだ。
「それじゃあ、早速」
「はい!」
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