第131話◇世界と僕を区別する必要なんて最初から
「魔人の角はさ、自分で生んだ魔力を角に溜められるんだ。それで、
「溜めた魔力ごと再現するか、魔力を移すかですね」
「うん。前者だと本体の魔力は失われないけど、費用がとんでもなくなる。壊れることを考えると、躊躇しちゃうくらい。だから普通は魔力を移すんだ。これなら必要に応じて魔力を移動させればいいから、一気に移して全壊なんてことにならなければ、魔力不足になることもあまりない」
フェニクス戦の僕は、まさにそれで魔力不足になったわけだけど。
「はい、そこまでは私にもなんとか」
「それって、どうやって移すか分かるかな」
「えぇ、確か触れるだけでいいとか」
僕は頷く。
「そうなんだ。
僕は『繭』を開け、本体から魔力を少し吸う。うん、問題なく出来る。
「……そうではない、ということですか?」
「ううん、正しいと思う。ただ、説明が不十分なんじゃないかって」
「不十分……」
「吸血鬼は、
「! や、やってみます」
ミラさんがカーミラになる。
そして僕がやったように『繭』を開け、本体に触れる。
「…………操れません」
やはり。
魔人は角の魔力を本体から
そこに本物の血を持ち込むのは、ルール違反。だから試す者はいなかった。
可不可以前に、挑戦する意味がないから誰もしなかった。
あるいはこれを知っている者がいたところで、何の役に立つでもない。
「多分それは、意識の問題なんだ。本体では血を操れるけど、
「で、ですがこれは純粋な魔力とそれ以外の差、ということもあるのではありませんか?」
魔人は魔力を魔力のまま持ち込めるからこそ可能なのではないか、ということだろう。
もしそうだとしたら、角による魔力吸収には役立たない。
あくまで自分の肉体から自分の肉体に移している、というだけ。
「うん、でももしそうなら、杖に本体の魔力を込めることは出来るってことになる」
僕は手に持った参謀用の杖の先端を、自分の本体に触れさせる。
「杖に込められるのも使用者の魔力だけだ。角に移せるのが『自分の魔力だから』という理由なら、杖にだって……」
そして、僕は確信する。
「レメさん、これは……」
「うん、失敗したね。思った通りだ」
ちなみに、杖は魔石のように魔力を蓄えるのではなく、圧縮・純化するもの。品質にもよるが、一定時間が経つと魔力は漏れ出て空気に溶けてしまう。
ので、仮にこの方法が実行可能だとしても、【魔法使い】などが魔力を攻略・防衛に持ち込むことは出来ない。
やったところであまり意味がない上に、繭に入っている時は魔力器官の活動は抑えられているから、大して持っていけない。
「で、では魔人が本体の角に蓄積された魔力を、
それだと、魔人の角は最初から魔力を吸収出来るモノ、でなければおかしい。
つまり全ての魔人が最初から周囲の魔力も溜められる生き物である筈。
「そうだね、だからそういう理由じゃないんだ」
「え?」
僕があっさり認めたことに、ミラさんはぽかんとする。小さな口が、丸く開かれていた。彼女のそういった表情は珍しいが、今は見惚れている場合ではない。
「自分の魔力だから移せるんじゃない。自分の魔力だと『捉えている』から吸収出来たんだ」
「? ……ごめんなさい、その、少し意味が」
僕は頭の中で整理しながら、続ける。
「たとえば、僕の寮室のリビングには果物が置いてあるよね。ブリッツさんのところで買ったものなんだけど」
ブリッツさん。カシュの元雇い主で、彼女の母親の友人であり、僕の友人でもある果物屋さんだ。
「はい、ありますね」
こくり、と彼女が顎を引く。
「あれを僕らが食べる時、何も躊躇わないし、何の問題もないよね」
「えぇ、まぁ。レメさんが買われたものですから、私は一応尋ねることにしてますが……」
「……そうだったね。じゃあこの場合は、僕限定にしよう」
「それなら、その通りだと思います。レメさんのものですから、いつ口にされても構わないかと」
「じゃあ、場所が市場で、僕が無一文で、勝手に果物屋さんの商品を食べるのは?」
「……それは、問題です。盗みにあたるのではないでしょうか」
「そう。同じ果物でも、状況次第で食べてよかったりダメだったりする。今の例は人の世のルールだから、当然従わなければならないよね。でも、魔力にそんなルールはない筈なんだ」
もちろん、魔石泥棒なんかはダメだ。人の世のルールの適用される範囲内。
でも、精霊や妖精が自然の魔力を集めることを罰する法はない。呼吸を罰する法がないように。
「…………私達は、自分の魔力を問題なく扱えていますが、逆に自分以外の魔力を勝手に扱ってはいけないと、無意識にセーブを掛けている、ということですか?」
「僕はそう思う。杖は『使用者』――つまり同一人物の肉体が二つあろうが、今持っている個体――の魔力を純化するモノ、という認識だからかな。意識のない本体を『使用者』のくくりに入れるのは難しい。その点、角は簡単だ。僕の角から、僕の角へ。問題なく自分の魔力だと『捉える』ことが出来る」
「そうなると……よく言われている、魔力生成における意識と操作を可能とする加工、というのは……もしかして」
「自分が作り出したものなんだから、自分のもの、という認識のことだと思う」
これは、習得者が少なくて当たり前。
空気を自分のものだと思いながら吸う者はいない。ましてや操ろうなどと誰が考えよう。
逆に、精霊や妖精が出来るのには頷ける。
精霊も妖精も、世界から『生じる』のだという。
明確な形を得ようとしたのが妖精で、元々は同じモノという説もある。
彼ら彼女らにとって、世界と自分に違いはないのだ。
世界から生まれ、世界に在り、世界である。
僕ら人間が、まったく同じ価値観を今から獲得するのは無理だろう。生き物としての意識の違いだ。
だから僕が考えたのは――。
「自分の食べたものが、自分の身体を形作る。魔力を吸収するとか考えるからダメだったんだ。これは僕のもの、僕が食べてもいいもの、僕の糧とするもの。そう考えて、ただ実行すれば良かったんだ」
「な、なる……ほど……?」
「ありがとうミラさん。話してるうちに整理出来たと思う。あの、それじゃあ僕はコアに向かうよ……!」
「え、あ、はい。いってらっしゃいませ……?」
僕は急いでコアのある部屋へ向かう。
コアに近づき、魔力の流れる管を辿り、バルブを捻る。魔力が噴き出す。
角を露出させ、集中。
これは僕のもの、僕のもの……僕のもの。
……。
…………。
………………。
「……あはは、そんな簡単にはいかないよね」
それはそうだ。
気づき一つでグッと成長することは、確かにある。
でも、どの分野でも構わないが、そういった瞬間の背景には膨大な努力があるものではないだろうか。
沢山頑張って、試行錯誤して、上手くいかなくて、それでも頑張って。
ある時、気付いて。それを許に努力の方向を調整したら、壁を突破出来た。上手くいった。
閃きだけで、技術は身につかない。
それでも、閃きは得た。ならば、これを許に努力の方向を調整、更なる修練に励むのみ。
バルブを締める。
集中。
自分の足元から魔力を放出する。自分の魔力だ。
次いで、水平方向に魔力を放出。
旋風のように、僕の周囲で僕の魔力がぐるぐるとゆっくり回る。
魔力は放っておくとすぐ霧散するので、放出の仕方を調整することでなるべく自分の周囲に漂わせようと思ってのことだった。
コアの魔力を、いきなり自分のものだと思うのは難しい。
まずは、一瞬前まで自分の制御下にあった魔力を、再び制御下におくこと。
違うか。落とした持ち物を、拾ってポケットに戻すようなもの。
無くしてはいない。これは僕のものなのだ。
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