第169話◇第十層・渾然魔族『喚起邀撃』領域2

 



 僕がここで戦わないのには理由がある。

 いくら師匠の教えを守って鍛えた魔力器官でも、これだけ一度に多くの強者を召喚すれば疲弊する。


 まだ角の内蔵魔力に手をつけるつもりはないし、魔力練り直しの状態でこの場に残るのは愚策。

 そして、今回の命令は好きにやれ、だ。

 適宜指示を出すこともしない。


 少し待って黒魔法のサポートをしても良いが……エアリアルさんなら強引に僕まで辿り着けるだろう。

 この層の構造を理解した上で勝負に乗ってくれているだけで、僕の動きが警戒に値しないと思えば首を獲りにくる可能性は十分にある。

 それは僕も本意ではない。


「レメゲトン様、お下がりください。ここは我々にお任せを」


 エルフの魔物・【深き森の射手】ストラスが言う。

 僕は一つ頷き、少し考えてから言う。


「あの【狩人】はここで落とせ」


 そもそも、リリーはその為に魔物になることを決めたのだ。

 【無貌の射手】スーリを、倒す為に。

 当初の目的は、こちらとしても果たしてほしい。


 彼女が口許を覆う布の向こうで、笑った気がした。


「……必ずや」


「それでいい」


 衣装を翻し、敵に背を向ける僕。


「いやいや……そう簡単には逃がせないでしょ」


 倒せる敵を逃がすほど、彼らは甘くない。

 ハミルさんの『飛ぶ斬撃』が放たれる。

 それはストラスの横を抜け、僕を狙う軌道。


 ――釣れたのはハミルさんだけか。


「……えぇー」


 ハミルさんの『飛ぶ斬撃』を食らうその寸前、僕の体は第一エリアから消えていた。

 彼の間延びした驚きの声を最後に、景色が切り替わる。


 飛んだのは、第二エリア。

 『空間移動』といえばそうだが、もちろん魔法ではない。


 今回、僕は転移用の記録石を装備しているのだ。

 それによって、エリア間移動を可能とした。


 とはいえ、転移用記録石は通常、視聴者の目に触れない箇所に設置される。

 セーフルーム以外では、壁の裏とか巨岩の中とかに設置され、隠し扉で行き来するものなのだ。

 当然、僕も第二エリアの職員専用隠し部屋に転移し、そこから出るという形。


 エリアごとにレメゲトンが契約者を召喚し、本人は第十層最深部到達者とのみ、戦う。

 そういった形式だから使えるやり方。


 通常の記録石は転移者ごと移動しないが、これは特別製。

 その分、通常の転移用記録石がダンジョンから魔力を汲み上げて起動するのに対し、使用者が転移の魔力を賄わなければならない。

 誰でも便利に利用出来るものではない、ということだ。


「さて……」


 どうなるか。

 魔力を練り直しながら、僕は上での戦闘について考える。



「ふむ、少し速く、、来すぎただろうか」



 声。


「――な、に……?」


 よく知っているが、ここで聞こえる筈のない声。聞こえるにしてももっと後の筈。

 こんなことがあるのか。


 扉で繋がっているとはいえ、僕は別のエリアに転移したのだ。

 まだ、隠し扉から出てきて、一分も経っていない。


 なのに何故、僕の視界に彼がいる。

 【嵐の勇者】エアリアルが、どうしてここにいるのだ。


「歓迎の準備は整っていないようだね? それとも、ここで貴殿が?」


「――来い、、


 予想外だろうとなんだろうと、やることは変わらない。

 悲鳴を上げる魔力器官をフル回転させ、契約者を召喚する。

 僕の判断を、彼は気に入ったようだ。


「――素晴らしい」


 まるで玩具をプレゼントされた子供のような、嬉しそうな笑みを湛えて。

 人類最強が迫る。


 ◇


 自分が魔物になるなんて、少し前まで考えたこともなかった。

 【無貌の射手】スーリの正体が兄弟子であり、父の一番弟子であることにはすぐに気づいた。

 名前もそうだが、『神速』は見間違えようがない。


 許せなかった点は一つ。ただ一つ。

 種族を隠したこと。

 誇り高きエルフであることが、まるで恥ずべきことみたいに。


 外の世界に適応するということは、差別されないように自分を隠すこととは、違うと思う。

 確かに、エルフへの風当たりは強い。すごく強かったし、数年で良い方向に変わってはきたが、それでも街を歩けば冷たい言葉を投げかけられることはある。


 冒険者として、冒険者用の区画を歩いているのに「亜人の来る場所じゃねぇ」「森に閉じこもって戦いもしなかった種族が、安全になってからダンジョン攻略かよ」「冒険者は純粋な人間の仕事なんだがな」他にも色々と言われた。


 今では随分と減ってきたし、仲間といる時に言われることはほとんど無いが、明確に言葉に出さずとも人と亜人とで対応が変わる業界人は珍しくない。


 過去のことはわたくしとて把握している。

 エルフには保守的なところがあるし、森に生まれ、森に散ることを尊ぶ傾向があるのも確かだ。戦時中に中立を貫いたのも事実。変えようがない。


 だが、そのことが、わたくしがわたくしとして仲間と共にダンジョンに潜ることに、一体どんな関係があるというのか。エルフに生まれたのも、先祖が戦いを拒んだのも、自分で選んだことではない。


 わたくしが役に立っていないなら、そう言えばいい。それは受け入れる他ない。わたくしの無能はわたくしの責だ。

 だが、彼らはただ気に入らないから、攻撃しているだけ。


 人の持つ、変えようのない部分を理由に攻撃することが正しいこととは思えなかった。

 正しくないことに、屈することも有り得ない。

 同じパーティーのアルバと衝突するのも、それが理由の一つだろう。


 わたくしはエルフ。そのことを恥ずかしいと思ったことはない。

 エルフのリリーとして生きていくのだし、生きていくしかないのだ。


 それを、父の技の全てを継いだ、尊敬していた兄弟子が、だ。

 顔を隠して冒険者をやっているのだ。

 気にするなという方が、無理な話。


「う、ぉっ?」


 レメ――レメゲトンがわざとらしく後ろ姿を晒したのは、敵の攻撃を誘う為。

 乗ってきたのはハミル殿のみ。


 彼の『飛ぶ斬撃』の発動に合わせるように、わたくしは矢を射る。


 敵を貫く軌道だった。攻撃直後にハミル殿を襲うタイミングだった。

 だというのに、そうはならなかった。


「……どーもです、エアリアルさん」


 矢を防いだのは、【嵐の勇者】エアリアル殿だ。


 先程【死霊統べし勇将】キマリス殿がユアン殿の【生ける死体ゾンビ】を用いて行ったのと同じ。突風で矢を飛ばしたのである。


「いや……うむ。……うん、よし。決めたよ」


 次の瞬間、彼の魔力を背後に感じた。

 移動したのだ。風による加速か、雷電を纏っての加速か。


 ――速すぎる!


「エアリアルさん、何して……」


 【迅雷の勇者】スカハ殿が、彼の突然の行動に戸惑いの声を上げる。


「考えた。このレイド戦、我々を知り尽くした者が策を授け、魔物達がそれを完璧に利用することで、冒険者の数をここまで減らしたわけだ。そうだろう? おそらく、全員で一丸となってエリアを一つずつ攻略する、というのが敵の予想する『冒険者達のやりそうなことだ』」


 彼の話している間にも戦闘は続いている。


「あぁ、それが一番確実だ」


「そうだよスカハ、その通りだ。しかし、それは冒険、、かい?」


「……なんです、何を」


「危してでも挑戦するを指して、冒険者という」


 彼の声は、明るい。


「パナはもちろん、マサもリューもミシェルもいない。ユアンも、もう大丈夫だろう。そう考えた時、私は思ったのだよ。久々に冒険するのもいい、と」


 第二エリアへと続く扉の前を複数の【骸骨騎士スケルトン】が塞いだのが、音で分かる。   

 だが、時間稼ぎにもならない。一瞬でバラバラに刻まれたのだろう、ガラガラと音を立てながら退場してしまう。


 彼を射るには振り返らなければならないが、それはスーリに背を向けることになる。

 スーリは動いていないが、これは機を窺っているだけだと分かっている。


 キマリス殿が退場すれば【生ける死体ゾンビ】も消え、グラシャラボラス殿が退場すれば不可視化という強力な魔法を失う。

 レラージェは【狩人】だ。直接戦闘を得意とはしない。

 残るのは――。


「ナベリウス殿だね。素晴らしい火力だ」


 三つの頭を持つ、巨大な【黒妖犬】。第一層フロアボス【地獄の番犬】ナベリウスが、【嵐の勇者】の前に立ち塞がったのか。

 彼の三つ首から放たれる獄炎が、第一エリアを照らす。


「骨まで焼き尽くすほどの、まさに獄炎。並の冒険者であれば、即座にあの世送りだろう。この炎熱を一身に受けられたことを、光栄にさえ思うよ。だが、済まない――私は燃やせない」


 何かの断たれる、音がした。

 先程まで感じていた明かりが、嘘のように消えている。


 驚くようなことでは、ないのだろう。

 そうだ。フェニクスだって、一撃でフロアボスを倒すではないか。

 それが出来てしまうのが、四大精霊契約者。


 エアリアル殿には更に、長年の経験がある。技量で言えば、フェニクスに大きく勝るだろう。

 驚くべきことではない。そう思っても、やはり衝撃的だった。

 あるいは彼の突然の行動への戸惑いも合わせて、そう思ったのかもしれない。


「私はレメゲトンと戦いたいのだ。済まないが、先を行くよ」


 そういって、エアリアル殿は――第二エリアへと続く扉をくぐってしまった。

 確かに、全ての敵を倒さなければ次のエリアに行けない……ということはない。


 それは他の層と同じ。配置される全ての魔物を潰さなければボスと戦えない、なんてことはないのだ。

 とはいえ、ここで【嵐の勇者】エアリアルが独断先行するなどと、誰が思うだろう。


 そういう意味では、レメの予想を越えた動きかもしれない。


「あははは! なんだよエアリアル、、、、、! いいじゃんか。そういうあんたを、俺は越えたかったんだ。あぁ、レイド戦に参加してよかった!」


 突如叫び出したのは、【湖の勇者】レイス少年。

 少年にとって、エアリアル殿の動きは喜ばしいもののようだった。


「行くぞフラン」


「ん」


 【破壊者】フランを伴い、レイス少年も扉に向かって移動。


「ふぅん。目に見えないもんをちまちま潰すのは性に合わねぇしなぁ。そういうことなら、あたしはハーゲンティとカーミラに逢いに行くか」


 【魔剣の勇者】ヘルヴォール殿まで。

 もはや複数パーティーの協調体制は崩れた。


 各々が望む戦いに向かって走る。

 わたくしは彼ら彼女らを攻撃――しない。


 ――レメゲトン様の命令は、スーリをここで打倒すること。


 それは友人として、レメがくれた機会。これに集中していいという、心遣い。


「……スカハ。お前も行け」


 わたくしの言葉には応えないスーリが、己のリーダーに言う。


「なにを言ってる。これ以上めちゃくちゃにして堪るか」


「……お前は、いつも考えすぎる。今日くらいは、己のしたいように」


 スーリの言葉に、ハミル殿も乗る。


「そうそう。取り敢えず、また四位になろうって話だったじゃん? やっぱリーダーが大活躍するパーティーじゃないと、みんな推せないって。ほら、行った行った」


「ハミル……」


「『師匠の言う通りです、ここは任せてください』『えぇ! 我々だけで十分ですともっ!』って二人も言うと思うよ」


 カリナ殿とセオ殿の真似だろうか……出来は微妙だが、スカハ殿は笑った。


「分かった……任せる」


 スカハ殿も、第二エリアに向かうようだ。


「……ハミル、お前も」


「いやいや、残るって。あんま減ると寂しいっしょ?」


「…………」


 分かりにくいが、ハミル殿の言葉に小さく笑ったようだ。


「ユアンちゃんは残るんだよね?」


「えぇ、やらねばならないことがあります」


 己の【生ける死体ゾンビ】の破壊と……ベーラの【生ける死体ゾンビ】の破壊。

 個人的にも思うところはあるが、あれは敗北の末、敵の能力によって奪われたもの。

 ベーラ自身が破壊すると決めたこともあり、わたくしが何か言うべきではない。


「うんうん、愛だよね」


「……ハミル殿」


 第一エリアで戦うことを選んだのは三人。

 スーリとハミル殿と、ユアン少年。


 ――よいでしょう。


 敵の方から戦力を分散するというのであれば、構わない。

 予想外であることと、それが得策かは別。


 矢を番える。




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