番外編◇黒魔道士の魔王軍参謀と、それぞれの日々

番外編◇黒魔道士と吸血鬼の逢瀬/レイド戦の後の回(前)



 それは、レイド戦の後の、ある日のこと。


「うぅん」


 『難攻不落の魔王城』の休憩時間。

 僕は執務室で一人、悩んでいた。


 ミラさんとのデートの件だ。


 【吸血鬼の女王】カーミラとして『難攻不落の魔王城』第三層フロアボスを務める女性。

 彼女は僕の恩人で、仲間で、友達で、ライバルだ。


 そんな彼女は先日のレイド戦で、世界ランク第三位【魔剣の勇者】ヘルヴォールさんを打倒。


 活躍した己の配下に褒美をやると約束していたらしい。

 しかしそうなると、フロアボスである彼女の活躍には誰が報いるのか。


 というわけで彼女にご褒美を要求された僕は、悩んだ末にお出かけを提案。

 了承されたために決定となったわけなのだが……。


「うぅん」


 本日二度目の懊悩おうのうの声が、一人きりの執務室に広がっていく。


 ちなみに犬耳秘書のカシュは、別の層の職員たちと休憩時間を過ごしている。

 昨日が第六層フロアボス【水域の支配者】ウェパルさんとの動画鑑賞で、今日は魔王様とのお茶会だったか。

 今や、カシュは魔王城の人気者だ。


 さておき。


 一位になることばかり考えていた冒険者時代、僕は女性とは無縁の生活を送っていた。

 もちろんこれは言い訳に過ぎないのだろう。


 仕事と私生活、両方上手くこなせる人も世の中にはいるのだ。


 しかし自分がそちら側ではないことは明白。

 そして、未経験の事柄で問題が発生した時、人は驚くほど脆くなるものだ。


 簡単に言うと、お出かけプランがまったく思いつかない。


「仕方ない。こういう時は人に相談しよう」


 うだうだ悩んでいても解決しないのなら、誰かを頼ることも大切。

 しかしここで、次なる問題が浮上する。


「と言っても、相談できる相手なんて……」


 普通は友人だろうか?


 フェニクス……は論外。

 こんな話は照れ臭くてとても出来ない。真面目に対応されるほど居た堪れない気持ちになるだろう。


 そうなると……果物屋の店主ブリッツさんだろうか?


 うん。彼なら親身になってくれそうだ。


 ◇


「ということなんですが」


 その日の仕事終わり。

 カシュを家に送り届けてから、僕は果物屋さんに向かった。


 大柄で禿頭とくとうのブリッツさんは見た目こそ少し怖いが、とても心根の優しい人である。

 彼の店じまいを手伝いながら、僕は相談内容を一通り説明。


「ほうほう、つまりミラの嬢ちゃんと深い仲になるための、大人な雰囲気のデートがしたいと」


「言ってないですね」


 僕の説明をどう要約したら、そうなるのだろうか。


 しかしブリッツさんはフッと笑う。


「言わなくても俺にはわかるさ。お前も男だ、当然の欲求だよ」


「あの……」


「いやぁ、自分が十四頃の恋愛を思い出して甘酸っぱかったお前らの関係も、いよいよ進展か!」


 友人の相談を我が事のように考えてくれるのは嬉しいのだが、やや勘違いしているようだ。


「ブリッツさん?」


「はっはっは、冗談だよ。それで、具体的に何が訊きたいんだ?」


 勘違いを訂正しようとしたのだが、彼の冗談だと分かったので一安心。


「そう、ですね。異性とのお出かけプランを構築したことが、そもそもないので……。基礎の基礎からご教授願えればと」


「そうだなぁ、俺も大したことが言えるわけじゃあねぇが……。特に最初は空回りしがちだが、こういうのは変に気合い入れたりせず、等身大の自分でいけば大丈夫だと思うぜ。とはいえ、その範囲で相手を尊重するのは基本だぞ」


「ふむふむ」


「たとえば、特別な機会だから特別な場所を~って考えるのはいいが、自分の収入に見合わない豪華なディナーなんて用意したところで、作法もわからず店で浮いて恥を掻くのがオチだろ?」


「それはわかる気がします」


 一応世界四位パーティーだったので、そういった料理や店を経験したことはあるのだが、自分に馴染んでいるかは別。


 特別な憧れでもあれば別かもしれないが、僕のような者には庶民的な店が性に合っている。


 相手だって、一緒にいる男が食事中に落ち着かずそわそわしていたら、楽しめるものも楽しめないだろうし。


 自分が心にゆとりを持つことができない場所は、今の自分に見合っていない場所、ということなのだろう。


「だからって、特別なデートにしたいって時に、行きつけの定食屋を選ぶのはダメなわけだ。言うまでもなく、特別感が出ないしな」


 お店自体の味うんぬんではなく、『場』として適しているかどうかということ。

 これが充分に親しい間柄で、通常のお出かけであれば、また変わってくるのだろう。


「それも、はい」


「あと、急に気合い入れた店にすると、向こうを誤解させちまう可能性もある」


「誤解?」


「プロポーズされんじゃねぇかってな」


「なっ、なるほど……」


 普段の店でもだめで、気合い入れ過ぎてもダメ。デートとはなんて難しいのだろう。

 いや、今回の場合は『特別な』と頭につくから、余計に難しいのか。


 ご褒美というくらいなのだから、彼女にとって嬉しいものにしたい。

 しかしその考えが、プラン構築の難易度を高めていた。


「それとも、するのか? プロポーズ」


「えっ、いやいやっ、そういうのじゃないので」


「出逢って一年経たず……ってのも、まぁアリなんじゃねぇの?」


「からかわないでください」


 なんだか顔が熱くなってくる。


「ははは、悪かったよ。じゃあ話を戻すか」


「よろしくお願いします」


「デートってーと、二人きりで時間を過ごすわけだから、会話のネタも必要になってくる。ここがスムーズにいかないと気まずい空気になるんだが……まぁ、お前さんたちなら大丈夫か」


 確かに、話題に詰まるというのは考えられる話だ。


 僕とミラさんは職場も同じだし、冒険者業界に関心があるという共通の趣味もあるし、幸いそういった心配はしなくてよさそう。


 それがない場合は、事前に会話の種をストックしたり、相手が興味のある事柄に関して調べたりなどをする人もいるらしい。


 楽しげに歩くカップルたちも、その裏で途方もない努力を積んでいるのかもしれないと思うと、少し見方が変わりそうだ。


「一応、この街のデートスポットくらいは教えられるが……こういうのは相手の好みが分かってる方がいいんだよなぁ」


「好み……」


「みんながみんな、同じ場所に行きたいわけじゃねぇだろ? 静かなところが好きな人を、騒がしい場所に連れて行くのは合わないわけだ。定番のスポットだからこそ行きたいって人もいれば、そういうのにまったく興味を示さない人もいるわけで……場所選びって、難しいよな……」


 ブリッツさんが遠い記憶を思い起こしているかのように、虚ろな目になっていく。

 過去に何かあったのだろうか。


 しかしさすがはブリッツさんだ。彼の語る言葉には、その通りと頷くしかない。

 この歳になって恋愛初心者である僕を笑うことなく、自分の知識を優しく授けてくれる。


「ミラさんの……好きなところ……」


 職場を愛しているのはわかるが、デートの行き先としてはなしというのはさすがに分かる。


 端末の前で動画を観たり編集したり電脳ネットに齧りついている時は楽しそうではあるが、家で一人で出来ることだし……。


 カシュとも親しいけれど、カシュ同伴ではデートとは言わないだろうし……。

 残るは――。


「まぁ、あの嬢ちゃんはお前さんさえいれば、そこが何もない荒野でも嬉しそうにしてくれるだろうけどな」


 ブリッツさんから見ても、僕といる時のミラさんは楽しそうに見えるようだ。

 嬉しいような、気恥ずかしいような。


 とはいえ、ミラさんとは、僕が魔王城で働きだしてから、かなりの時間を共に過ごしている。


 『初級・始まりのダンジョン』再興に勤しんでいた際が、一番離れていたタイミングだろうか。

 その時だって、たまに召喚を通じて逢ったり、魔王城のみんなと共にタッグトーナメントの応援に来てくれたりした。


 たとえば、今更僕が一日中一緒にいると言ったところで、特に代わり映えがしない気がするのだ。


「まぁ、レメがこんだけデートプランに悩んでるって知っただけで、嬉しいだろうぜ」


「そういうものでしょうか」


「多分な」


「多分……」


「人の気持ちなんざ想像することしか出来ねぇからな」


「確かに、そうですね」


「だから煩わしくて、悩ましくて、苦しくて、楽しいんだろうぜ」


「……そう、かもしれません」


 どうすればいいのかわからないもどかしさを感じつつ、投げ出したいとは思わないのだから。


「人間関係に絶対の正解なんてないけどよ、見知った相手なら付き合い方も見えてくるだろ。お前さんとミラの嬢ちゃんの中にだけある正解は、俺じゃあ見つけられん。もちろん相談には乗るが、最後はお前さんが決めないとな」


 まったくその通り。

 僕は相談しに来たのであって、答えを聞きに来たわけではない。


 どうすればミラさんが喜んでくれるかについては、僕自身が導き出さねばならない。

 そして当日にミラさんの反応を見て初めて、正解不正解が分かるのだ。


「そう、ですね。ありがとうございます、自分でも考えてみます」


「おう。色んなやつに相談するのも手だぜ」


 そう言われて考えてみるが、なかなか思い浮かばない。


 唯一シトリーさんならば有益な情報を与えてくれそうなのだが、彼女はかつてミラさんにデートプランを提供したことがある。


 ここで僕が頼ると、もうミラさんと僕のお出かけというか、シトリーさんのプランを二人で実行し合うという形になるので今回は避けたかった。


「いやぁ……こういう時に頼れる友人は、ブリッツさんしかいなくて」


「れ、レメ……お前、そこまで俺を頼りにッ!」


 何故かブリッツさんは肩を震わせ、目に涙を浮かべ、余ったフルーツを沢山持ち帰らせてくれた


 ◇


 そして、一週間が経過。


 その間、僕はひたすらに悩んでいた……わけではなく。


 お出かけの為に準備をしていたのである。


 大変だった……最終的に【炎の勇者】フェニクスや【銀嶺の勇者】ニコラさんの力も借りることになったが、おかげで必要なものを揃えることが出来た。


 仕事終わり。寮の自室。

 その日も端末の前で百面相をしていたミラさんに、声を掛ける。


「ね、ねぇミラさん」


「! な、なんでしょうレメさん」


 僕の方へ顔を向けるまでの間に、ミラさんは表情を整え、キリッとした美人の微笑みへと調整。


 一瞬前まで「ぬふふ……」と画面を観ていたとは思えぬ変化だ。


「あの、例の件だけど、さ」


「例の?」


 何故こうも緊張するのだろうか。声が上擦りそうになるのを抑え、続ける。


「ほら、その、レイドのご褒美の件」


「! ひゃい! その件ですね!」


 ミラさんの顔に期待と緊張が走るのが見て分かった。


「僕の方の準備は出来たから、ミラさんさえよければ、今度の休みとか」


「行けます! たとえ何があったとしても!」


「そ、そっか。よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす。


 ◇


 その日の夜。


「ね、ねぇミラさん」


「なんでしょう、レメさん」


 今日も添い寝フレンドとして横にいるミラさんに、僕は恐る恐る声を掛ける。


「目、閉じないの?」


 ギンギンに開かれた彼女の赤い瞳は、暗い寝室の中で、ほのかに光って見えた。


「ごめんなさい、楽しみで眠れなくて」


 【役職ジョブ】判明を明日に控えた子供かな?

 あれも緊張や不安、楽しみがぜになって眠れない者が多いのだ。


「そんなに楽しみにされると、僕も緊張してくるな……」


 あと、次の休日まで数日あるので、この調子だと当日は寝不足どころではなくなってしまいそうだ。


 ◇


 そして当日。


 僕たちは一緒に家を出ることなく、待ち合わせの時間を決めてそこに集合することに。

 ミラさんの要望で、その方がデートっぽいとのこと。


 集合場所は初めてのお出かけでも使用した、広場の噴水前だ。


 今日の彼女も清楚な装いだが、種族的特徴は隠していない。

 僕の方も、【黒魔導士】のローブではなく私服を身にまとっている。


 以前は古着屋に勤めているカシュのお母さんの意見を参考にさせてもらったが、最近はミラさんのアドバイスも聞き入れて服を選んでいる。


 世界中を旅する冒険者時代には服も荷物になるので、多様な私服というのは持ち合わせていなかったのだが、寮という拠点が出来てからは少し物が増えた。


 どういうわけか日々ミラさんの私物も増えてきているのだけれど……。


 家を出る時間は五分ほどしかズラしていないので、相手をそう待たせることなく合流。


「いつものレメさんも素敵ですが、今日のような格好もお似合いですよ」


「ありがとう。ミラさんも、す、素敵だね」


 こういう時、サラッと相手を褒められる人はすごい。

 僕なんかは、自分には不似合いなフレーズなのではないかという意識が邪魔をして、言葉に詰まってしまうのだ。


 あるいはこれは、相手がミラさんだからなのだろうか。


「ふふ、レメさんに褒められてしまいました。今日のコーディネートは、しっかり覚えておかないといけませんね」


 彼女は華やかに、それでいて僅かに頬を紅潮させながら微笑む。

 その笑顔に胸が跳ね、僕は固まってしまった。


「レメさん?」


「あ、うん。そろそろ行こうか」


「はいっ」


 僕らが向かったのは、街で話題のカフェだった。

 お客さんが多く、少し待ってからテラス席に通される。


「綺麗なお店ですね。私、初めて来ました」


「ご飯もスイーツも美味しいよ。いや、そういう評判でね」


 僕の言葉を、ミラさんは聞き逃さない。


「あら、前に他の方と来られたことが?」


 彼女の視線が一瞬鋭くなった。

 僕は肩を落として白状する。


「カシュと、あとはカシュのお姉さんのマカさんと一緒に、ね。色々調べてこの店を見つけたまではいいものの、初めての店にミラさんと一緒っていうのも緊張すると思って」


「まぁ、それで予行演習を?」


「恥ずかしながら、そういうことです……」


 頬を掻く僕を見て、ミラさんがくすぐったそうに笑う。


「そんな、恥ずかしがらないでください。そこまでしてくださって、嬉しいですよ」


「そ、そう言ってもらえると助かるかな」


「しかし、どうして流行りのカフェを?」


「あぁ、ほら、前に僕がニコラさんやカシュとカフェに行った話はしただろう?」


 まぁ僕が言うまでもなく、『初級・始まりのダンジョン』のある街に滞在していた期間の情報はカシュがしたためたメモ――通称カシュメモ――に記載されていて把握済みだっただろうけれど。


「えぇ、覚えていますよ。ニコラさんがレメさんと複数回、密会していた件ですね」


「うん、カシュもいたし密会ではないけれど、多分その件だね。で、ミラさんとはそういう経験があまりないな、と思って。この機会にと思ったんだけど……ダメだったかい?」


「だ、ダメなわけがありません。むしろ嬉しいです。ふふふ、これでニコラさんが私に優越している点がまた一つなくなったのですから」


 喜んでくれてはいるようだが、喜び方が想像と違った。


 僕たちはカフェでランチとスイーツを堪能し、店をあとにする。


「美味しかったですね。見た目も華やかで、目にも楽しいお店でした」


「そうだね。……それで、もう一つ寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」


「はい、どこへなりとも」


 ミラさんは上機嫌だ。


 僕らはそのまま街を歩く。


 僕の姿がレメとバレぬよう、いつも通り『混乱』を撒いているので通行人には気づかれない。


 だがミラさんに対する認識はいじっていないので、道行く人が彼女の美貌に視線を吸い寄せられていた。


 中には、恋人らしき女性と一緒に歩いているのにミラさんを見てしまい、女性側から不評を買ってしまう人もいる。


 そんなこんながありつつ。


「ここだよ」


「ここは……?」


 巨大な倉庫のような建造物だ。

 僕は建物内に入り、受け付けを済ませて中を進む。


 後ろをついてくるミラさんは怪訝な顔をしている。

 建物内部は、通路の他に沢山の扉が設けられており、その一つ一つに鍵がついていた。


「貸倉庫なんだ。ついこの間、契約したばかりなんだけどね」


「それは、わかりますが。私も、こことは違う施設ではありますが、自室に収まらぬレメさんグッズを保管するのに利用していますので」


「そ、そうなんだ……」


 また一つ、知らなかったミラさん情報を知ってしまった。

 知るべき情報だったかは、ちょっと分からないが。


 話している内に、僕の契約している倉庫の前に到着。

 解錠し、木製の扉を開く。



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