番外編◇黒魔道士と吸血鬼の逢瀬/レイド戦の後の回(後)




 中に入ると、木箱が積んである他、一台の端末が置いてある。


「えぇとね、デー……一緒にお出かけするには、相手の好みを把握するのが大事だって教わって、考えてみたんだ。ちょっと恥ずかしいけれど、ミラさんの好きなものって聞いて思い浮かんだのが――」


「ふおおぉおっ!」


 ミラさんから聞いたことのないような声が上がった。


 思わずびっくりしてしまう。

 見れば、彼女は床に膝をついて、木箱の中の雑誌を手にとっていた。


「こ、これは廃刊となり今となっては入手不可能と言われる『月刊【黒魔導士】』! し、しかもレメさんのインタビューが載っている号に加え、若き日のレメさんが『有望な新人【黒魔導士】』として特集記事に載っている号まで! ま、まさに幻の秘宝!」


 ダンジョンの最奥で宝物を見つけたいにしえの冒険者の如く、ミラさんは雑誌を掲げ持つ。


「はっ! ですがレメさん、以前お尋ねした際は、失くしたと仰っていませんでしたか?」


 そうなのだ。


 ミラさんが『冒険者レメ』に関心を持つようになったのは、二年前。

 だが僕が冒険者として活動を始めたのは、七年前。


 好きな冒険者に関係する品を蒐集する人は多いが、ファン歴や住んでいる場所、懐具合などによって手に入るグッズや情報には限りがある。


 紙媒体の雑誌なんかは、数ヶ月前に刊行されたものであっても後から手に入れるのは難しかったりするし……。


 そんなわけで、ミラさんも僕に関わる全てのグッズを持っているわけではない。

 それもあり、以前訊かれたことがあったのだ。


「う、うん。僕が出版社に貰った雑誌見本はね。でもミラさんが残念がっていたのを思い出して、ニコラさんとフェニクスに相談してみたんだ」


「な、なるほど。しかしニコラさんが魔素化したものに関しては、私も共有してもらいましたが、ここには彼女も持っていなかったお宝が沢山あります」


 情報を端末上で閲覧出来る形にすることを、魔素化という。

 ニコラさんは、蒐集した雑誌のページなどを、いつでも見返せるよう魔素化していたようなのだ。


 彼女はデビュー当時から僕を知ってくれているが、それでも全てを網羅とはいかなかったらしい。


 僕は自分でも微妙な顔になっているのを自覚しながら、ミラさんの疑問に応える。


「……あぁ、うん、そうなんだ。それは多分、フェニクスが送ってくれたやつだね」


 ニコラさん、フェニクス共に、快く送ってくれた。


 ちなみにワイバーン便という、そこそこ料金の張る運送手段を選んだのだが、ここまで喜んでくれるのならその甲斐はあったというもの。


 言うまでもなく、費用は僕が持った。頼みを聞いてくれた二人に、更にそこまで甘えるなんてことはさすがに出来ない。


「ほほう、さすがはレメさんが赤子だった時から知っているだけはありますね」


「その言い方は、ちょっとやめてもらえると嬉しいかな」


 普通に、幼馴染とかじゃダメだろうか。


「ち、ちなみにこれ、そのー……あのー……い、いつまでにお返しすれば?」


 言いつつ、ミラさんは雑誌を手放す気がないように思える。


「あぁ、大丈夫だよ。えぇと、なんといったかな、確か……『布教用』? らしいから」


「なんと! ではこれを、私の蒐集品に加えてもよい、と!?」


「そ、そうなるね」


「やったー!」


 ミラさんが立ち上がり、くるりと回る。そのまま小躍りしそうな勢いだ。

 だがすぐに僕の視線に気づき、赤面して咳払い。


「こ、こほんっ。あの二人には大きな借りが出来ましたね」


「そうだとしても、二人に借りを作ったのは僕だよ」


「ならば、私はレメさんに借りが出来たということになるでしょうか」


「いやいや、そもそも今日はミラさんへのご褒美ってことで来たんだし」


「そ、そういえばそうでした……で、ではこれが、レメさんからのご褒美! 最高では……?」


「喜んでもらえたなら、よかった」


 正直、人へのご褒美に自分のグッズを渡すって、かなり変な気分なのだが……。

 相手がミラさんでなければ、恥ずかしくてとても出来なかっただろう。


「はぁ……はぁ……雑誌を通しで百回読みたいところですが、木箱は他にもありますし……」


 ミラさんが名残惜しそうに雑誌を木箱に戻し、幽鬼のような足取りで別の木箱へ向かう。


 そして――。


「なッ……!? こ、こ、これは! レメさん! これは一体!?」


 彼女が木箱から取り上げたのは、小さな女の子が腕に抱えるようなサイズの、ぬいぐるみだ。


 ただし、クマやウサギではなく――僕を象ったもの。


 一応は世界ランク第四位だったので――他のメンバー四人に大きく数や種類で劣りはするものの――僕のグッズも多少は存在する。


 メンバーのグッズがランダム封入な商品とかだと、ファンが電脳ネットで僕のものはハズレ扱いしていたりなど、苦い記憶の方が多いのだが……。


 そりゃあ、フェニクスやラークのようなイケメンのブロマイド狙いで買って、僕のような冴えない男の顔が出てきた時には、がっかりもするだろうけれど。


「レメさん?」


「あ、ごめん。そのぬいぐるみはね……」


 ミラさんが手に持つぬいぐるみは、普通の品ではない。

 発売されなかったものだからだ。


「そうだった、思い出したよ。フェニクスパーティー全員のぬいぐるみを出すって企画があったんだけどね、『現在の魔力体アバター衣装』『過去の魔力体アバター衣装』『私服』『正装』の四パターン出るって話だったのが、僕だけ需要の問題で一種類になったんだ」


「それ、知っています……。レメさんだけ『現在の魔力体アバター衣装』しか発売されなかったということに気づくのが遅れ、存在しない三種類をどれだけ探し回ったことか……。いくら商売とはいえ、そのような露骨なパーティー格差を作るとはなんという無礼でしょう。……レメぬいを一種類にしようと決めた者は毎朝貧血でふらつけばよいのです」


 ミラさんが憎々しげに呟く。


「まぁまぁ。もう昔のことだしさ。とにかく、一応、全バージョンでサンプルは作ってもらったんだよ。今ミラさんが持っているのは『過去の魔力体アバター衣装』だね。デビューしたての頃のやつ。すぐに着なくなったものだから、見覚えがなくても当然だよ」


「いえ覚えていますよ最後に着用していたのは『中級・氷原のダンジョン』攻略直後に撮られたインタビュー映像だったと記憶していますが間違っていますでしょうか?」


 ミラさんが食い気味かつ早口で言う。


「え、そ、そうだったかな? た、多分」


 だが確かに、改めて思い返してみると時期的には合っている。

 ミラさんは残る『私服』『正装』のバージョンも木箱から取り出し、ぎゅっと胸に抱く。


「ま、まさかサンプル品という形で、レメぬいをコンプリートできる日がくるとは!」


 幸せそうに微笑むミラさん。


「……はっ! レメゲトン様のぬいぐるみを発売するよう、企画部に言わねば。『隻角時』『両角時』『ごう炎纏えんてん時』と、ひとまず三種類が出せますね。各ご家庭にゲトぬいをお届け出来るとは、夢のようです!」


 『隻角時』『両角時』はバージョン違いというか、右角の有無しか違いがない。

 衣装差分どころか、角差分だ。


 『ごう炎纏えんてん時』に至ってはレイドの時だけ……いや、そこはあまり関係ないか。


 世の中には、その人物が一度も着たことがない衣装でグッズが作られることもある。

 大事なのは需要か。


「まぁ、レメゲトングッズに関しては、また今度ということで……」


「はぁ、はぁ……そうですね。今は目の前の宝の山に集中いたしましょう」


 ミラさんはぬいぐるみを腕に抱えたまま、興奮した様子で次の木箱を覗き込む。


 そこには、沢山の金属板が収まったケースが、幾つも収められていた。


「こ、これはッ……! ま、まさか――!?」


 ミラさんが大げさに仰け反る。


 リアクションがコメディアンばりだが、それだけ驚いているということだろう。


 それは冒険者や魔物が持ち歩く親指サイズの金属板――登録証と似ている。


 というか、元々は同じものだ。

 冒険者はそこに、自分の魔力体アバター情報を保存する他、ダンジョン内ではどこまで攻略したかを記録するのにも使われる。


 この情報記録セーブ機能は、映像の記録などにも用いられる。

 木箱に山と積まれているこの記憶板メモリには、フェニクスパーティー時代の攻略映像が収められているのだ。


「うん。編集前の映像だったり、公開されなかった攻略動画なんかも入ってるよ。パーティーリーダーに渡されるオリジナルから複製したものだけど、中身は同じだから」


 パーティー名義で倉庫を借りており、そこに色んな品が放り込まれている。

 雑誌やぬいぐるみも、そこに保管されていたものだろう。

 無限に増えていく攻略映像も同様だ。


 ちなみにこの複製は、協力のお礼としてニコラさんにも送ることになっている。

 一応、フェニクスの方からアルバ達にも許可をとってくれたようだ。僕だけが映っているわけではないので、そこは筋を通しておくべきだろう。


 まぁ、話を聞いたみんなは怪訝な顔をしていたようだが……。


「うっ……うぅ……!」


 ミラさんが床に膝をつき、ぬいぐるみをそっと別の木箱の上に置いてから、おもむろに――財布を取り出した。


「お金を……お金を払わせて下さい……」


「えっ? ど、どうしたんだい、急に」


 彼女の突然の行動に、脳が追いつかない。


「オタクは、素晴らしいものをタダで摂取すると心苦しくなる生き物なのです。製作者様に、僅かでも還元することで己を許せるようになるのです。どうか、どうかお納めを……」


「いやいやいや……」


 商品やサービスに相応の対価を支払う、というのは理解できるのだが、ここでお金を受け取るわけにはいかない。


「そもそもこれは、ミラさんへの、その、ご褒美として用意したものだから。それに対価をもらうんじゃ、話が変になってしまうよ」


「これでは、ご褒美過剰です! 心臓がちません!」


 ミラさんは嬉しそうな顔で怒鳴るという器用なことをしながら、力説する。


「そ、そうかい? なら、過剰にならない分だけ受け取ってもらう、とか?」


「このようなお宝を前にして、私に選別しろと仰るのですか! 強欲を承知で言いますが、全部欲しいです!」


 堂々たる宣言だった。


「え? う、うん。あれ、でも、さっき過剰だって……」


「ですから、過剰分を金銭にて相殺しようと思い至ったのです」


「あ、はい」


 しかし困った。

 彼女を喜ばせる予定が、彼女からお金を受けとるなんて話になるとは思わなかった。


「ミラさん」


「なんでしょう。あ、すみません、手持ちが心もとないので、これから貯金を全額引き出しに――」


「未来のご褒美分も含める、というのはどうだろう?」


「――――っ!」


「このままではミラさんは受け取ってくれないんだよね。けれど僕もお金は受け取れない。だから、ミラさんのこれからの魔王城への貢献を考慮して、ご褒美の先払いとして受け取ってもらえないかな?」


「ご褒美の先払い……そのような考えが……。し、しかし【勇者】を何人殺せば充分な対価となるでしょうか……千、とか?」


 彼女の中でレメグッズの価値はどれだけ高いのだろうか。


「そのあたりは、今決めなくてもいいんじゃないかな」


 ミラさんはしばらく悩ましげに腕を組んでいたが、やがて大きく深呼吸。


「わかりました。レメさんのご提案を受け、これを一生分のご褒美の前借りと認識し、堪能させていただこうと思います!」


 彼女から凄まじい覚悟を感じるのだが、僕はそこまで重い言葉として発したつもりはなかった。

 だが今更なしとも言えないので、「う、うん」と頷く。


「あ、それとね」


 ミラさんが僕の言葉を遮るように、こちらに向かって手のひらを突き出す。


「お待ちください、レメさん。ここから更なるご褒美があるのなら、心の準備をさせてください。私は今、意識を保っているのもやっとなのです」


 なんで???


 いやまぁ、僕だって憧れの冒険者のサインとかグッズとかを本人にもらったら、内心とても舞い上がってしまうだろう。緊張だってする筈だ。


 その延長と考えれば、うん、理解はできる。


 それからミラさんの心の準備が整うまで、一分ほど待った。


「ど、どうぞレメさん」


 まるで【勇者】の精霊術を受け止めるかのような真剣な顔で、ミラさんが言葉を促す。


「あくまで、これらを持っていたのはフェニクスやニコラさんだろう? 僕自身が、ミラさんの為に用意したものじゃない。だから、僕自身から君に贈れるものがないかなって考えたんだ」


「な、なるほど」


 ミラさんが、ごくりと喉を鳴らす。


「それでね、ほら、ミラさんは『冒険者レメ』を好いてくれている、だろう? だから、えぇと、よかったらなんだけど……フェニクスパーティーの攻略動画を一緒に観て、横で僕に訊きたいこととかあったら、答えるよ……っていうのは、どうかなって」


 ミラさんの表情が固まってしまった。

 僕の心に焦りが生まれる。


 やっぱり、物として残らないプレゼントは、ご褒美に含まれないだろうか。

 そもそも、自分の解説が誰かにとってご褒美になるという考え自体が、だいぶ傲慢なのでは?


 あれ、そう考えると一気に恥ずかしく――。


「な、な、生の副音声……!?」


 ミラさんが突如として叫びだしたものだから、僕はとても驚いた。


「み、ミラさん?」


「レメさん! ご自分が何を言っているのか理解しているのですか!」


「えっ」


 今日一日で、半年分くらいの戸惑いの声を口にしている気がする。


「私の為だけに、副音声上映をしてくださると、そう仰ったのですよ!?」


「副音声……。あ、あぁ、そう、なるかな」


 一つの映像に対して、主音声とは別に用意されたものを副音声という。

 異なる種族の言語による吹き替えであったり、見え方が一般とは異なる人へ向けた音声表現を行ったりする他、近年では演者や製作者や解説を迎えてのトークが流れるものも多い。


 ミラさんが言ったのは、最後者のもの。

 フェニクスパーティーの動画を僕が横で解説するのは、確かに生の副音声と言える。


「ば、場所を変えさせてください」


 心を落ち着けるように胸に手を当てたミラさんが、真剣極まりない顔で言う。


「それは、うん。どこでも大丈夫だけど」


「どこでも!? で、では今からスタジオを借りますので、そこでレメさんの副音声の録音を行わせていただければと……」


 想像していたのとは違う場所変更だった。

 貸倉庫ではなく落ち着ける寮の部屋で、とかだと思っていたのだが、ミラさんは音声を繰り返し聴けるようにしたかったわけだ。


「そ、それはちょっと恥ずかしい、かな」


 ミラさんのことだから、音響のプロとかも雇う想定なのだろうし。


「くぅっ……わかりました。それでは後ほど、自前の録音機材を寮に運びますので、そこで……」


「う、うぅん……?」


 自前の録音機材?


「だめ……でしょうか?」


 ミラさんが潤んだ瞳で見つめてくる。


「……だめじゃないです」


 僕が折れると、彼女が小さく拳を握った……ように見えた。


「では早速、今日解説して頂く動画の選出に移ろうと思います。あぁ、どうしましょう……果たして絞りきれるでしょうか……」


 ミラさんが瞳を輝かせ、記憶板メモリに記されたタイトルを確認していく。

 髪を後ろで一つにまとめ、袖を捲くり、えらい気合いの入れようだ。


 どうやら、僕の解説は充分なご褒美になるようだ。

 よかった、と胸を撫で下ろす。


 一応、これがだめだった時用に、もう一つ贈り物を用意していたのだが、出番はなさそうだ。


 それから一時間ほど経っただろうか。


 ミラさんによる動画選出がなんとか終わったようで、彼女は数枚の記憶板メモリを手にとった。


「レメさんの労力も考え、三ダンジョン分に抑えました……」


 それでも未編集だとかなりの時間になるのだが、一時間で痩せ細ったように見えるミラさんの疲労を思うと、何も言えなかった。


「じゃ、じゃあ今日のところは帰ろうか。ここの鍵を貸すから、いつでも来て大丈夫だよ」


「はい。あ、でも、レメぬい達は持ち帰りますね」


 歩き出したミラさんが、床に躓く。


 僕は咄嗟に飛び出したが、倒れるのを防ぐことは出来なかった。

 代わりに、彼女と床の間に挟まるような形で、ミラさんを受け止めることに成功。


 ミラさんと至近距離で見つめ合う形になり、彼女の体温や匂いが一気に近くに感じられた。


「ご、ごめんなさいレメさんっ」


 彼女が急いで飛び退く。


「いや、怪我がないならいいんだ」


「私は問題ありません! れ、レメさんの方は?」


「僕も大丈夫だよ」


 彼女が心底安堵するように息をつく。


「うぅ、私としたことが……。あ、記憶板メモリを拾いませんと!」


 彼女が慌てて床に散らばった金属板を拾い集める。


「……おや、これはなんでしょう」


 彼女が拾い上げたのは、小さな長方形の貼り箱だった。色は赤で、ラッピングもされている。

 よくある、プレゼントの入っている箱だ。


 そして、先程まで僕の上着のポケットに入っていた筈のものだった。


「あ、それは……!」


「レメさんのものなのですね。その、どなたかへのプレゼントとお見受けしますが?」


 ここまでのタイミングで自分に渡していないのだから、別の誰かへの贈り物と判断したようだ。

 ミラさんの瞳から光が消えていく。


「そう、だね」


「誰への、何の、プレゼントなのでしょう」


 僕は顔を覆いたくなる感情を堪え、ミラさんの方を見る。


「ミラさんに、だよ」


 ミラさんは、驚いたように目を丸くした。


「わ、私に? 既に、ここまでのことをして頂いたのに?」


「いや、その、どれも気に入ってもらえなかった時の為の、最後の手段というか……」


 僕がしどろもどろになって言うと、彼女の方もなんだかそわそわしだす。


「えぇと、なるほど。では、その、お返しした方が? そ、それとも、これを開けても?」


「よければ、貰ってくれると嬉しいな」


「は、はい」


 ミラさんは床で姿勢を正し、そっと包みを開く。


「これは……」


 中に入っているのは、登録証カバーだ。


 登録証は、基本的に二枚組。

 一枚に個人情報、もう一枚に魔力体アバター情報が保存されている。


 普通はチェーンを通して首から下げたりして携帯するものだが、金属同士なので擦れ合って音が鳴ることもある。


 それを防ぐためのものが、登録証カバーだ。ゴム製のそれで、外周を覆うわけである。


 魔力体アバター情報の一枚は『繭』への挿入に使われるので、カバーを使用する際は個人情報が刻まれた方に装着する。


 フェニクスパーティーはやっていなかったが、冒険者の中にはパーティー共通の登録証カバーを身に着け、それをグッズとして販売しているところもある。

 記憶板メモリにも装着できるので、一般人でも使いみちはあるわけだ。


 僕が今回購入したのは、赤色のカバー。

 少々派手にも思えるが、吸血鬼のミラさんのイメージには合うと判断した。


「前に見た時はつけてなかったし、これなら普段使いも出来るかなって……」


「…………」


「もちろん気に入らなかったら、全然……」


「ありがとうございます、レメさん」


 ミラさんは、箱を胸に抱いて、目の端に涙を浮かべながら、微笑んだ。


「今日のデートの全部、レメさんが一生懸命、私のことを考えてくれたのだと分かるものばかりで。とても、とても嬉しいです。中でも、これは特別嬉しいですよ」


 ミラさんは早速、自分の登録証に、僕の贈ったカバーを装着。


「登録証を使用する度に、レメさんのことを思い出せますね」


 彼女の笑顔に、自分の顔が熱を持つのが分かった。

 心臓が高く跳ね、全身に甘い痺れのようなものが走る。


 この感覚に、名前はあるのだろうか。

 あるとしたら、それは――。


「ふふふ、レメさんがお店でこれを選んでくれたのだと思うと、頬が緩んでしまいますね」


 彼女の笑みが、和やかなものへ変わる。


「うっ……」


 確かに、店員さんに不審者と疑われるレベルで、右往左往したのは事実だけれど。


「そういったことまで含めて、嬉しいのです。大切にしますね?」


「う、うん」


 僕らはどちらともなく立ち上がり、貸倉庫の扉へ向かう。


「それにしても、喜んでもらえてよかったよ。もし贈り物が全てだめだったら、最悪、僕の血を飲んでもらおうかなって――」


 最後まで口にすることは出来なかった。

 ミラさんに、壁に追いやられたからだ。


「レメさん、今なんと?」


 至近距離で彼女と目が合う。


 ミラさんの頬が、興奮からか赤く染まっている。

 その瞳は妖しい光に満ち、その口は獰猛に開かれ、その牙は今にも獲物に突き立てられそうだった。


「こんな素晴らしいご褒美のあとで、血まで頂けるなんて、まるで夢のようです」


「え、いや、あくまで全部だめだったら、という時のあれだったんだけど……」


「全部嬉しかったですが、血も頂きたいです。実のところ、吸血欲が、とんでもないことになっているので。その上、レメさんの方からお誘い頂いたとあってはもう、もう……っ!」


 誘ったわけではないが、可能性を示したことでミラさんの吸血欲なるものを刺激してしまったようだ。

 ここまで来て、最後に我慢させるというのも申し訳ない。


「だめ……でしょうか?」


「だめじゃないよ」


 僕は首を傾け、彼女に首筋を差し出す。


「……では、レメさんの体内なかに、今日も失礼しますね。大丈夫ですよ、ゆっくりと挿入れますからね」


 美しき吸血鬼の牙が突き立てられる。


 後日、ミラさんはご褒美が最高だったと喧伝。


 レイドで活躍した他の仲間達もご褒美を求めて僕のところへやってくるという事態になったが、それはまた別の話。



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