第306話◇難攻不落の魔王城へようこそ




「はぁ……」


 会議を終えた私は、足早に建物を後にし、外へ出る。


 以前、オリジナルダンジョン攻略の報告をおこなった時と、概ね同じメンバーに呼び出されたのだ。


「おつかれさまです、旦那様」


 秘書のイルーネが労ってくれる。

 空は青いが、心は晴れやかとは言い難い。


「ありがとう。それにしても大変だったよ」


 迎えの馬車がやってくるまでの間、彼女に愚痴を溢そう。


「レメ様の件、ですか?」


「まぁね。ほら、彼がもし悪に堕ちたら~って仮定があっただろう」


「オリジナルダンジョン攻略時点で、お歴々は戦々恐々としておられたとか。今回の祭典競技を思えば、彼らの言う脅威度は更に跳ね上がったと考えるべきでしょうね」


「そうなんだよね」


 確か以前言われたのは――、


 ――『第四位【炎の勇者】フェニクスにとって最も親しい友であり、第一位【嵐の勇者】エアリアルから高い評価を受け、第九十九位【銀嶺の勇者】ニコラなど魔物に扮して協力するほど親しく、第九十五位【絶世の勇者】エリーなどはパーティーごと防衛に手を貸す始末! 【湖の勇者】レイスは彼をパーティーメンバーに欲しいと公言し、今度は第二位【漆黒の勇者】エクスの恩人となった……! これがどういうことか分からぬとは言わせないぞ!』


 という感じだった。


 これに、今回は更に要素が付け足されてしまったわけだ。


 直属の上司である【魔王】ルシファーとの契約は言わずもがな、『南の魔王城』君主【万天眼の魔王】パイモン及び『北の魔王城』君主【六本角の魔王】アスモデウスが盟友と呼び、『難攻不落の魔王城』以外の五大魔王城配下とまで契約を結ぶ始末。


 【絶世の勇者】エリー、【不死の悪魔】ベヌウ、【深き森の射手】ストラス、【銀砂の豪腕】ベリトなどを含めると、冒険者業界からの契約者も豊富だ。


 このような人脈を有する彼は、今後も人間亜人問わず有望な人材と契約を結ぶことだろう。


 加えて言うならば、世界に三人しかいない『誰のものでもない魔力を角に吸収する技術』を修めており。


 継いでいるのが世界最強の魔王の角故に、保有魔力量に限界はほぼなく。


 世界で四人しか至っていない『完全鎧角』の展開が可能で。


 魔力体アバターの崩壊と引き換えとはいえ身体の一時魔王化を実現し。


 それによって非勇者でありながら精霊の加護――しかも四大精霊外の本霊と思われる――を瞬間的に宿すことが出来るばかりか。


 どういうわけか独力での黒魔術使用、及び深奥到達を果たした。


 しかしその正体は、平凡な【黒魔導士】の青年。


 列挙していて思うのだが、なんだか冗談のようだ。


 五才くらいの子供が考える『さいきょうのおれ』だろうか。

 いや、どちらかというと十四才くらいの男児が考える『最強の俺』かもしれない。


 それくらい、能力を盛りすぎだ。

 そんな冗談みたいなことを、真正面から現実としてしまったのが、彼の凄まじいところなのだが……。


「確か、以前は旦那様のお父上が説得なされたと記憶していますが」


「そうだね。それでレメ殿の件は一旦静観の方向で纏まったんだけど……」


 父は負けてしまった。


 もちろん、まともな人間が見れば、あの奇跡のような戦いは再現性のあるようなものではないと分かる筈だ。


 スポーツにおけるミラクルプレイのようなもので、地力あってこそではあるが、極限の状況が生み出す一点物の芸術のようなもの。

 量産品ではないし、量産などできない代物。


 だが世の中には、『細かいことより結果のみ』を見て語る者がとても多い。


 大雑把に言えば『弟子が悪に堕ちたら止めるとか言ってたのに負けたじゃん。これじゃあもしもの時も止められないじゃん。どうすんのよ?』的な、いちゃもんがつけられたわけだ。


 せめて、そういう文句は父本人に言ってほしいものだが。


「今回はどのようにお収めを?」


 イルーネの疑問に、私は微笑みを返す。


「父一人に対し、世界最高峰の実力者を結集して、相打ちに近い勝利を収めたのが、挑戦者たちだ。だから私はただ、こう言えばよかった――レメ殿が悪の道に堕ちた時は、私が父と共に、、、、、、対処に当たります、、、、、、、、、とね」


 秘書は目を丸くし、それから淡く微笑む。


「確かに、それならば問題ありませんね」


「あぁ」


 私は、心が戦いに向いていない。

 ダンジョン防衛を生業にしたいと、どうしても思えなかった。


 だが、あの父の息子だ。

 そして、その才能を余すことなく受け継いでいる。


 父やその配下にも見せたことはないが、『完全鎧角』も可能である。

 つまりは『完全鎧角』の修得者は世界で五人いることになるが……わざわざ訂正はしまい。


 とにかく、お偉方の視点で『魔人にしては分を弁えた商売人』である私が、もしもの時はレメ殿への対処へあたると確約したのだ。

 そして、この発言には説得力もある。


 レメ殿が悪の道に走ったとして、暴れまわっただけで国中に甚大な被害が及ぶ。

 そうなると当然、国中に商売を広げている私は、大打撃を受けるわけだ。


 私の言葉だけならば信じられなくとも、『レメ殿に対処しなければフェローの商いにも甚大な被害が及ぶ』という事実こそが、彼らを納得させた。


「あとは、誰も彼に余計なちょっかいを掛けないように、根回しすれば解決だ」


 【魔王】の角を誰にでも受け継がせることが出来る、なんてことになれば大問題。

 実際は父以外に不可能でも、そんな術が存在すると考えて実験に乗り出す者がいれば悲劇が生まれかねない。


 だが、それに関してはレメ殿と父の関係を知った時から、手を講じていた。

 レメ殿のご両親に挨拶に伺い、彼らと私達を書類上の遠縁――ということにしたのだ。


 ものすごく遠いが血縁者なので、レメ殿は父の角を引き継げた、という形に仕立て上げた。


 これにより、やや変則的ではあるものの、『子孫に角を継がせる』という一般的な魔人のやり方を踏襲したということに出来る。


 人魔大戦など遥か昔。今の時代、人間ノーマルだって、先祖を辿ればどこかしら亜人と交わっているものだ。角の生えていない魔人の血脈がいたって、何ら不思議ではないのである。

 レメ殿の正体を巡る憶測が世に広まる前に、この情報を広く喧伝。


 父も否定しなかったことで、世界では『そういうこと』になった。

 残るは、彼の周辺やご家族を嗅ぎ回るような愚か者が出てこないよう、手を回すだけ。


 まぁ、これはこれで、『じゃあ遠い血縁のレメ殿が悪に堕ちた時、非情な決断を下せるのか~』的な疑問を生んでしまうことになったのだが、そもそもうちの父が『弟子であろうと間違いを犯したら始末をつける』と明言したので、血の繋がりなど問題にはならない。

 父はやると言ったらやるし、私はそれに協力すると言ったらする。


 要らぬ心配をしている人たちを、言葉を尽くして安心させるのは疲れる。

 だが、必要なことだった。


「お優しいのですね」


「あはは、娘の部下だしね……というのもあるけれど、やはり、贖罪と親孝行かな」


「贖罪というのは、レメ様を己の思惑に巻き込んだこと、と理解出来ますが……親孝行、ですか?」


 イルーネが不思議そうに首を傾げる。


 父が戦いの場に帰還することを優先するあまり、レメ殿の事情を考慮できなかった。


 もちろん彼は彼自身の意志で戦いに参加したわけだが、それはそれとして、今まで隠していたものを大舞台で披露させてしまった負い目、のようなものも感じる。


 父の楽しげな顔を見せてくれた礼も兼ねて、出来る限りのことはしたかった。


 そして、親孝行の方だが。


「あぁ、別に遊んでもらったこともないけどね。それでもほら、子供の頃に散々『僕の父さんは世界最強』って自慢していい気分に浸っていたから、その分の恩があるんだ。それを返そうとしただけさ」


「では……これからは何を?」


「そうだね。やるべきことを果たして、そのあとは……娘でも抱きしめようかな」


「きっと嫌がりますよ」


 そう返すイルーネは、なんだか楽しげだ。


「いや、私は父さんを反面教師にして、我が子を溺愛すると決めているんだ」


 私も微笑んでそう返す。


「――そうか」


 と、そこで父の声がした。


「えっ」


 声のした方向を見ると、間違いなく我が父、世界最強の男、【赤角の魔王】ルキフェルその人である。


「……父さん。どうしたのかな、今日も弟子を心配して来たのかい?」


「貴様ならば、滞りなく処理したことだろう」


 そんな一言で嬉しくなってしまうのだから、我ながら容易い。


「では、どのような用向きで?」


「……」


 父は元々寡黙だが、この沈黙は何かを言い淀んでいるように見えた。


「父さん?」


「今回の、貴様の企みだが」


「あ、あぁ」


「悪くなかった」


 そう言った父の顔は、僅かではあるが確かに、笑みの形になっていて。

 初めて自分に笑顔が向けられたことに、フリーズしてしまう。


「……何を珍妙な顔をしている」


「い、いや、別に……。た、楽しめたのなら、何より」


 ――楽しめたことを伝えに、わざわざここまで?


 ――あの父が?


「そうか」


 そう言って父は私達に背中を向ける。

 本当に用件はそれだけだったようだ。


「あー、待って待って、父さん」

 

 私は咄嗟に声を掛けてしまった。


「なんだ」


 立ち止まらず振り返りもしない父の背中に、とにかく何か声を掛けねばと急ぐ。

 

「食事にでも行かないかい? たまには、普通の親子みたいに」


 そこで振り返った父は、ものすごく嫌そうな顔をしていた。

 そして、聞こえよがしに溜め息を吐く。


「……儂のようなものに、貴様は何を期待しているのだ」


「何も。ただ、私の父が世界最強なのは変わらないからね。子供の頃のようにひけらかしたりはしないけれど、一生自慢なのは変わらない」


 人の親としては、問題があるどころか失格もいいところの人だが。

 それでも嫌いになれないのは、父が強いことを自分が誇りに思っているからだろう。


「……勝手にしろ」


「よし! じゃあ行こう!」


 父の背中を押し、到着した馬車に無理やり乗せる。

 イルーネは緊張からガチガチになっていたが、慣れてもらうしかない。


「そうだ、父さんには訊きたいことが山程あるんだった。最終戦だけどさ、うちの娘はどうだった? 父さんの孫ね。そうそうルーだよ。いや世界一可愛いのは知ってるよ? けど【魔王】としてどうだったか意見を聞きたくてさ。というのも私はほら、戦いに心が向いていないわけだし? その道のプロに話を聞きたいと思っていたんだよね」


「降ろせ」


「御者さーん、いつものレストランまでお願いしまーす」


 馬車が動き出す。


「……」


「いいだろう? 弟子ばかりじゃなく、たまに孫にも興味を向けてくれたって」


 父はもう一度、ものすごく大きな溜め息を漏らすのだった。


 ◇


「~~だぁッ! 鬱陶しいったらねぇな!」


 厄介な記者をなんとか突破し、ホテルの一室に集まった我々。

 アルバは忌々しげに頭を掻きながら、ソファーにドカッと腰を下ろす。


「行儀が悪いですよ」


 エルフのリリーも態度こそいつも通りだが、その目許には疲労が滲んでいた。


「今回ばかりはアルバの気持ちも分かるよ。祭典競技の取材って言っても、記者たちが今知りたがってるのってレメのことだし」


 ラークは部屋に用意された水差しからコップに水を注ぎ、ゆっくりと口に含んでから言う。


 レメの正体に関しては、フェロー殿が手を回したらしくルキフェル殿の遠縁ということで片がついたが、我々に殺到している記者の目的はそれではない。


「趣味が悪いですよね。つまり『貴方達が追い出した【黒魔導士】が世界最強の【魔王】を倒したけれど、今どんな気持ち?』って訊きたいだけなんですから」


 ベーラの説明が全てだった。


 あの戦いは多くの者に感動と衝撃を与えたが、人の在り方はそう簡単に変わらない。


 レメがあれほどの強者であったならば、それを追放したフェニクスパーティーは無能だったのではないかと騒ぎ立て、注目を集めようと考える者たちがいた。


 特に酷いのがアルバの扱いで、当時の彼がレメに脱退を促したのは自分だと発言している映像を元に、彼への中傷が電脳ネット上に吹き荒れているのだ。


 あの時のアルバを擁護するつもりは毛頭ないが、当時は彼の判断を支持する視聴者や記者が大多数だった。


 だが今回の戦いを経て手のひらを返し、今度はアルバを標的にしている。

 かつて彼の判断を英断と讃えた、自分達の声はなかったことにして。


 それは、あまりに勝手ではないか。


「あーあー怒んなよフェニクス、世間ってのはそんなもんなんだっつの」


 私の表情を見て何を考えているのか察したのか、アルバが笑う。


「まぁ、アルバが嫌われやすい性格してるってのを差し引いても、ちょっと酷いけどね」


「そうかぁ? 取材はうぜぇが、世間に叩かれる分には、オレは不満はねぇよ」


 ラークの言葉に対するアルバの返しに、我々は目を丸くする。


「んだよ。当然だろうが。オレはあいつを無能と罵った。で、実際のところは違ったわけだ。間違ったこと言ったんなら、そこを責められんのは仕方ねぇ。自分だけ好き放題喚いていい世界なんて、そんな都合のいい場所はねぇんだからな。ま、攻撃が俺に集中してんのはラッキーくらいに思っとこうぜ」


 アルバは口こそ悪いが、決して悪人ではない。

 育成機関スクールに馴染めずにいた私に最初に声を掛けてくれたのも、彼だ。

 レメの次に、私が友と呼べるようになった存在。


 レメとの関係がこじれていく中で彼への態度が過激化していたのは問題だが、そこを除けば、パーティーのことを第一に考える男だ。


「確かにアルバ先輩へ批判が集中してるおかげで、私たちはそうでもありませんよね」


 ベーラはいつの間にか、部屋に備え付けられた端末を起動し、電脳ネットに接続している。


 実際のところ、アルバが特に目立った発言をせず、その上でレメを脱退させていた場合、叩かれることになったのはパーティー全体であっただろう。


 結果的に、アルバ一人が悪者になることで、他のメンバーへの中傷はほとんど行われずに済んでいる、とも言える。


「ま、オレはあんときの判断が間違ってたとは思わねぇけどな。レメがうちのパーティーで本気出せなかったのは事実だろ? 結果で語るんなら、うちを抜けたからこそ躍進したわけだしよ」


「パーティーを抜けたからこそ、祭典競技で二度も共闘したりね?」


 ラークのからかうような言葉に、アルバが舌打ちする。


「うっせ。テメェもあいつ庇って退場してただろうが」


「……まぁ、ね。優秀だって分かったあとで、頑なに認めないとか馬鹿みたいだしね」


「それよりよ――おいベーラ、俺らのチャンネル開いてみろ」


「はぁ、それは構いませんが」


 アルバが立ち上がって端末に近づくので、みなの視線も自然とそこへ向く。


「ほら見ろ。オレらの動画、全体的に再生数増えてんだろ? 特にレメがいる時のやつ」


 確かにアルバの言う通りだ。

 我々は世界四位なので再生数は元より多いが、その上で驚くほどに増えている。


「そういえば、『難攻不落の魔王城』攻略の再放送をするって話も来てたね」


 ラークの言う通り、あれも今となっては第十層戦がレメ率いる魔物との戦いだと判明したので、再度注目が集まっていた。


「叩きたいやつには叩かせとけよ。別に犯罪やって開き直ってるわけじゃねぇんだ、いつかは収まんだろ。それよか良い面を見ようぜ」


「そうですね、アルバ先輩が嫌われるだけで再生数が回るなら、誰も困りませんものね」


「おいおい新人。お前、日に日に生意気さに磨きがかかってんな?」


 アルバが眉をぴくぴくさせるも、ベーラは涼しい顔だ。


「貴方の扱い方を覚えただけでしょう」


 リリーがぼそりと言う。


「とにかく、君の言いたいことは分かった。ある意味で、我々は注目を得ている。ならばそれを好機ととり、今後に役立てようというのだね」


「そういうこった。つーわけで、ダンジョン行こうぜ」


 今ダンジョン攻略をすれば、これまでよりも注目されることだろう。

 もちろん、批判目的で視聴する者もいるだろうが、我々のやることは変わらない。


「それはいいけど、どこにする?」


 ラークの言葉に、一同が顔を見合わせた。

 そして全員の視線が私に向く。パーティーリーダーである【炎の勇者】に。


「元々、我々は『難攻不落の魔王城』への再戦が為、鍛錬を積んでいるところだった。その続きをしよう。そして折角多くの者に観てもらえるのなら、難度の高いダンジョンに赴くべきだろう。つまり――東西南北の魔王城だ」


「はっ、いいね! 全部攻略した上で、レメんところにリベンジってわけだな」


 アルバは己の手に、拳を叩きつけるようにして音を鳴らす。


「あぁ。どんな視線であろうと、向けられているのならそれは好機。これからの我々の攻略で、批判する者達をも魅了しよう。そして――」


 私は仲間を見回す。

 【戦士】アルバ、【聖騎士】ラーク、【狩人】リリー、【氷の勇者】ベーラ。

 この仲間たちと共に――。


「我々が一位を獲る」


 レメと道が分かれたとしても、我々の夢が消えてしまうわけではない。

 この先もずっと、続くのだ。


 ◇


「えぇと……例の件はあれで、予約は数ヶ月待ちだから受け入れは早くても……あぁそれとは別に取材依頼があったんだっけ、でもこの忙しさだと」


「ダンジョンボスが、その程度でうろたえないでくれるかしら?」


 僕が『初級・始まりのダンジョン』執務室で頭を抱えていると、メイドのケンタウロスで幼馴染のケイが、呆れた様子でこちらを見下ろしていた。


「ケイ! よかった、手伝ってほしいんだけど……」


「えぇ、もちろん。ブタあるじがまた騙されてはたまらないもの。契約書や依頼書の類は全てわたくしに渡しなさい」


 僕はかつて、フェローさんに乗せられるまま契約書にサインし、経営難からダンジョンを救う為にお金を借りるつもりが、危うくダンジョンをフェローさんに持っていかれるところだった。


 以来、ケイは隙あらばその件で僕をいじってくるのである。

 その時のケイは、なんだかとても楽しそうだ。


「うっ……ぶ、ブタあるじはやめてもらえると嬉しいな、って」


「『そう言いつつ、幼馴染の罵倒に僕は興奮しているのだった』」


「勝手に僕の心の声を捏造しないでおくれ」


「ところでブタあるじ


 定着しつつあるよ、ブタあるじが……。


「な、なんだい?」


「今の忙しさは一時いっときのもの。間違ってもわたくし達の力だなんて、勘違いしないようにね」


 その時ばかりは、ケイの視線がいつも以上に鋭く、真剣なものになる。


「あぁ、それは大丈夫だよ」


 今、僕の経営する『初級・始まりのダンジョン』は、とても忙しくさせてもらっている。


 連日冒険者たちが攻略予約を入れていくし、映像板テレビの取材依頼も殺到。


 だが、それを実力と勘違いしてはいけないのだ。


 あくまで、レメさんの影響。

 彼が全天祭典競技の最終戦で、僕とケイを召喚してくれたおかげ。


「そうよね、貴方、星をほとんど壊せていなかったものね」


「うぐっ。いや、そりゃああのメンバーで突出するほどの実力は、確かになかったけども!」


 レメさんの黒魔術支援があったからこそとはいえ、僕だって星を砕くことは出来た。

 それでも他の人達や、ケイ――オロバスの方が壊した数は多い。


「冗談よ。とにかく、今のせわしなさは一過性のもの、と正しく認識できてるのならいいわ」


 有名人が紹介してくれたおかげで、一時的に知名度が上がることはある。


 だが、それで得た評判は、真の実力ではない。

 幸運を喜ぶことはしつつ、実力でお客さんを獲得するチャンスとして努力することが大事。


「ちゃんと分かっているよ。それに、これから先また客足が遠のいても、もう下を向いたりしない。僕らは強い。強くしてもらった。そのことを忘れなければ、どんな苦難も乗り切れるさ」


 堅実に努力を重ね、ダンジョン経営を軌道に乗せる。

 初級向けかつ『全レベル対応』ダンジョンとしての地位を確固たるものにするのだ。


 僕の発言に、ケイは非常に珍しいことに、優しげな笑みを湛える。


「……あら、格好いいことを言うようになったわね――ご主人様?」


「け、ケイ……! 今」


「何も言っていないわよ。無粋なブタね」


「せめてあるじはつけて!」


 ◇


 【白銀の勇者】――つまりボクが、荒野の真ん中でぐるりと悪漢に囲まれている。


 その悪漢たちは、ボクの仲間である【盗賊】レイラを攫った犯人――という設定の勇者ヒーローショーだ。


 この荒野からして、ダンジョン内に形成された空間。

 全天祭典競技の時ほどの規模ではないが、観客席もある。


「ニコラ! 助けて……!」


 レイラはノリノリである。

 彼女はボクとの絡みから『盗賊姫』と呼ばれているのも楽しんでいるようなので、役に入り込んでいるのかもしれない。


「――『積雪の豪腕』」


 ボクは土の精霊術である『白銀操作』によって腕を巨腕とし、一斉に掛かってくる悪漢達を次々に吹き飛ばし、やっつけていく。


 しかし、劣勢に怖気づいた悪漢たちは、レイラにナイフを当て、ボクに抵抗をしないよう命じる。


 仲間を見捨てることが出来ず窮地に陥る【白銀の勇者】――その時!


「ぐあっ……!」


 疾風が吹き荒れ、レイラを捕まえていた男が魔力粒子と散る。


 今しがた出現した助っ人の風刃に、切り裂かれたのだ。


 現れた美女は、レイラをお姫様だっこで救出し、苛烈に微笑む。


「まったく、誇りを持たない輩は美しくないわね!」


 【絶世の勇者】エリーだった。

 そう、今日はボクと彼女のコラボ回なのだ。


「ひゃあ……顔が天才」


 レイラが顔を手で覆いながら、そんな感想を漏らす。


 うん、レイラ、そのセリフは台本にないよね。


「あらありがとう。けれど、天才なのは顔だけではないのよ?」


 レイラを下ろしたエリーさんが指をパチンと鳴らすと、どこからともなく黒スーツ白スーツの美男子が合計四人、現れる。


 【白魔導士】の二人がケントさんとジャンさん。

 【黒魔導士】の二人はライナーさんとライアンさんだ。


「さぁ下僕イヌ共、多勢に無勢でありながら、敵から仲間を取り戻さんと戦う美しき【勇者】がいるわよ? もちろん――手を貸すわよね?」


「ハッ!」


 四人の声が揃う。


「今日も訊いてあげる。最も美しいのは?」「エリー様です!」「最も強いのは?」「エリー様です!」「では、この戦いに勝利するのは?」「エリー様です!」


「馬鹿ね、アタシたち、、よ」


「ハッ!」


 そしてエリーさんの風魔法が牙を剥く。

 ボクの方も戦闘を再開し敵を倒していくが――とにかく数が多い。


 そこでエリーさんがボクの隣へと飛んできて、言うのだ。


「力を貸しなさい」


「あぁ、もちろんだとも」


 極小の『白銀の刃』を周辺に散布。

 きらきらと輝くそれを、エリーさんが風魔法によって、悪漢達に超高速でぶつける。

 白銀の粒子はたちまち敵陣を切り裂き、その輝きに敵の魔力粒子が混ざった。


「美しき風と共に死ねて、よかったわね」


 残った数少ない敵たちは、せめて一矢報いようとレイラたちに襲いかかるが――無駄に終わる。


「我々に疾風の如き速さを! 速度上昇クイック!」

「我々に迅雷の如き速さを! 速度上昇クイック!」 


「我が魔法、泥に足を取られる如きものと知れ! 速度低下クイックダウン!」

「我が魔法、岩を背に負うに等しいものと知れ! 速度低下クイックダウン!」


 レイラを含めた五人の速度が上昇し、残る敵の速度が低下する。


 あっという間に、敵は全滅。


 【勇者】と仲間たちの活躍に、観客が沸いた。


 そして、ショーの終了後。

 ボクらは控室で再び顔を合わせる。


 ちなみにここは男女別なので、四人の男性陣や他の演者はいない。


「よかったわよ、『白銀王子』?」


「あ、ありがとう。そちらも素敵だったよ、エリーさん」


「ねぇねぇニコラ! うちも決め台詞作ろ!」


 レイラがボクにくっつきながら、興奮気味に言う。


「えー……」


「あらいいじゃない。最近聞かないけれど、フェニクスパーティーにだってあったのだし」


「あぁ、『私達の戦いに敗北はない』だね。確かに、パーティーを象徴するフレーズは、いいかも……」


 エリーさんほど、様になるかは別として。


「やろやろ! 取り敢えず『レイラを傷つける者は、誰であっても許さない』とか言ってみよ」


「シチュエーションが限定されるなぁ……」


 それからしばし、あーでもないこーでもないとわちゃわちゃしたりしつつ。


「そういえば、エリーさんのところは全員参加なんだね」


 ふと気になったので尋ねてみる。

 うちはレイラさえ出演しないことが多くて、あくまで『白銀王子』の宣伝の為、という感じ。


 喜んでくれる人がいるのは嬉しいし、知名度の重要性もわかるので、以前よりも気持ちを乗せて演じることが出来ている。


 それもこれも、『白銀王子』を踏まえた上で新しい挑戦をする機会をくれた、レメさんのおかげだ。


「えぇ、このパーティーの場合、そうでなければ参加する意味がないもの」


 四人がエリーさんに尽くしているように見えるが、エリーさん自身も彼らを必要としているのは、彼女たちの活動を見ていれば分かる。


 エリーさんの自由極まりない軌道を活かすには、サポート四人という形が合っているのだ。


 とはいえ、ショー単体であれば、彼女が一人で大活躍しても問題ないとも思うのだけど……。


「四人の為、かい?」


 エリーさんは普段浮かべる勝ち気なそれとは異なる、柔らかな笑みを作る。


「そうね、【白魔導士】【黒魔導士】への注目が集まっている今こそ、下僕イヌたちを色んなところに出すいい機会だわ」


 確かに、ここのところ、【白魔導士】【黒魔導士】が再評価される流れになってきている。

 現代の冒険者業界において不要という考えは、間違っていたのかも知れない、と。


 映像板テレビでは現役冒険者の【白魔導士】【黒魔導士】の他、謎の黒魔法研究家なる人が出演して、解説するなんて番組もあった。


「エリーさまは、仲間思いなんだねぇ」


 レイラがいつの間にか、エリーさんを様付けで呼んでいる。


「当たり前でしょう? 【勇者】には責任があるのよ」


「責任……」


「【勇者】がいなければ、冒険者パーティーは登録できない。つまり【勇者】以外の冒険者志望は、【勇者】に自分の人生を懸けることになる」


 ズキリ、と胸の奥が痛む。

 エリーさんの言う通りであり、僕はかつて、その責任を果たせなかった。


 自分のなりたい勇者像を追及した結果、動画はまったくウケず、最終的に解散となったのだ。

 その時のメンバーでもあるレイラも過去を思い出したのか、複雑そうな顔をしている。


「目立たない【勇者】なんて論外だから、当然よね。【勇者】の色がパーティーの色を大きく左右するのだから、当然よね。ならば当然のように、アタシたちはその価値を示さねばならない。ついてきてよかったと、尽くしてきてよかったと思わせるのは、最低限の務めよ」


 自由人なようでいて、エリーさんは人一倍責任感が強いのだ。

 仲間たちが輝ける場があれば、もちろん仲間ごとその場へ赴く。


 これが今回、ショーに参加した理由だろう。


 一度は捕まった……という設定のレイラも、彼らの支援を受けることで悪漢をバッタバッタと薙ぎ倒していた。脚本とはいえ、意図はバッチリお客さんに伝わった筈だ。


「――そして!」


「……そして?」


「仲間が輝くほど、それを率いるアタシの輝きも増す! つまり、仲間の為に動くということそれ自体が、アタシの為に動くということになるわけ!」


 と、自信満々に言い切るのだった。


 ……すごい。


 この人は、仲間の為という言葉を、献身や苦労として認識していない。

 そこまで込みで、自分のエゴ、自分の為という考えなのだ。


「エリーさんは、格好いいね」


「ふふ、えぇ、そうなの。貴女、見る目があるわね」


 これまでボクは、自分の役目の多くを兄に任せてしまっていたのだ。

 これからは己の在り方だけでなく、パーティーの在り方まで、当たり前のように考えられる勇者になろう。


 そして仲間と一緒に大勢を熱狂させて、誰かに夢を与えられるようになりたい。

 あの人のように。


 ◇


 その日、オレが職場――つまり『西の魔王城』――の廊下を歩いていると、部屋の一つの扉が開いているのを発見した。


「おいおい、だらしねぇなぁ」


 しかもあの部屋は、同じ四天王【竜の王】ヴォラクの部屋ではないか。


「ったく、四天王がこれじゃあ、下に示しがつかんだろうが」


 不満を漏らしつつ、ひとまず扉を閉じてやることに。

 近づいてみると、どうやら中で物音がする。


 開けっ放しで外に出たのではなく、入ったまま扉を閉じ忘れたようだ。

 ならば本人に直接説教してやるとしよう。


「おいヴォラク! お前さんなぁ――っておぉっ!?」


 こっちが扉を大きく開くより先に、隙間からヴォラクが飛び出してきたではないか。

 咄嗟に避けると、ヴォラクもこちらに気づく。


「お、バルじゃねぇか!」


 【獣を統べる義賊】バルバトス。オレのダンジョンネームだ。


 ヴォラクとは、一緒に全天祭典競技に参加した仲ではあるが……。


「友達じゃねぇんだぞ。お前さんのことも『ヴォー』って呼んでやろうか」


 職場の同僚としての距離感、というもんがある筈だ。


「構わねぇけど、言いづらくね?」


「そういう話じゃ――まぁいいわ。んで、何をそんな急いでんだよ。出番か?」


「いや、約束があんだよ。あとダンジョンは何日か休むからよろしくな」


「はぁっ!?」


 ヴォラクは四天王の中でも出現の順番は三番目。

 前の二人が負けないことには出番も来ないが、かといって急に休暇をとるとはどういうことか。


 よく見れば、彼女は荷物を大きな布で一纏めにして背負っていた。

 布からは、彼女の武器である棍が飛び出ている。


「んじゃ、あとは頼むわ!」


 彼女はそう言って走り出す。


「おいおい待て待て! なんだよ格闘家としての仕事でも入ったか? だがこっちだってそれなりに忙しくなってんだぞ」


 ヴォラクは廊下を走りながら、大声で応える。


「うんにゃ、幼馴染に呼ばれた! 修行すんだとよ! やったぜ!」


「幼馴染だぁ……? あぁ、お前さんが一方的に絡んでる『難攻不落の魔王城』の……フルカス殿か。――って待て! 修行で仕事を休むんじゃねぇ! 休みの日に修行をしやがれ!」


「待ってろよ~! オレのふわふわ~!」


「ふわ……なんだって?」


 なんて勝手なやつなのだろう。


 だが、自分に正直なやつだからこそ、『難攻不落の魔王城』から離れてうちの四天王に就職できたのだし、全天祭典競技で別の魔王城の参謀に召喚されるなんてことも出来たのだろう。


 その自由さは、少し羨ましい。


 ◇


 全天祭典競技が終わったあと。


 俺は父さんに捕まって、そのまま実家に連行されることになった。

 もちろん、幼馴染のフランも一緒だ。


 別に逆らってもよかったのだが、「母さんが会いたがってるぞ。連れ帰るのに失敗したら父さんな……とても、とても怒られてしまうんだ」と【不屈の勇者】が遠い目をしたので、仕方なくついていくことに。


 道中、馬車の中。

 ヨスとメラニアは、それぞれ自分の実家に用があるとのことだったので、一旦別れた。


 馬車の中は、三人だけだ。


「あのさぁ……なんで馬車? 元一位だろ、ドラゴンくらい用意してよ」


「何を言うんだレイス。父さんのお小遣いでドラゴンに乗れるわけがないだろう」


「元一位なのに、お小遣い制なんだ……」


「うちの財布は母さんが握っているからな。そういえばお前、家にお金を入れているらしいが……十歳の子供がそういうことを気にしなくてもいいんだ。自分達の為に使いなさい」


「父さんの小遣い、増えるかもよ」


「あのなぁ……。あと、フランちゃんもだぞ。しかし、ご実家はまだ分かるが、何故うちにも?」


「……げっしゃ」


「げっしゃ……あぁ、月謝。もしかして、小さい頃にうちの道場を使っていた礼、ということかい?」


 フランがこくりと頷く。

 うちには道場があって、故郷を出るまでは俺たちも使っていた。


「君はいい子だなぁ……。だが、気にしなくていいからね。可愛い服なり格好いい服なり着るのに使いなさい。あと美味しいもの。楽しいこと。自分の人生を豊かにする為に使うんだ。貯金や親孝行も大事だが、若い内の経験は何物にも代えがたい。二人なら、騙されたり変なことにお金を使ったりもしないだろう」


「結婚したら自由に使えなくなるもんね」


「……はっはっは」


 父さんが目を逸らした。

 世界で一番の勇者も、妻には勝てない。


 それからしばらく、穏やかに馬車は進んでいたが。


「ねぇ、父さんさ」


「ん?」


「……また、なんか出なよ。今回のことで、あんたが強いって、みんな……わかっただろうし」


 魔王ルキフェルの件が一番大きく騒がれているが、最終戦はその参加者全員が注目されている。


 それに、レメさんがレメゲトンだと分かったことで、三人の【勇者】や他の仲間達を相手に単身レメさんを退場させた【不屈の勇者】アルトリートの評価は、相当上がっていた。


「なんだなんだ? また父さんの格好いいところが見たいのか?」


 父さんがなんだかニヤニヤしながら聞いてくる。うざい。


「ていうか、俺は今回ちゃんとあんたと戦えてないんだよ。ルキフェルとの戦いも、なんやかんやとフェニさんレメさんコンビにいいところ持っていかれるし、消化不良なわけ」


「お前も格好よかったじゃないか。『悲嘆の氷』、あれは父さんも知らない深奥だったぞ」


 四大精霊の深奥は、火精霊の『破壊』、風精霊の『編集』、水精霊の『創造』、土精霊の『不変』の概念に、それぞれの『同化』を加えた合計八種、だと思っていた。


 だが正確には、精霊が教えてくれた深奥を、俺たちが正しく理解できていないだけなのだと、気づいたのだ。


 水精霊が与えてくれる深奥は『創造と静止』だったのに、俺が上手く理解できずに『創造』だけを使っていた。


 俺があの日に『悲嘆の氷』を見せたことで、エアおじとフェニさんも、そのことに気づいただろう。


「それはいいから。とにかく、またどっか出てきてくれないと、俺が倒せないだろ」


「そうだなぁ……まぁ、息子の頼みだ。考えてみるよ」


「絶対だね」


「だが……レイス。お前がどれだけ強くても、負けてやるわけにはいかないよ」


 その瞬間放たれた圧力は、間違いなく【不屈の勇者】としてのもの。


「はっ、上等。めっためたにしてやるから、覚悟しといてよね」


「それは楽しみだ。だがその前に――五人目の仲間をなんとかしないとなぁ」


「うぐっ……」


「彼は更に人気者になってしまったし、大変だろう」


「いやいや、レメさんも選ぶなら俺のパーティーに決まってるから」


「でも、振られたらしいじゃないか」


「……魔王軍参謀と勇者パーティーのメンバー兼任は、さすがにね」


 仮にやったとして、それで『難攻不落の魔王城』に挑む時はどうするんだ、という話になってしまう。


 勇者パーティーにつくなら、第十層のフロアボスはいなくなってしまうし。

 第十層のフロアボスをやるなら、勇者パーティーに欠員が出てしまうし。


「まぁ、仲間探しはもう少し悩んでみるといいさ」


 穏やかな顔でそう言った父だが、ふと、何かに気づいたような表情になり、顔を青くする。


「あー……レイスとフランちゃん。あのな、途中で寄り道をしてもいいかい? ほら、やるべきことがあったのを忘れていてね」


 俺とフランは顔を見合わせ、頷き合う。

 それから父を見て、言った。


「母さんへの土産を買い忘れたんだろ」


「っ!?」


 どうしてわかった、みたいな顔をしないでほしい。


 戦闘中はあれだけ頭が回るのに、何故こんな簡単なことを見落とすのだろうか。

 人間とは不思議だ。


「大丈夫だよ。俺とフランが買っておいたから」


「……い、いい子だなぁ。お前達、人生二周目とかだったりしないか? いい子過ぎて不安になってしまうよ」


「一周目だよ。父さんを見て育っただけ」


「それだと、父さんが反面教師みたいじゃないか……」


 映像板テレビの中で、世界一格好いい姿を見せてくれた父。

 家庭では母に敵わず、なんだか情けない父。

 どちらもアルトリートで、どちらも父親だ。


「そうだ、次の機会は俺と戦うって約束するなら、土産を忘れたことは母さんに黙っててあげるよ」


「な、なんて強かな子なんだ……」


 震える父が面白くて、俺は笑う。


 ◇


 その日、【嵐の勇者】エアリアルに呼び出されたのは、喫茶店だった。

 店内は照明を絞っているらしく、これで変装でもしていれば、パッと見でも有名人と気づかれないかもしれない。


 だから選んだのだろう。

 俺が店内で視線を巡らせると、テーブル席からこちらに向かって手を挙げる男がいた。


 帽子を被りメガネを掛けているが、あれはエアリアルだ。

 彼の許へ近づいていき、対面に座る。


「やぁ、エクス」


「あぁ、エアリアル」


 互いに注文を済ませ、飲み物が届く間、世間話に興じる。


 うちのパーティーで言えば、マーリンが魔法の鍛錬の為にどこかへ消えた話とか。


 エアリアルパーティーの方では、まだ幼い赤ん坊が落ち着いてからにはなるが、マサムネとパナケア夫婦が交代でダンジョンに潜るよう、話し合いが持たれたとか。


「それで?」


 注文した品が届いたので、一口含んでから、俺は本題を尋ねる。


「ん。あぁ、ほら、ここのところ、業界がえらく賑やかになっただろう?」


「そうだな。思えば、フェニクスの出現あたりから、か」


 百三十年ぶりに火精霊本体の契約者が出現した。

 そのまま異例の早さで世界ランク第四位まで昇格。


 そして、かつてそのパーティーに所属していた【黒魔導士】は、魔王軍参謀に転職。


 タッグトーナメントで優勝したり、レイドで冒険者側を撃退したり、オリジナルダンジョンで馬鹿な勇者を救ったり、全天祭典競技で最強の魔王さえ倒してみたりと、大忙し。


 他にも、水精霊本体の契約者まで出現したり、それが【不屈の勇者】の息子であったり。


 世界ランク第五位所属のスーリがエルフであると公表し、世間を驚かせ、第四位所属のリリーと合わせ、亜人の冒険者増加に寄与したり。


 その後、レイスはオーガやサイクロプスをパーティーメンバーに選んで世間の注目を集めたりした。


 もう、挙げればキリがないくらい、業界を驚かせるニュースが盛り沢山だ。


「あぁ、きっとランキングも大きく動くだろう」


 エアリアルの言葉に、俺は小さく頷く。


 冒険者ランキングの更新は、一年に一度。


 来年初めに、全パーティーにランキングが振り直される。

 上がるパーティー、下がるパーティー、変わらないパーティーそれぞれだが、冒険者にとっては重大イベントだ。


「確かに、上ばかり見てられないかもしれないな」


 一位になると、改めて誓った。


 だからといって、三位以下の者達を無視していいわけではない。

 彼らもまた、同じランキングを競うライバルなのだから。


「まぁ、私は、これっぽっちも負ける気がないわけだが」


「いい加減、一位から退いてほしいものだね。いや、退かせてやるから、待っていてくれ」


「はっはっは」


「はっはっは」


 お互いに、視線だけで戦意を交わしつつ、笑顔を作る。


「まぁ、とにかくだ。中年が若者たちよりも上に立ち続ける為には、それを納得させるような力が必要だろう? しかし人間、強くなればなるほど、高め合う好敵手を探すのが難しくなってくる。しかも、一緒に修行できる者となればなおさら、ね」


「……待て、まさかお前」


「あぁ、エクス。一緒に鍛錬をしよう」


 前例が、ないではない。


 レイドの時だって、世界ランク第一位、第三位、第五位のパーティーが共に戦っただけでなく、そこに第四位も加わって鍛錬を一緒にしたと聞く。


 ライバルに手の内を晒すリスクよりも、実力の近い者同士で互いの実力を高め合うリターンの方が大きければいいのだ。


「そうだな、やろう」


「即答か。素晴らしい」


 少し前までなら、断っていただろう。


 エアリアルと比べられることが怖かったから。今だって、臆病な俺は恐怖を捨てられない。

 だが、恐怖を抱えたまま走るしかないことを、もう覚悟したから、大丈夫。


「人生はおじさんになってからの方が長いんだ。まだまだ、楽しみは終わらない。そうだろう、エクス」


 楽しみ、か。

 実に、エアリアルらしい発言だ。


「エクス?」


「あぁ、そうだなエアリアル」


 一位になって、てっぺんの景色を楽しまないことには、終われない。


 地獄の果てには、まだ遠い。


 ◇


「いやぁ、それにしても残念でしたねぇ、ご主人」


 火が人の形を得たような異形が言う。


「なんで火が喋っているのかしら、気味が悪いわ」


「あはは、なんで急にそんな冷たいこと言うんすか、傷つくなぁ」


 あぁ、そういえばわたくしの配下なのだった。

 【炎の槍術士】アミーだ。


「あぁ、アミー。あまりにも不愉快だから、記憶から貴方のことを削除していたわ」


「復元してくれたようで、なによりっすわ」


 今、わたくし達は我らの王に呼び出され、その執務室へ向かう最中だった。


「……それで、何が残念だというの」


「え? だって折角憧れのルキフェル殿に逢えたのに、ロクに戦えず死んじまったじゃないですか」


「あぁ、そのこと……」


 『南の魔王城』四天王として、あの最終戦に参加できたことは良い経験になった。


 悔しくないと言えば嘘になるが……。


「まぁ、憧れの人の深奥で死ねたんだから、ファン的にはアリなんすかね」


「貴方こそどうなのよ」


 【黒魔導士】レメの采配で、この妙な炎も一緒に召喚されたのだ。


「いや、オレは後悔残りまくりですよ。やっぱご主人のイヌとしては? あそこでもっとお役に立ちたかったっていうか?」


「貴方の言葉って、空気のように軽いわよね」


「冷たいなぁ」


 そこで、目的地へ到着。

 扉の前で、一度深呼吸する。


「魔王様のご用件はなんすかねぇ。まさかレメ殿と契約したことを怒られるってのも、ないでしょうし」


「そもそも事前に話は通しているから問題にはならないわ」


 わたくしと【黒魔導士】レメの両方から、王への説明は済ませている。


「あ、そうなんすね。ま、そもそも魔王様もレメ殿と契約してますしね」


「それは正直、驚いたけれど……」


 【六本角の魔王】アスモデウスが最終戦で口にしていたように、魔王は通常、誰の下にもつかない。


 盟約、という形であっても、よその魔王を契約者にしたのは、【黒魔導士】レメが史上初だ。


 今世間には、彼の人脈の広さに驚嘆する者で溢れている。


 もう一つ深呼吸してから、扉をノック。


「入れ」


 入室許可を得たので、執務室に入る。

 無駄を排した内装は、我が王の性格を反映しているよう。


「お呼びでしょうか、パイモン様」


 『南の魔王城』君主――【万天眼の魔王】パイモン。


 この御方は、今日もお美しい。

 男だと何千何万回繰り返されても、疑ってしまいそうになるほど、綺麗な顔をしている。


「お前たちは、レメゲトンと契約していたな」


「はい」


「今、『難攻不落の魔王城あそこ』で少し面白い動きがある」


「面白い動き、ですか?」


「各魔王城を強化する名目で、希望者は所属の垣根を越えて共に鍛錬させようというのだ」


「……なるほど」


 たとえばわたくしと、この動く奇妙な炎でいえば、『難攻不落の魔王城』の第一層を守護する【地獄の番犬】ナベリウスと鍛錬することになるだろうか。

 同じ炎使いとして意見を交わし、鍛錬を行うのは有益に思える。


 各ダンジョンは同業他社のような扱いなので、連携をとるにも中々楽にはいかないものだが、全天祭典競技を経験し、それどころではないと感じたのかも知れない。


 『難攻不落の魔王城』を筆頭に、うちと『北の魔王城』は忙しさが増している。

 防衛するごとに冒険者たちに情報が漏れていき、攻略の糧として共有されてしまうので、こちらも戦法の幅を広げたり、実力の向上が必要になってくる。


 そのパートナーとして考えると、同じ五大魔王城の人材というのは、これ以上ない。


「お前達に調整役を任せる」


 確かに、参謀の契約者であるわたくしが間に入った方が、向こうもやりやすかろう。


「承知いたしました」


 私が一礼して命令を受諾すると、後ろでアミーが声を上げた。


「あれ、じゃあ魔王様はどうされるんで?」


 ……本人が言わないことを、わざわざ訊くんじゃない。

 あとでお仕置きしてやらねば。


「あぁ、オレはアスモデウスのババアと先約がある」


 共に最強の魔王と戦った者同士で、鍛錬をするということか。


「そりゃすげぇ……! ん? 『難攻不落の』魔王様は呼んであげないんすか?」


「あっちはあっちで、相手を見つけたようだ」


 五大魔王城の君主との鍛錬を蹴るとなると、向こうの魔王は誰と一緒に鍛えるつもりなのか。


 気にはなるが、まぁ、あとで【黒魔導士】レメにでも尋ねればいいだろう。


 ◇


 朝、目が覚めると、金色の長髪をシーツに垂らした赤き瞳の美女が、こちらを見ている。


 楽しそうに牙を覗かせる彼女は、吸血鬼。


 ミラさんだ。


「おはようございます、レメさん」


「……おはよう」


 僕が応えると、彼女はポッと頬を赤く染めた。

 それだけで美しい人が可愛い人に変わるのだから、彼女はすごい。


「き、昨日は激しかったですね……」


 もじもじとした様子で、彼女はそんなことを言う。


「……そう、だね」


 僕は頷き、昨日の夜のことを思い出す。


「とってもすごかったです」


「うん、すごかったね。ミラさんの――吸血が」


 僕は無意識に自分の首筋をさする。


 牙の跡は不思議と治るのだが、なんとなく刺さっている時の感覚が残っているように思えることがあるのだ。


 それにしても昨日の吸血は凄かった。

 全身の血を抜かれるかと思ったほどだ。しかも吸血は、される側にも快感を与えるので……。


 いや、思い出すのはやめよう。


「だって、久しぶりだったものですから……」


 ミラさんが恍惚とした表情になる。昨日の吸血を反芻しているのかもしれない。

 じゅるり、と彼女が涎をすする音がした。


「し、失礼しました。レメさんの血の味を思い出してしまって、つい」


『……人の相棒の血を、一ヶ月ぶりの食事みたいにガツガツと。卑しい子だな』


 ダークの方は、朝からなんだか不機嫌だ。


「レメさん?」


「ううん、なんでもないよ」


「朝のランニングに行かれるんですよね? 帰ってくる頃に食べられるよう、朝食の準備をしておきますから」


「うん、ありがとう」


『ていうか、いつの間にか半同棲決め込まれてることに、相棒はいつツッコミを入れるの? このままなし崩しで結婚するの? お人好しなの?』


 そう言いながら、小人状態のダークが、僕の頬に噛み付いてくる。

 はむはむという感じで痛くはないのだが、頬が伸びるのでやめてほしい。


 僕の方からも相棒と呼んで以降、なんだか以前に増してスキンシップ過多になったような……。

 普通、精霊は契約者が呼びかけないことには現れない筈なんだけど……。


『あー、冷たいんだー。力が必要な時以外は黙ってろってこと? うぅ……わたしの加護だけが目的だったのね』


 なんかわざとらしい演技も多用するようになってきたし。

 騒がしいダークの相手をほどほどにしながら、準備を済ませて外へ出る。


 全天祭典競技で関わった人たちには、記者の取材が殺到して困っている人もいるようなのだが、僕に限っては問題ない。

 いままでもこれからも、黒魔法で僕と気づかれぬよう対処しているからだ。

 誰かと行動する時は、その人への認識も阻害すればいい。


 【黒き探索者】フォラス、【一角詩人】アムドゥシアス、【魔眼の暗殺者】ボティス、そしてアムドゥシアスのアルラウネたちと合流し、朝の街を走る。

 もちろんみんな、魔物衣装ではなく一般人としての姿だ。


 だからラースさん、メドウさん、シアさんと呼ぶべきなのだろうが、最近はダンジョンネームの方で慣れてしまったので、頭の中ではそちらの方で呼んでいる。


「そういえば、参謀さん~」


 一緒に走る中、人馬形態のアムドゥシアスが尋ねてくる。


「なんだい?」


「第十層ですけれど、わたし達以外の配下はどうされるんでしょうか~」


 フォラスとボティスも気になっていたのか、意識がこちらに向くのが分かった。


「そこだよね……。正直、急いで集めなくちゃいけないんだけど、だからといって適当には決めたくないし……」


 フェニクス戦では僕以外は異なる層からの助っ人だった。


 レイドではそこに加え、この三人とアルラウネたちが配下として参加してくれたし、エリーさんたちが盟友として助力してくれた。


 だがそう。


 僕は今、フロアボスでありながら、配下が三名と複数のアルラウネのみ、という状況に陥っているのだ。


 よくもまぁ、そんな状態で二度も防衛に成功したものである。

 もちろん、みんながいたからこそなのだが。


 しかしさすがに、僕も一人のフロアボスとして、しっかりと配下を集めねばならない。


「ひとまずは、前みたいに募集かけて面接、かな」


「……第十層の、コンセプトはどのように?」


 フォラスの疑問は尤も。


 番犬の領域、死霊術師の領域、吸血鬼の領域、人狼の領域……といったように、各層にはコンセプトがある。


 順当にいけば【黒魔導士】の領域なのだが……それだけ、というのも違う気がする。

 そもそも【黒魔導士】は普通、仲間を勝たせる役割なのだから。


「以前の、渾然魔族領域ってのをそのまま使えればな、と思っているんだけどね」


 レイドの時に名乗ったあれだ。


「ということは、魔物さんの種類は限定せずに、色んな方を集めるんですね~」


「そんな感じにしたいな。ただ、【黒魔導士】は多く雇いたい。僕自身そうだし、そこは活かしたいなと思う。敵を弱くして、仲間に活躍の場を作る【役職ジョブ】の脅威を、冒険者たちに示すんだ」


 そうして、色んな種族の活躍を、世間の人に見せる。


「参謀殿らしくて、よいかと」


 ボティスが賛同してくれる。


「我々も、力を尽くします」


 フォラスもやる気を漲らせていた。


「賑やかになりそうで、楽しみですね~」


 アムドゥシアスは本当に楽しそうだ。


「なんの話?」「第十層、めんばー増える話」「おー」「こうはい? こうはい?」「あたしたちのことは、せんぱいとよべー」「おいしい水、かってこいや」


 アルラウネたちも、アムドゥシアスの背中で喜んでいる。


 ……後輩ができても、あまりこき使わないように言い含めておかねば。


 ◇


 寮に戻って、軽くシャワーを浴びると、ミラさんの朝食が出来上がっていた。


「今日も美味しそうだね」


「ありがとうございます。減ってしまった血が早く戻るように、たっぷり召し上がってくださいね」


『それでまた飲むんだろ。無限ループじゃないか』


 前はこんなにミラさんに対抗心を抱いていなかったように思うのだけど、心境の変化だろうか。


 ミラさんの温かい食事を一緒に頂きながら、点けてあった映像板テレビの画面に目を遣る。


『全天祭典競技の興奮冷めやらぬ中、先日、ルーシー商会を通して衝撃の発表が行われました!』


 ルーシー商会というのは、フェローさんの商会だ。

 僕らの魔王様、ルシファー様の本名を社名にしたようだ。


 祭典競技の映像をいつでも見れる『ルーシーテレビ』の際にも、娘を模したイメージキャラクターを作っていたりしていたが、彼なりの愛情表現なのだろうか。

 魔王様は凄まじく嫌そうな顔をしていたけど……。


『冒険者ギルドが主催する「冒険者ランキング」に対応する形で、なんと――「魔物ランキング」を導入するというのです! 詳細はまだ分かっておりませんが、ダンジョンに所属しダンジョンネームを有している人ならば、概ね対象内とのこと!』


 そうなのである。


 冒険者ランキング同様、年一回の更新を予定しているらしい。


 また、フェローさんは魔物――亜人――への差別意識をなくそうという理念こそ変わっていないが、ダンジョン攻略を廃止するという強硬策は諦めてくれたようなのだ。


 彼を急がせていたのは、父であるルキフェルの帰還を強く望んでのこと。


 一時とはいえそれが叶ったことで、彼を突き動かしていた焦燥感のようなものも消えたのかもしれない。


 それさえなくなれば、彼のやることは革新的かつ業界の活発化に繋がるものばかりなので、個人的には受け入れたいと思う。


 それにどうやら、僕は師匠との件で、彼にとてもお世話になったようだし。


『なるほど、相棒が世界一位だと、有象無象にも分かる形で示されるわけだね』


 ――いや、いきなり僕が一位になれるとは限らないけどね。


 『難攻不落の魔王城』所属でダンジョンネームもあるので、ランキング対象ではあるのだが。


「なるほど、レメさんが世界一位だと、世に知らしめることが出来るわけですね」


「…………」


『…………一緒にしないでくれるかな?』


 僕は何も言っていないが、ダークは不服そうに言う。


「わからないけど、もし、もし僕が一位になったとしても……ミラさんには、その……」


「えぇ、分かっていますよ。負けないように、私も頑張ります。だって私はレメさんの『恩人で、仲間で、友達で……そして、ライバル』なのでしょう?」


 ミラさんが嬉しそうに言う。


「そうだね」


 それは、かつて僕が彼女に言った言葉そのままだった。


『そして、相棒はわたし』


 ダークが張り合う。

 それも分かっているよ。


 僕らが会話している間に、番組は次のコーナーへ映っていた。

 街中の光景が映っている。


 どうやら道行く人……というか子供を対象に、『将来どんな【役職ジョブ】になりたいか』を尋ねているらしい。


『【勇者!】』『絶対【勇者】!』『【勇者】になって魔王倒す!』と、やはり【勇者】は一番人気。


 他にも【戦士】【魔法使い】あたりは挙げる子が多いようだ。


 冒険者業界に関心の薄い子には『ケーキ屋さん! ぱ? 【ぱちしえ】?』と可愛い回答をする子がいたり、【料理人】やプロのスポーツ選手、【アイドル】を目指す子もいる。


 無限の可能性を秘めている子供たちを見ていると、眩しさと同時に、かつて自分を襲った苦しさも思い出す。


 願った通りの【役職ジョブ】が発現しない子の方が多い筈だ。

 そうなった時に、それでも終わりではないよ、と思わせてくれる世界であるといい。


『うーんと――【黒魔導士】!』


「ぶっ……!」


 予想外のコメントに、思わず吹き出してしまう。口の中に食べ物が入っていなくてよかった。


「れ、レメさん、大丈夫ですか?」


「う、うん。ちょっと驚いただけだから」


 画面を見れば、映っているのは、やんちゃそうな男の子だ。

 さっきまでの子のように【勇者】とか【戦士】とか言いそうな雰囲気なのだが。

 彼と手を握る小さな女の子は『えー』と驚いている様子。妹さんだろうか。


『なるほどー、どうして【黒魔導士】になりたいのかな?』


 インタビュアーのお姉さんにマイクを向けられる少年。


『だって、強い【黒魔導士】はゆうしゃもまおうも弱くできるんでしょ? 普通なら勝てないやつにも、【黒魔導士】がいたら勝てるってすごくね?』


『えー……じゃあわたし【白魔導士】にするー。【白魔導士】がいたらねー、どんなお怪我もなおせるのー』


 女の子の方は【白魔導士】になりたいそうだ。


『おー、敵が弱くなって、仲間は死なない。これ、さいきょーじゃん』


「あ、あはは……」


「ふむふむ。あの子は見る目がありますね。将来有望です」


 一年前の自分に伝えることができたとしても、きっと信じてくれないだろう。


 街頭インタビューで、【黒魔導士】になりたいと答える子供がいるだなんて。


 冒険者志望がその【役職ジョブ】になったら終わり、とまで言われた不遇【役職ジョブ】。

 それを、自分から選びたいと、誰かが思えるようになるなんて。


『世界はすぐには変わらない。だけど、永劫不変ではないんだよ。常に誰かの影響で、世界は少しずつ変わっていく。あの男の子にとっては、君だったんだろうね、相棒』


 そう、か……。

 そうなら、嬉しいな。


『……あ、あれ? 今日はハグなし?』


 台無しだよ、ダーク。


 ◇


 一度目の朝食を済ませた僕は、一旦先に寮を出て、カシュを迎えに行く。


 カシュのおうちで、弟のナツくんによじ登られて「どうやったら、つの生える? ごはんたくさん食べたら生えてくるのか?」と聞かれて苦笑したり、妹のミアちゃんに勝利への祝いの言葉をもらったりしつつ、姉のマカさんの手料理を頂いた。


 出発間際、カシュの母であるヘーゼルさんに「今後も娘をよろしくお願いします」と頼まれたので、「僕の方がいつも助けてもらってます」と返した。


 そしてカシュと二人、職場へ向かう。


「あ、そうだ。ブリッツさんのところに顔を出してみようか」


「はいっ! てんちょーさんも、よろこぶと思いますっ」


 カシュの前の雇い主、ということになるブリッツさんは、この街で果物屋をやっている。

 僕にとってはこの街で最初に出来た友人であり、最終戦にも応援に駆けつけてくれた。


 今日は魔王城についたら幹部を集めた会議が行われる。

 そんな予定をカシュと確認したりしながら歩く。


 道中、僕はふと先程みたインタビューが頭をぎった。


「ねぇ、カシュ」


「なんでしょう?」


「カシュはさ、将来……どんな【役職ジョブ】になりたいなとか、あるかい?」


 蛸の人魚でデザイナーをしているスキューさんの企みで、色んな衣装を魔力体アバター候補として着せられているカシュ。


 カシュ自身も将来をイメージできるのか楽しんでいるようだが、実際のところはどうなのだろう。


 何かなりたい【役職ジョブ】はあるのだろうか。


「うーん、わたしも、かんがえてはみたんですが……」


「うん」


 カシュは悩ましげな顔をしてから、にこっと笑う。


「きにしないことにしたんです」


 その笑顔は、とても晴れやかで。


「だって、どんな【役職ジョブ】になっても、レメさんの力になりたいのは、変わらないので!」


 太陽のように、輝いていた。


 ――あぁ、彼女は立派だ。


 僕は【勇者】になりたくて、十歳で【黒魔導士】になってしまって。


 そうなってようやく、自分が他の【役職ジョブ】に対して失礼だったと気づいた。


 【黒魔導士】になってガッカリしたことで、無意識に見下していた自分に気づき、己を恥じた。


 そして、自分が憧れていたのは【役職ジョブ】ではなく生き方だと自覚したのだ。


 だが、カシュは。

 【役職ジョブ】判明前だというのに、既にその境地に至っている。


「……レメさん?」


 いつの間にか、僕は立ち止まっていたらしい。

 心配そうな顔で、カシュが僕を見上げる。


「大丈夫だよ。ただ、カシュは……すごいなと思って」


 【黒魔導士】に憧れてくれる子が現れたのも、とても嬉しいのだ。


 だが同時に、カシュが【役職ジョブ】にこだわらないという決断をしたことも、喜ばしい。


 僕はこの小さな秘書に本当に心を救われた。

 そして今、心から尊敬の念を抱いている。


「すごい、ですか?」


「うん。そうだよね、【役職ジョブ】を気にしても仕方ない。だってカシュが何になろうとも――僕の七十二番目の契約者になってもらうのは、変わらないんだし」


「――――っ」


 魔王城のみんなが、僕とカシュの歓迎会をしてくれた日の帰り道。


 ――『……おねがいが、あるのです』

 ――『聞かせてくれるかな』

 ――『わたしが大人になって……レメさんをたすけられるようになるまで……』

 ――『うん』

 ――『ななじゅういち、で、けーやくをストップしてほしい、です』

 ――『だめ……ですか?』

 ――『あぁ、それはいいね』

 ――『……っ』

 ――『人生の楽しみが一つ増えたよ』

 ――『え、え、レメさん? あの、その、えと』

 ――『最後の契約者はカシュに予約だね』


 このような約束をした。


「君ならきっと、何になっても、僕を助けてくれるだろうから」


「は、はいっ! ぜったいに、おたすけしますっ!」


 カシュは水気を帯びた瞳で、元気よく頷いた。


 ◇


 幹部会議が行われる部屋につくと、僕以外はみな着席していた。


「おぉ、来たかレメゲトンよ」


 その空間には長卓とそれを囲むように椅子が配置されており、辺の長い方にアガレスさんとフルカスさん、対面がミラさんとシトリーさんの席がある。

 辺の短い方に魔王様、そしてその対面が僕だ。


 席につくと、早速会議が始まる。


 ちなみに今日のフルカスさんは、鎧を纏っていない。

 会議は滞りなく進み、魔物ランキングや増加し続ける予約状況などにも触れていた。


 僕の方からも、今朝配下との話題にも出た、第十層再建案を伝える。


「うむ、問題ない。貴様の好きなように進めろ。残す議題は……あぁ、あれがあったな。――アガレスよ」


「ハッ。ご説明致します、参謀殿。全天祭典競技の際、参謀殿のお力で一蹴した元魔王軍の連中を覚えておいでですか?」


 師匠の配下の四人のことだろう。


 【真の吸血鬼】ビフロンス、【無形全貌】ダンタリオン、先代の【刈除騎士】フルカス&【竜の王】ヴォラクの四名。


 アガレスさんによる彼らへの説明にやや棘があるのは、ダンタリオンさんが魔王様の姿を真似した件などを気にしてのことか。


「もちろん覚えているし、あの四人はとても強い人達だよ」


 あの日の僕の魔力量ゆえに、あれだけの速さで無力化できたというだけで。


「その四人ですが、何を思ったか、我々を鍛え上げるなどと抜かしまして」


「なるほど……。確かにそれは、驚きだね」


 師匠にしか興味がないものと思っていたが。


「いや、何を言うかレメゲトンよ。貴様の影響に決まっておろうが」


 魔王様が呆れた様子で僕を見た。


「お祖父様の角を持つ者が、お祖父様以外に負けることを許せんのだ、奴らは。そして、お祖父様の角を持つ人間の所属するダンジョンが、弱いのもまた許せんのだろう。変わっておらんよ奴らは。徹頭徹尾、最強の魔王のしもべだ」


 そういうことならば、理解できる気がする。


「じゃあ、ビフロンスさんがカーミラ、ダンタリオンさんがシトリーさん、先代のフルカスさんとヴォラクさんが当代のフルカスさん……の修行に手を貸してくれるということでしょうか?」


「概ねその通りです。他にも、希望者がいれば受け付けると」


 あぁ、たとえば【人狼】のみなさんであれば、希望者は先代武人コンビに鍛えてもらえる、というわけだ。


「僕はよい話だと思いますけど、みなさんはもう決められたんですか?」


「……次は参謀……レメの助けがなくても倒す」


 フルカスさんは問題ないようだ。

 オリジナルダンジョンのクリア報酬『なんでもドームカバー』から次々に料理を出現させては胃袋に入れている。


「シトリーは最初、断ろうとしたんだけどね。ルーちゃんやみんなのためにもなるなら、頑張ろうかなーって。あと、リオンちゃんと交渉もしたし」


「交渉?」


「うん。シトリーが作った可愛い服、着てもらうの」


 シトリーさんはいい笑顔で言う。


 ……最終戦で確か、ダンタリオンさんは可愛い服など魔王城に不要、などと言っていた気がする。

 その彼女に、可愛い服を着るよう交渉したということか。


 本来、修行というのはつけてもらう側が頼み込むものだが、今回は立場が逆転している。

 向こうの方から、教えにやってきているからだ。


「あはは……」


 僕は苦笑してから、ミラさんへ視線を向ける。

 すると彼女は、瞳を潤ませ、しなを作ってこちらを見ていた。


「どういたしましょう、レメゲトン様。私、修行中にあの男に言い寄られてしまうやも。あぁ、レメゲトン様がお側であのキザ男に睨みを利かせてくだされば安心できるのですが……」


 と言いながらチラッチラッと僕の反応を待っている。


「安心するのだカーミラよ。ビフロンスは以前『レディは三百超えてから』と抜かしていた」


 それならばミラさんは対象外だろう。


「魔王様っ、余計なことを言わないでくださいっ」


「おい吸血鬼! 魔王様になんて口を利いている!」


 あぁ、この騒がしさ、なんだか懐かしい気さえしてくる。


「それにだな、カーミラ。レメゲトンは余と共に来るのだから、貴様のところへは行けぬよ」


 一瞬、まさか師匠が……と思ったが、それはないだろう。

 きっと今頃、誰にも見つからないようなところで修行をしているのではないだろうか。

 せめて住所を教えてくれないと、どこに手紙を送ればいいのか分からなくて困るのだけど……。


「余のことを、自分の会社のマスコットキャラクターに起用した罪、存分に償ってもらおうではないか。なぁレメゲトン」


 魔王様が悪い笑みを浮かべている。


 話からするに……フェローさんのようだ。


「やつは戦いへの関心がゼロのくせに、才能ばかりはお祖父様譲りでな。訓練の相手には丁度いいので呼ぶことにしたのだ。最強の魔王城にする為には、どんなやつでも使うと余は決めた」


 魔王様は、最終戦での退場をそれだけ悔しく思っているのだ。

 仲違いをした父に歩み寄ってでも、更なる強さを手に入れようとしている。


「僕もいいんですか?」


「無論だ。それとな、レメゲトン。――余が貴様を手放すなどとは、思うでないぞ?」


「えぇと……?」


「ふん! 知らぬと思ったか! あのレイスとかいう小僧に始まり、今や貴様は引く手あまた! なにやらどこぞの騎士団長まで貴様を欲しがっておる始末!」


 騎士団長というのは【正義の天秤】アストレアさんのことだろうか。

 確かに祭典競技で対戦して以降、いまだにお仕事の誘いを受ける。


「……魔王様、あとでそのお話、詳しく。……リストを作るので」


 カーミラの目が濁りだした。

 何のリストを作るつもりなのだろう。


『殺しのリストでしょ』


 ダーク、不穏なことを言わないでくれ。そんなわけがないじゃないか。


「僕は、魔王城をやめたりしませんよ。確かにもう師匠との関係を隠す必要はなくなりましたし、冒険者の楽しさだって知っているけれど」


 僕はこの場のみんなを見回し、それから魔王様を見る。


「ここでやっていきたいんです」


「……ならばよい」


 魔王様はぷいっと顔を背けてしまったが、その頬と耳はどこか赤くなっているように見えた。


「ごふっ……魔王様……そのような、ツンデレ的反応……可愛さの……極みにございます……」


 アガレスさんが床に倒れて滝のような鼻血を流した。

 カーミラが虫を見るような眼差しを向け、シトリーさんは楽しげに笑う。

 フルカスさんは食事を続けていた。

 なんだか、安心感さえ覚えるような、いつもの空気。


 ここが好きだ。


 魔物の勇者という、新たな夢を示してくれた場所。


 数々の戦いと成長の機会をくれた場所。


 僕の力になってくれる、多くの仲間と出会えた場所。


 それに、『魔物ランキング』なんて面白そうなものも出来た。


 数日前、フェニクスと逢った時の会話を思い出す。


 ◇


『レメ。君はずっと、夢を追っているようだけれど。私たちはね、もう、夢を見せる側の人間なんだ。君の背を追う者が、これから沢山現れる。いや、もう既にいるだろうね』


『なんだよ急に』


『なに、君が燃え尽きていやしないかと、少し心配になってね』


 世界で一番強い師匠を倒して、満足したのではと危惧したのか。


 いや、違うか。『そんなことないよな?』と煽っているのだ。

 らしくないことをするではないか。


『ばーか、勇者ってのは仕事じゃなくて、生き方なんだよ。たった一回魔王を倒したくらいで、何かが終わったりはしないさ』


『ふふ、それを聞けてよかった』


『それに、まだ夢は叶ってないだろ?』


『夢?』


 不思議そうな顔をするフェニクス。


『お前が言ったんじゃないか』


 ――「レメとなら一番になれる。百三十年ぶりの【炎の勇者】と最強の【黒魔導士】で、一番になろう」


 幼い頃の、フェニクスの言葉だ。


『魔物ランキングが出来たおかげで、実現できるようになったろ?』


 そこまで言って、やつはようやく気づいたようだ。


『あぁ……あぁ! そうか。そうだね。一緒のパーティーではないけれど、確かにそうだ』


 フェニクスは何度も嬉しそうに頷いてから、口を開く。


『私は冒険者の』


『僕は魔物の』


 そして、僕らは顔を見合わせ、同じことを同時に言うのだ。


『――一番になろう』


 ◇


 今日も、『難攻不落の魔王城』は大盛況。


 本日の挑戦者は……僕が正式に参謀に就任する前に第一層でお相手した――【雷轟の勇者】パーティーだった。


 彼らの動画も、事前にチェック済み。

 あの日よりもずっと強くなっている。


 だがそれでも、うちを完全攻略させるわけにはいかない。


 ナベリウスさんやグラさん、【黒妖犬】たちには、対応策を伝えてある。


 僕は第一層の様子を映像室で眺めながら、勇者パーティーがダンジョンに踏み入るのを確認。


 イヤホンとセットになったマイクで、それを魔物たちに伝達。


 参謀になって直接助力できなくなっても、声での参加は可能なのだ。


 冒険者たちを見ながら、僕はいつかも言った言葉を、誰に向けるでもなく呟いた。


「――難攻不落の魔王城へようこそ」



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