第100話◇鬼神と黒魔導士
【清白騎士】マルクさんとの戦いもそうだったが、想定と実戦はやはり違う。
あの時も被害を片手と見積もっていたら、結果は両腕と片足が使えなくなる損傷。
それだけ彼が優秀だったということだが、僕の想定が甘かったとも言えるだろう。
今回そこを微調整したつもりだったが、それでも既に満身創痍だ。
腹部を貫通した刺創、右手の平に丸っと空いた穴、右肩に刺さった矢。
激突の衝撃で、傷口から魔力が漏れる。
オロバスさんの咄嗟の対応は凄かった。
仲間の魔法具が奪われた衝撃の中、あぁも素早く冷静さを取り戻すとは。
仕方がなかったとはいえ、杖も捨ててしまった。
あとはやはり、フルカスさんだろう。
防御特化とはいえランク九十九位【勇者】でさえ容易に破壊出来ない白銀を、蹴りの一発や腕の一振りで破壊してしまうとは。
そんな彼女が、僕に迫っている。
――伸びろ。
石突を地面に向け、僕は念じる。
伸びろ、伸びろ。
槍は持ち主の望みのままに柄を伸ばす。
伸びろ、伸びろ――
「――――……」
ブンッ……! と巨腕が僕を捕まえようと振るわれたが、伸びる槍を圧し折るに留まる。
その頃には僕は空高く舞い上がっており、今度も僕の手から伸びる槍の方が長い。
縮めと念じ、槍を修繕しながら手元へ戻す。
「面白い……だが」
フルカスさんが両手を地面にめり込ませ、そして巨大な土塊として持ち上げてしまった。
目的は考えるまでもない。
――僕を撃ち落とすつもりか。
やることのスケールが一々大きい。
空中で出来ることは限られる。このままだと厳しい。
でも僕は慌てない。
このまま事が運ぶことはないと、信じているから。
落下しながら、それを見る。
「無視すんなって、言っただろ……!」
フルカスさんの掴んだ土塊が粉々に砕ける。
ベリトが真下から殴りつけたのだ。
「……あぁ、忘れていた」
「……それ、挑発だとしたら最高だね」
続くベリトの連撃を、フルカスさんは軽々と受け流す。
「単調」
「そりゃあ、他に頭使ってるからさ」
フィールドの至るところに、白銀の『腕』が出現していた。
それらが白銀の『砲弾』を構えている。
次々と投げつけられる『砲弾』を回避するフルカスさん。いやそれだけではない。
準決勝を見ていたのか、折れた槍や砕けた土の塊などを使って弾いている。
ベリトの右腕へ吸収されないようにだろう。距離が鍵になるとあたりをつけたのか。
けど、砲弾の雨の目的はそれじゃない。それだけじゃない、というべきか。
「行きますよ」
誰に聞かせるわけでもないが、呟く。
僕の右手には、先程捨てた筈の杖が収まっていた。
取り零さないようにと、白銀で固着されるおまけ付き。
そう、『腕』に拾ってもらい、空まで投げてもらったのだ。
魔力を全力で流す。地面に近づく自分の体は無視して、最適のタイミングを計る。
そして、その時は訪れた。
掛けるのはオロバスさんの時と同じく『速度低下』。
彼女の鎧は身に纏うというより、中に入って操作するというもの。
中の彼女を遅くすれば、鎧の操作にも支障が出るのは必然。
そこを、いまだ果敢に攻めているベリトが――突く。
一瞬の揺らぎ。速度低下に対応すべく体の動かし方を変えようとするフルカスさんだったが、切り替えの僅かな隙をベリトが――殴りつけた。
今大会初めて、彼女へ攻撃が決まった瞬間だった。
ベリトはそれから三度鎧の胴を殴りつけ、すぐに飛び退く。
そこを襲うフルカスさんの右腕。
ベリトが回避したことによって地面を抉るかに思えた一撃はなんと――沈んだ。
トプンと、水にものを落としたみたいに。
そしてすぐさま固まる。フルカスさんの右腕が、地面に埋まる形。
すかさず再接近したベリトが、今度は四度胴を突いた。
今、彼女は両腕が白銀に覆われている。
白銀は背中で繋がっており、それによって両腕の大きさが同じになるよう調節しているようだ。
フルカスさんは左腕でベリトを殴りつけているが、姿勢の所為で力が入らないのだろう、ベリトはそれを無視して拳を打ち込み続ける。
「…………」
更には【刈除騎士】の膝裏を『腕』が殴りつけたことで、彼女の巨体が膝をつく形に。
次第に巨大化していくベリトの両腕。
そして、その肘を打撃毎に殴りつける追加の『腕』。
フィリップさんの時の形に持っていけた。
時間にして十秒にも満たない猛攻。僕の魔力も凄まじい勢いで減っていく。
「……いい黒魔法だった」
フルカスさんはそう呟いたかと思うと――白銀から右腕を引き抜き。
両腕でベリトの両腕を掴み、そして――引き千切った。
「……っ!?」
白銀だけではない、ベリトの
「低下の度合いが体に馴染めば、それを前提に動かすことは容易い」
――容易くないですよ……。
優秀な人ほど些細な不調に気づきやすい。再調整も早いのだが、フルカスさんは早過ぎる。
「レメレメってさぁ、目の前にいるのはボクだろ……!」
フルカスさんの視線が僕を探そうとした、その瞬間のことだった。
ベリトの
「――――……」
両腕を失い、大量の魔力が漏れ出しながらも、彼女は肘を殴る用だった『腕』を即座に肩口から纏わせ、両腕の代わりとしたのだ。
それを見た、フルカスさんは。
「……失礼した。ベリト、貴様も面白い」
フルカスさんが左手でベリトの拳を叩き落とし、右手で彼女の体を掴む。
ベリトは両腕が使えなくなった瞬間も諦めず、鎧に頭突きをかます。
ぴしりと、ヒビが入った。
不屈が切り開いた、活路だ。
「見事だった」
「過去形にしないでよ」
そう、まだ終わってない。
僕は落下の衝撃を液状の白銀に落ちることで緩和し、壁際に立って槍を構えていた。
「伸びろ」
ベリトがフルカスさんの意識を自分に向けてくれて助かった。
彼女が作ってくれたヒビに、伸びた槍の穂先が――食い込む。
フルカスさんも黙って見ているわけではない。
左腕で潰そうとするが、白銀の壁がせり上がってその動きを阻害する。
勢いが乗ってない状態故に、近距離から生成された白銀の壁を破壊出来なかったのだ。
ベリトを握る右腕も同じだ。
「貴様を握り潰し――」
「そうすると思って、白銀の鎧を纏ってるよ。キミなら潰せるだろうけど」
ベリトを退場させれば魔法は消える。その認識は正しい。
けどその頃には、槍は突き刺さっている。
グンッと衝撃。
槍が鎧内部にあるフルカスさんの
そこは心臓の位置。
彼女の搭乗位置を、僕は知っている。
ず、ず、ず、と鎧が後退していく。
僕の持つ槍の石づきが壁に食い込み、凹ませる。
僕の力だけでは押し戻されてしまうからこその、この位置取り。
やがて、鎧の動きが止まる。
心臓を穿ったのだ。
いくらフルカスさんとはいえ。
「え」
鎧の前部が、
中から、彼女が――。
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