第103話◇僕らは生きていく、自分の選んだ世界で

 



「確かに、全額返済頂きました」


 初級・始まりのダンジョン。


 トールさんの執務室に集まるのは四人。

 トールさん、ケイさん、僕、そしてフェローさん。

 僕とトールさんがソファーに並んで座り、向かいにフェローさん。

 ケイさんはメイド? だからか、トールさんの後ろに控えている。


 ちなみに僕は名指しで同席するよう頼まれたという。

 フェニクスから聞いていなければ驚いていたと思う。

 けど、彼が半ば僕とレメゲトンを結びつけていることは知っていたし、師匠の息子さん――つまり本来師匠の角を継ぐ筈だった人――を無視するというのもどうだろうと思ったので、レメとして逢うことにした。


 十年来の幼馴染、抜群の嗅覚を持つニコラさん、そして師匠の息子さん。

 どれも例外的な存在とはいえ、仮面を付けた状態でレメゲトンを僕と見抜く人が短期間で三人。

 大丈夫だとは思うが、ちょっと不安になるなぁ。


 ……エアリアルさんなんか、冒険者時代の僕から師匠の気配を感じ取ったというし。


「実に見事な立て直しでした」


 フェロー殿が嬉しそうに微笑んでいる。

 彼としては乗っ取り失敗なわけだけど、それを感じさせない爽やかな笑みだ。


「賞金だけならば誰でも考えつきますが、『全レベル対応』ダンジョンとは。確かに初級勤務の魔物全てが、初級程度の強さとは限らない」


 途中から大会参加を決めて、その勝利に向けても頭を悩ませた僕だが、元々の仕事はこれ。

 トールさんがマスターのこのダンジョンの立て直し。フェローさんへの借金返済。

 それを解決したのが、クリア報酬の用意と、『全レベル対応』ダンジョン化。


 メインターゲットである新人冒険者達には、その後の活動に役立ててもらえるようクリアしてもらい、ちゃんと賞金を出す。

 敢えて設けなかったレベル制限に目をつけた賞金狙いの中級以降は、撃退して魔力体アバター修繕費などをたんまり落としてもらう。


 肝は、『全レベル対応』ダンジョンであるということを隠したこと。

 これにより、『今更初級で全滅なんて言えない』という意識が生まれ、中級以上の冒険者による攻略失敗動画投稿、また噂の流布を抑えた。


 これは短期間に沢山稼ぐ為の策。何も知らないお金目当てを沢山倒す為のもの。

 けれど、いつまでも誰にも知られないというのは無理な話。いずれは浸透する。


 それはそれで、まったく問題ない。

 新人が潤うのは本当。

 それでいて、中級以降が挑むと魔物が強くなるという、非公式だが確定の情報がある。


「正直、このダンジョンは終わりだと思っていました。時代遅れだと」


 フェローさんは笑顔のままだ。


「ですが新人の芽が出にくい現状で、その新人達に光を与え、それでいて玄人好みの仕込みも用意するとは、感服致しました」


 ベタ褒めだ。


「は、はぁ……」


 トールさんは困惑した様子。


「このダンジョンは諦めます」


「あの、そのことなんですけど」


 僕は控えめに手を上げた。


「おやレメ殿。いかがされましたか?」


「その件で、トールさんからフェローさんに相談があるそうです」


 僕が視線を送ると、トールさんが「そうだった」という顔をして、咳払い。


「フェロー殿は、当ダンジョンを新競技の会場として利用するおつもりだったと伺いました」


「えぇ」


貸し出し、、、、、というのはどうでしょう」


「――――」


 フェローさんの笑みが固まる。


「当ダンジョンは全三層ですが、これは新人向けということを考慮してのもの。コアの魔力生成量に関しては、余裕があります。……ここのところのゴタゴタで現在は一時的に魔力不足なのですが、生成量自体は問題がありません」


「つまり、『買わせないが、貸してはやる』ということでしょうか?」


「か、簡単に言うとそういうことになります」


 そう、借金返済後に限るが、これはもう一つの策。

 フェローさんの望む形での、魔力空間の貸与。

 当然契約となれば、そこに使用料などが生じる。


 彼のことだから支払いに不安はないし――なにせ組合を説得してタッグトーナメントを開催してしまうような人だ――そこから新人の賞金を捻出することも可能。


「……なるほど、なるほどなるほど。こう来ましたか。ふっ、はははっ。いや失礼。トール殿はてっきり、二度と私の顔など見たくないものかと」


 しっかりと確認しなかったトールさんにも落ち度はあるとはいえ、ちゃんとお金は貸してくれたとはいえ、ダンジョンを失うような契約を知らずに結ばせた。


 善悪は無視しても、トールさんは心情的にフェローさんを良く思えないだろう。

 そんな相手からの、仕事の話。

 びっくりするのも当然か。


「このダンジョンを残していくことが、第一です」


 トールさんが目を逸らさず、フェローさんを見て言った。


「……そうですか。ではよろしくお願いします」


「へ?」


 ぽかんとするトールさん。

 早すぎる返答に面食らったようだ。


「いやぁ、助かりました。正直今回のタッグトーナメントは地上で行ったものですから費用が馬鹿にならなくてですね。最初は市民の行き慣れた、行きやすい場所がいいだろうと思い、実際効果はあったと思うのですが。ダンジョン内で行えば周囲に魔力が満ちているのにわざわざ魔力を散布し続けたり、土魔法で会場を無限に直したり、組合直下の魔力体アバター生成店の使用を余儀なくされたり色々、本当に大変でして。かといって簡単にばいしゅ……運営権を譲渡してくださるダンジョンは中々なく。困っていたのです」


 まぁ、新しいものをすぐに受け入れるのは、結構難しい。

 それが競合する新業種となれば、歓迎しないダンジョンの方が多いかもしれない。

 そのあたり、うちの魔王様はやり方自体は歓迎していた。柔軟だ。


「契約書はわたくしが確認致します。もし、またこの豚主を騙そうものならば……相応のお覚悟を」


「……ケイ。豚主はやめて」


 フェローさんは無抵抗を表すように諸手を上げた。


「もちろんですとも、お互いが幸せになる仕事をしましょう」


「……どの口が」


「まぁまぁ」


 ゴゴゴ、と怒気を飛ばすケイさんをトールさんが宥めている。

 そうして、新しい仕事の話をざっとして。

 その日の話し合いは終わった。


 あれ……僕なんで呼ばれたんだ、と思ったその時。


「レメ殿」


 この後に始まりのダンジョン最後の仕事があるので、準備しようとしていた僕。

 廊下で僕に声を掛けてきたのは、フェローさんだ。


「今回の件、貴殿の献策では?」


「ご想像にお任せします」


 愛想笑いは得意だ。彼のそれに応じる。

 そういえば最近はしなくなったなぁ。自然と笑えることが多い気がする。


「貴殿は勇者になりたいのだとか」


「はい」


「魔物になって、それは叶いますか」


「人も魔物も関係ないです。人々を元気づけ、希望を見せ、心を震わせるのが勇者なんだから。僕が仲間と勝つことで、亜人の方々が『自分達も勝っていいのだ。魔物はやられ役じゃないんだ』って思えるようになれば、それは紛れもなく勇者だと思うから」


「……素晴らしい。もう一歩踏み込んではみませんか? この現状、魔物を悪だという認識ごと覆してしまいませんか?」


「ダンジョン攻略を消すことで?」


「そうです」


「嫌です」


 ニッコリと、即答。 


「何故?」


「ダンジョン攻略も、防衛も、僕は好きだから。仕事としても、エンターテインメントとしても。だからそうだ、フェローさん。貴方の方も一歩踏み込んではみませんか?」


「……なんです」


「ダンジョン攻略への怒りを捨てて、この娯楽を残したまま新しい価値観を広めればいい」


 彼の眉が、ぴくりと揺れた。


「娘が何か言っていましたか?」


「いいえ。僕の想像です」


 僕が彼なら、きっと怒ると思っただけ。

 複数パーティー、しかも若かりし頃のエアリアルさん込みの攻略を単騎で撃退した最強の魔王。

 そんな自慢の父が、ある日消えた。


 多分、嫌になったからだ。

 その原因は、いまだ残る悪しき設定の所為。

 それを壊したいと思うのは、何もおかしくない。


「そうですか。えぇ、私はダンジョン攻略が大嫌いなんです。力のぶつかり合いは構わない。だが現状の設定は不要だ。しかし設定だけを撤廃しても意識は変わらないでしょう。完全に消すのが早い」


 早い。彼も気づいている。

 ゆっくりであれば、残す道もあると。

 やはり、急ぐのは師匠の為か。


「そうですか」


「そうです。今回貴殿は一つのダンジョンを救い、ダンジョン全体の終焉を一歩進めた」


「終わりませんよ」


「どうでしょうね」


「では、仕事があるので」


 此処でこれ以上話していても、結論は出まい。いや既に出ているから、交わらない。


「……父は、貴殿が勇者になると言った時、なんと?」


 今更とぼける必要もないだろう。


「色々。でも『無理』とだけは言いませんでした。僕は、それが嬉しかったです」


「……そう、ですか」


 僕はぺこりと一礼し、その場を後にした。


 ◇


 その日の仕事は、トールさんに無理を言って入れてもらったもの。

 予約を聞いて、これだけは最後に参加させてくれと頼んだのだ。


 最深層、オークの村。

 破壊し尽くされたフィールドに残るのは、四人。


 僕とトールさん。

 ニコラさんとフィリップさん。


 トールさんとフィリップさんが互いに殴り合っている。

 普段頼りなげなトールさんだが、ダンジョンでは武闘派。雄叫びを上げながらフィリップさんの『金剛』を殴り削っている。凄まじい拳打だ。


 誰が残っていても、フロアボス同様、ダンジョンマスターが負ければ終わり。


 だが助けに行く余裕はない。いや、今の彼にそんなものは不要か。

 僕は僕の戦いに集中するべきだろう。


 ――悪いなフェニクス。


 魔力溜めとけって話だったけど、そんな易しい相手じゃないんだ。

 仲間も退場してしまい、一騎打ち。


 彼女の白銀相手に【黒魔導士】としてだけではキツイ。


「これから何を見ても、驚くな」


 そう言って、僕は――角を解放する。

 溢れ出す凄まじいエネルギーを抑え、限定する。

 変形を制限。右腕のみが黒に染まる。


 さすがに毎回魔力を空にするわけにはいかない。

 必要な量を、適宜引き出すことが重要。


 彼女は僕がレメだと知っている。

 そんな相手が、異形の右腕を出した。

 この姿を見てどう思うだろう。


「……は、はは。なんだいその魔力。ここから更に、まだ強くなるんだね……!」


 ニコラさんは、嬉しそうだった。本当に驚かないとはさすがだ。

 彼女は己の白銀の拳を運用出来る最大サイズにする。


 そして僕らは互いに近づき、お互いの右拳を――激突させた。

 轟音と共に彼女の白銀が粉々に砕け、僕の身体だけが進み続け、そして――彼女の胸部を貫く。


「……悔しいな」

 

 『白銀王子』の新しい姿は、美しく気高く、泥臭く強く、格好良かった。


 そんな彼女と、僕はまた戦いたいと思った。

 だから、言う。


「――魔王城で待つ」


 その言葉に、彼女は目を瞬かせ、それから、満面の笑みで頷いた。


「! ……うん。うん……! 絶対に、キミを倒しに行くよ」


 そして、彼女の身体が掻き消える。


 僕らは、神様に【役職ジョブ】を決められるけど。

 自分で仕事を選んで生きている。

 向き不向きはあるけれど、諦められない、目指すべきところがあるから。


 僕らは生きていく、自分の選んだ世界で。

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