第102話◇揺らぐ世界と、君を見つけた者たち
『……――勝者、レメ・ベリトペア……!!』
「……相変わらず、諦めの悪い弟子だ」
そう呟く赤髪の老人の口許には、薄笑みが浮かんでいるように見えた。
「【黒魔導士】で、勇者か……」
隻角の元魔王は、椅子に腰掛けながら弟子の勝利を眺めている。
「子供時代に父さんの試練を乗り越えたなら、その後の人生にどんな苦難があろうと屈しないだろうね」
客、ではない。
侵入者というべきだろう。
だが老人は――父は、私の登場に驚きもしない。
「何の用だ?」
「十年以上逢ってない息子に向かって、最初に言うのがそれかい?」
「この、なんだ、たっぐとーなめんと、だったか。これはお前が考えたのか?」
父はレメ殿の故郷に居を構えていた。
彼の師と判明した時点で、捜索箇所は限られる。とはいえ、とうに姿を消していると思ったのだが。
机の上に、何枚もの便箋があった。
彼の居場所を知っていて手紙を送る人間となると……まぁレメ殿だろう。他にもいるかもしれないが、届いた手紙を父が開くなんて大事な相手でなければありえない。
姿を消したら、弟子の便りを受け取れなくなるから……なんて、そんなわけないか。
「オリジナルってわけじゃあないけどね。武闘家連中がたまにやるし、ほらスポーツでもダブルスとかあるだろう? あんな感じでさ」
「そうか。お前にしては面白いことを考えたな」
「あはは、父さんに褒められたのって何気にこれが初めてだね」
どうしようもないなと思うのは、十年も姿をくらましていた父に少し褒められたくらいで、嬉しくなってしまう自分の馬鹿さ加減。
でも、仕方がないではないか。彼こそが、最高の魔王なのだ。
「どうして、人間の子供に角を?」
「儂以上の馬鹿だったからだ」
「……まぁ確かに、デビュー当時から勇者になると公言する【黒魔導士】は、賢いとは言えないけど。彼はどちらかというとよく考える人間だと思うけど?」
「だからだ。考えなしの馬鹿は救えない。だがあやつはな、考え抜いた上で、それでも諦められぬと挑戦を続けるのだ。世界や周囲の人間が押し付ける、くだらぬ現実に屈することのない精神。それを十のガキが備えていた」
…………。
「父さんは、逃げたわけじゃないだろう」
父はただ強く、ただ格好いい魔王だったのに。
勇者が強かったら喜び、讃えるくせに。
魔物だからという理由で、黒魔術を行使可能な才能の持ち主というだけで、危険視した。
「どうでもいい。儂は飽きた。あそこは退屈だ……今は誰が魔王をやっている?」
「私の娘で、父さんの孫だよ」
「ルーか」
「おや、孫の愛称は覚えているようで良かった」
「ふん」
「そしてお弟子さんは、今や魔王軍参謀だ」
「あれが決めたことなら、儂が口出しすることではない」
「随分と高く買っているんだね。角を与えるくらいだから、当然か」
「なんだ、欲しかったのか?」
「欲しいと言ったら、くれたかい? 稽古さえ付けてくれなかっただろう」
「お前では耐えられない」
昔は、父の言葉が酷く冷たく聞こえたものだ。
だが今は、その言葉の真意を汲み取ることが出来る、気がする。
才能がないから諦めろということではなく、死んでしまうからやらせなかった、ということなのではないか。
「人間の少年に耐えられたのに?」
「身体ではなく、心の問題だ」
「……あぁ、なるほど」
これ以上なく納得。
自分は争いが好みではない。戦いを見るのは好きだが、自分が戦う側に回りたいとは思わない。【魔王】という【
過酷な訓練なんてものに、心が耐えられない。越えた先に求めるものがないから、頑張れない。
見抜かれていたのか。
「それで、何の用だ」
最初の質問に戻った。
「私は、ダンジョン攻略を終わらせる」
「そうか」
「魔物が悪という認識を、消すつもりだ」
「結構なことだ」
「そうなったら、父さんはただの強い魔王ってことになる。だから――」
「くだらん」
「くだらなくなどない……!」
これは復讐だ。
父を追い出した世界への。業界への。
そして革命だ。
父を含む、全ての差別された魔物達の未来を切り拓く為の。
「そうか」
「……折角再就職を果たした弟子から仕事を奪うことになるけど、安心してほしい。彼ほどの人材なら、新しい世界でも生きていける。私は冒険者が憎いわけではないからね」
むしろ逆。不遇な全ての者の味方だ。
「それがお前の望みならば、叶えればよかろう。儂に伺いを立てる必要などあるまい」
「私は、最強の魔王に戻ってきてほしい」
「それは、儂が決めることだ。そして今、儂にその気はない」
「どうすればその気になるんだい」
「……角を使う価値のある敵が、現れればあるいは」
父はぼそりと言い、すぐに「いや、忘れろ……もう帰れ」と面倒臭そうに手を振った。
その顔は私ではなく、画面の弟子に向いている。
――期待しているのか、そこまで? レメ殿に?
「……手紙を書くよ」
「返事は期待するな」
そうして、私は父の家を後にした。
父が戦うに値する敵の育成という、新たな目標を胸に。
幸い、当ては幾つもある。
◇
「へぇ、この人
「……強い?」
「あぁ、【黒魔導士】なのにこの動きって、相当鍛えてるよ。見てるだけじゃよく分かんねぇけど、黒魔法も多分すげぇんだろうな」
「でも、【黒魔導士】って人気ないって聞いた」
「
「魔物寄りの亜人を冒険者にするのは難しい」
多分、こちらは上手くいかないだろう。
でもレメさんという人は確か前パーティーを追い出されて以来、職探し中の筈。冒険者として表舞台に現れたということは、その筈だ。
「それもまた、どうでもいいことだ。俺が欲しいって言ったんだから、手に入れるだけだろ」
その少年は、十歳になって【
隣で会話に応じるわたしも同じ。
彼は【勇者】。先日、『精霊の祠』から帰ってきた彼のことは、敢えてこう呼ぶべきかもしれない。
この時代における三人目の四大精霊契約者、六十年ぶりに水精霊本体に見出された者――今代の【湖の勇者】と。
精霊の格だけでいえば、【嵐の勇者】エアリアル、【炎の勇者】フェニクスに並ぶ。
「レメさんだよな。この人に逢いに行こう。なんだっけ、あの人」
「
「そうそう、あの人なら色々手配してくれるだろう。常識なんてクソみたいなものは、どうでもいい。俺と、俺の仲間で勝ちまくって、冒険者に必要なのは強さなんだって世界に教えてやるのさ。な?」
「……うん、そうだね」
わたし達がレメさんに逢うのは、ここから少し後のこと。
◇
「ニコ、お前と……レメ殿の言いたいこととはつまり――『ギャップ』という見せ方があるということだろう?」
大会終了後、再び開かれた話し合い。
今度も仲間達全員集合だが、前回とは違いボクの誤りを指摘する為のものではないようだ。
「う、うん」
やっぱり、ちゃんと伝わっていたようだ。
ボクなりの答え。
『白銀王子』として確立された人気は、とても貴重なもの。
そもそも、これを好いてくれているファンが既にいて、そういう人々に支えられている人気なのだ。それくらい、ボクも分かっている。
それらを蔑ろに出来ないという思いも、ちゃんとある。
その上で、ボクの昔からの憧れも捨てられず悩んでいた。
「え、それ超よくない? 王子なニコラも大好きだけど、あたしは最初のニコラに誘われて冒険者になったんだし。そっちも受け入れられるなら、それが一番じゃん」
【盗賊】レイラは乗り気だ。
方向転換ではなく、要素の追加。
例えば、なんでも出来る格好いい人が、実は虫が苦手だと判明する。
もちろん、幻滅したなんて意見も出るだろう。沢山人がいれば、色んな意見が出るのは当然。
でも、『ファン』のほとんどは『可愛い』と素直に思うのではないか。
というか、そういう例を実際に沢山見てきた。
逆に少し抜けたキャラで売っていた人が、料理だけはプロ並ということが判明してから料理番組の仕事が来たり。
人は意外性を好むものだ。
冷静でスマートな『白銀王子』。けれど胸の内には熱く荒々しいものも秘めていて……という見せ方。
この部分が、かつてボクが失敗したスタイルということで、フィルはそもそも取り合ってくれなかったけど。
でも、あの大会で、あの準決勝で、ボクだけじゃない、フィルの戦いにも――観客は沸いていた。
それを、何よりも冒険者稼業を研究しているフィルは無視出来ない。
「正直に言おう、試す価値はある」
びっくりするくらいすんなり、兄は言った。
「う、うん……! あ、ありが――」
「勘違いするな。まだ放送を決めたわけではない。まずは試しにダンジョンに潜る。そしてお前のギャップとやらをカメラ越しに仲間で確認する。それが『受けそう』だとみなが思えば採用だ。不採用の場合、そのダンジョン攻略分の費用はお前が持て」
こちらの目を合わせないように早口で言うフィル。照れている。
けれど現実的な落とし所だと思う。
試してみてダメそうならやめる。ボクの望みでやるんだから、責任はボク持ち。
「へぇ、フィルがいいならいいけど。個人的には『金剛』も見たいなぁ。荒々しいフィルを見てみたいの」
妖精【魔法使い】ルリが兄の肩に腰掛け、足をぷらぷらさせながら言う。
「……考慮する。俺の場合は既に世間に見られたわけだしな。その反響次第だ」
「楽しみ~」
「……ニコラが前に出るならば、戦いの組み立ても変えなければ」
【清白騎士】マルクの冷静な言葉。
「では、それについて話し合うか」
そうして、パーティーの話し合いは続く。
最初に挑むのは、リベンジもかねてあのダンジョンに決まった。
今ならまだ、彼がいるかな。
◇
大会終了後。
表彰式でエアリアルさんが肩を組みながら讃えるものだから余計に目立ってしまった気がするが、なんとか終了。
応援席で声が枯れるほど声援を送ってくれたカシュやミラさんなど同僚たちにも感謝せねば。
控室で生身に戻り、じゃあ帰ろうかとベリト――じゃないなニコラさん――と話していたところで、訪問者。
今度は誰だろうと思えば、フェニクスだった。
「優勝おめでとう」
「あぁ」
「ニコラ嬢も、素晴らしい戦いだった」
「あ、ありがと……ございまひゅ」
「だが【黒魔導士】のレメに負担を掛けすぎではないか? 私が君ならば――ぐむっ」
口を塞ぐ。
「そういうのいいから。僕が組んだ作戦なんだよ」
「ぐも、むぐぐ」
手を離す。
「そういう話ではないよ。君の戦いを見せつつ、もっと上手く立ち回れるという話だ」
「は、はい……それはボクの力不足っていうか、凄く助けられちゃったなって思ってて」
「いやいや、ニコラさんがいたから優勝出来たんだよ」
「いや、そうだね。済まない、親友と君の息の合った連携を見せられて、少し嫉妬してしまったようだ」
「そ、そんな……! う、嬉しいです」
「男の嫉妬とか気持ち悪いぞ」
「酷いことを言うんだね」
「ふふ……そんなこと言って、レメさんだってフェニクス先輩のことを大事に――ぐむっ!?」
「に、ニコラさん、今日はもう疲れているから解散にしようか」
フィリップさんとの賭けのことを言っているのだろうが、あぁいうのは本人に聞かせるようなものではないのだ。
コンコン、とノックされる。
「レメ殿。フィリップです。まだおられるか」
「げっ」
このタイミングで!?
「失礼する。……っ。これは、フェニクス殿、お初にお目に掛かる。フィリップと言います」
「あぁ、良い戦いだったね」
「ありがとうございます。ですがこれは……」
「あーっと。こいつには二人で訓練してる時にバレちゃったんだ」
僕が言うと、フィリップさんは難しそうな顔をしたが、小さく頷いた。
「さすがは【炎の勇者】というべきでしょうか。俺にこんなことを言う資格はないかもしれませんが」
「……?」
フェニクスの不思議そうな顔。
いや待ってくださいフィリップさん。此処ではやめてください。
だが彼は頭を下げた。
「先日は申し訳なかった。己の未熟さを棚に上げ、貴方の親友を、世界ランク四位に位置する大先輩を侮辱してしまった。謝罪と共に、訂正させて頂きます」
……。
…………。
それからフィリップさんは、フェニクスに事情を説明し、フェニクスにも謝った。
「いや、構わないよ。私は確かに、この業界でどう生き残るかを考えて立ち回っているわけではないから。そのあたりの努力不足を指摘されても、言い返す言葉を持たない。だが……なるほど」
フェニクスが、わざとらしく微笑んだ。
「そうか、レメ。私の為に憤ってくれたんだね。ありがとう、昔と変わらず君は優しいんだな」
「うああああ! クソ……! やめろそういうの! 気持ち悪いだろうが!」
羞恥に全身が熱を持つ。顔が熱いったらない。
フィリップさんはしっかり約束を守ったどころか、本人にまで謝罪していてまったく悪くないのだが、僕がとにかく恥ずかしかった。
「私は嬉しいよ」
「黙れ! この……この……アホ!」
「あはは」
「笑うな!」
僕とフェニクスの会話を、兄妹が不思議そうに見ていた。
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