第72話◇現実は厳しく、夢は遠く

 



 レメさんと逢った日の帰り、兄さんはねちねちした小言の後で、話を聞く機会を設けると言った。

 レメさんが言っていた、兄さんがボクを心配しているように見えた、という言葉を思い出す。


 その時、ボクは勘違いしてしまった。

 もしかしたら、兄さんは相談に乗ってくれるのではないか、なんて。

 そんなこと、あるわけなかったのだ。


 翌日の夜。つまりレメさんの許を訪ねる前。

 ボクは、兄さんの部屋にいた。兄さんが泊まっている部屋。

 そこには、ボク以外の皆も揃っていた。


「あれ……みんなもいるんだね」


「全員に関わる話だからな、そうだろう?」


 ボクが何を悩んでいたか、兄さんにはお見通し。まぁ隠していたわけでもない。


 ……ダンジョン攻略とかは事後承諾で予約するくせに、こういう時はみんなを呼ぶ。自分の望む結果を導く知性を賢さというなら、兄さんは確実に賢い。頭にずるを付けてもいいけど、賢いのは確かだ。


 【盗賊】のレイラ、【清白騎士】のマルク、【魔法使い】で妖精のルリ。

 そして兄さんとボク。


「悩みがあるんだろう。聞かせてくれ」


 兄さんにちょっとでも期待をしたボクが馬鹿だったのだ。

 レメさん……確かにこの人は悪人じゃないけど、性格はやっぱり悪いですよ。

 みんなの視線がボクに集中している。言い出しにくいが、ここで沈黙するのも嫌だ。


「レイラと兄さんは知ってると思うけど、ボクは元々……もっと違う戦い方が好きなんだ。それとこれはみんなも知っての通り、素の性格はこんなだし」


 育成機関を出た後、ボクとレイラは違う三人とパーティーを組んでいた。

 だが、最初の一年でまったく人気が出ず、三人は他のパーティーへ移籍してしまった。


 そんな時、同じタイミングでパーティーを解散した兄が、唯一残ったルリと共にボクらの前に現れた。

 ボクも兄さんも分かっていた。強いだけじゃあだめなのだと。


 それでもボクは自分の憧れたやり方にこだわろうとしたが、兄さんに説得されたのだ。

 やりたいことは、人気になってからやればいい。まずは大衆に認知してもらうことが必要なのだ、と。


 結果、『白銀王子』に『盗賊姫』、『王子を守る兄』『王子を守る騎士』『王子の兄を気に入り行動を共にする妖精』という五人組は人気を博す。

 ボクの中身は変わらないのに、見せ方を変えただけで評価が激変したのだ。


「兄さんは言ったよね。やりたいことは、人気になってからやればいいって。ボクらは、百位以内に入ったよ。人気パーティーって言っていいと思う」


「だから? このタイミングでキャラクターを変えると? 賢い選択とは言えんな」


 言うと思った。だから黙っていたのだ。黙って、悩んでいたのだ。


「人間って他人に好かれたいものじゃないの? 折角魅力的な仮面を得たのに、どうしてそれを捨てたがるわけ? 誰にも認識されない、空気みたいな時期と比べればかなり生きやすいでしょうに」


 兄さんの肩に乗ったルリが、不思議そうに言う。


 ――生きやすいかもしれないけど、息苦しいよ。


 認められたい、好かれたい、尊敬されたい。そういう動機が不純とは思わないし、それを目的にしている人がいても良いと思う。

 ただ、望まれる自分ではなく、望む自分を目指す者もいるというだけの話。


「うーん、あたしはニコラの味方だけど……。やっぱり昔を知ってるからなぁ」


 一度売れない悔しさを味わっているレイラは、あの時期に戻りたくないのだろう。その気持ちも分かるのだ。


 今は安定している。いや、良い方向に安定していない。人気がドンドン上がっているのが分かる。動画の再生数も伸びているし、知名度も上がった。やはり上位百位以内というのは大きい。


 たとえば冒険者を特集する雑誌なんかでも、トップ百までは最低限紹介されることが多い。

 人の目に触れる機会に恵まれなければ、実力を知ってもらうことさえ出来ないのだ。


「私は、みなの決定に従う」


 マルクは中立。


 【清白騎士】は白魔法という不人気魔法を持った上に、【聖騎士】に耐久で劣るという【役職ジョブ】な為、どうしても人気がワンランク落ちる。

 素直に【聖騎士】を入れた方がいいではないか、と考える者が多いのだろう。


 なので、自分を拾ってくれたフィリップに感謝しているようだ。それでも明確に兄側につかないのは、何か思う所があるのか、性格か。


「売り出し方を変えることは俺も検討している。だが今ではない。王子キャラで視聴者が付いてきたところなんだぞ」


「……じゃあ、いつなのさ。いや、言わなくていいよ。『王子キャラで売るのが厳しい年齢になったら』だろう? 二十代後半くらい? ボクはあと十何年も、王子の仮面を被らなくちゃいけないんだろう? 兄さんはそうさせるつもりだ」


「違うな。最終的に決めるのはお前だ。だが、パーティーの花は勇者なんだよ。このパーティーでは特に、お前だ。薔薇のような美しさで売っていた勇者が、ある日いきなり野花に変われば客はどう思う。どれだけの者が変わらず愛でてくれると思う? その結果を受け止めるのは、お前だけではなく俺たち全員だ」


 そう、だから内に溜め込んでいたのだ。言えなかったのだ。

 話を聞いてくれるというから、勇気を出して来たのに。

 ボクを諦めさせ、今後も制御する為に呼んだのだ、この男は。


「あ、あたしはっ、ニコラがどうしてもって言うなら……」


 レイラが味方してくれるが、それは友達であるボクの為であって、そう望んでいるわけではない。


「甘やかすな、レイラ。ニコ、お前は子供のような純粋さを捨てきれていないんだな。これは仕事で、商売なんだよ。俺たちは商品なんだ。売り出し方が重要だとお前も分かっているだろう。お前が好きなのは、どんな苦境にも諦めずに泥臭く戦う勇者だったか? そういうのはもう流行らないんだ。時代に合ってないんだよ。今人気なのはスマートでクールな攻略だ。若手人気ナンバーワンのフェニクスパーティもそうだろう?」


 つい最近まで、フロアボスを一撃で倒していたフェニクス。彼のその一貫したスタイルは非常に高い人気を得ていた。


「お前の憧れだとかいうレメは、結局どうなった? 追い出されただろう。黙々と自分の仕事に徹する? どんな時でも熱い目をしている? 馬鹿馬鹿しい。結局は不人気で追放されたじゃないか。どれだけ頑張るかはどうでもいいんだ。どれだけ目を惹くか、どれだけの人間の心を掴めるか。重要なのはそこなんだ」


「……あの人を、馬鹿にしないで」


「あの人? まるで知人みたいに言うんだな。まぁいい。いい加減大人になれ。お前の目指す勇者じゃあ、金にならない」


 その言葉が、なんだかとても悲しくて。

 兄と自分には、どうしようもない隔たりが出来てしまっているのだと分かってしまって。


「お金がっ……お金が欲しくて……冒険者になったんじゃない」


「だが、金がなければ生きていけない。これを仕事に選んだのはお前だ。結果も出ている。子供染みたわがままは止せ」


「ちょっと、馬鹿フィル! あんた言い過ぎ――」


 ぶわり、ぶわりと溢れてくるものが止められない。


「……泣くなよ」


「もういいよ」


 ボクは部屋を飛び出した。

 宿が同じなので、自室に戻るというのも嫌だった。追いつかれたくない。


 兄はボクを見つけるのが得意だ。

 絶対に見つからないところは。


 頭に思い浮かんだのは、レメさんの宿だった。



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