第71話◇レメ、美女、美女
僕とカシュとフルカスさんは同じ宿をとっている。宿泊費は魔王城持ち。
というか、この出張で掛かる費用は原則魔王城持ちだ。
フルカスさんの胃袋は魔王様も知るところなので、一日あたりの食費は厳格に定められている。だから彼女も僕や始まりのダンジョン職員に稽古を付けることで食事の回数を増やしているのかもしれない。
賞金については僕が勝手に決めたこと。ただ報告した時に魔王様は「……しばし待て」と言った。
形としては、僕個人が貸したというより魔王城からの融資とした方がいいのかもしれない。
そのあたりの判断は、任せよう。このまま僕が出すのでも不満はない。自分の判断だし。
まぁ魔王城が出してくれると、貯蓄がゴリゴリ削られる不安から解放されるのは確かだけど。
「さて」
僕は今、緊張していた。
宿の一室。寝台があって丸テーブルと椅子が二脚。シャワートイレ付き。清潔感のある良い宿だ。ちょっと壁が薄いような気がするけど。
ちなみにカシュはフルカスさんと同室。
小さくても女の子、部屋まで僕と一緒では何かとやりづらいだろうとの配慮。
カシュは最初こそ「わたしは、一緒でも……」と言っていたが、今ではフルカスさんと仲良くなっているようだ。
隣の部屋からたまに「てやーっ」とか「とりゃー」とか聞こえるが、もしかしてフルカスさんに何か教わっているのだろうか。さすがにフルカスさんも、カシュに食事を要求することはないだろうけど。
いや、カシュの姉であるマカさんは【料理人】だ。姉の料理一回で……みたいなことは有り得るかもしれない。
カシュが戦闘訓練を頼む理由はわからないし、そもそも全部推測なんだけど。
ただじゃれ合っているだけかもしれないし。
「うん。大丈夫、かな」
バスルームの鏡で自分の髪や格好を確認。
部屋に戻る。
今日これから、人と逢う約束をしている。
来るのではなく、喚ぶのだけど。
僕の契約者のうち、魔王城勤務の人のスケジュールはカシュが手帳に記録してくれている。
まぁ、魔王城勤務じゃないのはフェニクスの奴だけなんだけど。
あいつのことはいいのだ。
契約者にお願いがある時は手紙か、多少お金が掛かるが街の公衆魔力通信機で連絡をとって許可をとり、それから約束の日時に召喚するという手順をとっていた。
たとえばケイさんの弓術が強化されたのは【闇疵の狩人】レラージェさんと特訓した効果で、コボルドの指導は【人狼の首領】マルコシアスさんにお願いした。【死霊術師】持ちのオークやゴブリンがいたので、彼ら彼女らは【死霊統べし勇将】キマリスさんに訓練をつけてもらった。
一応【黒魔導士】持ちの職員には僕の訓練法を教えたが、あれは効果が出るまでに時間が掛かるし、自分に黒魔法を掛けると当然だけど体に負担が掛かる。
一日中なんて最初は不可能なので、師匠の訓練を十倍二十倍に薄めるくらいの感覚で教えた。
最初に『魔法は使わないと上達しないですけど、黒魔法は対象が必要ですよね? どうしてるんですか?』と訊かれた時『あ、自分に掛けてます』って言ったらドン引きされたけど。
攻撃魔法ならば訓練室で誰もいない空間に放っても『使用』したことになるが、黒魔法白魔法は対象がいなければ発動も出来ない。虚空に向かってとはいかない。
白魔法ならば調子がよくなるので協力してくれる人もいるだろうが、普通は黒魔法に協力しようって人はいない。
なので、【黒魔導士】は【黒魔導士】同士で魔法を掛け合ったりするらしい。
自分に魔法を掛けるというのは、攻撃魔法でたとえれば自分を燃やすとか溺れさせるとか切り裂くとかそんな感じなので、忌避感があって当然なのかもしれない。
個人的には師匠の教えだし、誰に迷惑を掛けるわけでもないので、結構好きな訓練法なのだけど。
「よ、よし。喚ぶぞ」
深呼吸。
此処は僕が宿で借りている部屋だ。プライベートな空間。
今から喚ぶのも、仕事の相談が用件ではない。
逢いたいですと言われたので、はい……って感じで組まれた予定。
召喚するのは当然、ミラさんだ。
時間も確認。約束の時刻に相違ない。
指輪に魔力を流す。ミラさんの肉体を魔力で構成するとした時に必要となる量が、僕の体内から消える。そこに開いた距離の分も加わるので、少なくない消費量だ。
気付けば、目の前に――バスタオル一枚巻いた姿のミラさんがいた。
「え!?」
「きゃっ」
「ご、ごめん!」
彼女の白磁の肌のうち布一枚に覆われた部分だけ守られ、それ以外が晒されていた。
触れれば柔らかく指が沈んでいきそうな、弾力のある肌が僕の視界に飛び込んでくる。
咄嗟に背を向けた僕は、紳士なのか臆病者なのか。
「じ、時間、間違えたかなっ」
「ふふ、いいえ? ぴったりですよ」
あれ、なんだか声が楽しそうだぞ。
ぽふ、とタオルが落ちる音。
「ミラさん……あの、裸じゃないよね?」
「ご自分の目で確かめてみてください」
僕も慣れてきたということなのか。ミラさんがこういうことを言う時は、大体大丈夫なのだ。
この場合の大丈夫とは、服を着ているということ。
それでも恐る恐る振り返ってみる。
やはり、正解。
こういうの、なんて言うんだろう。袖や肩紐が無くて、胸の部分で留まっている……のかな。
そういう形の、ワンピースだった。
「驚かせないでよ……」
「驚かせたかったんです」
悪戯っぽく微笑む彼女は妖艶。
「じゃあ、大成功だね」
「ふふ、そうですね。大成功です」
楽しそうな彼女を見ていると、まぁいいかと思えてくるから不思議だ。
「お仕事、上手く行っているようですね。さすがレメさんです」
「色んな人のおかげだよ。ダンジョン職員の皆さんが真面目でやる気のある人ばかりなのも助かったし、魔王城の仲間が力を貸してくれたのも大きい」
「私も何か手伝えることがあればよかったのですが」
「ミラさんは三層があるだろう? そっちも忙しいって聞いてるけど」
ミラさんが大きく頷く。
「そうなんですっ! 最近そこそこ有名所も来るようになりまして、三層まで辿り着く冒険者も結構いてですね。【黒妖犬】達はレメさんがいない所為か少し元気がないですし、キマリス殿はフェニクス戦でコレクションが全滅したのを引き摺ってるのか、死霊を温存するようになってるようですし。まぁ冒険者達も馬鹿ではないですから、挑戦者が増える程に攻略の糸口は見つかってしまうもので、どうしても浅層の魔物は不利なのですけど、それを差し引いても――」
久々に逢ったからか、僕らは――主にミラさんだけど――たっぷりと話した。
それが一段落して。
ちらり、とミラさんがベッドへ視線を向けた。
僕はドキリとしてしまう。
「もう遅いですけれど……その、私を戻す前に、添い寝……しておきますか?」
「えぇと」
「もちろん、レメさんが嫌でなければ、ですけど」
「……嫌じゃないです」
なんだか、彼女の方にずっと言わせるのはずるいかもしれない。
このままなんとなくで、いつのまにか関係が進行していた、というのはよくない気がする。
いや、そういうのが悪いとかではなく、僕個人の気持ちの問題だ。
彼女に手を引かれるがままに、ベッドへ向かう。
その時だった。
コンコン、と力なく扉がノックされた。
一気に室温が氷点下まで下がったような錯覚を覚える。
「……このような時間に訪ねてくる方が?」
「いや、まさか。フルカスさんかカシュかな」
「なら、私が出ても問題ありませんね?」
ミラさん、笑顔が怖いよ。
何故かミラさんは登場時と同じく、バスタオルを巻いた。これじゃあ訪問者は完全に僕とミラさんをそういう関係と思うだろう。多分、それが狙いなんだろうな。
彼女は訪問者がフルカスさんやカシュだとは思っていないようだ。
「はい、なんでしょう」
ミラさんが扉を開ける。
そこには、沈んだ表情の――ニコラさんがいた。
「……あれ、ここ、レメさんの部屋じゃあ。あ、いた」
ニコラさんはミラさんの横をすり抜け、僕の前まで来た。
ミラさんのことは無視。
「ごめん、レメさん。他に頼れる人、いなくて……」
彼女の目許が腫れている。何かあったのだ。
「……レメさん? 説明、してくれますよね?」
バスタオルをテーブルにポイッと放ったミラさんの目は、冷めきっている。
「えぇと……」
どうしよう、と僕は頭を悩ませた。
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