第281話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』3/元一位

 



 全天祭典競技最終段階。

 各組の優勝者計四パーティーが戦うのは、伝説を築いた者達。


『最終段階で優勝者達を迎え撃つのは、この方々……ッ!!!』


 そして、彼ら彼女らが姿を現す。


『かつて一度、冒険者の頂点に立っていた元世界一位――アルトリートパーティー……ッッッ!!!』


 僕が勇者を目指すきっかけともなった、最高の冒険者たち。


 アルトリートパーティーの構成は【勇者】【戦士】【狩人】【聖騎士】【魔法使い】。

 冒険者の王道的な構成だ。


『冒険者業界では最も強い、、、、戦士、、】とも言われている――【大勇士】ヘクトル選手!』


 甲冑姿の、大柄の男性だ。物静かな人だが顔が怖く、小さな子供が彼を見て泣き喚いた、なんてエピソードが幾つもある。


 ヘクトルさんは【戦士】の区分でいうと【重戦士】寄りで、ドシンと構えた戦いが得意。


 また、パーティーの作戦も彼が考えているとのことだ。

 レイスくんがパーティーにおいて僕をブレインなんて呼ぶのも、『パーティーの作戦方針を決めるのは別にリーダーでなくてもいい』という意識があったからかもしれない。


 ヘクトルさんが最も強い【戦士】というのも嘘ではなくて、彼は攻略動画において、一騎打ちで負けたことがない。


 もちろん、乱戦になりやすいダンジョンでは一騎打ちの機会に恵まれることは中々ないし、たとえば高位の魔法使いによる広範囲魔法で『一騎打ち成立前』に退場してしまうことはあったが、それでも。


 アルトリートパーティーの膨大なダンジョン攻略動画において、一対一の勝負になった彼が負けたことはない。


『魔法の弓矢は放った瞬間飛ばずに刺さる――【銀の弓】オライオン選手!』


 アルトリートパーティーはみな五十歳を越えている筈だが、オライオンさんは三十代くらいに見える。映像板テレビで観るような【役者】さんに劣らぬ美形の男性だ。


 普通ならキザに映る仕草でも、彼のような人がやると様になる。


 彼の持つ弓は魔法具で、確かに紹介にあったような現象を引き起こすのだが……決して必中ではない。また、彼の魅力もそこではないと僕は考える。


 オライオンさんは魔法具の効果に頼るのでなく、あくまで選択肢の一つとして利用しているのだ。

 むしろ、普通に矢を射る機会の方が多いくらい。


 一流の射手による攻撃に翻弄された敵が、その身を隠して彼を視界から外した瞬間。

 空間を超える矢が放たれ、予期できぬ一撃に敵は射抜かれる。


 魔法具性能が優れているから強いのではない。魔法具の使い所が上手いから、彼の強さが際立つのである。


『今や騎士団の副団長を務める歴戦の猛者――【聖なる騎士】マクシミリアン選手!!』


 マクシミリアンさんは白い髭を蓄えた、厳格そうな男性だ。

 恵まれた体格に、鍛え抜かれた身体。盾役としての働きは堅実かつ柔軟で、真正面からの攻撃はもちろん、こちらの裏を掻こうとする敵の攻撃にも動じず、悠然と跳ね返す。


 【聖騎士】の完成形のような人だ。

 盾役の安定感次第で、パーティーの自由度はかなり変わってくる。


『様々な属性を使いこなし、世界で彼女にしか使えない魔法まで持っている――【善き魔女】ロジェスティラ選手!』


 ロジェスティラさんは「あらあら~」が口癖おっとりした女性だ。


 一属性特化ではエアリアルパーティーのミシェルさん、属性の多さではエクスパーティーのマーリンさんがいたため、魔法使いとして世間の記憶にはあまり残っていないようだが、彼女もまた素晴らしい魔法使いだ。


 彼女はこの世で最も優れた感覚派の【魔法使い】で、どれくらい感覚派かと言うと、ふわっとした魔法式で魔法を実現してしまうくらい。


 たとえば黒魔法なら『物理攻撃力』を『一割下げる』効果で『正面十メートル』に向かって『三秒後』に放つ、なんてふうに色々決めねばならない。


 これでもざっくりした説明で、実際はもっと複雑なのだが……。


 しかしロジェスティラさんは『なにか素敵なことが起こらないかしら?』という思考に魔力を流し、魔法として実現させてしまうのだ。


 あのマーリンさんをして、「何故それで発動するのか分からない」と言わしめるほど。


 魔法式がふわっとしているものだから、発動するまで本人にも効果が分からないのだという。

 魔法使いの中で一人だけ、違うルールの中を生きているような人なのである。


 とはいえ、基本的には普通の魔法を使うので、何本か攻略動画を観ただけでは彼女の魅力や凄さは分からないかもしれない。


『精霊の加護なくして世界一位へと至った勇者は彼だけ――【不屈の勇者】アルトリート選手!!!』


 言うまでもなく、最高の勇者だ。


 オライオンさんほどではないが、やはり若々しい。

 どことなくレイスくんに似ているが、髪と瞳はどちらも茶色だ。


 落ち着きがありながらも快活で、色んな遊びを教えてくれる親戚のおじさんのような、親近感を抱かせる雰囲気を漂わせている。


 しかし一度ひとたびダンジョンに潜れば、世界で一番格好いい男になるのだ。


 精霊に選ばれずとも腐らず、仲間と共に堅実にランクを上げていき、頂点に立った勇者。


 僕ら挑戦者側の冒険者たちは、目の前に現れた元一位の実力を肌で感じ取り、もうすぐ始まる戦いに高揚していた。

 魔王様も、ニヤリと笑っている。


 だが、観客の反応は微妙だった。

 いや、盛り下がっているわけではないのだが、熱量が先程までとは違う。


 観客の中には、エアリアルさんやフェニクス、レイスくんなど四大精霊契約者の派手な活躍を期待して来てくれている人も多い。

 かつて一年だけ一位にいたパーティーが現れても、興味が引かれないのかもしれない。


 それ自体は仕方がない。最強に興味なんかなくて、選手の顔が好みとか、話題になってるから来てみたとか、友人の付き合いで来ただけとか、観戦の理由はなんだっていいのだ。

 だが――。


「え、誰?」「一位とか言われても知らね~」「早く最強の魔王出してくれよ、そっちメインだろ。」「一位ってずっとエアリアルパじゃないの?」「いや一年だけ一位になってたってニュースでやってたじゃん、次の年には追い抜かれたらしいけど」


 そんなふうに、心無い言葉を吐かれるのは、彼に憧れた者としては辛いし、悲しい。


 レイスくんは、こんな世間の評価をずっと聞いていたからこそ、それを覆すべくレイドに参加したのだ。父のように、精霊に頼らない戦い方で結果を出し、父のやり方は正しかったのだと証明しようとした。


 僕は表情が冷たくなっていくレイスくんに気づいて、敢えて明るく声を掛けた。


「大丈夫だよ、レイスくん」


 彼は僕の声に対し、拗ねるように応える。


「……何も言ってないケド」


「大丈夫。アルトリートさんの戦いを目の当たりにすれば、雑音は消えるよ」


 すると、レイスくんは目を丸くした。


「レメさんって、人のこと悪く言わないんだって思ってた」


 そうか、仮にもお客さんを雑音呼ばわりはよくなかったかもしれない。とはいえ。


「別に聖人じゃないからね、大好きな人が馬鹿にされれば腹立たしいさ」


 僕の言葉に、レイスくんは、子供のように笑う。子供のようにというか、年相応に、と言うべきか。


「――あはは。そっか。うん、雑音か、いいね」


 父を馬鹿にされたことで冷たい怒りを燃やしていた彼の表情が、元気なものに戻る。


「レメさんの言う通りだ。俺の人生に描写される価値もないモブのことなんか考えても無駄だよね、さっすがレメさん」


「いや僕はそこまでは言ってないかな……」


 元気になってなによりではあるけども。


 何も知らない者が適当なことを言うのは、よくあることだ。

 よくあるからといって辛くないわけではないが、一々落ち込んでいても仕方がない。


 実際、アルトリートさんやその仲間達は、これから戦う僕らだけを見ている。


『続いて魔物側の選手入場――とその前にッ! 冒険者側からの特別ゲストを紹介致します!』


「ん?」


 レイスくんが首を傾げる。

 僕らも聞かされていなかった。


 アルトリートさんに続くようにステージにやってきた人を見て、会場が――騒然とする。


 動じていないのは、事前に知っていたらしいアルトリートパーティーの面々だけ。


 特にエアリアルパーティーの反応が顕著だった。全員が驚くような顔をしている。

 それもその筈。


 何故なら、現れたのは彼らの――元パーティーメンバー、、、、、、、、、、なのだから。


『世界で一番有名な【白魔導士】は誰か! この人より他にはいないでしょう――【大聖女】パナケア選手ッッッ!』


 元エアリアルパーティーの【白魔導士】、パナケアさん。


 三十二歳で、肩に掛からないくらいの黒い髪をした、綺麗な女性だ。

 明るく親しみやすい性格で、【サムライ】マサムネさんの奥さんでもある。


 今年、三人目の子供が出来るということで引退を表明。

 入れ替わりで入ったのがユアンくんだ。


 ……子を授かった直後に引退したわけではなく、三人目が無事生まれたとニュースでも報道されていたので、時期的には参加出来なくもない、のか。


 いやしかし、魔力体アバターでの戦闘とはいえ身体は大丈夫だろうか。というか子供たちは……って、僕が考えることではないけれども。


 落ち着こう。うん、僕は驚いているし、少し動揺してしまった。

 それもその筈。


 【黒魔導士】ほどではないとはいえ、不遇【役職ジョブ】の【白魔導士】で世界一位になったパナケアさんが、どれだけ心の支えになったか。


 サポート系の【役職ジョブ】を抱えていたった関係ない、世界一位を目指せるし、実現できるんだと、フェニクスパーティー時代の僕は、そうやって自分を励ましていた。


 パナケアさんは僕と違い、【白魔導士】の才能にも優れていたが……似た境遇で先を行く人として、とても尊敬していた。


 そんな憧れの人が予想外に現れたものだから、面食らってしまったのだ。


「ぱ、ぱ、パナ、おぬし、どうして」


 僕よりよっぽど動揺したマサムネさんが、震える声で尋ねる。


 パナケアさんは「フッ」とクールに笑うだけで応えない。


「なんかいつもとキャラ違くない?」


 レイスくんが言う。


「いや……あれはおそらく、役に入っているのだ。今回は我々の敵であるから……」


 マサムネさんは額を押さえながら、妻の様子を考察している。


「不敵に微笑むのが『敵っぽい』んだ? 可愛い奥さんじゃん」


 レイスくんはからからと笑っている。


 くすり、と小さく笑う声が聞こえたので視線を向けると、フェニクスだった。

 フェニクスの方も、僕を見ている。


「よかったじゃないか、レメ。勢揃い、、、だ」


 …………。


 勇者を志すきっかけとなったアルトリートパーティー。


 冒険者になってからの支えとなった憧れの【白魔導士】パナケアさん。


 田舎の無力なガキを鍛えてくれた、世界最強の魔王ルキフェル。


 今日、僕は全ての憧れと対峙することになったのだ。


 胸が踊らないと言えば、嘘になる。


「まだ分からないだろ、あの人が来るか分からない」


「来るさ」


 フェニクスは断言した。それだけではなく、言葉を重ねる。


「来るに決まっている」



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