第282話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』4/全ての憧れと対峙する
『衝撃のゲストが登場しましたが、選手はまだ出揃っていません!』
実況者の声が聞こえる。
そう。まだ魔物たち――旧魔王軍精鋭とでもいうべき選手たちが、登場していない。
『鎧と槍を娘へと譲ろうとも、最強の
フルカスとはそもそもダンジョンネームで、本名ではない。
僕の知ってる剣の師フルカスさんは、二代目。
そして今現れた褐色
見上げるほどの巨躯は、大地に深く根を張った巨木のような、不思議な威圧感と神聖さがある。
実況で説明があったように、フロアボス時代の装備は娘に譲ってしまったので、今彼が装備している鎧も槍も、当時のものではないのだろう。
『難攻不落の魔王城』第八層・武の領域――元フロアボスにして、元四天王。
武を極めし鬼。
『【刈除騎士】の隣には彼あり! 同じく最強の龍人――【竜の王】ヴォラク選手ッッ!!!』
こちらも初代だ。
彼の娘さんは二代目ヴォラクで、全天祭典競技予選で戦ったことがある。
あちらのヴォラクさんが人間の女性に近い見た目をしているのに対し、初代ヴォラクさんの方は純粋な龍人だ。ドラゴンの頭部に、鱗を生やした肉体。
父親同士が職場の上司部下同士だったので、その娘さん同士も仲がよかったのかもしれない。
実際幼馴染と聞いた。二代目ヴォラクさんは、フルカスさんのことを『ふぅ』なんて呼んでいたし、親しくしていたのだろう。わけあって喧嘩したらしいけれども。
父親同士は――同じように『難攻不落の魔王城』から去ったくらいだから当然かもしれないが――いまだ信頼しあっているようだ。
『難攻不落の魔王城』第八層・武の領域――元副官魔物。
武を極めし龍人。
『弱点なき完璧なる吸血鬼にして完璧なる不死! ――【真の吸血鬼】ビフロンス選手ッッッ!!!』
白銀の長髪に赤い瞳をした壮年の男性だ。驚くほどに顔が美しい。貴族のような格好をしており、長い髪を耳にかける仕草がやけに大げさ。
話し方も芝居がかっているが、この人は吸血鬼としてまず間違いなく世界最強。
死に相当するダメージを負ったら退場するのが、
だが、どのようなダメージを受けても、彼は退場したことがない。
ゆえに、完璧なる不死。
彼のいる層をクリアするには、退場させられないので、戦闘不能にするしかない。
大雑把だが、例えば氷の中に閉じ込めて身動きをとれなくする、とかだ。
もちろん、そんな単純な策には引っかかってくれないのだけども……。
彼は非常にプライドが高いらしく、師匠以外の下につくつもりはないと魔王城を去ったらしい。
『難攻不落の魔王城』第三層・吸血鬼の領域――元フロアボスにして、元四天王。
不死なる吸血鬼。
『何者にでも化けることが出来、特定の形を持たない最強種! ――【無形全貌】ダンタリオン選手ッッッ!!!』
オリジナルダンジョンで、その種族を模したモンスターが出てきた時、僕は厄介だなと思った。
――球状の核を持ち、それを囲む形で粘液状の体を持っている。
――物理攻撃はほとんど効果がなく、核を潰さない限りは倒せない。
――しかも種によっては人に害を及ぼす粘液を纏っていることも多い。
――たとえば、飲み込んだ生き物を消化してしまう、とか。
スライムというのは、それだけ恐ろしい。
だが、
水色の、どろりとした液状の身体は、女性の肉体を象っている。
そして、彼女は『擬態』の魔法が使えるのだ。
レイドで【恋情の悪魔】シトリーさんが見せた、特性再現と似ている。
だが、本来戦闘を得意としないシトリーさんと違い、ダンタリオンさんは戦闘が大の得意で――更には魔力が膨大。
彼女のような特殊なスライムを、かつては単に『人型』と呼んでいたようだが、以前シトリーさんに教えてもらったところによると、最近では――スライム娘と呼称するらしい。
『難攻不落の魔王城』第六層・水棲魔物の領域――元フロアボスにして、元四天王。
形なきスライム娘。
今回、師匠が召集したのはこの四人。
おそらく、冒険者パーティーの構成である五人に合わせてくれたのだろう。
自分を含めて五人で一組という形を選んだのは、一体どういう理由なのか
『――――っ。~~~~っ』
何か喋らなければと思うのに、身体が震えて言葉にならない。実況者から漏れる喘ぎのような音は、そういう感情によるもの。
――あぁ、静かだ。
あれだけ騒がしかった観客たちも、声一つ上げない。
この人が最強であることへの実感も、冒険者や魔物にとってどれだけ絶対的な存在であるかも、きっと知らない人が沢山いるだろうに。
本能が理解してしまうのだろう。
自分たちは今、王を前にしている。
許されない行動に移るのは、不敬であると。
あの人の足音だけが、広い会場に響く。
老人だ。老人である、筈なのに。
紅蓮の髪は長く、紅炎の瞳は静かで、その肉体からは、今すぐ跪きたくなるような覇気が放たれている。
ただ歩くだけで会場を屈服させかねないその人はしかし、何者もその瞳に映していない。
――僕を見もしない、か。
実にあの人らしい。
弟子入りを認めてもらう前は、彼の家に近づくことすら出来なかったっけ。当時は気づいていなかったけど、黒魔法を掛けられて、彼の家に辿り着けないようにされていたのだ。
分かっている。
貴方は、優しく誰かを見守る
――こっちを向かせてみせますよ、師匠。
『これからは、私が解説を務めましょう。主催のフェローと申します』
会場に、彼の息子、魔王様の父、魔人フェローさんの声が響く。
それを機に、観客たちがハッと我に返り、世界に音が戻る。
『説明は不要でしょうが、彼こそが最も強き生物――【魔王】ルキフェルです』
選手、とつけないのは、フェローさんの父への思いからか。
実際、あの人に競技選手のようなイメージは致命的に似合わない気がする。
師匠の登場に、旧魔王城の面々が臣下の礼をとる。
「――ダンタリオン」
一言。師匠は配下の名を呼ぶ。
「はいな」
ダンタリオンさんはその一声で意図を察したのか、土魔法で何かを作り出す。
それは豪華な装飾までついた――玉座だった。
「……飾りは要らん」
師匠が言うが、ダンタリオンさんは首を横に振る。
「いやいや、我が王。必要ですって。権威付けは馬鹿に出来ません。一国の王様が定食屋でお昼を食べていたらイメージが崩れるように、最強の魔王が安っぽい椅子に座っていたらなんだか悲しいです」
「くだらん」
「ねー、くだらないですよねー。わかりますー。でもでも、そんなくだらないことを気にするこの愚かで可愛い忠臣ダンタリオンちゃんに免じて、どうかご容赦を」
師匠は最終的には折れたのか、何も言わずに椅子に腰を下ろす。
「フルカス、ヴォラク、ビフロンス、ダンタリオン」
「ハッ」
「
そう言って、師匠は肘掛けに肘を立て、そこに頬を乗せ――目を瞑ってしまう。
「王の御寝を妨げることがないよう、我々が全て片付けてみせましょう」
先代フルカスさんが言い、先代ヴォラクさんが頷く。
「……僕らなら出来ると思っての命令だね? もちろんやってみせるとも」
「ひゅー、やっぱ世界最強は違うなぁ」
ビフロンスさんが胸に手を当てながら微笑み、ダンタリオンさんは戯ける。
『……どうやら、最強の魔王はこの場に敵がいるとは考えていないようです』
フェローさんもさすがに困惑しているようだ。
「はっはっは! ――なぁ、ルキフェル殿。それは些か無礼ではないかな?」
【不屈の勇者】アルトリートさんは大声で笑ったあと、笑みを消して師匠を睨む。
瞬間、師匠の配下四人が殺気立った。
魔王の配下にとって、王の命令は絶対。
それだけの忠誠を、師匠は獲得しているのだ。
故に、王の言葉を否定するようなアルトリートさんが許せないのだろう。
「よせ」
師匠の一声で、殺気は霧散。
この四人は、本当にただ師匠が呼んだから出場しているだけなのだ。
師匠という圧倒的なカリスマへの忠誠心だけで、この場に参上したのだ。
「俺は貴方と共に戦えるものと思っていたんだけどな」
「くだらん」
「一体何が?」
師匠は応えず、目を瞑ったまま、静かにこう言った。
「ここまで辿り着く者がいたなら、相手する」
――いつだったか、僕がフェニクスに言ったセリフに似ている。
彼の言葉に、アルトリートさんは苦笑した。
「なるほど、理解した。貴方は今この場にいるが、自らを最終層のダンジョンボスと定義しているわけだね? 全ての敵を倒さねば、貴方とは戦えない」
アルトリートさんは、最大限好意的に解釈してくれたようだ。
そういった面がないとは言わないが、実際のところ。
現時点では、興味がそそられない。
師匠が戦闘に参加しない理由はそれに尽きるだろう。
この場の人達に対して失礼なのは間違いないが、師匠らしくもある。
僕は師匠に慣れているので、怒りよりもまず納得が来てしまったが……。
ここに集まっている者達はそうではない。
勇者達は闘志をバリバリに燃やしているし、我が王などは「クソ
だが同時に、分かってもいる。このような反応は、冒険者稼業をやっていればよく遭遇するものだ。
自分がどれだけ頑張っても、興味を示さない者、見向きもしてくれない者、歯牙にも掛けない者は沢山いる。
そういう人たちに、ダンジョン攻略は楽しいよ、どうか見て欲しいなと言ったところで、大した効果は得られない。
無関心な者を振り向かせるなら、関心を引くだけの魅力を用意する他ないのだ。
たとえば容姿に優れたメンバーを入れるのも効果的だろう。格好いい、可愛い、綺麗というのは強い魅力だ。
冒険者でいえば、攻略動画以外への露出を増やすというのも一つの手だ。まず知ってもらわないことには、深く見てもらうことなど出来ない。
今、師匠は僕らを視界に捉えてさえおらず、戦いに値する敵と認識していない。
興味を持っていない。
だから、僕らのやるべきことは、師匠の行動に呆れるでも、怒るでもなくて。
あの椅子から立ち上がらせるべく、僕らの戦いを見せつけることだ。
それが分かっているから、みんな大騒ぎせずに、すぐに感情を鎮めている。
戦う可能性もないなら、この場に足を運ぶこともなかった筈だ。
可能性はある。
なら、掴むのみ。
夢を見せてくれた【勇者】も、心の支えとなった【白魔導士】も、導いてくれた【魔王】も。
みんな憧れの存在だが。
今日、全員に勝つ。
『それでは、全天祭典競技最終段階「血戦領域魔王城」。これより――開始です』
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