第280話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』2/今日までの全て




『最後はこの方々……ッ! 「この時代、三人目の四大精霊契約者」が率いる――レイスパーティー……ッッッ!!!』


 世界ランク第十位【波濤の勇者】ブルームパーティー、世界ランク第八位【十弓の勇者】ジャックパーティー、騎士団長率いる【不死身の獅子】レグルスパーティーを含む最終四組の内、決勝を制したのが僕らだ。


『その大きな身体で仲間を守護し、敵は撃滅する――【鉱夫】メラニア選手!』


 メラニアさんはサイクロプスとのハーフで、人間ノーマルと比べるととても大きい。

 生い茂る木々のような緑の髪、その奥には種族的特徴の一ツ目がある。

 装備は盾と斧。


 心優しい少女だが、どこか気の弱いところがある。しかし、今日はしっかりと前を向き、胸を張っていた。

 緊張していないわけがないだろう。だが、仲間と共にこの最終戦を勝ち抜くという覚悟を持って臨んでいるのだと分かった。


『オーガの怪力と癒やしの力二つを巧みに操る――【白魔導士】ヨス選手!』


 ヨスくんは白い髪の、中性的な容姿の青年だ。中性的というか、美少女寄りの顔をしているのだが、れっきとした男の子である。


 【白魔導士】の杖を持っているが、通常のものより重量感のある造りになっている。これは鬼の膂力で敵に叩きつける……という近接戦闘を想定してのことだ。


 紹介にもあったように、ヨスくんの種族はオーガである。

 魔王城四天王の【刈除騎士】フルカスさんと、同種族ということになる。


 しかし目覚めた【役職ジョブ】は【白魔導士】。戦闘に長けた種族に、非戦闘の【役職ジョブ】。

 これを、ヨスくんは中途半端だと感じていたようだが、違う。


 どちらの良い面も取り入れられる、ということではないか。

 今の彼は、それを理解している。


『その小さな体に宿るのは、圧倒的なまでの攻撃力! ――【破壊者】フラン選手!』


 真っ白な髪に、真っ赤な瞳をした童女。レイスくんと同じ十歳で、彼の幼馴染でもある。

 普段はマントに覆われている右の怪腕は、戦いの場において非常に力強い。


 ここ最近、本能重視の戦い方から理性と本能の割合を都度調整する戦い方へとシフトし、その感覚を凄まじい勢いで掴みつつある。


『かつての悪評はどこへやら! 仲間を勝たせ、自らも戦う異端の聖剣使い――【黒魔導士】レメ選手!』


 僕だ。

 黒髪黒目の、地味な青年。


 元世界ランク第四位パーティー所属。脱退後は『難攻不落の魔王城』参謀に転職。

 現在は、それと並行してレイスパーティーに所属している。


 幼馴染に【炎の勇者】を、師に最強の魔王を、相棒に黒き精霊を、それぞれ持っている。


 僕の心を読んだのか、黒ひよこに化けた精霊ダークが、僕の頭の上で楽しげに笑った。


『あっはっは、君のような経歴の者は中々いないよ、相棒』


 ――それはどうも。


『相変わらずつれないなぁ。まぁ、そこが可愛くもあるんだけども』


 僕はダークを無視することにした。


 聖剣の剣など感謝していることもあるが、僕の故郷でオリジナルダンジョンを生み出し、試練と称して村の人達を巻き込んだことはまだ許していない。

 ダークは置いておき、実況に耳を傾ける。


『【役職ジョブ】に目覚めたその年に本大会に出場しここまで上り詰めた、新たなる人類最強候補――【湖の勇者】レイス選手!』


 深海を連想させる髪と双眼。愛嬌のある整った容姿。エンターテイメントとしての冒険者への理解も深く、この歳でファンサビースまで完璧にこなす次世代の勇者。

 水精霊の本霊に認められし、この時代三人目の四大精霊契約者。


 【不屈の勇者】を父に持つ彼が、レイスパーティーのリーダー。


 黄色い声があちこちから上がり、レイスくんはそれに笑顔で応じている。

 彼がウィンクすると、視線の先の女性ファンが胸を押さえて席に座り込んでしまう。

 他のファンたちが羨ましがり、隣のフランさんが無表情で冷たい空気を放っている。


『相棒。ねぇ相棒ったら。あ、無視とか陰険なんだー』


 ダークが僕の目の前でパタパタと羽を揺らし、空中に留まっている。


 ――聞こえているよ。


『あっちを見るといいよ、知った顔だ』


 ダークの視線を追って、観客席を見ると――。


「あ」


 思わず声が出る。

 その人達も、僕の視線に気づいたらしい。


 僕の両親と、フェニクスの両親だった。


 母は緊張気味だ。まぁ、【黒魔導士】になった息子がこんな舞台に立っているのだ。不安になるのも分かる。

 父はいつもと同じで、表情に乏しい。でも、手に力が入っているのが分かった。やっぱり、緊張しているようだ。

 

 僕は父にもらった剣をそっと撫でる。すると、父の強張っていた表情が緩んだ。


 フェニクスの父ホークさんは微笑み、胸の前で手を掲げている。

 僕はそっと会釈を返す。


 問題は……いや問題ではないのだけど、目立っているのは――フェニクスの母カナリーさんだ。


「フェニクース! レメー! 愛する息子たちー! がんばってー! 二人で世界最強ですよー!」


 なんて叫びながら僕らに向かってキスを投げている。


 ……カナリーさん、その言い方だと誤解されます。


 ホークさんもカナリーさんも僕の親同然だけれど、僕とフェニクスは血の繋がった兄弟ではないのだ。

 思わずフェニクスを見ると、彼も僕を見ていた。あいつの顔は少し赤い。照れているようだ。


「リリーちゃんも頑張ってくださーい! またいつでもうち来てくださいねー!」


「んなっ……!?」


 エルフのリリーが目を見開いて愕然としている。


 オリジナルダンジョン攻略後、故郷や僕を心配したフェニクスがドラゴンに飛び乗ってやってきたのだが、そこにリリーもいたのだ。

 そしてリリーはカナリーさんにロックオンされ、ミラさん同様大層気に入られていた。


「ハッ、んだよリリー。あいつらの故郷で色々あったみたいだな。どっちだ? レメか? フェニクスか?」


「全身に矢を射掛けますよ」


 アルバがからかうと、リリーから表情が消える。

 ラークが呆れ顔になり、ベーラが小さく首を揺する。


 僕はその様子に苦笑してから、親友を見た。


「お前がチケット用意してくれたのか」


 訊くと、フェニクスは頷いた。


「君はきっと忘れるだろうから」


「……そうだな、助かったよ」


 うーん、カシュたちのチケットを用意してくれたのは魔王様だし、抜けている人間だと色んな人に見抜かれている気がする。


「レメさーん!」


 この声は間違えない。


 最前列の席にいるのは、犬耳秘書のカシュだ。

 自然と笑みが浮かんでしまう。彼女に見えるよう、大きく手を振った。


 カシュのお母さんであるヘーゼルさん、姉のマカさん、弟妹のナツくんとミアちゃん、そして果物屋のブリッツさんもいる。

 それだけではない。


「貴方達、分かっていますね? 応援係は声を張り上げ、横断幕やウチワを見えるように掲げること。撮影班はレメさんのベストショットを逃さないこと。そしてもちろん周囲の観客にも迷惑を掛けないこと。ファンの振る舞い一つが、推しの評価に響くものと心得なさい」


「ハッ!! せーのッ ――ガンバレメーッッッッ!!!」


 ドレスに身を包んだ金髪赤目の女性と、スーツの集団だった。


 というか、ミラさんと配下の吸血鬼だった。


 数列を埋め尽くすスーツ集団が突如として叫んだのは、おそらく僕を応援するための掛け声だろう。聞いたことはないので、ミラさん発祥かもしれない。


 僕の隣でレイスくんが腹を抱えて笑っている。


「くっくっくっ。あっはっは。あの人やっぱ面白いよレメさん。最高に愛されてるじゃん」


 応援してくれる気持ちはとても嬉しいのだが、何故だろう、顔が熱を持ってしまう。


 吸血鬼以外にも、魔王城の面々の姿が沢山見えた。


 我らが魔王様が出場しているので、みんなで駆けつけてきてもおかしくない。

 ……いや、それはその通りだが、誤魔化すのはやめよう。


 彼らはちゃんと、僕のことも応援しに来てくれている。分かっている。

 魔王城で得た仲間達は、そういう人達だ。


 応援に来てくれたのは、彼らだけではない。


「さんぼ……じゃなくてレメ殿ー! 頑張ってくだせぇ!」


 『初級・始まりのダンジョン』で共に戦ったゴブリン、コボルド、オークの皆さん。


 レメとして参加したタッグ戦で戦った人達。


 オリジナルダンジョン探索で一緒になった人達。


 この全天祭典競技で戦った多くの冒険者、魔物の皆。


 【正義の天秤】アストレアさんのような、騎士団の面々。


 【黒魔導士】のみで構成されたマウリパーティー。


 そして、フェニクスやエアリアルさんには到底及ばないけれど、僕のことを呼んでくれる一般のお客さん達。


「ふぅ……」


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 胸を満たすこの熱に、身体が熱くなって仕方がないから。

 それを少しでも冷ますよう。


 ――無駄ではなかった。何一つ。


 冒険者として頑張ってきたから、自分の正しいと思うことをしてきたから、パーティーを脱退することになってもミラさんに出会えた。魔王軍の参謀になれた。


 時にレメとして、時にレメゲトンとして行動してきたが、そこでの経験全てが、今に繋がっている。


 今日、この場に駆けつけてくれた人達の姿を目の当たりにすることで、僕はそれを実感できた。


「レメさん、泣くのは勝ってからにしてよね」


 レイスくんが言う。


「いや、勝っても涙は流さないよ。師匠に破門されてしまう」


「そうなの?」


「あぁ、うちの師匠はスパルタでさ。他にも師匠に『無理』『出来ない』とか口答えするのも禁止でね。今思えば、泣き言を口にして感情がそっちに引っ張られるのを避けよう、ってことなのかもしれないけど」


 話を聞いていたフェニクスが微妙な顔をした。

 お前はどうせ師匠が厄介なガキを追い出すために厳しい条件を課したとか思っているんだろう。


 ……否定はできないが、僕は師匠を信じるぞ。


「へぇー。まぁ人を導くのに絶対の正解なんてないしね。そのお師匠様の教えがあって今のレメさんがいるなら、レメさんにとっては良い師匠だったんだろうね」


「そうだね、自慢の師匠だ」


 僕は笑顔で頷いた。


「若人達よ、楽しく話すのもいいが――そろそろだぞ」


 僕の肩に腕を回し、レイスくんの頭をガシガシと撫でたのは――エアリアルさん。


「離してくんないかなエアおじ」


 レイスくんはシュッと彼から離れる。


 片手が空いてしまったエアリアルさんは、何を思ったか近くにいたフェニクスを引き寄せる。


「分かるだろう、伝説を築いた者達の足音だ。感じるだろう、彼らの殺気と魔力を」


 気づけば、最終戦参加者のみんながエアリアルさんの言葉に耳を傾けていた。


「そうら、来たぞ。我らの対戦相手だ。あれに勝てば、それが――最強の証明となる」


 フィールドの反対側に、彼ら彼女らはやってくる。


 生ける伝説たちが、やってくる。



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