第119話◇ある勇者の言葉

 



「貴方――」


 反射的にレイスを止めようとするリリーを、私は手で制する。


 確かにひと目で状況を把握するのは困難。

 だが、このレイスは被害者を助け、加害者を罰しているのだ。


「何故止めるのですか。子供の喧嘩に魔法など、あまりに危険です」


 その通り。リリーが正しい。私は彼女にだけ聞こえる声量で言う。


「……彼は【勇者】だ」


「なっ――!? ……! 湖の……。これはどういう――」


「少年」


 私は彼に声を掛ける。


「今取り込み中だよ。浮いてるの悪者、僕通りすがり。残りは後で説明するから」


 レイスの説明は簡潔。こちらに視線を向けもしない。


「た、助けて! こ、こいつがいきなりオレを――わあああ!」


 風魔法で宙に浮いている少年が、更に高度を上げる。これ以上だと、周囲の建物の高さを越えてしまう。凄まじい恐怖に襲われていることだろう。


「待って待って。助けてっておかしくない? 俺確かに聞いたよ? そこの子をさ、壁に押し付けて、財布取り上げてさ、お前言ってたじゃん。『嫌なら逆らえよ』とか『弱いのが悪いんだろ』ってさ。ほら、嫌なら自分で逆らえよ」


「ゆ、許してくれ!」


「は? 何を許すんだよ。お前は罪を犯してないんだろ? 弱いのが悪いんだから。悪いのはそこの子だけなんだろ、お前の理屈ではさ。あぁそれとも、今のこと言ってるの? でもおかしくないか? お前は、その子の弱さを許さず攻撃したじゃないか。どうして自分だけ、優しくしてもらえると思うんだ?」


「お、オレがっ、オレが悪かったから!」


「知ってる。お前が悪いんだよ。それをごちゃごちゃ理屈付けちゃってさ、むかつくったら無いね。一番最悪なのは、その理屈だよ。弱いのが悪いなら、強いのが正しいってことじゃん。そう思うなら、徹底してくれ。自分より強い奴を前にしたら、問答無用で自分が悪いってへりくだれよ馬鹿。お前、最初抵抗したよな? 生き方をコロコロ変える奴が、俺は大嫌いなんだ」


 そして、レイスは風魔法を解く。


「えっ、あ、あ、あああああああああっ!?」


 少年が落ちる。地面へ吸い寄せられるように。そして、激突の寸前。

 ふわりと再度浮き、ぽふっと地面に落ちた。


「以上、虐めと財布泥棒は悪いことだよ、という話でした」


 少年のズボンに、黒いシミが広がっていく。あまりの恐怖に失禁したようだ。

 レイスは少年が盗んだサイフを手に取り、いまだ呆然とする被害者の子へと返す。


「こんなお漏らし野郎なんかに怯える必要はないよ。もしまた何かされたら、しばらくはこの街にいるから……えぇと、うん、世界樹亭って宿に泊まってるから、いつでも来るといい」


「…………あ、あり、がとう」


「どういたしまして」


 レイスの笑顔は、年相応に無邪気なものだった。

 サイフを持った子供が路地から消えてからようやく、レイスがこちらを向く。


「止めなかったね。なんで?」


「レイス殿だから、では答えにならないかな」


「いや、ならないでしょ。よく分かんないよ」


 どうやら、彼の方は私達に気付いていないようだ。


「仮にもエアリアルさんを師に持つ者が、力に溺れることはない。そこまで未熟者ならば、彼が魔王城攻略参加を認めるわけがないからだ」


 暴走ではないなら、理性的な魔法の行使ということになる。

 第一、痛めつけるなり恐怖を与えるならば他にやりようは幾らでもある。


 彼はイジメっ子の身体を、一切傷つけていない。かなり乱暴な『高い高い』をしただけ。

 身体を傷つけずして、教訓を刻もうと脅した。

 落下の前から、衝撃を殺す魔法だって用意されていた。

 そういうのを全部考慮した上で、それでもやり過ぎと思わないでもないが。


 自分がかつて被害者だったからか、私には分かるのだ。

 加害者側は、その場しのぎ程度では諦めてくれない。それで何度レメが傷ついたことか。


 レイスは、通りすがりと言っていた。半端な救済では、後日被害者が更に痛い目に遭うと考えたのではないか。

 彼は自分のルールに従い、悪行を見逃さず。

 だがその行為が偽善に終わる可能性にまで考えを及ぼし、再犯防止まで行ってしまおうとしたのではないか。


 それに、先程の被害者への対応。

 彼は力の行使に快感を覚えてはいない。正しさを、心に備えている子だ。


「……おじさんのこと、直接知ってるみたいな口ぶりだね」


 私はフードをとった。


「ご挨拶が遅れたね。私は【炎の勇者】フェニクスという」


 レイスが目を丸くした。


「あぁ、あんたが。そういえばおじさんが呼んだんだっけ。魔力隠すの上手だね」


「さすがに、何年も冒険者をやっていればね」


「あはは、そっか。後ろの人は彼女? 熱愛?」


「ち、違います。【狩人】リリーです」


「パーティー内恋愛?」


「違うと言っているでしょう」


「あはは。でもよかった。助かったよ。集合場所に向かってたんだけど、道に迷っちゃってさ」


「そうか、いや、だが……」


 彼は私とリリーも目的地は同じだと思っているようだ。

 だが、実際は違う。

 とはいえ放ってもおけない。


「私達は今日別の目的があってね。途中までで良ければ案内しよう」


「へぇ? うん、分かった。ありがとうセンパイ。お願いするよ」


 レイスはその後、失禁した少年を起こした。レイスが何か言う前に、少年は逃げ出してしまう。


「わたくしは、やはりやり過ぎだったと考えます」


 私達は通りに出て、レイスの目的地へと向かう。


「エルフだと、イジメっ子はどう罰するの?」


「罪を犯した者は樹牢じゅろうに閉じ込め、己の罪と向き合わせます」


 木の虚のような、膝を抱えてなんとか入れる程度の空間に閉じ込め、鍵を掛けるのだという。


「なるほど。そんな時間も場所もない時は?」


「……想定されていません」


 エルフは集落ごとに人間関係が完結しているので、見知らぬ者と外で諍いが起こる、ということ自体が稀なのだという。

 仮に別の集落や種族と争いになった場合は、個人間の問題ではなく集落全体の問題になる。そうなるとやはり、自分ひとりで解決とはいかない。


「へぇ。それで上手く回るんなら、すごいことだよね」


「……」


 リリーは微妙な顔をした。思うところがあるが、口にするつもりはないのだろう。


「先程のことだが、あぁいうことはよくあるのか?」


「さぁ、俺この街に来たばっかだし」


「そういうことではなく」


「あはは、ごめんごめん。分かってるよ。うん、魔法使うようになったのは最近だけどね。よくやるよ。弱いもの虐めっていうの? あぁいうのさ、苛々するんだ。それを止める為に、結局もっと強い奴がそいつらを止めなきゃいけないってのも、嫌な話だけどね。そんなつまんないことの為に、力を使うなんてさ」


「では、君はなんの為に力はあると?」


「証明だよ。力があるから、勝てる。力があるから、守れる。力があるから、自分が正しいと思ったことを実行出来る。俺の力は、その為にあるんだ」


「そう、か」


「強いのが格好いい。最後に必ず勝つのが格好いい。一番正しい勇者の形は、それだ。どんな精霊がついてるとか、顔とか年とか性別とか華があるとかないとか、そんなのはどうでもいい……って、俺は思うんだよね、あはは」


 途中まで真剣味を帯びていた彼の声が、わざとらしく明るいものに変わった。


「……君、どこかで逢ったことが?」


「え、フェニセンパイと? ないと思うよ」


「そう、か。……ふぇに、せんぱい?」


「だって今顔隠してんじゃん。フルで呼ぶわけにはいかないでしょ」


 私達に合わせて、レイスも顔を隠して歩いている。


「あ、あぁ、そうか」


 誰かに似ている気がする。


 最後に必ず勝つ。

 レメの気に入っていたフレーズだ。だが、彼オリジナルというより、あれは誰かの言葉だった気がする。ある勇者の言葉だろう。

 レイスも、同じ勇者のファンなのか。


「レイス」


 首から下がローブですっぽり覆われた、白い髪の少女が現れた。


「あ、フラン」


「探した」


「迷ってたんだ」


「……レイスは方向音痴。一人で歩かないでほしい」


「方向音痴じゃない。俺は俺の行きたい場所に足が向くだけだ」


「……どうしようもない」


「それに、いつもお前が来るから、別にそれでいいんだ」


「……そう」


 表情の変わらない少女だが、唇の端が僅かに上がったような。


「ありがと、フェニセンパイにリリセンパイ。ここまでで大丈夫だよ」


「そのようだね」


「あの、わたくし達と逢ったことは……」


「うん、秘密は守るよ。熱愛は俺の胸に秘めておくさ」


「だから、違うと言っているでしょう」


「あはは。あ、そうだフェニセンパイ」


「なんだい?」


「理由は分からないけど、レメさんを捨てたよね」


「――――」


「安心して。あの人は俺のパーティーで一位になる。俺は、絶対に仲間を見捨てないからね」


「……レメは、既に自分の道を見つけている」


「……この道の方が楽しそうって、思わせてみせるさ」


 そう言って、彼は笑顔のまま去っていった。




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