第120話◇第六層ツアー?
第六層・水棲魔物の領域。
海の上に、白い砂の道が出来ている。それはどこまでも続いているようにも、途中で途切れているようにも見える。迷路のように入り組んでいるところも、分岐路も確認出来た。
僕とミラさんは、それぞれ魔物状態で第六層を訪れていた。
ちなみにフロアボスの控える各層最深部も、記録石で転移することは可能。
だが、それには担当のフロアボスに許可を得なければならない。
かつて第十層防衛に協力してくれた仲間達に対しては、僕が許可を出したわけだ。
当然、ほとんど接点のない【水域の支配者】ウェパルさんに最深部転移許可をもらう機会などこれまでなく。
僕らは一つ前の部屋に転移し、そこから徒歩で最深部へ向かうことに。
「私は許可を得ているので、一緒に転移すればよろしかったのではないでしょうか」
「うぅん、ウェパルさんが許可を出したのはミラさんに対してだよね? それに僕がついていくっていうのは、なんか……よくない気がして」
「ふふ、レメさんらしいです」
予想出来ていたのか、彼女は柔らかく口許を緩めている。
「それにしても、私を連れてきた判断はとても正しいですよ。さすがは魔王軍参謀です」
「そう、なのかな。そんなに気難しい人なの?」
ミラさんはなんだか自信に満ちている。
確かにウェパルさんは近寄りがたい雰囲気を纏っている……いや、違うか。
みんな大なり小なり人間の参謀に興味を持つ。それが好感情か悪感情かはさておき、どんな奴なのだろうと気にしているのが分かる。
それが無かったのは、食べ物関連以外では対応が普通だったフルカスさんくらいだろうか。今でこそ剣の師で、一緒に他ダンジョンに派遣された仲だけれど。
初対面の時――僕の魔王軍面接の時だ――なんて寝ていたしね。
ウェパルさんは普通とも違う。関心が薄い、という感じだろうか。
「いえ、彼女は面白い人ですよ。ただ、自分の好きなものの前でないと、テンションが低いだけです」
「あー、なるほど」
分かる気がする。【聖騎士】ラークは装備にこだわるタイプで、武器防具店を見に行くといつもよりテンションが上がる。【狩人】リリーはいつも毅然としているが、森ステージのダンジョンに挑む時はいつもより饒舌だ。
普段冷静な人でも、スイッチが入ったように元気になることがある。
「次、右です」
「あ、うん」
左右の分かれ道で、僕らは右に曲がった。
見晴らしはいいので、正しいルートを導き出すのはそう難しくないように思える。
実際、今のような状況なら簡単だ。
ただ、ダンジョン攻略では魔物の襲撃がある。ゆっくりと正しい道を探る余裕はない。
立ち止まっていてはいい的なので、動くしかなく。
うっかり間違った道に進んだら行き止まりで、引き返すしかなく……みたいなことも多い。
「この私にどーんとお任せください。彼女の気に入りそうな品は、仕入れてあります」
「いつの間に……」
「こんなこともあろうかと……と言いたいですが、別件の為に用意したものですね」
「それを、今日使ってしまっていいのかな」
「よいのですよ。レメさんのお役に立てるのなら」
「……ありがとう」
「その言葉だけで報われる思いです」
「いやはや、仲睦まじい恋人が歩いているものですから、いつの間に此処はデートスポットになってしまったのだろうかと思いきや、参謀殿とカーミラ嬢でしたか」
海面がぶるぶると震えたかと思うと、何かがゆっくりと顔を出した。
何かというか、彼しかない。
【海の怪物】フォルネウスさん。彼は巨大な鮫の亜獣。人語での意思疎通が可能で、物腰の柔らかい紳士だ。フロアボス相当の、レア魔物である。
彼が出てきた拍子に、僕らは全身に水を被ることになる。彼は加減して出てきてくれたようだが、それでも大いに水が飛んでいた。
「……これは失礼しました。参謀殿にご挨拶をと思ったのですが……」
「いや、問題ない。貴様とは中々話す機会も得られんからな」
今更感が強いが、レメゲトン口調に直す。
……さっきの会話を聞かれていたなら、無意味かもしれないけどさ。
「フォルネウス、少し遠くから顔を出してくれればよかったのではなくて?」
ミラさんもカーミラ状態に。ちょっと頬が赤い気がする。いやそれは僕も同じか。
「重ねて失礼を。丁度この下で寝ていたのです」
「ならば、邪魔をしたのは我らの方であったか」
「いえいえ、こんな身体ですからな、他にやることもないというだけのことでして。お二人は、ウェパル様にお逢いになられに?」
「えぇ、そうよ」
「ふむ、なるほど。では、水を被せた詫びにはなりませんが、私がご案内致しましょう」
「道は分かるわ」
「承知しております。ですが此処はフロアボス直前のエリア。正しい道筋を辿るにも時間が掛りましょう」
「……まぁ、そうね。どう致しますか、レメゲトン様。彼の申し出を受ければ、近道ではあります」
「案内というと?」
僕が問うと、フォルネウスさんは砂の道に身体を横付けした。
「お乗りください」
彼の背に乗って、連れて行ってもらうということか。
しかし砂の道がある。それが邪魔なので、どこかで潜らなくてならないのではないか?
「心配は要りませんよ、レメゲトン様」
カーミラがそう言うので、僕はごちゃごちゃ考えるのをやめた。
「では、頼む」
「喜んで」
僕らはゆっくりとフォルネウスの背中に乗る。
大きな背びれを掴み、背に腰掛ける。
カーミラは、そんな僕の腰に掴まった。
「では行きましょうか」
そう言って、フォルネウスさんは水中に潜った。
視界が青に染まる。だが僕らがこれ以上濡れることも、肺に水が入ることもなかった。
「……なるほど」
水魔法の一種だ。水を除ける魔法。僕とカーミラの周囲には、水の入り込めない小さな空間が出来ていた。
おかげで、海中の様子を楽しむことが出来た。
「レメゲトン様、人魚が泳いでいますよ」
カーミラの指差した方向には、確かに二人の人魚が泳いでいた。
「彼女達は優しいのですが、若い子の話は私にはよく分からないのです」
フォルネウスさんは、古株のようだ。もしかすると、師匠の部下だったかもしれない。
やがて、彼の身体が浮上する。
そこには箱庭に創られた海の果て、扉があった。
「この向こうです。海上におられるかは分かりませんが」
「えぇ、呼び出す餌は用意してあるわ」
「それはそれは」
「助かった、フォルネウス」
「えぇ、レメゲトン様。もしよろしければ、またお越し下さい。その時は……ルキフェル様の話でも」
「……! 必ず、また来る」
それは、師匠の魔王としてのダンジョンネームだった。
僕の角に関しては、最初は魔王様と四天王しか知らなかった。
第十層防衛後も、詳細は伏せられていた。
だがニコラとの一騎打ちで角を解放したこともあり、その配信前に主要な魔物達には伝えていたのだ。
師匠の角だとは言っていないが、フォルネウスさんは何か理由があって気付いたのか。
「お待ちしていますぞ」
フォルネウスさんは目を細めて笑ってから、海中へと消えていった。
「レメゲトン様? 今のは……」
「あぁ、後で話す」
「承知しました。行きましょう、人魚姫を釣り上げませんと」
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