第60話◇新しい勇者の形
人馬のメイドさんことケイさんの先導で、僕らは街の中を進んでいく。
彼女が人の速さに合わせてくれているので、距離が開くこともない。
「しかし驚きました。まさかレメゲトン様の正体が人間だとは」
まったく驚いてなさそうに、ケイさんは言う。
「人間は歓迎されないですか……?」
「わたくしからはなんとも。ただ……個人的には、【炎の勇者】を撃退した御方を派遣して下さったこと、魔王城ダンジョンマスター様への感謝の念が尽きません」
ちらり、とケイさんはこちらを振り返り、すぐに前を向く。
「あの【刈除騎士】が可憐な女性であったことも、衝撃でした」
「先代は男で年寄り」
「そのお年で、先代と変わらぬ武技を誇るとか。防衛映像を拝見したところ、卓越した槍術をお持ちのようで」
「お腹空いた」
「はい? ……承知致しました。主との顔合わせが済みましたら、用意させます」
「ぺこぺこ」
「さすがは魔王城、個性的な方が揃っていらっしゃるのですね」
ケイさんは困ってフルカスさんとの会話を放棄した。
「そちらのお嬢さんは、レメゲトン様の秘書だとか」
「……! は、はいっ! ひしょです!」
事前に聞いていたのか、カシュが魔王城で働くことになった経緯などについて訊かれることはなかった。
「まだ【
その時、彼女の唇が優しげに緩められたのを、僕は見てしまった。
なんとなく近寄りがたい雰囲気を纏っているケイさんだが、あぁ良い人なんだなと思った。
子供に優しい気持ちになれるから善人だなんて、単純な考えかもしれないけど。そう思った。
「街の様子が気になるようでしたら、わたくしに乗った方がよく見えるでしょう。いかがですか? カシュ様」
「えっ?」
カシュがキョロキョロと街を見ていたことに、ケイさんはしっかり気づいていたようだ。
「もちろん、『ケンタウロスになんか乗れるか気持ち悪い』と仰られるのであれば無理にとは申しませんが」
「そ、そんなっ。あ、あの……ほんとにいいんでしょうか?」
カシュはケイさんと、それから僕を見た。
僕が微笑みながら頷くと、やがて彼女もこくりと頷く。
「よ、よろしくおねがいします……っ!」
「喜んで」
ケイさんが立ち止まったタイミングで、僕はカシュを抱え上げる。
鐙も鞍もないので苦戦しつつも、カシュはケイさんの背に跨がることに成功。
「落ちぬよう、わたくしの服を掴んでください。腰にしがみつくのでも構いませんよ」
カシュは躊躇いがちに、彼女のメイド服を掴んだ。
「いかがでしょうか、馬上の景色というものは」
ケイさんにそう言われて、ようやくカシュは周囲を見る余裕が出てきたようだ。
「ふわぁ、高いです……!」
「そうなのです。世界が普段とは違って見えましょう?」
「は、はい! なんか……なんだか、すごく、すごいです!」
「喜んで頂けてなによりです。では、動きますね」
ケイさんはカシュを気遣ってくれているのだろう、童女はほとんど揺れることなく馬上の景色を楽しんでいる。
「れ、レメさんっ。あれはなんでしょう?」
カシュが指差す方向を見ると、何やら人だかりが出来ている。
答えたのはケイさんだ。
「『
あの男というのは、魔王様のお父さんだろう。
人々の視線は、広場に造られた急拵えの舞台に注がれていた。
舞台上にいる人物を見て、僕は驚く。
「あ、彼女知ってます。【勇者】だ、確か……九十九位の」
山賊風の男性が村娘風の少女を人質にし、【勇者】に剣を向けている。
「昔の女?」
フルカスさんの言葉に、僕は首を横に振る。
「まさか。百位以内は覚えているんです。直接の面識はないですよ」
悲しげな顔をしたあと、ポケットからメモを取り出し何か書き込もうとしていたカシュ。彼女に聞こえるよう、しっかりと否定しておく。
ミラさんから課された任務を忠実にこなそうとしているようだ。
誤解だと分かったカシュは、ほっと息をついてからメモを仕舞う。
勘違いでカシュが落ち込みミラさんが怒るとか、誰も幸せになれないので未然に防げて良かった。
……気をつけないといけないな。
舞台を忌々しげに見ていたケイさんだったが、カシュが興味を持っていることを確認すると進路を変えた。
「もうすぐ終わるようですから、見て行きましょうか」
というわけで、僕らは広場に近づいていく。
【勇者】の少女は確か……十五か十六だったと思う。【
彼女は白銀と純白で構成されていた。
白銀の髪は肩に届くか届かないかの長さ。同色の瞳を持つのは、中性的で凛々しげな顔。
白を基調とした騎士を思わせる衣装に身を包み、陽光を反射する白雪が如き刀身のスモールソードを構えている。
【銀嶺の勇者】ニコラ。
その美しさと紳士的な振る舞いから、主に若い女性からの絶大な支持を集める【勇者】だ。
ファンの間では『白銀王子』とか呼ばれているらしい。
『その女性を離せ、悪党め』
ニコラさんの声が広場に響く。
『ち、近づくんじゃねぇ! この女がどうなってもいいのか!』
山賊風の男が女性を引きずるようにしながら後退し、女性が叫び声を上げる。
名演だ。
『いいだろう。近づきはしないさ、これでいいかい?』
ニコラさんは剣を鞘に仕舞い、両手を広げて無抵抗をアピール。
男がふっと安堵の息を吐いた瞬間――。
『接近するまでもないからね』
床から何かが
白銀の液体だ。それは意思を持っているかのように蠢き、男だけに襲いかかる。
『な、なんだッ……!?』
すぐに男の全身が包まれ、剣ごと男を白銀の中に閉じ込める。
解放された女性が走り出し、ニコラさんの胸に飛び込んだ。
それを優しく抱きとめ、【勇者】は悪党にとどめを刺す。
『罪なき民を苦しめる悪には、正義の裁きを』
新たに生み出された白銀の液体が剣の姿をとる。それを振るうのは腕の形になった白銀だ。
幾振りものの剣が、銀の像となった山賊に突き刺さる。
ワッと観客から声が上がった。
剣が引き抜かれると、退場による魔力粒子が穴から吹き溢れ、像に降り注ぐ。
閉じ込め、打倒し、白銀を魔力粒子で彩る。
その光景はまるで、雪によって銀白に輝く山のようで。
故に【銀嶺の勇者】。
『人も亜人も関係ない。悪を行う者在れば、正義を執行する者も在るというだけのこと』
歓声がドッと大きくなる。
――なるほど。
確かにこのショーでは、悪役は亜人ではなく人間の山賊だった。
魔物が悪いのではなく、『悪いことをする者がいて、その者が悪いんだよ』と示している。
観客の中には亜人の姿も多くあった。
カシュも興奮気味にパチパチと拍手している。途中はハラハラドキドキしていたが、すぐにショー――フィクションだと理解して、楽しめたようだ。
今はまだ人間の【勇者】を正義の象徴としているが、その内亜人の勇者役なども現れるのかもしれない。そうなると冒険者組合の説得が難しそうだが。
そういう未来自体は歓迎すべきところだ。
かつて僕の憧れた、
脚本のある無しという違いはあるし、個人的には真剣勝負が好みだが、まぁ媒体が違うわけで。文句をつけるようなことでもない。
人を熱狂させる何かが、確かにあるのだから。
「ダンジョン攻略を無くすとかなければ、素直に楽しめるんだけどな」
僕の呟きが聞こえたらしく、ケイさんが頷く。
「買い取って、新しい競技を行うそうです」
「それだって場所を借りるとか、いっそ専用の空間を形成してもらうとか、やりようはあると思いますけど」
ダンジョンの規模にもよるが、元々魔力で出来ている空間だ。ダンジョンを潰さなくとも、独立した空間を作ることくらいは出来る筈。
共存の道はあるのに。
「レメゲトン様の仰る通りです。ですが、あの男はダンジョンを終わらせることを目的の一つとしているようでして」
「そうなると、『はいどうぞ』とはいきませんね」
「是非とも、魔王軍参謀の頭脳とお力をお借りしたく」
「……力を尽くします」
自在に形成可能な白銀の液体を操り、最後まで観客を楽しませるニコラさん。
彼女から視線を外し、僕らは再び歩みを進める。
「ところでレメゲトン様、フルカス様はどちらに?」
「……え、あ、あー、見つけました。串焼き買ってますね」
屋台で支払いをしているフルカスさんを発見。
「……食欲が旺盛な方なのですね」
「あ、あはは。すぐ連れてきます」
「承知しました。わたくしはカシュ様とお話しております」
僕は急いでフルカスさんのところへ向かった。
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