第59話◇馬車に揺られて目的地へ。お迎えはメイドさん

 



 馬車での移動は特に問題なく進んだ。


 馬車に乗るのが初めてだというカシュは最初こそはしゃいでいたが、前日に眠れなかったらしくすぐに船を漕ぎだした。

 今は僕の膝を枕に「すぴぃ……すぴぃ」と可愛い寝息を立てている。

 ふわふわの犬耳に触れたい衝動を抑える。


 フルカスさんは豆が切れたことで無表情のままどよ~んとした気配を纏っていたが、こんなこともあろうかと用意していたクッキーを渡すと、「感謝する参謀。さすが参謀」と言ってもしゃもしゃ食べ始めた。

 元気になったようで嬉しかったけど、僕を褒めてる時も視線はクッキーに釘付けだった。


「参謀は」


「あー、普段は名前でいいですよ」


 仕事の時以外に参謀と呼ばれるのは、なんだか慣れない。意識の問題なんだけど。


「そう。レメ。自分はフルカスでいい。本名好きじゃないから」


「分かりました、フルカスさん。それで、なんでしょう?」


 彼女の方から話しかけてくるのは珍しい。


「参謀は、自分が好き?」


「へ?」


 この場合の『自分』とはフルカスさんのことだろう。


「よく食べ物くれる」


 稽古をつけてもらう時はお礼として、歓迎会の時はじぃと見ていたのでハンバーグを、先程はクッキーを渡した。

 好意があるのだろうか、と考えたらしい。


「あ、あぁ、いえ、そういうわけでは」


「そ」


「フルカスさんに魅力がないとか、そういうことではなく」


「ん」


 表情にも声の抑揚にも乏しいので、感情が読めない。


「すみません……気をつけますね」


「問題ない。食べ物嬉しい」


「それなら、よかった……のかな」


「理由が気になった。それだけ」


「なる、ほど。稽古をつけてもらっている時は、そのお礼ですね。他の時は……なんでしょう? なんとなく? 上手く言えないですけど」


「わかった」


 こくりと頷くフルカスさん。


「フルカスさんは、食べるのが好きなんですね」


「好き。レメもよく食べる」


「そうですね。魔力器官を鍛えても、身体に何もなければ魔力は作れませんから。沢山魔力を作りたいなら、鍛えるだけじゃなくてとにかく食えって、師匠が」


 二回の朝食に加え、ブリッツさんのところに寄って果物を買うことも多い。

 魔力器官に優れた人は、エネルギーになりそうなものが好きだ。肉とか揚げ物とか、甘いものとか。


 フェニクスなんかは世間ではスマートでクールなイメージを持たれているので、人前でガツガツ食うわけにもいかず空腹に耐える時が結構あった。

 どうしてもって時は僕が周囲に『混乱』を掛けてあいつを認識出来なくして、その間に何か食べさせていたけど。


 そういえば、僕が抜けた後はどうしてるのかな。

 ベーラさんも【勇者】だし、よき理解者として協力してくれているのかもしれない。

 まぁほんとに限界になったら人を撒くなんてあいつには容易い。そう心配は要らないだろう。


「レメの師匠。前の前の魔王様?」


 僕は曖昧に笑う。もうバレているのだとしても、僕が肯定することには抵抗があった。


「いい。言わなくて。教えられたの、魔法だけ?」


「指導してもらったのは、そうですね」


「でもレメ、鍛えてる、身体。才能ない人間の、限界まで。剣、ダメダメだけど」


「あはは。確かに、鍛えられました。こっちは教えてもらったというより、そうならざるを得ない環境に放り込まれたって感じですね。水筒だけ持たされて山で一週間生き延びろとか」


 精神力もかなり鍛えられたと思う。自然の前には自分なんてちっぽけなものだ。水と食べ物と清潔な服と安心して眠れる場所がいかに素晴らしく特別なものなのか、あの訓練でよく分かった。


 今思えばあの訓練は、僕が死なないよう調節してくれたとはいえ、魔王が我が子に課すもの。

 つまり、訓練内容には『角の継承に耐えられる体作り』も含まれていたのだろう。

 だから、フルカスさんの言ったように『才能のない人間の、限界まで』鍛えられた。


 勇者への道を諦めきれなかった僕は、普段から隠れて鍛錬を続けていた。

 独学では限界があったけど、【黒魔導士】に戦闘技術を指導してくれる人なんていなかったし。それでもなんとか、肉体の維持は出来ていたようだ。


「改めて、ありがとうございます。剣の稽古、つけてもらえて助かってます」


 フルカスさんは一度も僕を笑わなかったし、時間の無駄とも言わなかった。

 空いた時間に、真面目に指導してくれている。

 まぁ『ダメダメ』らしいのだが、悪意が無いのでスッと受け入れられた。


「いい。でも、【役職ジョブ】に合った能力以外は、すぐ頭打ちになる」


 フルカスさんの言ってることは事実。

 【役職ジョブ】は神様が教えてくれる適職なのだ。当人の能力や伸びしろを汲んだ上で、最も実力を発揮出来る舞台を示してくれる。


 【役職ジョブ】の中には、幾つもの『適性』が組み込まれている。

 というか、『適性』の組み合わせで【役職ジョブ】が確定する。


 たとえば【戦士】の場合は、『機動力』『戦闘勘』『剣術』あるいは『槍術』などなど。

 それらを有していれば、【戦士】が発現するわけだ。


 ただこれは膨大な前例から人類がそう仮定しただけで、神様が何か言ったわけではない。

 まぁ神様のことは置いておいて。


「そう、ですね。でも、諦められないので」


 同じ【役職ジョブ】でも、個々で『適性』に差はある。

 『機動力』高めとか、『剣術』高めとか。そのあたりは、自分を鍛えていく内に分かるようだ。

 『適性』があるということは、その部分を鍛えた時に努力が実りやすいということ。


 【黒魔導士】に含まれる適性は『黒魔法』『魔法抵抗』『魔力』『魔力感知』が基本だ。

 黒魔法が伸びやすく、主に黒魔法への抵抗力が強く、魔力器官が若干成長しやすく、魔力を辿りやすい。


 この『魔力』というのも、【魔法使い】や【勇者】のそれが『魔力(強)』とか『魔力(極)』だとすると、『魔力(弱~中)』程度のものなので、魔法が使えない【役職ジョブ】に比べればマシ程度だ。


 直接戦闘系の『適性』は、【黒魔導士】にはない。

 【役職ジョブ】は後天的に変化しないので、角を継承したからといって僕が【魔王】を発現する、ということもない。神様は更新するつもりがないのだろう。

 ただ、反映されないだけで僕は実際に魔王の力の一端をこの身に宿している。

 だからって角の能力以外に『適性』が増えたとか、そういうことはないんだけど。


「そ。鍛錬は良い。でも、本職には敵わない」


 フルカスさんの言葉は無機質だが、冷たくない。だから突き放すように聞こえないのだろう。

 それと、良い人だって分かっているというのもあるかな。


「センスや技術で敵わないのは分かっています。同じ努力をしても、本職の百分の一だって報われない。それでも、成長出来るのは嬉しいです。教えてもらったことは、無駄にはしません。出来ればこれからも色々教えてください」


「ん」


 頷いてから、フルカスは人差し指で頭を指し示した。


「何か足りないなら、別で補えばいい。頭や、黒魔法で」


「はい」


「後は、魔法具買うとか」


 確かに、武器防具や特殊アイテムも戦力の内。

 指輪のおかげで、僕の生み出す魔力に召喚という使い道が増えたように。


「売りに出されるのはほとんど見たことないですね……。あってもとても手が届く値段じゃないですし」


 極稀にオークションに出品されることがあるが、眼球が飛び出る程の値がつく。

 フェニクスなら一つくらい買えるだろうか。あいつは聖剣あるから要らないだろうけど。

 選択肢としてはアリなのだが、実現性が低い。お金もそうだし、いつどんなものに巡り合うかさえ分からないのだ。頭の片隅に置いて期待はしないくらいが丁度いいだろう。


「自分は、魔法具買うなら食べ物買う」


「あはは。フルカスさんは既に二つ持っているじゃないですか」


「便利」


「特にあの槍はいいですよね。あれってどういう風に――」


 それからしばらく、僕らは言葉を交わした。

 フルカスさんは言葉少なに、それでもちゃんと応じてくれた。


 まだ日のある内に、目的地に到着。

 カシュを起こし、御者に礼を言ってから街へ入る。

 規模は魔王城のある街より小さいが、活気のある街だ。


「ふわぁっ……!」  


 ちょっと前まで寝起きでぼんやりしていたカシュが、目を輝かせる。


 そういえば僕やフェニクスも、新人時代は行く街行く街が新鮮で仕方なかったなぁ、と懐かしい気持ちになった。てっきり僕らが田舎者だからだと思っていたが、はしゃぐカシュを見るにそうでもないらしい。


 きょろきょろと視線を巡らせるカシュを微笑ましく思いつつ、はぐれないように手を握る。


「自分とも握る?」


 フルカスさんが無表情で聞いてきた。

 本気か冗談か判断がつかない僕を見て、彼女は最後のクッキーを口に入れてから言った。


「冗談」


 もう少し仲良くなれば、彼女が何を考えているか少しは分かるようになるだろうか。

 そんなことを考えていると、蹄が石畳を叩く音が近づいてきた。


「……えぇと、メモによると『黒衣の青年』『可憐な犬耳の童女』『無表情だけど美しい白い髪の少女』三人組……あぁ、見つけました」


 そのメモ、僕の情報だけ雑過ぎませんか?

 いや、黒魔法で周囲に僕だとバレないようにしているので、それを込みで判別出来るようにと伝えられたのだろうけど。


 近づいて来た女性は、メイド服に身を包んだクールな雰囲気の女性だった。

 黒い髪に黒い瞳、そして――黒い毛並み、、、

 美しい女性の胴体、その下は――馬のそれだった。

 ケンタウロス――人馬だ。


「魔王城職員の方々でお間違いありませんでしょうか?」


 人間の胴体から下が馬ということもあり、僕らは彼女を見上げることになる。


「はい、本日からお世話になります」


「主の命でお迎えに上がりました。ケイと申します。ダンジョンネームはオロバスですが、お好きな方でお呼び頂ければと」


 僕らもそれぞれ名乗る。


「では、主の許へご案内致します」



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