第112話◇急募! 魔王城で働きませんか? アットホームな職場です(後)

 



 エリーさんは豪胆……とは違うのかな、自分の中にルールがあって、それに忠実な人のようだ。そういう人はしばしば、常識外ととられる行動をとる。

 入室の時もそうだし、退室もそうだった。


「用は済んだわ! アタシはこの宿に泊まっているから、連絡しなさいね。さぁアナタ達、帰るわよ!」


「はっ、エリー様!」


 スーツの四人が綺麗に声を揃える。

 カーペットを敷いていた黒スーツさんが懐から名刺大の紙を取り出し、卓上に置く。

 そのまま五人は帰ってしまった。


「あはは、動画で観るより面白い人達だ」


 僕が仮面の奥で笑っていると、異なる二つの視線が向けられる。


「レメゲトン様……あぁいう女性が好みなのですか?」


「いやいや……そういう話ではなくて」


 カーミラさんの口許は笑みの形に歪んでいる。でも分かる。楽しいから笑ってるわけじゃない。


「そんなことよりも、採用不採用はこの場で決めることではありません」


 魔人さんが苦い顔をしていた。


「そうですね。アガレスさんには僕の方から話しておきます」


 彼女も彼女で仕事をしているだけ。決められた手順や慣例というものがある。

 他と違って求める人材の具体的条件が無いので、彼女もやり辛いことこの上ないだろう。

 気持ちを計る面談なんてものに立ち会い、他の四天王は何故か参謀の判断に理解がある様子。

 困惑するのも無理はない。


 勝手をしたのは僕なのだから、上司への説明も僕がするべきだろう。


「そうではなく……いえ、承知しました。自分は進行に注力することとします。ですが先程のようなことは……」


「気をつけます。僕だけで決めるのはよくなかったですね」


 ……ただ、合否の発表は後日なんて言っていたら、エリーさんはその場で帰ってしまったのではないかと、そう思うのだ。この場で判断することも出来ないのね、と。


 常識や手順に則っていては、取り零してしまう才能というものがある。

 勘に過ぎないけど、結果的にエリーパーティーを仲間とすることが出来た。


 僕は宿の名前が書かれた小さな紙を手に取り、ポケットに仕舞う。

 僕が頷くと、魔人さんは扉へ視線を向けた。


「次の方、どうぞ」


 ◇


 最終的に、僕がこの人と一緒に戦いたいと思った人達にだけ、触れようと思う。


 まずはラミアのメドウさん。二十三歳、女性。

 ラミアは蛇の下半身を持つ亜人だ。メドウさんは全体的に白かった。下半身を覆う鱗も、上半身の人の肌も、腰のあたりまで伸びた長髪もだ。


 目はどうなのだろう、分からない。前髪が長いということもあるし、そうでなくとも――包帯で目隠しされていたから。


「履歴書を見るに過去三つのダンジョンで働かれていたようですが、現在は何を?」


「ぜ、ぜんぶクビになってしまって……」


「それは何故でしょう?」


「っ……わ、私を雇ってから、動画を投稿する冒険者さんが減ったから……と」


 彼女の『特技』が圧倒的過ぎる為に、攻略は失敗。そんな無様な姿は晒せないと、冒険者は動画をボツに。すると世間にダンジョンを知ってもらう機会が失われ、客足は遠のく。


 難しいところだ。全力で勝負すべきだが、動画を配信するかは冒険者側が決めること。

 人気商売で人気が下がるような映像は公開したくないというのが人の心。


 彼女の場合は特に、激しい戦いの果てに勝敗が決する……という能力ではない。

 出会い頭に決着がつく類の力。


「この魔王城でなら、それは繰り返されないとお考えですか?」


「わ、分かりません」


「では何故今回、応募を?」


「こ、ここなら……【勇者】を倒してもいいと、思ったから、です」


 普通のダンジョンでは、彼女の能力は手に余る。

 だが此処でなら、難攻不落の魔王城でなら。特定の魔物に縛られない渾然魔族領域ならば、ラミアが【勇者】を倒しても問題ないのではないか。


 お前がいては冒険者が攻略映像を投稿してくれないのだと、クビにされることはないのではないか。

 そう考えたのか。


「その通りだ」


 採用! と叫びたかったが、それだけに留める。

 彼女の唇がぴくりと震え、それはやがて弧を描いた。


「よかった……」


 彼女の安堵の溜息が、あまりに切実で。

 とても印象的だった。


 ◇


「得意なことですか~? ふふ、お歌を歌うのは得意なんです~」


「いえ、そういうものではなく」


 額の中央から螺旋状の筋が入った一本角が生えた女性だ。

 魔人ではない。本人が言うには、先祖にユニコーンの血が混ざっているのだと。

 人狼のように人間状態と馬人状態を行き来出来るそうで、どちらの場合も角は残るのだとか。


 複数の種族の血を引く人は、現代では珍しくない。

 シアさん。二十四歳。薄紫がかった色素の薄い髪はふわふわと肩まで流れ、同色の目は笑みの形に細められていてほとんど見えない。


 よく手で頬を押さえる仕草をするのだが、その度に手首をしならせるので、前腕部が豊満な胸に当たっては揺れている。

 それはいいのだが、その度にミラさんが小さく舌打ちをしているような……気の所為だよな、うん。


「? お歌が一番得意なんです~。他は木を圧し折ったり、岩石を叩き割ったり、【調教師】なので亜獣さんと仲良くしたりとか、それくらいしか出来なくて~」


「そちらが聞きたかったですね。素晴らしい能力です」


「本当ですか~。嬉しいです~」


「【調教師】ならば第一層で募集が掛かっていましたが、何故こちらに?」


 その時、シアさんの目が開かれた。


「勝った後に歌うのが、一番気持ちがいいんです」


 魔人さんを除く三人が腰を浮かしかける。

 彼女の闘気に当てられ、反射的に戦闘態勢を取りかけてしまった。

 穏やかな人かと思えば、とんだ戦士だ。


「シンプルで素敵なフレーズに惹かれたんです~」


 再び微笑むシアさんに、一瞬前までの覇気はない。


 『勇者に勝つ気概のある人』。この言葉が心に強く引っかかったということだろう。


 うん、失敗かと思ったけど、エリーさん達、メドウさん、シアさんとしっかりと受け止めた上で足を運んでくれた人もいるのだから、これでよかったのだろう。 


 【勇者】は別格。正々堂々の一騎打ちでは、魔人か【魔王】持ちでもなければ相手にならない。あるいは同じ【勇者】か。

 それを担当フロアの立地や罠、チームワークで打ち倒すのが魔物。


 自分ひとりでも【勇者】を倒す、倒せるという気持ちを持てる者は少ない。それはまったく悪いことではない。

 けど僕の層はとにかく人がいない。だからって急に何十人も部下を抱えて、上手く制御出来るだろうか。

 既に完成されたフロアに助言するのとは違う。一から組み立て、全員が活きるように策を立てるのは至難。そうでなくとも課題は山積みなのだ。


 助っ人のこともある。今回は、あくまで少数精鋭でいこうと思った。

 短いフレーズを本気にして、此処まで来てくれるような人を待っていた。


 ◇


 最後の一人は二十七歳の男性。ミノタウロスのラースさん。


「……十五歳以降の職歴が記載されていませんが、これは?」


「……」


 ラースさんは俯いて何も答えない。


「十二年、何を?」


「…………」


 彼が膝の上で拳を握る。答えはない。


「この魔王城は難攻不落と言われています。どのように防衛に役立てるとお考えですか?」


「………………っ」


 彼の身体が小刻みに震える。羞恥に堪えるように。


 ――人と話すのが、得意ではないのかな。


「【役職ジョブ】は【黒魔導士】だったな」


 僕が問うと、彼がびくりと震え、数十秒経ってからこくりと頷いた。


「答えるのにどれだけ掛かってもいい。声が難しいなら紙とペンを用意しよう」


「………………だい……ぶ、す」


「そうか。魔力器官がよく鍛えられているな、どのような鍛錬を?」


 それから僕らは、長い時間を掛けて言葉を交わした。


 彼は十五の時に、当時働いていたダンジョンを追い出された。


 冒険者と違い、魔物は前面に押し出されるのが【役職ジョブ】ではなく種族。  

 彼は【黒魔導士】だったが、屈強に見えるミノタウロスということで採用された。本人の希望は反映されず、求められたのは肉弾戦。それが上手く行かないと、クビにされた。


 再就職は上手くいかなかった。

 だが【役職ジョブ】は変えられない。


 彼はいつか再びダンジョンで働く時の為に、自分を鍛え続けた。


 それを考えついたのは、偶然だという。

 彼は自分に黒魔法を掛ける、という訓練を積んだ。


 奇しくも、僕が師匠に教えてもらったものと同じ。

 ラースさんの場合は自力で辿り着いた。


「素晴らしい」


 思わず漏れた称賛の言葉に、ラースさんは驚くように顔を上げた。

 それからくしゃりと表情を歪め、嗚咽を漏らす。


 僕には師匠がいた。信じてくれる親友も。好かれてはいなかったけど、仲間だって。

 けれどラースさんは否定され、追い出されたまま、十二年も一人で、自分を鍛え続けたというのだ。


 そして彼は今日、魔王城を選んでくれた。

 こんな幸運はない。


 そうして、僕の仲間は決まった。



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