第298話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』20/盟約
その魔王には、三対六本の角が生えている。
波打つ紫の長髪、顔の上半分を覆う仮面。艶めかしい唇を楽しげに舐める彼女の舌は、蛇のように長い。美しき体の造形を強調するような、ぴったりとした衣装はそれだけで人の意識を集める。
だが、今日の衣装は、普段のそれとどこか違っていた。
『北の魔王城』――またの名を『超級・極北のダンジョン』の支配者。
【六本角の魔王】アスモデウス。
彼女とはこれまで、二度対戦したことがある。
一度目はフェニクスパーティー時代。
二度目はレイスパーティーとして参加したこの祭典競技だ。
どちらの時も彼女は強敵で、どちらの時もなんとか勝利することは出来たが、どちらの時も――彼女は角の力を全て解放していなかった。
角の解放それ自体が、貯蔵していた魔力の消費を伴うので、容易に使えないのは当然。
角を使うということは、貯金を切り崩すようなもの。
考えなしに全財産を下ろしていては、重要な時に困ってしまう。
僕は彼女と再会した時の言葉を思い出す。
――『君と争うことになるのか、あの御方を倒すべく共闘することになるのか、それは分からない。どちらにしても、楽しみだ』
祭典競技の途中であたれば、争う敵。
共に最終戦に残ることができれば、共闘する味方。
通常実現できるのは、どちらか一方のみ。
だがこの指輪があれば、どちらも実現可能。
祭典競技で争った敵さえも、味方につけることが出来る。
アスモデウスさんは、【黒魔導士】レメの能力を体験したことがあるからこそ、【隻角の闇魔導士】レメゲトンの正体に気づいていた。
そして彼女自身、師匠と戦うことに関心を示していた。
ならば、あとは交渉だ。
「ごめん、待たせたかな?」
待ち合わせに遅刻したような軽い調子で、アスモデウスさんが言う。
彼女の六本の角は、その全てが彼女自身のもの。そこに収まる魔力量は、通常時の僕を凌ぐほど。
今日の彼女の格好は、全身を覆う黒い鎧。
鎧ではあるが、ドレスのような衣装となっており、華やかさが感じられる。
祭典競技での戦いの時に見せた、右腕を包む鋭利な爪は健在で、それどころか左腕も同様の姿になっている。骨の翼も僕のそれと同じく、びっしりと羽が生え揃っていた。
まるで、魔族の姫のような出で立ちだ。
【無形全貌】ダンタリオンさんは言っていた。
『完全鎧角』を使えるのは、これまで世界で二人だった、と。
そこに僕と魔王様が加わることで、四人になったのだと。
この人だったのだ。
師匠以来二人目の、『完全鎧角』到達者は。
「こいつに『今来たとこ』とでも言わせたいのか、お前は。ババアが色気づくなよ」
その人物はあまりの美しさに、一瞬女性と見間違えてしまうが、紛れもなく男性だ。
スラッとした高い背丈に、鋭い眼光、他者を寄せ付けない雰囲気。
だが、そんな恐れ多さを感じる美だけが、彼の特徴ではない。
『南の魔王城』またの名を『超級・冠絶のダンジョン』の支配者。
【万天眼の魔王】パイモン。
彼の強みは、その異名にもあるとおり――『眼』だ。
特別な眼を持つ彼は、魔力の捉え方が常人とは異なる。
一般人と彼で、同じ量の魔力を使って『火球』を放ったとする。
一般人は、魔法の効力通りに火の球を発生させるのに対し。
彼が使うと、家屋を一瞬で炭化させる威力になる。
そこから分かるのは、魔力の効率だ。
彼からすれば、僕らはみんな、魔力を無駄にしながら生きている。
『100』の魔力で料理しても、完成する魔法に使われた材料は『50』だけで、残りは捨ててしまっている、というように。
だがパイモンさんは、『100』を使い切って、一つの魔法を発動できるのだ。
【魔王】レベルの生き物が、『100パーセント』の効率で魔法を使う。
その威力は尋常ではなく、それこそが彼の強みなのである。
彼と僕は戦ったことがないが、アスモデウスパーティーとの戦いの後で、レイスパーティーを尋ねてきた際に話をしたのだ。
――『必要になったら、連絡しろ』
そう言い残して去った彼。
彼もまた、レメとレメゲトンが同一人物だと気づいたのである。
そして僕が考えた通り、その発言の意図とは、こういうことだったのだ。
アスモデウスさんが『完全鎧角』に包まれた両手を師匠に向け、パイモンさんは己の角を師匠に向ける。
そこから、途方もない魔力の奔流が放出された。
魔法を練る時間さえ惜しみ、単純な魔力放出で押し切ろうと考えたのか。
確かにこれならば、魔法式を構築する時間さえも省ける。
圧縮魔力をこれだけ用意できる、【魔王】ならではの選択だ。
師匠は寸前で僕から手を離したが、回避は間に合わない。
二人の【魔王】が放った魔力の波濤に呑まれた。
あまりに膨大な魔力に、景色が歪む。
パイモンさんが僕の首根っこを掴み、アスモデウスさんと共に後ろへ跳ぶ。
そこへ、師匠の展開した星からの斉射が行われ、一瞬で焦土へと変える。
「……あれで殺せるとは考えていなかったが、反撃までされるとはな」
パイモンさんが僕から手を離す。
助けてもらった形になるので礼の言葉を口にしようとしたのだが――。
「それよりパイモン、さっきのは何かな」
「あ?」
「女の子というのは、自分がそう望む限りお姫様でいられるんだよ? 歳は関係ないのさ」
「お前は魔王だろうが」
「それは【
「知ったことか」
「うっうっ……。パイモンがイジメるんだ。助けておくれよ、レメゲトン」
アスモデウスさんはいつも通りだ。
「……召喚に応じてくれたこと、感謝する」
申し訳ないが乗っかるわけにもいかないので、話を軌道修正する。
「なぁに、気にすることはない。私と君の仲じゃあないか」
……前もそうだったが、アスモデウスさんは敢えて誤解を招くような発言をすることがある。
「と言いたいところだが、一応は私も【魔王】だ。折角君が話を振ってくれたのだし、説明しないとね」
アスモデウスさんの口許から笑みが消え、声も真剣なものに変わる。
「【魔王】は誰の下にもつかない。当然だ。仮にも王を名乗るのだからね。それでもこの者と契約したのは、配下になると決めたからではない。利害が一致したからだ」
彼女の言葉を継ぐように、パイモンさんも口を開く。
「あぁ。みっともねぇことに、俺たちはこの大会で敗退した。本来ならばこの場に立つ権利はない。だが、この男に召喚されるという形であれば、最強の魔王と戦える。契約するには充分な理由だ」
師匠は、またいつどこへ消えるか分からない。
この人と戦う機会というのは、次があるか分からないのだ。
「だね。これは盟約なんだよ。世界最強の魔王を倒したいという目的が重なった為に結んだ、同盟のようなものだ。だから――」
「勘違いすんなよルシファー。お前の配下と契約したからと言って、お前の下についたわけじゃあねぇ」
話を振られた魔王様は、つまらなそうな顔をしている。
「ふん。我が参謀の魔力を喰らって出現したからには、精々役に立ってもらおうではないか」
【魔王】二人を召喚するのは、確かに相当量の魔力が必要。
だが同時に、あることを確かめる意図もあった。
「【魔王】さえも召喚してみせるか。かつて、その指輪を手にした者の中でも、それを果たした所有者はおらん」
師匠がゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。
ぱらぱらと、鎧の表面から欠片がこぼれ落ち、魔力粒子と散る。
だが、それだけ。
「……こっちの全力を間違いなくぶち当てたってのに、表面を焦がしただけか」
「しかも、もう損耗分の角を補填してるねぇ。うぅん……一度に百回分くらいのダメージを与えれば、さすがに貫通するかな」
「一度に百発分の攻撃、ね……。規模がガキの考える戦いみたいになってんな」
確かに、子供の頃に強い攻撃を想像する時なんかは、安易に数字を盛りがちだ。
百倍とか一億倍とか。
その冗談みたいな数字が本当に必要になる敵が、この世に存在するとは。
「小僧、それが貴様の選択か」
師匠が僕を見ている。
「貴様が、たった一人で世界最強だというのなら。我々は、集団となって世界最強を獲る」
星が、動きを変えた。
幾つかの星が集まって円を描き出す。
するとその円の中から――先程までとは比べ物にならぬ魔力照射が行われた。
僕らは散開し、その魔力照射を回避。
「……ちっ」
パイモンさんが舌を打つ。
大地に穴が穿たれただけではない。
そこにはもう、何もなかった。
フィールドがどこまで深く形成されていたかは分からないが、それを貫き通し――何もない魔力空間が覗いてしまっている。
レメゲトンとフェニクスが全力でぶつかった時のような、剥き出しの魔力空間だ。
今はただの穴だが、全てがあぁなってしまえば、自分自身で推進力を生み出せる者以外は移動もままならなくなる。
そしてエンターテイメントとしても問題だ。
観客席との繋がりも絶たれることになるのだから。
「おやおや……今のは、君の『眼』じゃないか、パイモン」
アスモデウスさんの声に、パイモンさんが忌々しげに応える。
「分かっている」
師匠は出力を上げただけではない。
一度パイモンさんの攻撃を食らったことで――魔力の捉え方の違いを把握。
己の感覚にも適用し、実践したのだ。
今この瞬間にも、世界最強は強くなり続けている。
『ありゃりゃ。この美女イケメンにとっては、自分の異名になるほどの特別な力でも、君の師匠にとってはただの身体機能の一部ってことか。にしても相棒、驚いていないね』
その通り。
何故ならば、
だが、懸念がまだ一つ残っている。
それを解決してくれたのは、我が王と――三人の勇者だった。
「移動砲台が鬱陶しいのであれば、破壊する他あるまい」
魔王様は魔力放出を回避しながら空を駆け、星の一つを握り潰す。
火、水、風の加護を宿した聖剣の一撃でも、星を傷つけることは出来るようだった。
攻撃を掻い潜りながら、無数の星々を砕いていくのは困難を極めるが、不可能ではないというのが重要。
「夜空の彩りを減らしていくようで、心苦しくもあるが」
「一つ一つが【魔王】に匹敵する魔力量ではありますが、それは世界最強の魔王とは異なります」
「今すぐあんたを倒せなくてもさ、普通の【魔王】なら倒せるんだよね。俺たち、【勇者】だからさ」
師匠は己の角を分割して空へと展開している。
それは本当に脅威であり、それこそ単騎で国中を攻撃できるほどの武装だ。
だが、無数に分割された師匠の角の欠片は、師匠本人ではない。
【魔王】クラスの力は、世界にとっては恐ろしいものであるが。
この場の人間たちにとっては、討伐可能な敵。
僕らはこれから、この星々の全てを砕くことで、師匠の力を削っていく。
師匠を護る全てを破壊し、師匠本人へと拳を届ける。
一度に百発分の攻撃力なんてものを用意する方法は、今は後だ。
満天の星を全て打ち砕き、月だけの夜空にすることが先決。
「その眼、借りるぞパイモン」
「あ?」
僕はついさっき、師匠に掛けられた秘術を一部弱めることで解除した。
それによって、僕の眼と、視覚情報を処理する脳は、魔王化が進んでいる。
そして、師匠にとって、パイモンさんの『眼』が再現可能ならば。
それは、師匠の角を受容するレベルに変質している僕の体でも、再現可能ということ。
幸いにも、僕が解放したのは眼の力だ。
――今この瞬間に変えろ、魔力の捉え方を。
今日この時の為に溜めた全ての魔力を、最大効率で運用できるように。
「……驚いたな」
アスモデウスさんのそんな声を聞きながら、僕は指輪に魔力を流す。
師匠に辿り着くために必要ならば、どんなことでもする。
これまで関係性を構築してきた、頼もしき契約者たちを、何人だって喚び出してみせる。
僕は【黒魔導士】の才能がなく、きっと角の使い方だって師匠には及ばず、努力と工夫に頼ってここまで来たような人間だ。
そんな僕にも、胸を張って誇れるものがあるとすれば、それは。
巡り合わせに恵まれたこと。
【黒魔導士】になっても、僕を見放さなかった両親と親友。
そんな僕に修行をつけてくれ、角を継承させた師匠。
弱気になっていた僕に頑張る力をくれた、カシュやブリッツさん。
【黒魔導士】としての僕の力を高く評価してくれた、ミラさんや魔王様や魔王城のみんな。
魔王城で働くようになってから知り合った、沢山の人々。
それらの出逢いこそが、僕を支える力だ。
だから、それを以って、孤高の魔王を終わらせる。
その繋がりこそが、僕の――。
「
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