第297話◇全天祭典競技最終段階『血戦領域魔王城』19/星たちの群れの中の王




 僕は師匠の鎧角を見たことがない。


 【六本角の魔王】アスモデウスさんが見せてくれたことで、初めてそれが一技術なのだと知ったくらいなのだから。


 本来は、角だけでは魔力を収めきれぬ一部の【魔王】が目覚める力。


 当時は師匠の正体なんて知らなかったが、世界最強の魔王に使えないわけがない。


 師匠に残った左角に亀裂が走り、血潮のごとく角の成分が噴出する。


 それらは師匠に降り注ぐことなく、周囲へと散らばっていった。


「ダンタリオンめが、貴様らのそれを『完全鎧角』などと抜かしていたが、それは誤りだ」


 体を覆う鎧は厚く、黒々としている。


 だがその角と周囲に散らばる欠片だけは、灼熱しているかのように眩く赤い。


 漆黒の空と、それを照らそうと輝く満天の星のようだ。


 そして幾つかの星は星座を描くかのように、師匠の背後で羽を形作っている。


「やつはこれ、、を知らぬ故、貴様らの段階を鎧角の到達点と誤認したのだろう」


 つまり、己の四天王にさえ見せたことのない姿ということか。


 全身を鎧角で包むという『完全鎧角』の更にその先。


 自分の体から切り離した角を、周囲に展開する技術。


「名はない。儂が生み出し、儂と共に消え去るだけの力だ」


 星の一つ一つが、【魔王】レベルの魔力を有している。


 確かに鎧角によって生み出されたもの――僕の場合は翼など――は、魔法などと同じく己の意思で動かすことが出来る。


 最初から羽を持って生まれた生き物であったかのように、翼を操ることが出来る。

 だからもし、角を自分と切り離した状態で運用できるのならば。


 そこに込められた莫大な魔力によって、いつどんなところからでも黒魔術を放つことの出来る移動砲台とすることも可能だろう。


 瞬間、星々が瞬いた。


 フォラスを除く全員が、己の前面に魔力を展開。

 彼は僕の後方に位置しているので、ここからでも護ることが出来る。

 いや、なんとか護ることが出来た、と言うべきだろう。


 黒魔術ではなかった。


 角によって圧縮・純化された魔力は、それ単体で世界に影響を及ぼす。


 フェニクスとの第十層戦で、僕が彼の焔を角の魔力で相殺しようとしたように。


 圧縮魔力の、放出。


 それがまるで流れ星のように僕らに向かって降り注ぎ、こちらの魔力をえぐっていく。


 幸いにも退場者は出なかったが、僕と魔王様は角の魔力、勇者たちは精霊の魔力を、相当量消費してしまった。


「今のが、最も弱い攻撃だ」


 師匠が、酷く退屈そうに言った。


 会場が沈黙に包まれる。

 満員の観客席がまるで無人であるかのように、静かだった。


 絶望しているのだ。


 エンターテイメントも、人の負の感情を刺激することはある。

 恐ろしい演劇を観て、悪夢に魘されてしまう人だっているように。

 それが見世物であると分かっていても、人の心は本物の如く反応するもの。


 単騎で世界を滅ぼしうる男の力を見て、それさえもまだ一端に過ぎぬと知り。

 世界の心が折れようとしていた。


 そしてきっと、この絶望は、この諦観は、師匠の人生につきまとっていたものなのだろう。


 師匠がほんの少しでも力を出して戦おうものならば、誰も敵わず。

 絶対的な力量差に、人々は諦めていく。

 諦めぬ者達の成長も、決して自分には届かない。


「これでも儂を倒すと抜かすか」


当たり前だ、、、、、


 だが今日は違う。

 今日だけは、師匠がこれまでずっと繰り返してきた結末を、変えてみせる。

 その為ならば、僕は。


「よく言ったな参謀殿! まったく、見くびってもらっては困るぞルキフェル殿」


「我々は決して諦めない。何故なら――」


「最後に必ず勝つのが、勇者だからね」


 エアリアルさん、フェニクス、レイスくんが再び聖剣を構える。


「ほざくな勇者共。最後に勝つのは魔王と決まっておる。この場合は無論、余だ!」


 魔王様の闘気も衰えていない。


 ここには世界最高峰の実力者たちが集まっている。

 それでも、星々の群れを率いる絶対の王をもう一度殴るには、足りるかどうか。


 ならば、充分になるまで戦力を拡充する他ない。


「――ッ! やるのか、レメゲトンよ」


「はっ。必要な局面かと」


「……そうか。そうだな。貴様の描く勝利への道に必要ならば、任せる」


 星が巡る。

 最強の魔王を中心に。


 その敵全てを滅ぼさんと天を駆け、照準する。


 僕は門を二つ開き、、、、、、、再度翼の魔力を噴出。


 他の者達も動き出した。

 熱した鉄板に水を垂らした時のような、ジュウッという音があちこちから聞こえてくる。


 星から放たれる圧縮魔力の奔流が世界を灼きながら迫る音だ。


 角の加速で一つをなんとか回避すると、後方で爆発音が轟く。

 地面が師匠の魔力に耐えられず、粉微塵に爆ぜているのだ。


 そんな攻撃が、数え切れぬほどフィールドに降り注ぐ。


 自ら蜘蛛の巣に飛び込んでいくような気分だ。

 その先に望むものがあるから、どうにしかして間隙を見つけて進まねばならない。


 なんとか進んでも、そこには世界最強の生き物が立っているわけだが。


「――精霊よサラマンダー


「――精霊よシルフィード


「――精霊よウンディーネ


 勇者たちが精霊の力を引き出しながら、避けきれぬ魔力の奔流を弾いて進む。

 僕の方も、聖拳と化した右腕で幾つかの魔力攻撃を相殺しながら師匠へと近づいていく。


『あはは、すごいな。これだけで城が一つは落とせるよ。しかも数分も掛からずにね』


 ダークは何やら楽しげだ。

 観客席が静まり返っている今、こんな声でも明るいだけ無いよりはありがたい、なんて気持ちが湧いてくるから不思議だ。


『え? 今相棒、デレた?』


 やっぱり黙っていてもらいたい。


『ちぇ。……でも気をつけなよ相棒。低出力に君たちが反応できると分かれば、きっと――』


 そう。

 出力を上げてくるだろう。


 と、考えたその時。


「ぐっ……っ!」


 視界が急転し、中空で体が旋回してしまう。


 ――なんだ!?


 いや、とすぐに己を落ち着かせ、速度を上げながら態勢を整える。


 ――かすったんだ、師匠の魔力攻撃が、羽に。


 速度が更に上がり、今の僕の眼でも認識が難しくなっていく。

 それに加え、ほんの僅かばかり触れただけで、こちらの体ごと持っていかんとする圧力。


 翼を広げていては、いい的か。

 僕はフェニクス戦の最後でもやったように羽を畳み、魔力の噴出箇所を絞る。


 この羽の出力なら一秒も掛からない距離の筈なのに、彼の攻撃への対処などから、永遠に隔たっているように感じられる。


 先程まで師匠を守っていた、旧魔王軍も。

 今、師匠を守らんと駆け巡る赤き星々も。


 僕は少しだけ、苦手だ。


 師匠を一人、世界のてっぺんに置いておこうと、しているみたいで。

 だって、僕には師匠がそんなことを望んでいるとは、思えないから。


 ――『レメ、お前を正式に弟子と認める』


 師匠が世界最強の魔王だと知ってから。

 師匠との三年間の意味を、ずっと考えている。


 傍若無人で、世界を顧みない暴君。

 自分の城も、息子も孫も、部下も地位も、全て放って業界から消えた魔王。


 けれど、僕にとっては、大恩ある、大切な師匠なのだ。


 星の一つが、更に出力を上げて僕へ迫る。


「――邪魔だ」


 聖拳で殴りつけるようにして相殺し、更に師匠へと近づく。


 とてもとても強い、僕の師匠。


 ただでさえ一番強いのに、鍛錬を怠るような堕落もできず、『完全鎧角』の更にその先なんてものまで編み出してしまう、果てなき天才。


 常に一番前を走り続ける彼に、並び立つ者はない。

 それでも、退屈だからといって後続に合わせて足を緩めることもなく、己の才覚の示すまま、どんどんと速度を上げていき。

 誰もいない荒野をただ一人、走り続けるような人生。


 その道中で見つけた、才能のない子供に。

 なんで、自分の角の半分を与えたんだ。

 貴方を構成する、とても大切なものを、どうして僕に。


 貴方が僕を選んだ意味があるのなら。

 それを今日、ここで――ッ!


「……戦いの中で、敵を殺すこと以外を考えるな。うつけが」


 目前に迫った師匠が、黒い拳で僕を殴りつける。


 魔力放出なんかよりも、その一撃の方がよっぽど速かった。

 回避は不可能。


 僕は咄嗟に腕で顔を庇い、そこへ師匠の拳が的中。

 だが寸前で体勢を整えたことで、僕の体は衝撃を受け流すように回転。


 更に右足の踵背部から翼同様の魔力噴出を行い、神速の蹴りを師匠の側頭部めがけて放つ。


 大気が弾け、大海さえも割るほどの衝撃が吹き荒れる。

 だが、師匠は僕のその蹴りを、片手で受け止めていた。


「悪くない」


 そしてそのまま、僕の体を地面に叩きつける。

 鎧角を纏っていなかったら、それだけで体が弾けていただろう。

 体が沈み込むほどの衝撃。


「いや、充分だ」


 師匠は僕の足を掴んで、地面に叩きつけた。

 片腕を使用した。


 そこへ、門よりでし、二つの影が到着。


 召喚の指輪を使用した際に、世界に黒い罅が、さながら門のように出現するのは、召喚対象の存在の格が高すぎるために、空間を超えるのに時間を要するからだ。


 つまり、僕が師匠に突撃する前に用意した二つの門とは――。


 二人の【魔王】を喚び出す為のもの。



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