第196話◇故郷の地を踏む




 温泉の村から更に数日。

 夕方頃、ようやく僕の生まれ故郷についた。


 ぞろぞろと村人が集まってくる。

 調査団の馬車が村の前で停まり、通行と一部人員の滞在許可を得るべくマルさんが下りる。

 事前に話は通っているが、人が集まっている中で代表者同士が挨拶するのは大事だ。

 これがあるかないかで、村人からの調査団への印象はだいぶ違うだろう。


 マルさんに促され、僕も村の入口に一緒に向かった。

 余所者の追加人員の中に、見知った顔がいればみんな落ち着くとの配慮か。


「おぉ……! もしかして、レメか?」


 僕とフェニクスが子供の時から、だいぶおじいちゃんだった村長。あれからもう十年以上経っているが、今でも元気におじいちゃんだった。


「お久しぶりです、お元気そうでよかった」


 この人が集会所に映像板テレビを設置してくれたおかげで、僕はダンジョン攻略に出逢えたのだ。

 よいことも嫌なこともあった故郷だが、この人を見て思い出すのはよいことの方。

 自然と表情も緩む。


「大きくなりおって……あのガキ大将がなぁ」


「あー……あはは」


 確かに今の僕とはだいぶ違っていたなぁと思う。

 みんなの手前、あまり触れてほしくない。なんか恥ずかしいので。


映像板テレビで見るよりいい顔をしておる。心配していたが、不要だったようじゃな」


 フェニクスパーティ時代の攻略映像と比べて、ということだろうか。


「ありがとうございます」


「その喋り方はよせ。壁を感じる」


「いや……じゃあ、うん。ただいま、じいちゃん」


「よく戻ったな、レメ」


 村のみんなが騒がしくなる。

 村長にマルさんを紹介し、少し離れるとみんなに捕まった。

 懐かしい顔が多く、話が弾む。


 当時から大人だった人達には、比較的好意的に迎えられているようだ。

 我が子とまでは言わないが、田舎では村の子は村全体で育てる的な考えがあったりする。

 【黒魔導士】となって露骨に態度が変わったのは、当時友達だと思ってた同年代だし。


 と、そんなことを考えていると見覚えのある三人組がやってきた。


「自称勇者サマのご帰還か」


「ん~? でもその衣装、【黒魔導士】のじゃね?」


「おい泣き虫のフェニクスちゃんはどこだ? あ、お前あいつに捨てられたんだっけ?」


 この三人は、特にフェニクスをいじめていた奴らだ。

 つまり、僕が一番喧嘩をしていた相手でもある。


 ……うぅん。今更森の中で罠に掛けたり、泥だらけになりながら喧嘩するつもりもない。


 愛想笑いで流してもよいのだが、一人、ちょっとカチンとくることを言った。

 自分が何か言われているのは慣れているし構わないが、親友を馬鹿にされて黙っているわけにはいかない。


「フェニクスは今、世界四位パーティーを率いている。それに、僕達の関係はずっと変わらない。君に笑われる謂れはないよ」


 微笑む、、、

 少しだけ、魔力を放出して。

 害は無いが、何か圧力を感じる程度。

 その一人は表情を変え、びくりと後退した。


「じ、事実だろうが……!」


 僕が口を開く前に、その声は発せられた。


「どうしたんですかぁ、ダーリン?」


 ミラさんだった。

 久々に見る、恋人っぽい演技だ。

 熱っぽい視線で僕を見ながら、胸の間に僕の右腕を抱え込むようにしながら体を絡めてくる。


「お友達ですか? 私、ダーリンと大変親しくさせていただいてる、ミラと申します」


 三人が驚愕する。


「だ、だだだ、ダーリンだとぉ……!」「び、美女すぎる!」「嘘だ……レメなんかにこんな……」


 ふっ、とミラさんが一瞬鼻で笑ったのが分かった。


「レメく~ん。早く案内してよ~。秘密基地とかない? シトリーのこと、連れ込んでいいよ?」


 シトリーさんが僕の左腕を、ミラさんと同じように包み込む。


「れ、【恋情の悪魔】シトリー!?」「か、可愛すぎる!」「何故レメと親しげに!? つ、連れ込むだと……」


 視線が合うと、ウィンクされた。ミラさんと同じことをするつもりらしい。


「レメ殿は自分と稽古する。真夜中でも構わない」


 僕の前にやってきたフルカスさんが、僕の腰に腕を回した。


「か、【刈除騎士】フルカス!?」「小っこいのにデカすぎる!」「真夜中の稽古……一体なにを……くそ……!」


 フルカスさんも乗ったようだ。無表情だけど、彼女が意外と冗談を言うのを僕は知っている。


「おやおやいけないよ黒騎士殿。レメは私とねっとり魔法の話をする先約があるのだからね」


 マーリンさんが僕の背中に胸を押し当て、首に手を回しながら言う。


「せ、【先見の魔法使い】マーリン!?」「よ、妖艶すぎる!」「魔法の話をねっとりってなんだよ……ちくしょう……!」


 この三人、驚き方にパターンがあるようだ。


「あらあら、これでは私の入る隙間がないではありませんか。レメ様ったら、罪作りな御方なんですから」


 マルさんまで加わる。


「せ、【千変召喚士】マルグレット!?」「清楚すぎる!」「この人数を……レメ……一体何者……」


 ミラさんの考えは分かる。

 どんな理由かは知らないが、彼らは嫌味を言いたかっただけ。

 だから僕が正論を言ったり、感情で言い返しても無意味。心には届かないのだ。


 ならばと、ミラさんは彼らの羨む状況を作り出そうとした。

 僕が【黒魔導士】なのも、フェニクスパーティーを抜けたのも本当。彼らにとって格好の的。


 しかし、美しい恋人や強く綺麗な実力者達が僕を求める状態を目にしては、嫌味を言っても虚しいだけ。小馬鹿に出来ればよかったのに、その対象が目の前で幸せの絶頂を迎えていれば萎えるというもの。

 色々と周囲の目が痛いが、僕のために動いてくれたみんなの気持ちが嬉しかった。


「レメ……なんだか羨ましい状況になっているな」


 エクスさんが笑いながら近づいてくる。

 村人の騒がしさが増した。


「君のご両親はいるか? 折角の機会だ、我々も挨拶しようと思うのだが」


 アーサーさんまでやってきて、ご婦人方から黄色い歓声が上がる。彼はそれに笑顔で応えた。

 気づけば、三人組は消えていた。


「……本来であれば八つ裂きにしているところですが、レメさんの故郷を血で汚したくはありません。この程度で我慢しましょう――それと皆さん? そろそろレメさんから離れていただけますか?」


 フルカスさんは無表情で、シトリーさんとマーリンさんは楽しげな顔でくっついたままだ。


「……お腹空いた」


「え~、シトリーってばレメくんともっと仲良くしたいな~?」


「先程の魔力放出、絶妙な加減だったな。耐性のない一般人が『よく分からないが怖い』と一瞬感じるレベルに抑えられていて」


「お、お三方とも高名な方ですし、レメさんとの関係を邪推されては困るのでは?」


 この場でミラさんだけが、一般人枠での参加。

 他の三人は名の知れた冒険者または魔物で、姿も世間に知られている。

 しかし三人に気にした様子はない。マルさんは変わらず、少し離れた場所で微笑んでいた。


「皆さん、さっきはありがとうございます。でもそろそろ離れていただけると。もし親に見られたら――」



「レメ?」



 見られてしまった。

 丁度三人組がいなくなって出来た空間に、両親がいた。


 我が子の名を呼んだ母は、よく分からないという顔をしている。逆の立場だったら僕も同じ反応をしていたと思う。

 ミラさんは慌てて体を離し、慎ましやかな微笑を湛えた。


「……あー、ただいま」


 えぇと……フェニクスが卒校の際に帰郷したのに合わせて僕も一度家に顔を出したので、七年振りくらいだろうか。


「ただいまってあんた……それ」


 それというのは、複数の美女に絡みつかれている状況だろう。

 母がふらついたかと思うと、そのまま後方に倒れてしまう。


「母さん……!?」


 慌てる僕。

 傾いた母の体は、父が咄嗟に受け止めた。


「大丈夫だ。久々に顔を見せた息子が美女を侍らせてヘラヘラしていたことを心が受け入れられず、気絶したのだろう。じきに目を覚ます」


 この冷静な人が父だ。


「いや、これには事情がね……」


「だろうな。後で聞かせてもらおう、それくらいの時間はあるんだろう?」


「うん……。今すぐじゃないけど、家に顔を出すよ」


 そう答えると、父の表情が和らいだ。


「そうか」


 父は僕の近くにいた冒険者や亜人のみんなと軽く挨拶を交わしてから、家に戻っていった。


「……うぅこういうのは第一印象が重要だというのに……先程のあれでは心証が悪いのではないでしょうか……」


 ミラさんが落ち込んだ様子でぶつぶつ言っている。


「皆様、そろそろ調査団のキャンプへ参りましょう。レメ様も一度ご一緒していただけますか? のちほど村まで送らせますので」


「あ、はい」


 マルさんに促され、僕らは馬車へ戻る。

 村を通過し、僕らは森へ向かった。


 調査団のキャンプは村とオリジナルダンジョンの中間付近に設置されているようだ。

 開けた空間に幾つもの天幕が設置され、人々が行き交っている。

 代表者らしき壮年の男性がやってきて、マルさんと握手を交わす。


 技術者や荷運びなどサポート全般を担う人員とは、ここで一旦分かれることになった。

 ダンジョンに潜る人材だけが、とある天幕へ通される。

 大きいが、物はそう多くない。中心に机があり、そこに地図が広げられていた。


「ダンジョンマップですか……?」


 名前そのまま、ダンジョンの構造などを示した地図だ。


「えぇ、とはいえ未完成な上に問題もあるようですが……。まずは改めてオリジナルダンジョンの攻略についての説明をさせていただきます」


 そう言ってマルさんは報告書らしき紙の束を片手に語り始める。


「仮称・第二十四番ダンジョン。全何層かは不明。現状、三層まで確認。第二層から第三層に繋がる通路にセーフルームを仮設。目立った特徴はなく、様々なモンスターが出現。よほど気分屋な精霊らしく、ダンジョン内の構造が頻繁に変化するのを確認。マッピングは最低限でよいかと。大きな空間や通路は残される傾向にあるので、そちら頭に入れていただければ」


 オリジナルダンジョンには発生順に番号が振られている。とはいえ、二十四というのは世界が平和になってから観測された数だ。

 平和になる以前は、コアで動くダンジョンもオリジナルダンジョンも命がけで攻略に挑むものだったので、人類側が特に区別していなかったのだ。


 また、オリジナルダンジョンに出てくる魔物を模した魔力製の疑似生命は、モンスターと呼称される。


「フロアボスや徘徊型の強力な個体も確認されており、これらは撃破後も時間を置いて復活することが確認されています」


 そこで、セーフルームの設置が重要になってくる。

 ダンジョンを真似しているからか、層と層を繋ぐ通路にはモンスターが出現しないことが多い。

 そこで転移用記録石を設置し、念の為土魔法でそれを囲む部屋を作るわけだ。


 これにより、オリジナルダンジョンの攻略を円滑に進められる。

 第二層から第三層を繋ぐ通路まではセーフルームが設置されているので、僕らは第三層入り口から攻略を始めることが出来る。


 それからしばらく、マルさんの話は続いた。


「また、今回は皆様にクランを結成していただきます」


 クランは過去にあった冒険者用語で、複数のパーティーが同じ目的のもとに集団を形成することを言う。

 魔王城攻略の為に複数のパーティーが集まったレイド戦を想像すれば分かりやすいか。


 オリジナルダンジョン攻略においては、パーティーリーダーとは別にクランリーダーを設け、緊急時にはパーティーごとに行動出来るようにするというもの。

 僕らはある意味寄せ集めなので、指揮系統を整理しておくのは重要。


「クランリーダーはエクス様に務めていただきたく思うのですが、皆様いかがでしょうか?」


 異論は出ない。


「……ふむ、任された。パーティーだが、制限はないとはいえ基本は五人という考えでいいかな?」


「えぇ、特に冒険者の皆様は五人編成に慣れているでしょうから。とはいえ、多少の増減は問題ございません」


 その言葉に、なんとなく人が分けられていく。

 結構な長旅だったし、パーティーについては事前に説明もあった。

 旅の中で、気の合う、あるいは戦力的にバランスのとれそうなメンバーを個々人が見つけていたのだろう。


「うぅむ、レメを誘いたいところだが……ふふふ、難しそうだ」


 マーリンさんがどこか残念そうに、それでいて愉快げに言う。

 というのも、僕の右横にはミラさん、左横にはシトリーさん、前にはフルカスさんが集まっていたのだ。……先程と同じ並びなのは偶然だろうか。


 僕がレメゲトンなのは秘密だが、実際魔王城メンバーと組めるのは助かる。

 彼女たちが優秀なのはもちろん、呼吸が合うのはとても大きい。

 この旅で認めてくれたのか、他のみんなからも驚きの声は上がらない。


「なに、基本は共に行動するのだ。問題あるまい」


 アーサーさんが言った。

 エクスパーティーは今回三人での参加なので、二人ほど空きがある。


「エクスパーティーの皆様、私の加入をお許しいただけますか?」


「おぉ愛しのマル。そんなに私と一緒にいたいか。可愛いやつめ、こちらにおいで」


 マーリンさんが大げさに腕を広げる。

 マルさんはそれを微笑一つで躱すと、エクスさんとアーサーさんからも許可を得た。

 彼女も第三位パーティー所属の冒険者、頼りになる戦力だ。


 残る一人は【防人さきもり】持ちのミノタウロスの男性となった。

 【防人】は珍しい【役職ジョブ】で、防御に特化した騎士職だと言われている。

 こと防御に限って言えば、【聖騎士】を超える適性を持っているとか。


 マーリンさんとマルさんを守る役割が必要なので、力になってくれるだろう。

 彼がいれば、二人も攻撃に集中出来る。


「あ、あの、レメさん……!」


 【白魔導士】の、真っ白な髪をした青年だ。名前はヨスくんという。

 彼とは、盗賊の一件以来よく話すようになった。


「どうか自分をパーティーに加えてもらえませんか……!」


 一応他の三人の顔を窺ってみると、不満はなさそう。

 僕の方は大歓迎だったので、頷く。


「よろしくね、ヨスくん」


「……! ありがとうございます! 絶対に役立ってみせるので、皆さんよろしくお願いします……!」


「えぇ、よろしくお願いしますね?」「ん」「よろしく~。緊張してるの可愛いね~」


 結局五つのパーティーが結成された。ここに調査団の第一陣も加わるので大所帯となるが、そのあたりもオリジナルダンジョン特有の運用方法があるので特に問題にならないだろう。


 セーフルームに繋がる転移用記録石とそれぞれの登録証を紐付けたり、魔力体アバター調整や代えの生成についての説明など必要な情報を頭に入れて、その日は解散となった。


「レメ殿、馬車の用意が出来ました」


 みんなとしばらく話していると、そう声を掛けられた。調査団の男性だ。


「ありがとうございます。――ミラさん」


 お礼を言ってから、僕は同行者の名を呼んだ。


「ひゃっ、はい……! 参りましょう……!」


 緊張した面持ちのミラさんを伴って、馬車に乗り込む。

 これから村に送ってもらい、実家に顔を出す。


 まずは三人組との件から話さねばならないだろう。

 それを思うと憂鬱だが、まぁ仕方がない。

 隣でカチコチに固まっているミラさんの緊張をほぐすべく、話題を探す。




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