第199話◇侵入者適応型ダンジョン……?

 



「改めて今回の調査についてご説明いたします」


 僕らは昨日の天幕に集まっていた。

 昨日と同じく、マルさんが進行役を務める。


「皆様にはお願いしたいのは探査であり、完全攻略ではありません。脅威と宝物ほうもつを確認し、前者を正確に把握、後者を回収するのが我々の目的です。ただしこれは、完全攻略をしてはならないということではありません」


 オリジナルダンジョンのモンスターが外に出ても、魔力体アバターと同じく魔力の薄いところでは長く活動出来ない。

 しかし、その短い時間で破壊行為に及ぶことは可能だし、それがドラゴンレベルになってくるとかなり危険だ。


 どんなモンスターが出てくるのか、外に向かおうとする性質はないのかなどの確認は必須。

 現状ではそのような気配はないとのことだが、まだ第二層までしか攻略出来ていない。油断は禁物。


 オリジナルダンジョンでの取得物は、持ち出しが可能。なので出来れば持ち帰りたいという話。


「本日の目標は第三層の探査・攻略、セーフルームの仮設となります。調査団の第一陣はここで足踏みし、我々が派遣されることとなりました。特筆すべきは、出現するモンスターの多彩さです。種類だけでいえば、魔王城をも凌ぎます」


 ダンジョンは普通、傾向という名の特色を持つものだ。

 火属性を得意とする魔物で固めたり、『初級・始まりのダンジョン』のように初心者向けというコンセプトで運営したりだ。

 魔王城は魔物の本拠地、真の魔王の住まう場所ということで、多様な魔物を揃えている。


 オリジナルダンジョンの場合は魔力溜まりを利用した精霊の気分次第。

 なので、その精霊のお気に入りが溢れたり、今回のように種類が豊富になったりする。

 エンターテインメント性への配慮などないわけだ。


「また、このダンジョンは『攻略者を学習する』性質があると予想されます。第一陣による探査が滞った原因がこれにあると考えられ、事実第二層に出現するモンスターは第一陣のメンバーと相性の悪い種族ばかりだったとか。なんとか突破はしたものの、それより先の探査は困難と判断。第二陣の投入が決定されたという経緯となります」


 第一層は森エリア。オークやゴブリン、双頭の魔犬ガルムや黒妖犬、木の亜獣トレントや二本の角を生やした馬の亜獣バイコーン、エルフに妖精まで出てきたという。


 第一陣はこれらを突破した。それを、おそらく精霊は眺めていた。暇つぶしに作ったにしろ、ダンジョンを模したなら攻略者の存在は予期していただろう。


 第二層は鉱山風エリア。

 まず道幅と高さが制限されたことによって、大人数での移動を阻害。

 無数に分岐する道を前に、第一陣は人手を分けることに。


 出てきたのはコボルト、生ける屍ゾンビ骸骨騎士スケルトン、【死霊術師】持ちのリッチ、巨大なミミズのような魔獣サンドワーム、吸血蝙蝠に、アラクネ、幽魂レイス、ゴーレム。


 たとえば【白魔導士】のいない、あるいは少ない集団に幽魂レイスがぶつかると脅威だ。

 物理攻撃、通常の魔法攻撃が通用せず、向こうの黒魔法はモロに受けてしまう。一体一体がそう強くない分、まとまって襲ってくるので厄介極まりない。

 そこにリッチ率いる生ける屍ゾンビ骸骨騎士スケルトンがやってくるわけだ。


 また魔法使いなどの後衛を、サンドワームが背後、または横から襲って食べてしまう。

 剣士の攻撃はゴーレムが弾き、盾役はアラクネの糸に絡め取られる。

 魔力に乏しい者は無数の吸血蝙蝠に吸われて退場。

 各種魔物によって場が乱されては、コボルトの群れによる襲撃を捌ききれない。


「モンスターの種類が豊富なのは、なるべく様々な戦いを見るためかもしれませんね。手札を出し切らせるため、というか」


 僕の発言に、何人かが頷く。


「俺もそう感じるよ。こちらの手の内を把握してから、それを打倒する策を練る。……どこかの魔王軍参謀のようじゃないか」


 エクスさんが言う。

 アーサーさんが顎に手をあて、考え込むような仕草をとる。


「レメゲトンが過去の攻略動画から冒険者を研究しているとすれば、この精霊は第一層を使って調査団の情報を得たわけか。レメゲトンと精霊に違うところがあるとすれば――」


「魔王軍の勝利とエンターテインメント性を考慮されるレメゲトンさ……殿と違い、精霊がしているのは気まぐれな迷惑行為でしかないということでしょう」


 引き継ぐようにして、ミラさんが言った。

 エクスさんとアーサーさんが頷く。少し、微笑ましげな感じで。


「ミラ様の仰る通りですが、だからこそ厄介と言えましょう。自分が楽しめればそれでいいという精神性の存在が、レメゲトン氏のやり方で我々を迎え撃つというのですから。それも、大自然の魔力で」


「レメゲトンはほとんど固定された魔王軍のメンバーでそれを行うが、この精霊は攻略者に合わせて次の層を弄っている可能性が高い。手札で言えば、魔王軍以上ということだな」


 マーリンさんは豊満な胸を持ち上げるように腕を組み、楽しげに唇を歪める。


 具体的な比較対象が出たことで、改めてダンジョンの厄介さを認識した様子の第二陣。

 それが僕……レメゲトンだというのは、なんだか変な感じだが。


 第三層は氷の洞窟エリア。

 ここで第一陣の全滅やそれに近い被害が数日続き、このままのメンバーでは突破不可能と判断。


「幸いと言うべきでしょうか、エリア特性の変更や、出現するモンスターの変更はないようです。追加の可能性は否定し切れませんが」


 再度第一層に潜っても森エリアのままだし、モンスターの顔ぶれが大きく変わることはない。

 オリジナルダンジョンは精霊の領分なので、人間を追い払えればいいなら第一層を改造してしまえばいい。


 そうしないということは、人による攻略を楽しんでいるのだろう。

 ただ潰せればいいのではなく、上手く倒したいようだ。


「だから人も亜人も問わず、豊かな【役職ジョブ】を揃えたのだろう? こちらの弱点を突いてくれるなんて楽しそうじゃあないか、なぁエクス」


 マーリンさんの言葉に、エクスさんは少し遅れてから苦笑を返す。


「……確かに。精霊が解析した弱点を克服出来れば、より高みへ至れるな」


「そうとも。逆に利用してやろうじゃあないか」


 マーリンさんの前向きな発言に、場の空気も微かに明るくなる。


「ふふ、さすがはマーリン様です。……次は旅の道中にも説明させていただきました、第二陣より投入される技術・スタイルですが……こちらはレメ様にご説明していただくのがよいでしょう」


 僕は冒険者オタクだが、さすがにオリジナルダンジョンには詳しくない。

 過去ニュースで一度か二度、発見と探査の報を知ったくらいだ。


 あとは今回のようにどこかに委託され探査が行われるので、一般人が知ることの出来る情報なんて大してない。

 ので、マルさんに説明してもらい、オリジナルダンジョンをどう攻略するか考えていたのだ。


 今回探査を勝ち取ったのはフェローさんとマルさんのところだが、不足しているのはオリジナルダンジョン攻略の経験。

 経験の積み重ねによって築かれる技術的知識が、どれだけ重要か。


 ものすごくざっくり言うと、『黒魔法を食らうとマイナスの効果がある』という経験があったから、『どうしよう』『【黒魔導士】は真っ先に倒す?』『数が少なければ大したことないから放置でも構わない?』『黒魔法だって魔力を飛ばしてるみたいだけど、他の攻撃みたいに防げないかな?』『魔力が当たって発動するなら、魔力の鎧を纏えばどうよ?』『防げたわ』という結論に至り、抵抗レジストという有用な技術が生まれた。


 先人の試行錯誤があったから、僕らの時代はそれを飛ばして『黒魔法には抵抗レジスト』という風に動けるのだ。

 しかしオリジナルダンジョンはその時々で担当する組織が変わったり、そもそも精霊の性格によって攻略難度がグッと変わるので、そういったものが蓄積・継承されづらいのだ。


 マルさんに変わってみんなの前に立ち、口を開く。


「まず――」


 ◇


 ダンジョンの前にキャンプを展開しないのは、万が一モンスターが外に出てきて暴れたら、機材などを破壊される可能性があるから。


 魔力体アバターに精神を移す『繭』が破壊されたら終わりだ。

 僕らは生身で戦わなければならなくなるし、命を落とすかもしれない。


 よってダンジョン前には何人かの人員を配置するに留め、村とダンジョンの中間地点にキャンプを構えることになった。

 何かあれば知らせを受け、僕らが魔力体アバターでモンスターに対処出来るように。


「さて……」


 『繭』から出た僕は装備を確認する。今の僕は【黒魔導士】レメ。

 黒いローブに、仕込み杖。そして今回は腰に――剣を吊るしている。


 意外というべきか、ミラさん含めみんなこのことには触れない。

 なんだか温かな視線を向けてくるばかりだ。


 ……僕の夢を知っている人からすれば、大体予想がつくのかもしれない。


「レメさん、この装備の付け方合ってるでしょうか」


 【白魔導士】のパーティーメンバー、ヨスくんが声を掛けてきた。

 彼が髪を耳に掛け、装置を見せてくる。

 耳に引っ掛けて装着し、重要な部分が耳の穴にすっぽり嵌る形をしている道具だ。


「うん、大丈夫だよ」


「ありがとうございます。それにしても……やっぱりレメさんはすごいですね。タッグトーナメントでも思いましたけど、発想が自由で」


「……ただの応用だよ」


 キラキラとした尊敬の眼差しが眩しくて、僕は苦笑いを浮かべる。


「それを思いつけることが素晴らしいのです。そう謙遜されるものではありませんよ」


「ミラさんの言う通りですよ……!」


「ヨスくんは素直な良い子ですね。男の子なので危険もありませんし……男の子ですよね?」


「えっ、何言ってるんですか。……女に見えますか?」


「ごめんなさい、中性的な顔をしているものですから」


「確かに可愛い顔してるよね~。可愛いに性別は関係ないけど」


 シトリーさんまで加わる。


「うっ……男ですよ。なんなら一緒に温泉入ったみなさんに聞いてみてください。そうだ、レメさんもいましたよね?」


 ヨスくんが困ったような顔でこちらを見る。


 フルカスさんは魔力体アバターなのでさすがに何も食べていないが、ぼうっとしたその様子からご飯について考えているのが分かった。

 剣の師のことだ、沢山稽古をつけてもらったので、こういうことも分かるようになってきた。


「ん? あぁ、そうだね」


 ヨスくんに応えつつ、僕は思う。


 ……うちのパーティーは大丈夫そうだなぁ、と。


 良い意味で、いつも通りだ。

 緊張や不安が見られないのは、それを制御する実力者だから。


「いけるか、クランリーダー殿」


「ふっ、このメンバーを率いて負ける方が難しい」


 アーサーさんとエクスさんも落ち着いている。


「あぁマルよ。この大人数の前でお前の肌が晒されるかと思うと、この胸が痛むよ。これは愛かな、独占欲かな」


 マルグレットさんは様々な装備を瞬時に入れ替える【召喚士】。その過程で、一瞬全裸になるのだ。


「ご心配ありがとうございます。しかしこの場に集まるはいずれも能力確かな方ばかり。女性の裸一つに気を取られるような未熟な方はおられないかと」


「私は舐め回すように見るが?」


「もう、マーリン様ったら、いけませんよ」


 マーリンさんとマルさんの会話も普段通りだ。

 ちなみにマーリンさんは自パーティー以外の気に入った人間にはあんな感じで、マルさんを本気で狙っているわけではない……と思う。僕にもよくくっついてくるし、最近では魔王城メンバーも狙われている感がある。


 エクスさんとアーサーさんは残るミノタウロスの男性と「二人を頼む」「任せてください」と会話している。

 盾役の彼が、マーリンさんとマルさんを守る役目を担うのだ。


 エクスパーティー、レメパーティー――普段と違って勇者がリーダーという制限がない――、他三組の計五パーティーに、何人かの非戦闘員が同行する。

 探査に立ち会う国のお役人さんと、フェローさんの用意した撮影班、あとは大きくて重いものを運ぶってなった時に手を貸してくれる力自慢の方々。


「行こうか、精霊の戯れに付き合ってやろう」


 エクスさんの声に、声を上げたり頷いたりしながらみんなが応える。

 そして僕らは用意された転移用記録石に触れ、続々と第二層と第三層を繋ぐセーフルームに――転移した。


 セーフルームは土で作った大部屋という感じだったが、モンスターに侵入された形跡などはなく、すぐに安全が確認出来た。


 ……やっぱりある程度現代のダンジョンを参考にして作ってるのか。


『あー、みんな聞こえるだろうか』


 耳に嵌めた装置からエクスさんの声が聞こえる。


『ちゃんと作動しているようだな。じゃあ次は……えぇ、ここを押し――』


 声が聞こえなくなる。だがエクスパーティーのメンバーには変わらず聞こえている筈だ。

 みんなの魔力体アバターに用意してもらった追加装備は、通信用のもの。


 普段、レメゲトンは映像室から通信装置を通して他の層の魔物に指示や助言を出している。

 そうでなくともダンジョン側は同じように魔物に指示を出すことがある。


 たとえば広大な森エリアがあったとして、何の情報もなければ冒険者という五人組を効率よく発見するのは難しい。

 魔物を入り口とボスエリアだけに固めるわけにもいかないし、特定の場所に待機させても冒険者がそこを通らなかったら戦力が無駄になる。


 そもそも、視聴者も楽しくない。ただ森を彷徨う映像など。

 なので、ハラハラしたダンジョン攻略のためにも、魔物に冒険者達の動きを伝えるのだ。


 今回は、それを攻略者同士の連絡に利用する。

 チャンネルは二つ、クラン全員と、パーティー限定だ。


 これは、非常時にはパーティー単位で動くことになるという条件も込みで作ったもの。

 はぐれた場合でも他のパーティーと連絡がとれるし、パーティーメンバーとのやりとりにも使える。

 また、クランチャンネルだとキャンプにいる調査員とも通信可能。


 オリジナルダンジョン調査といってもこれまでは雇うのが冒険者ばかりだったので、自然と従来通りのやり方に人数を増やしただけになりがちだったのだろう。


 以前の調査団には取り入れていたところもあったかもしれないが、情報の共有や継承は行われていないので知りようがない。

 今回のダンジョンは攻略者の分断という手をとるようだったので、通信手段の確立は有用だと思ったのだ。


「これは面白いな。普段の攻略でも使えるようにならないだろうか。どう思う、アーサー」


「小声でも会話出来て便利だが、視聴者への分かりやすさを考えるとどうだろうな」


「そこは後から声を入れるとか、編集で対応出来るだろう」


「しかし囁き声と大声では動きにも差が出るだろう? 叫ぶモーションという視覚的情報が視聴者に与えるイメージは無視出来ない」


「ふむ……」


 エクスさんとアーサーさんのそんな会話がありつつ。


「よし、みんなも試したな? そろそろ行こう。しばらく通路が続き、扉の向こうが第三層だ。第一陣はほとんど調査出来なかったようで情報も少ない。気を引き締めて行こう」


 エクスさんを先頭に、僕らは進む。

 通路が土色から、氷のような質感に変わった。


 魔力体アバターは痛覚はないが感覚はある。

 体の震えから、かなり気温が低いことが分かる。


 ちなみに、フルカスさんは鎧無しでの参戦だ。通路の大きさ的に、鎧姿では通れないのだ。

 しかし、鎧を纏って戦う方法もちゃんと用意してある。


「さぁ、この先が第三層だ」


 エクスさんが扉を開く。


 僕らを襲う、凍える風。

 視界に広がる、幻想的な光景。


 何人かが「綺麗……」と呟いたのが聞こえた。

 確かに、とても美しかった。

 氷で出来た大洞窟。どこからか光が入っているのか、青くほの明るい。


 これが観光ならたっぷり堪能して感動に浸りたいくらいの景色。

 しかしこれはダンジョン調査。足場が悪い上に気温は体が震えるほど。モンスターは第一陣を複数回全滅に追い込んだというのだから、警戒せねば。


 僕らは慎重に足を進める。

 入り口からすぐのところで、変化があった。


「早速のお出ましだ」


 現れたのは、人の群れ――否。

 全身毛むくじゃらの真っ白な人間に見えるが、これは。


 かつて雪男なんて呼ばれた亜人――を、模したモンスターだ。

 脅威はそれだけではない。


「下だ!」


 真っ先に気づいたのは僕とマーリンさん。

 ほとんど同時、エクスさんとアーサーさん、そしてフルカスさんが反応。

 僕とマーリンさんは魔力反応の接近、三人は殺気を感じ取ったのか。


 エクスパーティーと僕のパーティーの立っていた氷が砕け散り、海中、、から何かが飛び出す。

 回避行動は済んでいた。


 このエリアは氷山内の洞窟ではなく、海上の氷塊という方が正しいようなのだ。

 飛び出してきたのは、一体の龍だ。いや、一つの龍の頭というべきか。


 報告では九つの首が確認されたという。

 おそらく多頭の水龍――ヒュドラだろう。


 しかし入ってすぐのところに出てきたのは、今回が初めてだ。


「非戦闘員は扉の向こうまで退避……!」


 エクスさんの指示。

 ダンジョン攻略を真似しているなら、そこは安全な筈。


 ――いや、待て。


「うわあああッ……!?」


 調査員の叫び声。

 氷を貫いて――太い触手が調査員を締め上げていた。


 一本二本ではない。捕まっている人数も一人ではない。

 全て非戦闘員だ。


「フルカスさん……!」


 叫びながら扉付近を指で示す頃には、彼女の行動は終わっていた。

 彼女の黒い槍が無数に枝分かれしながら伸び、非戦闘員を捕まえた触手を全てえぐる。


「焼いたら美味しそう」


 フルカスさんがぼそっと言う。


「……非戦闘員の排除を狙っていた……? 純粋な戦いをお望みということか……」


 アーサーさんがヒュドラの首を断ち切りながら呟く。

 攻略者とモンスターの戦いを楽しんでるとしたら、非戦闘員は確かに邪魔だ。彼らを守る人員が必要になるし、移動速度も最も遅い者に合わせることになる。


「すまない、俺の判断ミスだ」


 ヒュドラの顔のうち三つが口腔から水を噴射するが、エクスさんの影が盾のように広がりそれを防ぐ。

 そして影の盾から飛び出したエクスさんはそのまま跳躍し、三つの首を切り落とした。

 聖剣に影を纏わせ、瞬間的に刀身を伸ばしたのだ。


 ヒュドラは驚いたように体を震わせたが、すぐに再生。


「違うだろうエクス。お前は最善の判断をした。性格の悪い精霊がそれを読んだだけだ。そもそも、扉以外のどこに逃がす? 固めるか逃がすしかなく、固めたところで下は海中なんだぞ? 彼らを守る人員を戦闘に回せただけ、お前の判断はマシだったさ」


「マーリン……」


 エクスさんが非戦闘員を下がらせていなければ、雪男の群れはもっと僕らの周囲に食い込んでいただろう。

 彼らを守らなくていいとなったから、咄嗟に全ての戦闘員が戦いに意識を向けられたのだ。

 実際、他のパーティーは雪男を相手どっている。


「あーあー分かっているとも。我々は正義の味方さ。――レメ、力を貸しておくれ。タコだかイカだか知らないが、フルカス殿のご希望通り焼いてやろう」


「えぇ」


「触手は彼らに任せて、他の者は雪男を頼む。腕に覚えのある者は、水龍狩りにお付き合いいただこうか」


 エクスさんの言葉に、全員が動き出す。

 触手が断たれたことで、非戦闘員は扉の向こうへ避難完了。


 念の為、セーフルームまで戻ってもらう。撮影班だけが頑なに残っているが……まぁ最悪退場で済むのだし、好きにしてもらう。


 触手は既に再生していた。


「ヨスくん。僕とマーリンさんに『思考力上昇』、フルカスさんとミラさんに『攻撃力上昇』を。出来るかい?」


「任せてください……! その、長くは保ちませんが……!」


「それでいいよ、すぐに済むから」


「レメくん。シトリーは?」


「雪男全員に魅了チャームをお願いします」


「あはっ、無茶言うんだね。出来るけど」


「ミラさん」


「はい、全て切り落とします。レメさんには指一本触れさせません」


「ありがとう……ヨスくんとマーリンさんも頼むよ」


 槍を戻したフルカスさんがチラッと僕を見た。


「フルカスさん……釣りってしたことありますか?」


「……大自然の食べ放題、得意」


 槍が伸びる。今度は一本で、触手に絡みつき、本体に近づいていく。


「あははっ、大海獣を魔法具で一本釣りか……! 相変わらず面白いことを考えるものだね」


 笑いながらも、マーリンさんの杖には膨大な魔力が流れ込んでいる。

 それは僕も同様。


 フルカスさんの目的に気づいたモンスターが暴れまわり、こちらに向かって触手を伸ばしてくるが――無駄。


「汚い触手でレメさんに触れようだなんて、私が許すわけがないでしょう」


 ミラさんの作り出した無数の血の刃が、巨大な触手を見事に断ち切ってみせる。


「捕まえた」


 グッ、とフルカスさんが力を込めると、大地が揺れた。

 氷の大地がひび割れ、砕け散り、海水が溢れ出る。

 そして――巨大なイカの亜獣クラーケンが空中に躍り出た。


「再生能力があります」


「あぁ、だから一撃で仕留めよう」


 僕が最大の『魔法防御力低下』を掛け、マーリンさんが巨大な火炎弾をぶつける。


 クラーケンは断末魔を上げ、一瞬で燃え尽きた。


 周囲に落ちた触手も砕けて、魔力に還る。


「……焼きすぎ」


 フルカスさんがちょっと残念そうな顔をする。


「済まないねフルカス殿。どうだろう、街に戻ったら私がオススメの海鮮をご馳走するというのは」


「奢り? 行く」


 食べ物に簡単に釣られてしまうフルカスさんと、彼女に奢るなんて言ってしまったマーリンさんの財布が心配になる僕だった。

 しかし今はそれよりも――。


「次は――」


 考える。このメンバーでこの状況を切り抜けるには――。



『今度の子達はどうかな~。前より楽しませてくれるといいんだけど』



 一瞬声が聞こえたような気がした。

 周囲に視線を巡らせるが、声の主らしき存在は確認出来なかった。



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