第245話◇勝者も敗者も、先へ
「あっはは! ダッサいなぁご主人」
転んだ彼女を笑うのは【炎の槍術士】アミーさん。人型の炎といった見た目の彼だが、顔にあたる部分は火の色が異なるために表情が分かる。
ひとしきり笑ったあと、彼から表情が消えた。
「んで……ぶつかって謝罪も無しなあちらさんはどうします? 焼入れときます?」
「やめなさい、アミー」
「……へーい」
「炎ジョーク、寒いわよ」
「そっちかよ。つーか超ホットでしょう。なにせ生きた炎が隣にいんだから」
「寒くて震えてきたわ」
「優しく抱きしめます?」
「水掛けるわよ」
「冷たいなぁ」
ひとまず、アイムさんは平気そうだ。
彼女にぶつかった方は僕の前で立ち止まったが、僕らの視線がアイムさんに向いているのに気づくと振り返り、ゆっくり立ち上がる彼女を見て状況に気づいたようだ。
立ち上がって埃を払うような仕草を見せるアイムさんの格好は、落ち着いた印象のもの。
華美なドレスを纏った
それでも、ちゃんと見れば【火炎の操者】と分かるだろう。あるいは隣にいるアミーさんで察したか。
「あ、あ、アイム選手っ!? あ、もしかして先程わたしがぶつかってしまいましたか!? これは失礼をー!」
ぺこぺこと頭を下げて謝罪する訪問者。ちなみに、男性だ。
「いいから、もうわたくしが転んだという事実から離れてくださる?」
「そうだぞ気をつけろ。いくらご主人が『んぎゃっ……!!』とか叫びながら転んだ姿がクソダサくて脳裏に焼き付いて離れないからって、そう何度も触れたら可哀想だろうが、ぶふっ」
「忘れます! もう忘れました!」
「どうもありがとう。アミー、貴方はあとでお仕置きね」
「え!? なんでです!?」
「ご主人さまを笑ったからよ」
二人は仲が良いようだ。
「楽しそうでなによりだけどさ、うちのレメさんに何か用? 俺たちこれから予定あるんだけどな」
レイスくんが言うと、三人の視線がこちらに戻った。
「……長居するつもりはないわ。【黒魔導士】レメに話したいことがあったのだけれど、今でなければならないという用件ではないから。今日のところは、これだけ渡して失礼することとします」
メールアドレスが記された紙切れだった。ここに来る前に用意したのだろう。
断るのも失礼なので、僕はそれを受け取った。
……いや、本当は用件がなんとなく読めていたからだ。
「まーたレメさんだけ? いよいよモテ期が来ちゃってるなぁ」
前回の【正義の天秤】アストレアさんや【竜の王】ヴォラクさんの話をしているのだろう。
「あら、貴方も素敵だったわよ【湖の勇者】レイス。それに、そういう用件ではないから勘違いしないように」
「そうだぞ坊主。うちのご主人は枯れせ――」
アミーさんがそう言いかけたところで、アイムさんから殺気が放たれた。
「アミー」
「……うっす。黙りまーす」
「賢明ね……と褒めるには判断が遅いけれど。お仕置き、倍」
アミーさんの火力が落ち、一回り小さくなった……ように見えた。
不思議な主従だ。アミーさんはアイムさんをよくからかうが、決して蔑ろにはしない。ふざけ過ぎることはあっても、深いところに敬う心があるのが見ている側に分かる。
アイムさんは張り詰めた空気を切り替えるように、咳払いを一つ。
「それじゃあ、今日のところはこのあたりで失礼させて頂くわね。【黒魔導士】レメ、また後日」
「あ、はい。また、その、ご連絡しますね」
「豪腕のチビちゃんもまたな。次やる時は火傷じゃ済まさないぜ、なんてな」
アミーさんがフランさんに片手を挙げて微笑む。
「帰るわよロリコン」
「いやいや、オレはご主人一筋ですよ」
「お仕置き、三倍」
「なんでです!?」
二人は最後まで仲良く去っていった。
「んで? そっちの人は何の用かな?」
レイスくんが男性に声を掛ける。
「マウリさんですよね」
僕が言うと、男性は少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうに頷いた。
彼は【黒魔導士】のみで構成されたパーティーのリーダー。
あのパーティーは、大会にはマウリパーティーとして登録していた。
「実はレメ殿のお話を伺えればと思いやってきたのですが、先程のインタビューを聞いて、わたくし感激してしまい……!」
ぐっと距離を詰められる。
「あー……随分勝手なことを言ってしまったので、気に障らなかったのなら、よかったです」
「それどころか、我々が抱えていたモヤモヤを吹き飛ばすようなお言葉でしたよ! 実は【吸血鬼の女王】に負ける直前、『最強の座をどう掴むつもりだったのか』と問われまして」
「……なるほど」
彼らのパーティーの抱える問題を、カーミラも見抜いていたのだ。
「ハッとしましたよ。我々は自分たちの見つけた新たな道でどこまで行けるか、という考えでした。ですがカーミラパーティーは優勝するつもりだった。どんな強敵だろう倒すべく仲間を集め、自らを磨いた」
参加者が多いので、みんながみんな同じ熱量や目的を共有するのは難しい。
別に記念的な参加でも悪くはない。
けれど、上に上がっていくほど『自分たちこそが最強に至る』という考えのパーティーばかりになっていく。そうなった時、どう勝つか。どんな相手であろうと勝利をもぎ獲る力がパーティーにあるか。
そういう部分にまで答えが無いと、どんどん厳しくなっていく。
「我々は、きっと頑なになっていた。自分たちを冷遇した業界を恨んでさえいた。自分たちだけで勝てると証明する方向で努力をした。だから、子供でも分かるような基本を見落としてしまった」
【黒魔導士】は、あくまでサポート【
「……けれど、そのことが【黒魔導士】の可能性を示す結果を生んだじゃあないですか」
「そこです!」
マウリさんの顔が近い。
映像で観る限り冷静そうな印象だったが、熱い人のようだ。もしくは今、テンションが高まっているのか。両方ということもあるか。
「敗北した我々の空気はとても重いものでした。自分たちは一流どころには通じない。その結果にばかり囚われてしまった。【吸血鬼の女王】のセリフも、過ちの指摘としてしか受け取ることが出来なかった。その、実はそのことでレメ殿にお話を伺えればと思って来た次第で」
どうすれば良かったのか、一応は元四位でもある僕に意見を尋ねようと考えたのだろう。
「ですから、先程のレメ殿のインタビューを聞いて、感激してしまって……! 歩んだ道を蔑ろにせず、その上で前を見続ける! その考え方が、フェニクスパーティー脱退後の躍進に繋がったのですね!」
「ど、どうでしょう。そう、なのかな。自分の場合、周囲の人に恵まれたって感じですけど」
「その人々が貴殿のもとに集まったのは、貴殿のそれまでを見ていたからでは?」
「――――」
ミラさんとの再会は、そもそもがかつて彼女を助けたことが始まり。
エアリアルさんも、フェニクスパーティー時代の僕に興味を持ってくれていた。
ニコラさんは以前より僕のファンでいてくれて。
フェニクスが一緒にパーティーを組もうと言ってくれたのだって。
そうか。そう、かもしれない。
「そうだと嬉しいです」
「きっとそうですよ……! そして、我々もそうなれるよう、より一層精進します!」
「きっと、なれますよ。予選、見事な黒魔法でした」
一般的な【黒魔導士】の力を大きく越えていた。よほどの期間、鍛錬を積まねば届かない領域だ。
【黒魔導士】の状況を思えば、この【
周囲に存在価値を否定されながら、それでも高みを目指すのは、精神的にとても辛いものだ。
だからこそ、マウリパーティーのような人達は、とても貴重。
僕の言葉を受け、マウリさんは涙ぐむ。
「ありがとうございます、レメ殿。……よ、よろしければ、またどこかで話す機会を。ここにいない者も、紹介したいですし」
「えぇ、是非」
僕らは固く握手した。
そうして、マウリさんは何度も振り返りながら、仲間達のもとへと戻っていった。
「ごめん、待たせてしまったね」
みんなに言うと、レイスくんが何か言いたげに僕を見ている。
「どう? レメさん」
「ん?」
「冒険者も、いいもんじゃない?」
……そういえば、レイスくんは今回だけでなく、僕をパーティーメンバーにするつもりなのだった。
「そうだね、五人で勝利を掴むために頑張る。うん、楽しいよ」
「そうだけど、そうじゃなくてさ。マウリさん? あの人はさ、【黒魔導士】レメに感銘を受けたんだよ。インタビューの人も言ってたよね。【黒魔導士】レメが、【黒魔導士】の希望の星なんだよ。俺たちとなら、レメさんはレメさんのまま、レメさんの目指す勇者になれるんじゃない?」
僕が、僕のまま。
魔物レメゲトンとして、正体を隠すのではなく。
人間レメとして、自分の目指していた勇者に。
その提案は、とてもとても魅力的だった。
「ありがとう、レイスくん。でも――」
「あーあー、いいよ言わなくて。また失敗ってのは分かったから。でもさ、レメさん。俺はしつこいよ」
レイスくんは、意地悪するようにニヤっと笑って僕を見上げる。
「俺は、父親から『不屈』を継いでるからね」
【不屈の勇者】アルトリート。
元世界ランク一位【勇者】。僕の憧れ。精霊無しで一位に至った唯一の勇者。
この大会の最後、師匠と共に挑戦者を待ち受ける伝説の存在。
そして、レイスくんのお父さん。
今のレイスくんには、真っ直ぐに父を尊敬する気持ちが戻っている。
レイド戦を通して、彼はより一層強くなった。特に、心が。
確かに、今の彼を諦めさせるのは容易ではないだろう。
贅沢な悩みだ、と僕は苦笑する。
「……」
ふと気づく。
フランさんが、レイスくんの袖を引っ張っていた。
「なんだよフラン」
「……別に」
「拗ねる必要ないぞ。お前のことだって、頼りにしてる」
「……拗ねてない」
「じゃあ、腹減ったとか?」
「…………そう。お腹すいた、だけ」
「ふぅ~~ん?」
こうして見ていると、仲のいい二人の子供なのだけど。
いや、二人は子供だ。子供のまま、強い冒険者でもあるというだけ。
「そうだね、僕もお腹空いてきたかな」
「実は僕もです」
僕が言うと、ヨスくんも声を上げた。
そして、ぐぅうううという大きな音がメラニアさんのお腹から鳴る。
彼女を見上げると、顔を真っ赤にして涙目になっていた。
「ちがっ、これは、その……違うんです……」
「腹減るのは普通のことじゃん。勝利を祝って沢山食おう。次もまた勝つために、栄養とらないとね」
「そうだね。行こうか」
レイスパーティー、全天祭典競技・本戦第一段階――突破。
四つのパーティーがここで消え、僕らは先へ進む。
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