第244話◇きっと、過ちのままでは終わらない
精神を移し替える装置『繭』が開き、僕は上体を起こした。
個室、と言えるのかどうか。
真っ白な壁に囲まれた、広大な空間だ。
うちのパーティーのように
魔力空間ならではの控室だ。
実際、メラニアさんが直立しても問題ない高さがある。
彼女の『繭』はかなり大きい。ハーフ用というものがないため、巨人用のものを使っているようだ。
控室で顔を合わせた僕らは勝利を喜び、互いを称え合った。
ヨスくんは照れくさそうに、メラニアさんは顔を真っ赤にして、それでもどこか誇らしげなのが印象的で、嬉しかった。
何もないままに、自分に自信を持つことは難しい。
だから、多くの人にとって、結果は大事なのだ。
努力が結実して初めて、あぁ自分は間違っていなかったと思える。
認めてもらえて初めて、報われた気持ちになれる。
今、レイスパーティーにはそれが在った。
なんて、僕らが喜びに浸っていると――真っ白い壁の一部が、ごごごと横にスライドしていく。
「なにあれ」
入ってきた人たちを一瞥し、レイスくんが関心の薄そうな声で言う。
「インタビューだよ。あると説明されたろう?」
僕からすると新鮮だが、ヨスくんはレイスくんと話す時は敬語を使わない。フランさんには使うので、年下云々は関係ないのだろう。
どちらのヨスくんも自然体なので、違和感はない。
「あー、聞いたような」
「まったく……。世間への露出は、冒険者という職業にとって重要なものだろうに」
「そうだね、これも仕事だ。んじゃまぁ、祝勝会はインタビューの後にしよっか」
僕らが話している間に、インタビューの準備が進められていた。
カメラやインタビュアーはもちろん、インタビューボードも設置される。
試合後のスポーツ選手インタビューなどでも、背景に使われる衝立である。
今回の場合は、全天祭典競技への出資企業のロゴがずらりと並んでいる。
インタビュアーは
ダンジョン攻略を終わらせようとしているものの、【
レイスくんはいつもと変わらず饒舌、フランさんはいつもと変わらず無口、ヨスくんはやや緊張した様子で、メラニアさんはテンパって上手く舌が回らないようだ。
僕はなんとか淀みなく受け答えが出来ていたと思う。
それも途中までだ。
「しかし予選での獲得ポイントで明らかになりましたが、レメ選手の貢献は凄まじいですね。やはり特別な訓練を積まれているのでしょうか?」
「ありがとうございます。特別かは分かりませんが……でもそうですね、日々の鍛錬を怠ったことはないです」
普通と違うことは明らかだが、それを説明すると訓練法を教えてくれた人――つまり師へと話題が移りそうなので、避ける。
「なるほど! 弛まぬ努力が大事! ということですね。――そういえば同じ会場に【黒魔導士】のみで構成された異色のパーティーが登場していましたが、レメ選手から見て彼らはどうでしょう?」
「……どう、とは?」
僕の声が硬くなったのを機敏に察知したのか、インタビュアーの女性が取り繕うようにこれまでよりも明るい声で続けた。
「いえ、サポート役のみで集まり予選を突破したということもあり、一部で注目を集めていたものですから! 今最も注目されている【黒魔導士】のレメ選手からは、彼らがどう映るのだろうか、と……!」
言葉からは悪意を感じない。純粋に気になっているのだろう。
彼らには彼らの物語がある。僕が知ったようなことを語るべきではないという思いもある。
だが同時に、フェニクスパーティー脱退後のミラさんやエアリアルさんなど、世間に認められない自分を高く評価してくれる人たちが、とてもありがたかったのも事実。
「前提としてですが、彼らはみな優秀な【黒魔導士】です」
それから僕は、【黒魔導士】の現状、パーティーを組めないままに働きながら鍛錬を続けることの困難さなどを挙げ、それらを越えてあそこまで仕上げてきた彼らの努力を称えた。
「な、なるほど。……では、もし彼らと当たっていたら、どうなったでしょう?」
悪意はなくとも、その質問は少し意地悪だ、と思った。
「僕らです」
断言する。その上で、一呼吸置いてから僕は続けた。
「あの時、僕らは雨の魔法を組みつつ待ち構えていた。カーミラパーティーが最後の敵になると確信していたからです。でもそれは、彼らが弱かったからではない。とても強い人達だけれど、間違いも犯していたからです」
「間違い、ですか? 伺っても?」
それは、とてもとても当たり前のこと。
「【黒魔導士】は、サポート役だということです」
しかし、それだけでは上手く伝わらなかったようだ。
「は、はぁ。それはえぇ、確かに。ですが、彼らはそれを、俗に言う
「個人単位では、そのやり方も間違っていません。僕も実際、剣を学んでいますから。けれど……その、自分をたとえにするのはあれですけど……」
「いえいえ、是非聞かせてください」
興味津々、と言った様子。
「僕が剣を持って戦い出したのは、あるタッグトーナメントからなのですが――」
「【銀砂の豪腕】ベリト氏と共に参加された大会ですね。彼女はのちに魔王城のレイド戦にも登場しています」
これは確認というより、この映像を観る人たちに向けた説明だろう。軽く頷いて、続きを語る。
「その時からずっと貫いているものがあるんです。オリジナルダンジョンの調査でも、この全天祭典競技でも同じように」
「それは?」
「それは、勘違いしないこと」
「勘違い、ですか?」
「はい。【
インタビュアーさんはまだピンと来ていないようだ。
レイスくんは楽しげに微笑んでいる。
「僕らが剣の修業をしている時、一流の戦闘【
僕らには、黒魔法の鍛錬もあるのだ。戦闘系と同じだけ武技を鍛えるなんて、絶対無理。
「な、なるほど……?」
「だから、冒険者をやるなら僕らは、戦ってくれる仲間を見つけなければならないんです。剣も出来る【黒魔導士】だろうと、弓を扱える【黒魔導士】だろうと、サポート役だということには変わらないから。支えるべきメインのアタッカーがいてこそ、僕らは真価を発揮するんだから」
「――――」
ぶるりと、インタビュアーさんが体を震わせたのが分かった。
「僕は、【黒魔導士】にしては一人で敵と相対することが多いように映るかもしれません。けれどそれも、強い仲間がいるから有効なんだと思っています」
早くレメを片付けねば、こいつの強い仲間が駆けつけてくる――という焦燥。
ただでさえ強力なメンバーがいるのに、こいつの黒魔法を食らうのは危険だ――という警戒。
たとえ瞬間的な一対一が成立していても、僕の敵はそういった思いを抱えている。
そこにいなくとも、仲間は僕を助けてくれているのだ。
そういう強い仲間がいるからこそ、僕は戦える。
一線級に遠く及ばない剣の腕が、有効になる。
「【黒魔導士】も【白魔導士】も冷遇されている冒険者業界で、それがどれだけ難しいか、僕自身分かっているつもりです。簡単に仲間が見つかれば苦労しない。彼らは悩み抜いた結果として、今回のパーティーを組んだのでしょう。僕はこの構成を間違いだと言いましたが、この挑戦が無意味だとは思いません」
「これまでの戦いや予選の獲得ポイントによって、【黒魔導士】の有用性を示せたから、ですね?」
難問を解いた時のような喜びの表情を浮かべて、インタビュアーさんが言う。
僕も自然と笑顔になる。
彼女の瞳に、もはや疑問の色は無かった。
人生に失敗はつきものだ。過ちと無縁でいられる人なんていないだろう。
でも間違ったからって、そこで終わりではない。
間違えたその先に何をするか、何が出来るか。
自分たちの挑戦を意味のあったものに変えられるか。
大事なのは、そこだ。
「彼らの活躍を見たなら、冒険者は考えるでしょう。想像するはずです。戦える【黒魔導士】が入ったらどうなるだろう。うちのヨスくんを見れば思うはずです。戦える【白魔導士】がいたらどう変わるだろう」
急に全員の意見が変わることはない。
けれど、少しずつでいいんだ。
【白魔導士】を入れたまま一位になったエアリアルパーティー、【黒魔導士】を抱えて四位になったフェニクスパーティー、【白魔導士】二人【黒魔導士】二人を入れて百位以内に入ったエリーパーティー。
常識に囚われない人達は今までもいた。それに影響される人々だって。
そんな風に、ほんの少しでも違う認識を持つ人が増えていけばいい。
彼らの奮闘は、充分それに貢献することだろう。
「今回、僕らは彼らと当たりませんでした。それでも、彼らの努力の日々が、今日この時までに示した結果が、サポート【
「……! なるほど! なるほど!! ――でしたら、レメ選手もまた同じかもしれませんね! 【黒魔導士】の希望の星! と言ったところでしょうか!」
僕は一瞬、呆気にとられる。
仲間を見ると、頷いていたり笑っていたりと、インタビュアーさんと同意見の様子。
自分の言ったことを思い出す。
僕は急に照れくさくなって、頬を掻きながら下手な笑顔を浮かべる。
「あー……えぇと、もし、そんな風に思ってもらえたら、それは、はい、とても、嬉しいですね」
その後、インタビューは無事終了。
やけに感激した様子のインタビュアーさんに握手を求められたりしながら、僕らも帰り支度を整える。
訪問者は、インタビュー陣が去ってすぐにやってきた。
「【黒魔導士】レメ、さっきは――」
「レメ殿ーーーー!!!」
「んぎゃっ……!!」
まず、先程矛を交えた【火炎の操者】アイムさんが入ってこようとした。
そこを――突如入ってきた何者かとぶつかり、転んでしまったのだった。
その人とは――。
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