第3話◇今日とて職探しの無職
さて、あれから数週間が経過したわけだけど。
僕はというと、絶賛就職活動中だった。
大見得を切って世界四位のパーティーから抜けたはいいものの、次のパーティーはまったく見つからない。
見つかっても、受け入れてもらえない。
パーティーを探す方法は幾つかある。
一つは人脈を駆使すること。
残念ながらこれは使えない。知人の数だけは多いが、僕への評価は『フェニクスのパーティーに何故かいる【黒魔導士】』程度。
肝心のフェニクスのパーティーから抜けたことを考えれば、力を借りるのは難しい。
一つはメンバー募集のパーティーを探す。
これは一見ベターに思えるが、こういうのは基本的に求める【
『急募・前衛職!』みたいな感じだ。間違っても【黒魔導士】が求められることはない。
一つは冒険者組合のマッチングサービスを利用する。お金も掛かるし絶対に仲間に巡り会えるわけでもないが、地道に探すよりも手っ取り早いのが魅力的だ。
実は今日はこれを試しにきたのだ。
惨憺たる結果だった。
【黒魔導士】ってなんで存在してるんだろう。神様によるイジメなのではなかろうかと泣きたくなるほど、誰も欲しがっていなかった。
幾つか【黒魔導士】による【黒魔導士】の為の【黒魔導士】パーティーなる真っ黒な集団を発見したが、さすがにこれに連絡をとろうとは思えなかった。
五人中四人が【黒魔導士】というのはバランスが悪すぎる。
全員【黒魔導士】にして黒魔法掛けまくれば殴るだけで敵を倒せたりするのではないだろうか、と考える人もいるかもしれない。
その作戦自体は、まぁ実行可能だろう。人気は出ないだろうけど。
ただ現実的な問題もあった。
規程で、パーティーの一人は必ず【勇者】でなければならないのだ。
近年、冒険者の数は増加の一途を辿っている。
子供の将来の夢ランキングでもトップ争いをするほどの人気職。
【勇者】になった子は、ほぼ確実に冒険者になる。彼らがいなければパーティーは組めないので、冒険者志望が勇者の許に集まるという形だ。
不人気【
そう、僕は【黒魔導士】。自分のパーティーを創設することは出来ないのだ。
「まずいな……」
実家に帰ることは出来ない。
僕が【黒魔導士】だと判明した時、両親は絶望した。まぁ仕方ない。【黒魔導士】がつけるまともな職はない。冒険者が唯一だろう。
それでも両親は僕の就職先を見つけてくれたが、結局僕はそれを蹴って冒険者になった。
なもので、ちょっと顔を合わせ辛い。
そうでなくとも、諦めるつもりはなかった。
「よしっ!」
僕は自分の顔をばしんと両手で挟み、暗い考えを頭から追い出す。
冒険者組合の支部から外へ出る。まだ昼間なので明るいし、街は活気に満ちている。
取り敢えず……! 何か食べよう。
お腹が空いていた。
串肉でも食べようと市場の方に顔を出すと、一人の童女と目が合った。
すぐに僕だと気付いたらしく、彼女の犬めいた耳と尻尾が揺れた。
そのまま駆け出しそうな勢いだったが、彼女はぐっと堪え、代わりに手をぶんぶん振って存在をアピール。
僕は急遽行き先を変更し、童女に微笑みを返す。
そこは気のいい中年の大男が屋台を出す果物屋だった。
「よぉレメ」
「こんにちは。カシュも、こんにちは」
「はいっ! こんにちはです、レメさんっ」
亜人。広義にはゴブリンやオークを含む人に近い形をした生き物の総称。
ただ基本的には亜人と言えばほとんど人と変わらず、一部に種族的特徴を持つ者達を指す。
カシュは犬の亜人。茶色い毛髪はふわふわで、耳は人より高い位置にぴょこんと生えている。
つぶらな瞳とよく動く表情が特徴的な童女に、僕は懐かれていた。
「こんな金払いのいい常連さんを捕まえるとはな、やっぱオッサンよかガキでも見てくれのいいのが有利なのかね」
店主のぼやきに苦笑を返す。
カシュは店主の手伝いをしているわけではなかった。
屋台と屋台の隙間に風呂敷を広げ、その上には形の悪い果物が積み重なっている。
店主が品物にならないと判断したものを、だいぶ値引きしてカシュに売らせているのだ。
といっても強制ではない。少しでも家計の助けになりたいと願うカシュに、彼女の母親と友人であるという店主がならばと今の形を提案した。
パーティーを抜けた翌日、かなり落ち込んでいた僕はたまたま働くカシュの姿を見て、とても勇気づけられた。励まされたといっていい。
カシュはまだ八歳。そんな少女でも懸命に働いている。
パーティーを追い出されたからなんだ。落ち込んでいる暇などないだろうと。
勝手に力をもらった僕はせめてもの恩返しとして果物を購入。
どうやら僕が最初の客だったらしくカシュは大層喜んでくれた。
初めて労働で対価を得た時の喜びはよく分かる。
彼女の笑顔があまりに輝いていたものだから、ここのところ少し気分が沈むと自然と此処へ足が向くようになっていた。
無垢な笑顔を見ると、乾いた心に僅かに潤いが戻る……気がする。
「今日は何にされますかっ」
興奮した様子で接客を始めるカシュ。
僕は幾つかオススメを見繕ってもらうと、一つを自分で齧り、一つをカシュにあげた。
カシュは最初こそ遠慮を見せたものの、僕が腕を引っ込めないのを見て、顔を綻ばせながら受け取ってくれた。
皮の赤い拳大の果実は、身は黄色く僅かな酸味とさっぱりとした甘みが特徴的だった。
球体というには歪んでいるが、味に変わりはない。
「うん、おいしい」
僕が頷くと、カシュは嬉しそうな顔をした。
彼女も果物を両手で抱えて、そっと口をつけた。しゃく、と音がする。
「で、どうなんだレメ。仕事は見つかりそうかよ」
「いやぁ、それがまったくで……」
「【黒魔導士】だもんなぁ」
「そうなんですよねぇ」
「く、【黒魔導士】もかっこういいと思いますっ!」
店主が僕を馬鹿にしたと思ったのか、カシュがふんすっと鼻息を荒くしながら言った。
その優しさが胸に染みる。
「ありがとう」
僕が微笑むと、カシュが照れくさそうに俯き、前髪を弄り始めた。指の隙間から見える彼女の顔は、赤くなっているようだった。
「黒魔法以外は使えたりしねぇのか?」
店主は店主で会って日の浅い僕を心配してくれている。
そう、世界全てが僕に冷たいわけではないのだ。
冒険者が【黒魔導士】を不要な存在だと見下しているだけで。
「使えないことはないんですけど、どうにも適職以外のことに手を出すと大した成果が得られなくて」
【
他の職種に興味を持っても、助けにはなってくれない。
「あー、分かるぜ。俺も仕立て屋になりたかったんだが、どんだけ練習しても【
「努力が報われるなら、【
「ままならねぇな」
「割り切って、自分に出来ることをするしかないですね」
「だな。万が一ダメだったら、カシュの隣に風呂敷広げていいぞ」
「あはは……ありがとうございます」
優しい果物屋さん達だ。
「きゃあ!」
少し離れたところから、そんな叫び声が聞こえた。
瞬時に視線を巡らせる。転んでいる御婦人を発見。
そして僕たちのいる方向へ走ってくる怪しい男も発見。腕にカバンを抱えている。
御婦人の叫びでひったくりと確定。
僕は少し考え、店主に声を掛ける。
「男の前を塞ぐように立ってもらえますか? 大丈夫です、絶対に怪我はさせません」
店主は僕が言うより先に道に出ていた。
正義感の強い人だ。
「なんだレメ、何かしてくれんのか!」
「えぇ……まぁ、黒魔法ですからサポート程度ですけど」
男が迫る。
僕は男に魔法を掛けた。
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